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1章 幼少期編 I

24-1.作ってください

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手押しポンプの超シンプルな断面図と、ウルトラ簡単な部品の分解図……のようなものが粗方描き終わった。

テーブルの上では描ききれず、藁紙を床に広げたら描く前に止められ、庭に板を敷かれてその上で描き始めるも、はみ出して板の上に描きだして、藁紙が付け足され、はみ出して、付け足され、はみ出して、付け足され、それを繰り返しているうちに巨大な図面になってしまったが、墨でベチャベチャになりながらも仕上げた超大作であることは間違いない。私、いい仕事した。ふい~っ。

「とってをうごかすと、コレが、うえしたにうごきます。コレがうえにあがるときに、すいめんまでのばしたクダをとおって、みずがあがってきます。こっちのコレがふさがると、こっちのコレがひらいて、みずがもどってしまうのをふせぎます。みずはここからバシャーッとでてきます」

ピストン、弁、圧力、真空などの単語を知らないから説明がいちいち回りくどい。
アルベール兄さまとランド職人長の反応はいまいちだったけど、井戸の前で地面に広げられた図面を指しつつ、ジェスチャーを駆使したらなんとか伝わったようだ。
試作品が完成したらどんな顔をするだろう。水バシャーッの瞬間が楽しみ~。

そして部品に使われている便利素材『ガモ樹液ゴム』の力説も忘れてはいけない。
『覚えておいてよかった自分的超知識』を披露する時が来た。

【生ゴムに煤を混ぜると丈夫になる】

これこれ、これですよ! ゴムを固く結合させているのは〈煤=炭素〉なのだ。

ただしまだ先がある。
今はまだ墨の原料に使っている煤で事は足りるのだけれど、近い将来にはもっとゴムを強化させる必要が出てくる。それには炭素の純度を上げなければならない。現煤の炭素率を倍にした純度、つまり不純物の少ない素材……その名もカーボンブラック!

魔導部にストックしてあるガモの樹液の前で、私は演説しながら懇願したね。
連れてきてくれたミネバ副会長と、案内してくれたシブメンはドン引きしていたけど、知ったことではないのだ。

わざと酸素が不足するような形の炉の中で油を燃やすと(不完全燃焼のことね)…この時に出た煤が純度の高い炭素であるカーボンブラックと呼ばれるものになる。この工程に燃料として使われていたものは天然ガスだという知識はあるけれど、残念ながらガスの知識が私には皆無だ。

どうにかしてください……どうにかしてくれそうだ。

私の頭の上でボソボソ交わされた大人の会話の内容はまったくもってわからなかったけれど、ミネバ副会長が頭を下げてシブメンを見送っていたから、シブメン預かりとなったようだ。

……そうか、こっち系はシブメンに頼めばいいのか。覚えておこ~っと♪



☆…☆…☆…☆…☆



硬質ゴムの進化をシブメンに任せたことなど、いつもの様にすっかり忘れていた頃。
輪投げ(ランド作)で遊んでいた私のもとに当のシブメンがやってきた。

「ほぅ……」

何か用があったはずなのに輪投げに興味を示したシブメンは、私と一緒になって輪を放り投げる遊びに夢中になった。
しかし、何十回と投げても彼の成果は上がらず、棒にはまっている輪は僅か3個。打ち止めとなった。

「ゼルドラまどうしちょう……おとななのに、わたくしより、へたなのです」

シブ顔がますます渋くなる。
わぁ、眉間の3本皺の上にクッと窪みができた! 新発見! 要観察!

「姫さま……魔導士さんの用事を聞かなくていいんかい?」

遊びに付き合ってくれていた庭師のトム爺が、輪っかを集めながらボソッと言った。

「あぁ、硬質ゴムの試作品が出来たので迎えに来たのでした。離宮に置いてあるので行きましょう」

こ…こう…ゴム? 試作品?……なんだっけ。
……まぁ、いいか。今日の付添人はシブメンなのね。行きましょうか。

「片付け、忘れてますぜ~」

おっと、トム爺の待ったがかかってしまった。
うちのお城の人たちは姫が相手でもきちんと叱ってくれるのだ。とはいっても、輪投げセットを籠に入れた状態で差し出してくれるところが甘いのだが。

「ありがとう」

ここでお礼を言わないと渡してくれないという教育的指導付きである。

まぁ、シブメンがおもちゃの籠を持ってくれました。紳士ね。もう片方の手は私なのね。ちょっと照れる~。

仲良く手を繋いで離宮にレッツゴー!


ちょ、ちょっ、ちょっ。


もっとゆっくり歩けないのですか?
いたいけな姫が小走りになっていますよ?
なぜ幼児の歩幅に合わせないのです?
言わないとわからないのですか?

はぁ、はぁ、はぁ……

シ~ブ~メ~ン(怒)



◇…◇…◇



コン、コン、コン。

テーブルをで叩くとこんな音がした。

「かたいゴムです!!」

離宮に用意されていた硬質ゴムの試作品を見て、ようやく思い出した。

この黒いゴムで私がやりたかったこと。

それは壮大な計画───

異世界あるある『馬車の乗り心地改善対策』なのだ!(忘れてたけど)

傍聴席食堂にはアルベール兄さまと、ミネバ副会長と、無理やり引っ張ってきたランド職人長がいる。あ、もちろんシブメンも。

少ない語彙と、稚拙な絵図と、大袈裟なジェスチャーで、ノーパンクタイヤのプレゼンを開始した。
何度も脱線したのにもかかわらず、みんなは辛抱強く付き合ってくれた。

ノーパンクタイヤと言っても、表面は滑り止めを刻んだ強いゴム、2層目は振動を吸収する柔らかいゴム、3層目はまた強いゴム……その程度の知識だ。

ゴムの中にワイヤーを通した図が頭の隅に浮かんできたけれど、あれは車用だったはず。余談として伝えておいた。
輪ゴムのようなソフト強化には硫黄を使うのだが、それがタイヤに利用できるのかは不明だ。
スポンジ状の発砲ゴムが使われたものもあったけど、わからないのでこれも情報だけ伝えた。

笑っちゃうくらい適当な知識だった。面目ない。

それでも私が馬車に乗る年齢になるまでに、是非とも装備させておいて欲しいと切に願う。
前世では乗り物の振動が苦手だったのだ。


後回しにされていた針金製造具も思い出した。
無理やり絵図を押しつけて、アルベール兄さまの足にガッチリしがみついて解説を聞いてもらった。
サスペンションもキャビン座面のスプリングも描いた。
コイルの形状は規則的に巻かないとうまく機能しないと、注意書きを記入してもらってから、解放してさしあげた。

この先は技術者の腕次第。コツなどわからない私が口を出すことではない。

ドワーフがいたらよかったのにね。
エルフもいないんだって。
ロマンが萎んだ~。

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