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2章 幼少期編 II

58.研究院 7

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アルベール商会が研究知枢院に研究室を構えたきっかけは、私の『欲しい』から始まっているように思えるが、もちろんその通りだ。

シブメンの魔導学部長という立場を思い切り利用して、院生に小遣い稼ぎをさせ、うまい話が広がった頃合いに、アルベール商会が寄付金をばらまき、しめしめと研究室を分捕った。

『アルベール商会・開発研究室』

研究棟のどん突き。T字型の広い広い一角です。土地でいえば一等地かな?

さらに豊富な研究資金が用意されていると銘打っていれば、研究室入りを希望する院生が殺到するのは至極当然なことである。

しかしアルベール商会は定員制にはしなかった。

誰でもカモンである。

研究室棟内部限定ではあるが、学部を問わずに広くアイデアを募集した。
研究室棟そのものに守秘義務が課されているからこそ、出来た荒業である。

好きに作るがよい。良い品はアルベール商会が責任を持って世に出そう……とか言ってそう。



☆…☆…☆…☆…☆



「メンデルです」

「パルバッハです」

モサッとしたフィカス・ベンジャミンが二本……いえ、ふたりのヒョロッ…男性が立っていた。

今日は、不織布製造ニードリング機を完成させた院生に会いに来たのだが、目の前のふたりがそうなのだが……おかしいな。中庭で見た院生たちと同じ制服姿なのに、なんか違う。

「取りあえず座ってくれ。昼食をとりながら話そう」

私たちは『設計・試作分室』の会議室みたいな部屋にいる。
折り畳みテーブルと、折り畳み椅子が、何ともデジャビューだ。パイプ椅子の出来が良いこと。
絵図にした覚えはないけど、ここにあるという事は、描いたのね私。

「失礼します」

侍女が温かい紅茶を入れてくれた。アルベール兄さまにだけ。

私とベール兄さまには、ストローマグ in イティゴシェイクだ。じゅるっ。

正面に座った院生ふたりと書記の人には、たぶん麦茶ね。持ってきたままの常温で出されているけど、手抜きっぽいけど、美味しいのよ、お城の麦茶は。

侍従も持っていたバスケットを開けてテキパキと用意を始めた。
オニオンソースと黒コショウの香りがフワァと漂った。
2枚重ねのローストビーフ角永獣と彩り野菜のバケットサンドね。

「私たちは済ませたから、君たちだけで食べてくれ」

ベール兄さまの分は約束通り事務官に手渡され、嬉しそうにベール兄さまに頭を下げて退室していった。
あなたラッキーですよ。お城で出される角永獣は厳選された最上級品で、有名ブランド・ヨーンからの献上品なのです。市場に出回らないのです。
『薄すぎる、濃すぎる、固すぎる、崩れすぎる』も、味では負けてなかったけどね。

書記の人の前にも置かれたけど、本人は記録する気満々で食べる気はないようだ。
でもアルベール兄さまから『食べ終わるまでは雑談しかしないから』と言われて、院生と一緒に食べることになった。

騎士達の方は応接小間あたりで、持参した携帯食を交代で食べているはずだ。
彼らの携帯食は騎士棟の食堂で作られているから確実に「ごちそう」ではない。
バケットサンドは侍従と侍女の分を除いても幾つか残るだろうから(最低でも私とアルベール兄さまの分)交代のタイミングで勧められた騎士は、今日のラッキーナイトだ。

「万物に感謝を」

ストロベリーシェイク、いただきます。

旨っ、ベール兄さまと目を合わせて、再び旨っ。
甘さ控えめの濃厚シェイクに、甘酸っぱい果肉入りジャム。蓋がしてあるのにイティゴちゃんの香りが私の鼻を直撃。なんと贅沢な味わいでしょう。

「はぁぁぁぁ……落ち着いて食べなさい」

アルベール兄さまのこんな大きなため息は、滅多なことでは出ない。

見ると、院生のふたりがバケットサンドをもの凄い勢いで貪り食っている。
最高級品を、よく噛みもせず、勿体ない。

「がふがふ、昨日から、むぐむぐ、何も、んく、食べてなくて……」

もがもがしながらペコペコしても…『飲み込んでから話しなさい』…ほら怒られた。

「この間置いていった冷蔵庫の中身はどうした?」

頬張っているから二人とも話せない。

「いい……ゆっくり食べなさい」

雑談はあきらめた様子だ。

フィカス・ベンジャミンは、アルベール兄さまと同じか、ちょっと上ぐらいの年齢に見える。
でも、私に言われたくないだろうけど、子供みた……いやいや、叱られたワンコみた……あ~、髪の毛がボーボーで顔がよく見えないのよ。メガネもそろって曇ってるし。

ふたりして似た髪型ってことは、同じ時期から散髪してないのかな? 櫛も通していない? 無精ひげも何かアレよ。無精ひげがカッコいい人もいるけどね。あなたたちはただでさえモッサリしているのだから、ヒゲは生やさない方が……ヒゲ……ん?


──…あ~…


──…はいはい、先読みもするのですね……本当に、媒体にはミラクルがいっぱいだぁ。


「アルベール兄さま。さっきのヒゲ剃り機は、この方たちの為の物のようです。なんか、媒体の先から不憫な気遣いが伝わってきました」

「………」

アルベール兄さまの顔が、苦虫を噛み潰したようになった。

「ぶはっ!」

ベール兄さまにはウケたようだ。

「こいつら媒体に同情されたのか?」

そうみたいですよ……あ、院生の二人が首を傾げた。

「わたくしは媒体を持っているのです。わたくしには前世の記憶があって、前世の世界の情報がもらえるのですよ」

もらえる情報を全部アウトプットできればいいのですけどね。
一度に受け取れる容量というものがあるのです。OSの質私の地頭が悪いというのもあるけど。

「「くあっ」」

あくびをされてしまった。そうですか、媒体には興味ありませんか。
でも王族の前であくびとは度胸がありますね。
アルベール兄さまに叱られないところを見ると、今に始まったことではないようですけど。

「お前たち、もしかして寝てないのか?」

コクコクと頷くご両人。

ベール兄さまも気取らない性格でよかったですね。

「どうして、食べてなかったんだ?」

首を傾けるご両人。

「腹、空かなかったのか?」

首を反対側に傾けるご両人。



「……このふたり、兄上が面倒見ないと死ぬんじゃないか?」

「まったくだ。前はここまで酷くはなかったのだが……」

アルベール兄さまは口をへの字に曲げて腕を組んだ。

冷蔵庫を提供したくらいだから既に面倒見てますよね。口ぶりでは中身も満載されていたはず。

自分たちで中身を補充できないほど忙しかったの? 急がされてた?


「……残業反対」


アルベール兄さまに非難の目を向けたら『濡れ衣だ』と軽く眉をしかめられた。

私の前世のブラックぶりは、周囲の者なら誰でも知っている。
『社畜』は『商犬』と、『ブラック企業』は『血吸商会』と翻訳されたほど周知されている。

前世の生活ぶりにあきれ果てられ、もう過ぎたことなのに、何故か私が叱られたのです。
澄子さんを叱ってくださいよ。私だ。私だけど私じゃない。むぅ。


「では、不織布の機械が壊れちゃって、急いで修理していたとか?」

王子の訪問に間に合うように修理してた?

ふたりとも首を振る。

「いろいろ設計させてもらえるのが嬉しくて……」

ようやくしゃべった。

「金属を自由にさせてもらえるのが嬉しくて……」

セリフまで似てる。

寝食を忘れて研究に没頭するタイプのようだ。
つまり自業自得。ある意味オタク。「媒体の人」もオタクかも。もっさり同志、同病相憐れむ?
おっと、私もオタクだったっけ。仕事中はスーツを着ていたけど、自宅にいる時は、まぁ、おほほ。

「疑ってごめんなさい、アルベール兄さま」

こういう時は早く謝ってしまうのが一番です。




フィカス・ベンジャミン……下枝を剪定すると、上に一生懸命葉を生やします。
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