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2章 幼少期編 II
47.イリュージョン
しおりを挟む魔導士のやることだから……という空気になってしまった。
落ちた楽譜をみんなで拾い始めてしまった。完全に終わってしまった。ドキワクなイリュージョンだったのに。
しかし、そんな中で、真剣な表情で固まっている不審人物がひとりいた。
「マガルタル楽士?」
どうかしたのかと声をかけると、それにぴくりと反応して、私とシブメン、シブメンから私と視線を忙しなく動かす。
「……?」
顔は真剣だが感情が読めない。
探ろうとしたけど……どうでもいいかと思ったところで、フラフラとこちらに向かって歩きだした。どうでもよくなくなった。
ヌディが怪訝そうにマガルタル楽士を見ている。
更に近寄って来たので、慌てて私を抱きしめた。
──…あ。
「ヌディ、マガルタル楽士は魔導士でもあるのです。今ので何か感じ取ったのかもしれませんよ。目つきがちょっと怪しくなってますけど、ちょっと……ちょっとじゃないですね」
地味顔の彼が輝きだした。だんだん笑みも深くなってきた……これは創作意欲が増してきた時の顔に近い。美に到達するまでの前段階が気持ち悪いことに気付いてしまった。
「……魔導士が幼子を守って……雷の……青い命の炎が……あ、あ~、あ~♪」
守られてないよ。どちらかといえば拒否られたんだよ。
「マガルタルが詩を!…「採譜は私が…「効果音を入れよ…「三重奏…「いや四重…「新しいドラムが…「激しく、重く…「最後は愛で…「題名は…「愛の魔法……」
楽士たちがワラワラ集まってきた。そして形相が変化していった。
「ヌディ……前にもありましたね、こういうの」
──…摩訶不思議な集団美形化。
「……そう、ですね」
ヌディの腕の力が緩んだ。
かなり引いているけど。まぁ、確かにあれは異様な光景だわ。
「……ぬ」
シブメンがうめいた。
事もあろうに頬を染めた楽師たちが、チラチラとシブメンに熱い視線を送りはじめたのだ。なにか質問したげな……あ、シブメンも引いた。眉間の皺の上に窪みが! 今日は鼻筋にまで皺が! 記録更新!
「…………君たち、妙な夢を見るのはやめなさい──×××××× ×× ×××!!」
地を這うような声がしたと思ったら、いきなり鎮静の綴言が放たれた。
天井いっぱいにオレンジ色の魔法陣も広がった。
「ドゥルブ フーガ!」
シブメンは魔法陣に向かって大きく手を回転させる。魔法陣も回転を始めた。七色の光まで放出しだした。
キャーーーっ! わかっちゃった! 魔法陣を回転させるとパワーが上がるんだ!
魔法陣が作れないから、わかっても意味なかったーっ!
でもなんてゴージャスなの! アメージンング! ファンタスティック! ブラボー…………しゅぅぅん……ぷすん。
そうだった、鎮静の綴言を部屋全体に放ったんだったね。私までドキドキが治まっちゃったよ。
「………」
唖然と魔法陣を見上げていた楽師たちも紅潮が治まっているから、冷静になったようだ。
チギラ料理人は一瞬目を上げたけど、興味がないのか食器の片付けを始めていた。マイペースだな。
ヌディはまたもや私をきつく抱きしめている……大切にされているのぅ。明日ワーナー先生に自慢しよう。やきもち焼かれちゃったりして。くすくすくす。
スーッと、魔法陣に照らされていた部屋の明かりが落ちる。
ぜんぶ終わったみたい。
シブメンを見ると、テーブルの上に落ちてきた楽譜を払いながら(下に落としたのですよ、この人はっ)、満足した様子で冷めたお茶のカップに口をつけていた。
自分の魔法陣が起こした風のせいでフロランタンがお皿からこぼれていたけど、それは払わずに指で摘まんでお皿に戻している。
「さんびょーるーるです」
─…3秒以上たっていると思いますけどね。
「先程の技は、綴言と魔法陣のこらぼです」
─…何も聞いてませんよ。ってか日本語連発。
もういいや、私もお茶飲もうっと。ぐびっ。旨いっ! もう一杯!
─…あら?
みんな解散したかと思っていたけど、マガルタル楽士がまだこちらを見て佇んでいた。
美に到達していて艶っぽくなっている。気持ち悪くない。とても輝かしい笑顔だ。
─…詩が完成したのね。
彼の様子に気付いた楽士仲間たちが、触発されてまた再燃しそうな感じだ。
マガルタル楽士は私たちに詩を聞いてほしそうにしている。
「コラボが効いていない人がいるようですよ」
彼の様子に気付いたシブメンが目を細めたので揶揄ってみた。眉間、眉間の皺はどうなる?
「遮断されたか……そういえば、彼も魔導士でしたな」
眉に変化なし。残念。
シブメンは手で「来い、来い」をして、マガルタル楽士を呼び寄せる。
呼ばれた彼はパッと顔をほころばせた。
「芸術家から創作意欲を消すのは難しいと理解した……よろしい、歌を作ることは許可する。しかし、温度を込めないよう心しなさい」
シブメンは温度を感じさせないセリフと、温度がない無表情さで、また「来い、来い」をしてチギラ料理人を呼び寄せた。お茶のお代わりの要求である。
「ここは喫茶店ではない」と思いながらも、私も便乗してお茶としょっぱいお菓子があるか無理な注文をしてみた。そうしたら今度はシブメンの方が便乗してきた。
しかしさすがチギラ料理人である。ちゃんと(私用に)プリッチを隠し持って来ていたのだ。「こんなこともあろうかと……」と、シブメンの口癖をまねながらワゴンの下から可愛い包の籠を取り出したものだから、私と、珍しくヌディも吹き出してしまった。
当人であるシブメンは、自分のモノマネをされたのだと気づいていないから無反応だ。
「いい香り」…ミエムの香りだ。シブメンは「アルベール商会は、とうとうミエムまで粉にしたのですな」と、くんくんと香りをかいだ。
魔法陣を発動させた時はカッコいい魔導士だったのに、今の「くんくん」で全て台無しである。
……ポリン。
「……あの」
『ポリン』と『あの』は同時だった。
置いてきぼりを食らったワンコのような顔をしたマガルタル楽士が、小さく、本当に小さく声をかけてきた。
「温度がない歌とは……?」
「恋歌を作るなと言っている(ポリポリ)」
「あなたと王女殿下の歌です。恋歌などではありません……」
「年齢に関係なく男女間に〈守り〉の語句が入れば、勘ぐる輩もいるだろう。それが魔導士と姫君となれば尚の事(ポリポリ)」
情熱は私と関係のないところで発散しなさい……とシブメンはそっぽを向いた。大人げない。
「新しい英雄が誕生するのですが……」
「私は既にその域に達している」
「………」
マガルタル楽士はもう何も言えない。チ~ン。
自分で英雄だって言っちゃってるところがシブメンだね。ポリ……あっ!いきなり5本持ってった! あ~、残りが3本になっちゃったよ~、くぅぅっ。
「シブ……ゼルドラ魔導士長、芸術家から創作意欲は消せないと言っていたではないですか。わたくしはこの耳で聞きましたよ。ご自分で言った言葉には責任を持たなくてはいけません。くすくす。格好いい歌にしてくれると言うのですから作ってもらったらいかがですか? ルエ団長が聞いたらきっと大喜びしてくれるのです」
八つ当たりである。食べ物の恨みは怖いのである。ルエ団長に笑われてしまえ。
「王女殿下、あなたも歌に登場することをお忘れなく。恥をかきたくなければ許可は出さないように」
「むっ、恥とは何ですか! かわいいお姫さまは守られるものなのです。恥ずかしいことなど何もありません」
「王女殿下、あなたもいずれ老いることをお忘れなく。『かわいいお姫さま』と自称していた過去が、くろれきしとして残るのは恥ではないのですかな?」
うぐっ、黒歴史ごとき日本語ではうろたえぬぞ!
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「………」
シブメンが黙った!
うほーーーい! はじめて口喧嘩で勝てそう!
しかし私を見ていない! ちょっと! マガルタル楽士となぜ見つめ合う?! マガルタル楽士、なぜモジモジしてる?!
「………」
─…状況が分からないので、観察しよう(ポリッ、旨い!)
………続く
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