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2章 幼少期編 II

63.研究院 12

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ボソボソボソボソ……

フィカス・ベンジャミンのお話し合いは続いている。

あのボソボソが止まったら、素晴らしい『ブゥルペン』と『シャウペン』の道が開かれるに違いない。

邪魔しないでおこ~っと。


「あの、王女殿下」


アルベール兄さまの膝に戻ろうとしたら、書記の人に呼び止められた。何ですか?

「私の名は……」

あ~、そういえばこの人の名前、知らなかったな。

「待て」

書記の人の名乗りを、なぜかアルベール兄さまが遮る。

「お前は『書記の人』だ。書記官にはぴったりの二つ名だ。今日からそう名乗るがよい。なぁ、マーザスト書く人!」

アルベール兄さまは高笑いしながら、わざわざ書記の人の元まで来て肩を叩いた。

──…なにが面白いのかわからない。ほっとこう。

書記の人マーザスト、名前を教えてくださいな」

「はい、アールベール・ナナン……と申します」

「へ?」

「アールベールと申します」

「アー……アルベル?」

「アール、ベール、でございます」

「……アールベール」

あぁ、はは~ん。
アルベール兄さまったら、名前が似ているのが嫌なのですね? ちらり。

「ふん、紛らわしいのだ。何度アールベール宛の恋文が私の机に誤配されたことか」

──…恋文?

「いいか、この男はこんな味気ない顔をしていながら、女性から異様に熱い視線を送られているのだ」

──…ふむふむ。

「出自も悪くない、頭もいい、出世も早かった。性格も落ち着いているから、まぁ、女性の気持ちもわからんでもないから、それは良しとしよう」

──…つまり、モテ男ということか。

「だが、こ奴が口説かれていてるところに遭遇するのは頂けない。扉の陰から、柱の陰から、木の陰から、熱を帯びた女性の『アールベール』とささやく声が………自分と似た名前が、興味のない女性の口から熱くもれるのは、大変気持ちが悪い!」

「……そんな理由なのか?」

ベール兄さまに呆れられていますよ。

「シュシューアに『ベーちゃん』と呼ばれたらどう思う」

「……嫌だ」

ベール兄さまが私の顔を見て『呼ぶなよ』と唇を尖らせた……ちょっと呼んでみたくなった。

「その100倍は不愉快だと理解しろ」

ベール兄さまは少し考えて理解したのか、兄に同情の眼差しを向けた。
きっと、そのささやいた女の人たちはアルベール兄さまの嫌いなタイプだったのでしょう。ち~ん、お気の毒さま、南~無~。

「………」

書記の人は反論しないね。
表情は読めないけど、苦笑いしているような気がする。

──…ってことは、本当にモテるんだ。

面白そう。口説かれているところに遭遇したい。尾行してみようか。

「シュシューア、やめておきなさい」

心を読まれちゃったよ……仕方ない、やめておくか。どうせヌディを撒けないし。

──…しかし、う~む、この人が、女の人に口説かれる。

じ~っと、書記の人の顔を見るのをやめられない。

──…口説かれても、誰にも応えてないのよね。

じ~っ。

──…だから独身なのよね。

女嫌いではなさそう。理想が高いとかでもなさそう。


う~ん……


『恋はするけど、結婚はしない』


──…独身主義! これだ!


「わたくしには、専属侍女が二人だけしかいません。わたくしの専属侍女たちは結婚しています。旦那さんとラブラブです。だから、離宮にいれば、むやみに口説かれることはありません。避難先にどうですか?」

ぴくっ……としたような気がする。

──…脈ありだ!

「今後も新しい専属侍女は結婚している人しか選びません。書記の人に恋をしたら専属から外すと約束します」

考えるそぶり! いける?!

──…押せっ! 押しまくるのだ、シュシューア!

「離宮に遊びに来てくれないと『アールベール』とささやいて、わたくしが口説きます。追いかけまわします。楽士たちに〈書記の人の歌〉を作ってもらって執務棟の前で毎朝歌います」

──…脅してでもモノにしますよ、漫画家!

書記の人の表情が固まった。

それを見たアルベール兄さまがニヤッと笑う。

──…おぉ? もしかして応援にまわってくれるの?

「そうだな。シュシューアもそろそろ、執務官を持ってもいい頃だ」

──…え?

もらえるの? 借りるのではなく?

「今まで私が代行してきたシュシューア関係の書類は……」

アルベール兄さまの視線を受けた書記の人の顔が……う~ん、読めない。読めないがあきらめない。私は君が欲しいのだ!

「アルベール兄さまのところより、1.5倍のお給金を出しますよ。アルベール兄さま、いくらになりますか?…「50万ドリーほどだ」…異世界の最新文房具が使い放題ですよ!(企画はこれからだけど) 異世界の最新事務事情もお教えしましょう!(役に立つかわからないけど)」

びくっ、びくっ。

「アルベール兄さま、離宮の半分を〈シュシューア王女の執務区〉として貸してください! 書記の人! あなたが使いやすい執務室アトリエに改装しますよ!(修羅場用の)仮眠が取れる休憩室も作りましょう! はっ! いっそのこと住み部屋にするのはどうだろう……うん、離宮の敷地を拡張して寮を建てましょう。シュシューア王女の専属専用です! 独身者も利用できるやつです! そうすれば女の人が夜に忍び込んでくることはできません! 安心安全の睡眠をお約束します!」

ぴくっ、びくっ、びくっ、

──…外堀を埋める作戦です。執務の傍ら漫画を描かせる所存であります!

あとは、あとは……

部下アシスタントは何人欲しいですか?(きりっ)」

「……3人は欲しいですね」

「はいっ! 決まりっ!! やったっ!!!」


漫画家ゲットーーー!(感涙)


「そうなると専属に侍従も必要になるな……どこかにシュシューアの面倒をみられそうな奴は……」

……そういうのは全部アルベール兄さまにおまかせします。

今はこの喜びをMy漫画家に伝えたい!

「よろしくね、マーザスト。それでね、ペンネームもこれで…「これ、面白い!」…へ?「すぐ、作ろう!」…え?」

ちょっと! いいところなのに! フィカス・ベンジャミン!

あ~、アルベール兄さまが乗っかった~。

ベール兄さまも興味を持った~。

私とあっちを交互に見たマーザストも「こちらこそよろしくお願いします」とペロッと言って行っちゃった~。





ぽつん……





部屋の中を見て回る……





侍女に御用室に連れて行ってもらう……





ぶらぶらぶ~ら……椅子に座って足を揺らす。





「ねぇ~、もうピンクを見に行きましょうよ~」

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