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2章 幼少期編 II
52.研究院 1
しおりを挟むワーナー先生の授業が終わったら、アルベール兄さまとベール兄さまがお迎えに来た。
わかってたけど外出のお誘いだった。やっほーい!
お出かけ準備は昨日からもう万端で、浮かれすぎて昨夜はよく眠れなかったのだ。
馬車の中で眠くなりませんように。眠るなんてもったいない。存分に楽しまなくちゃ。
今日の足は〈アルベ I 改良型7〉
旧式を極限まで乗り心地良くしたベール兄さま専用馬車である。
紺色の塗装が近衛騎士の記章に合わせてあって、ベール兄さまの好みが思い切り出ています。
向かう先は研究院──正式名称『ティストーム王立研究知枢院』
場所は平民の裕福層で、西本道からはだいぶ北側にそれた位置にある。
周辺が院生の街になっているらしく、馬車が通る両脇には院生用の寮や若者向けの店が立ち並んでいた。
通る人の姿はやっぱり院生が多い。どうして院生だってわかるのかって?
「研究院って、制服があったんだな」
ベール兄さまも研究院に来るのは初めてのようだ。
生成りの綿シャツに黒ズボン。女性の院生は少ないけど黒のロングスカート。
黒ベストは着ていたり着ていなかったり。冬にはこれにジャケットと外套が加わるそうだ。
襟や袖には花文字の生徒番号が染めで入っていて、わざと目立つような趣向が凝らしてある。それが勲章のようでとってもお洒落だ。カバンを片手に颯爽と歩く院生たちがカッコいいこと。そうでない人もたまにいるけど。
アルベール兄さまが言う事には、やたらとデザインチックなのは安易に売買できないようにするためだそうだ。なんでも相当高値で売れるらしい。
なぜなら───
院生はモテる。将来性があるからとにかくモテる。
だから院生の振りをして女性に悪さをする者が後を絶たないのだそうだ。けしからんね。
制服を着ると3割増しに男前度が上がることもあって、遊び倒して貢がさせてポイされてしまうのだ。ホントにけしからん。
じゃぁ、女性の偽院生は?
男性と違ってあらゆる門戸が狭いことから、女性の院生はまず遊ばない。
その固さを笑う者たちもいるが、それを知っているからこそ、男性に近づく偽女院生は相当手練れでなければ騙すことはできない。
デキる女が好きな男性もいるだろうし、必死に頑張る姿を健気に感じる男性もいるだろうが……
だけど制服にナンバリングされているのでしょ? 身元確認できるでしょ?
恋は盲目……確認なんてしないらしい。
もういっちょ、売った方もすぐバレるでしょ? それがバレないらしい。
抜け道なんていくらでもあるのだ。それこそ偽制服を作ればいいことなのだから。
……でも「裏の仕立て屋」とやらがいるらしい。詐欺程度に使うには採算が取れないから、それはもう他国の間者とかの管轄だそうですけどね。
研究院の情報は国をも動かす時があるのだ……とアルベール兄さまがドヤ顔で申しております。
はい、勉強になりました。
明日も覚えているかは保証できませんが。キリッ。
ともかく……げに恐ろしきは制服マジックです。
異世界でもどこでもいっしょか。
コレクターもいそうだね。
ブルセラみたいなお店があったりして。コスプレパブとかは……聞いたら叱られた。
王都にイメク……聞く前に叱られた。
ベール兄さまは聞きたそうにしていたから、お城に帰ったら教えてあげ……叱られた。
「性教育は大切ですよ。ねっ、ベール兄さま」
「うむ。知識だけはあるぞ。騎士団に出入りしていると耳に入ってくるんだ。質問すればなんでも答えてくれるしな」
「ほらぁ~、アルベール兄さま」
「お前は何歳だ?…「5歳です」…ベールは何歳だ…「もうすぐ10歳」……ベールはともかく…「ともかくなんだ」…シュシューア、黙りなさい!」
「はぁ~い」
喪女だってY談が好きなのに……なんでこんな話になったんだけ? あ、そうそう、制服ね。
制服を売った院生、もしくは紛失してしまった院生には、もちろんそれなりのペナルティがあるそうだ。
紛失(盗難含む)の場合は、いかに早く紛失届を提出するかが鍵になる。
要は自己管理能力を問われるわけだが、私が知っているところの内申書に記録されるらしい。
売った場合は、取り調べられて精査された後、最終決定は彼らを後見する推薦人が決めることになる。
(院に入るには貴族平民に関わらず、名士の推薦状が必要なのだ)
推薦した名士の面子を潰したわけだから、推薦は当然取り消され即放院、そして推薦人と研究院への賠償金を支払わなければならない。
制服を売る行為を犯した者に支払い能力があるはずもなく、大抵は借金労役が課せられることになる。
たかが制服、されど制服。
制服の威力は強く、そして重い。
官人に支給される制服も同じ扱いなのだ。
院生だからと甘いことは言っていられないのである。
だからして、研究院の卒業時に、城勤めの退官時に、制服の返却は必須なのである。
……とアルベール兄さまが申しております。
………続く
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