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2章 幼少期編 II

26.ほっぺ 2

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「きれいだねぇ」

覗き込んだルベール兄さまが感嘆の息を漏らした。

白とピンクと黄色のパステルカラーが、透明なガラスの中に閉じ込められている。
女の子じゃなくても可愛いと声を上げたくなる『マシュマロ』であります。

きれいだと関心はするけれど、入ってるお菓子がどんなものかわからなくて、ルベール兄さまは私に首をかしげてきた。

「マシュマロといいます。シュシュのプニプニほっぺですよ。ルベール兄さまのために作ったのです……ヌディ、蓋を開けてくれる?」

囁くように『はい』と答えたヌディは、蝶の摘まみを少し捻って丁寧に蓋を持ち上げた。
次いで容器本体を持つワーナー先生が、中身が取れるように静かに腰を落として容器を傾けてくれる。
うふふ、夫婦の共同作業です。なんちゃって。

それではそれを、ひとつまみ。

「あ~ん」

マラーナに行ってしまったら出来なくってしまう、最後の「あ~ん」だ。
帰ってきたらまたやるかもしれないけど、いずれ出るであろうアルベール兄さまの『あ~ん禁止令』に備えて、今のうちにやっておく。

「あ~ん」

ルベール兄さまも身をかがめて、いつものように丸く口を開いてくれた。

ぽいっ。

モグモグしたらすぐに、お目々も丸くなった。
そして自分も容器からひとつ摘まんで、フニフニと弾力を確かめる。

「はぁぁ~、やわらかいねぇ~。本当にシュシュのほっぺみたいだ」

摘まんだマシュマロも口の中に入れて、私の頬を両手でもみもみしながら嬉しそうに食べてくれた。

……………………………………
マシュマロの作り方
①水+ゼラチン+砂糖を鍋で溶かし混ぜる。
②メレンゲ(卵白+砂糖)に①を少しづつ加えて泡だて器で混ぜる。
③白:バニラエッセンス/ピンク:イティゴパウダー/黄:レベパウダーに分けます。
④絞り器に③を入れ、敷いた片栗粉の上に丸く絞り出す。
⑤上からも片栗粉を振りかけて、全面にまぶす。
⑥冷蔵庫で冷やして完成です。
……………………………………

「なかなか面白い食感だろう?」

アルベール兄さままで摘まんで食べ始めた。

「僕より先に食べたんですか?」

ちょっと目が恨みがましくなった。

「味見は必要だろう」

くすくす。

「ルベール兄さま、これ、調理法です。食べ終わってしまったら、マラーナの料理人に作ってもらってください」

ヌディに飾り枠を描いてもらったお洒落なレシピ…「あっ!」…アルベール兄さまにひょいっと取られてしまった。

「アルベール商会の商品だ。いいな、ルベール」

ええぇ~。

「でしたら兄上。マラーナにも商会の支店を出してくださいよ。僕が支店長になりますから」

「あぁ、考えておこう。こらシュシューア、なぜ馬車に乗る」

「わたくしはマシュマロの付属品なのです」

お構いなく。私はいないものと思ってくださいませ。
しかしガシッとつかまれて、アルベール兄さまの脇に抱えられてしまった。デジャヴ~。

「わたくしも、行くのですぅぅ~っ!」

手足をばたつかせて抵抗してみた。

『亀みたいだ』……今の声は誰ですか?

「シュシュ……」

ルベール兄さまの声が切なそうにかすれた。

「そうだね、一緒に行こ…「イルゲ王女が待っているぞ。早く行け」

アルベール兄さまは、しっしっと手を払う。

「はっ! イルゲ…そうですね! シュシュ、いい子で待っているんだよ。すぐ帰ってくるからね」

ルベール兄さまっ? いきなり女の子大好き顔に!

マシュマロの布包を受け取って、シュタッと馬車に乗り込んでしまった。
ルベール兄さまの変わり身の早さに、騎士と従者たちもびっくりしていた。

「いってきま~す♪」

窓から手を振るルベール兄さまは、もうマラーナへ飛んでいるようだった。

気を取り直した騎士たちは、私たちに敬礼して自分の馬にスマートに騎乗する。あの飛び乗りは何度見てもどうやっているのかわからない。格好いいよね。

二人の従者は申し訳なさそうに頭を下げてから馬車の後ろに乗り込み、キャビンの天板を叩いて御者に準備OKの合図を送る。

そして馬車は無情に走って行く……

「……行っちゃった」

あまりにもあっけらかんと行ってしまったので、嘆くタイミングを失ってしまった。

だらんと体の力を抜くと、もう追いかけていかないと判断したのか、アルベール兄さまは私をすとんと地面に下ろしてくれる。

「ふられたな、シュシューア」

むっ!

「だが、もう暫くしたら夏の社交が始まる。リボンが王都に来るぞ」

リボンくん!

「これは、泣き喚かなかった褒美だ」

アルベール兄さまの手には手紙が…手紙が…手紙が……

「リボンくんからの手紙! 隠していましたね!?」

「ふふん、ルベールが出立してからの方が良いと思ったのだ」

私の癇癪対策だ。絶対そうだ。むきーっ!

「まぁ、ルベールもリボンの手紙には敵わなかったわけだ。引き分けだな」

「何の勝負ですか。もう」

「ワーナー魔導士、今日の授業はこの手紙を教材にしてくれ」

「かしこまりました」

リボンくんの手紙は私には渡らず、ワーナー先生のもとに行ってしまった。
わからないところを授業で読んでもらえるからありがたいけど、私に来た手紙です。私が持ちます。
ワーナー先生に手を差し出すと、クスリと笑って手の上に手紙を置いてくれた。
目の前に掲げて眺めてみる。リボンくんからのお手紙……

「うふふふふ~、リボンく~ん、リボンく~ん♪」

くるくる回ったらアルベール兄さまと目があった。片眉を上げていた。
まずい、手紙を取り上げられるかも。すかさずポケットにしまった。私の普段着にはシーム・ポケット(縫い目を利用した目立たないやつ)があるのだ。むふん。特注であります。

「シュシューア、正式な手紙の書き方も教わりなさい。ワーナー魔導士、最後の添削は私がするから回してくれ」

そう言うと、アルベール兄さまはくるりと背を向けて城内に歩いていく。
ワーナー先生とヌディはそれを腰を曲げて見送った。

「ねぇ、ヌディ。アルベール兄さまの合格が貰えたら、手紙の縁に飾り枠を描いてくれる?」

「よろこんで」

やった。

「ワーナー先生、カラスくんのお話は進みましたか?」

「内緒です。絵本になるまで待っていてください」

「あ~ん、少しだけ~」

ワーナー先生とヌディに手をつないでもらって、お姫さまは捕まえられた宇宙人のように教室に向かうのだった。

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