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2章 幼少期編 II
14.ハッピーシュッポー
しおりを挟むゆっくりの上昇とはいえ、たった4階なのであっという間に到着してしまった。
停止には何の衝撃もない。蛇腹扉の先の出入口との位置もちょうどいい。館長は満足そうに確認して、操作レバーを戻してストッパーもかけた。
次に扉枠の飾りだと思っていた部分を軽く押すと、乗籠と壁面との間でバッコンという嵌め込むような音がした。
「今ので乗籠の位置が固定されたんだよ。解除しないともう絶対に動かない」
ドヤ顔するルベール兄さまの後ろで、館長も同じような顔で頷いていた。
パニック映画でよくある怖ネタ……乗り降りしている時に勝手に乗籠が動いて挟まっちゃうやつ。そこに着目したんだ。凄いね。
今度、開発チーム(たぶん研究院)に会いに連れて行ってもらおう。安全装置の発案者には新作のお菓子を進呈だ。
「そのままお待ちください」
館長は軽く腰を折り、ゆっくりと蛇腹扉を開けた。
建物側の扉は木製の吊り引き戸だ。凹み取っ手に手をかけて横に引くと、開閉の合図であろう鈴鐘の音と共に開かれる。チリチリチリと、少し非常ベルの音に似ていた。
4階の階段室である。
目の前には安全を確保したらしき護衛が立っていた。
そして、この階段室にも見覚えのある椅子が置いてあった。ブレないね。
「4階、商品展示室でございます」
ルベール兄さまのエスコートで展示室にやってきました。
館長は後ろからついてくるだけで、案内はルベール兄さまがしてくれるようだ。
「あの辺りは初期の併結の記録で、その隣がレストランで提供してきた料理のレシピ。あそこからず~っと魔導具の設計図。隣も何かの設計図。つまんないよね」
……館長が『そんな!』って顔してますよ。
「うふふ、意地悪を言っていますね? では、わたくしが楽しそうな場所に連れて行ってさしあげます……どちらですか?」
「そこで僕に聞いちゃうのがシュシュだよなぁ。こっちだよ」
クスクス笑いながらルベール兄さまの後ろについていく。
商品陳列コーナーに向かっているはずです。だって商品展示室ですもの。設計図があるなら実物の魔導具も絶対に置いてあるのです。るる~ん♪
「ふぉっ? わぁ!」
パーテーションの裏がいきなり模型博物館になった!
何100分の1(適当)スケールの縮小された大自然があるのです! 山も森も川もなんてリアル! どんな素材で作られているんだろう! 透明の部分は多分ガラスね! もっと近くっ、近くで見たい!
「はっ! こここれは空中街道ですか?! これっ、駅ですね?! こっちは谷! 橋ですね橋! このジョバッと横から出てるのは水ですか? あ、水路! ふわぁぁぁぁ、すごいぃぃっ!!」
ジ・オ・ラ・マ~! 色もちゃんと塗ってあるよ! 石の一個一個がちゃんと凸凹してるの! 全部木工職人が作ったんだって! 凝り性! 天才! たぶんオタク!
「シュシュ~、これなぁ~んだ?」
「!!!!!」
ルベール兄さまの手の平には蒸気機関車の模型が!!
蒸気で動く子馬ぐらいの試作は見せてもらったけど、あれは動かすだけが目的の四角い箱型だった。
だが、今、目の前にある模型は、デザイン性のある組立式の模型である。なんということでしょう!
ちょっと意外だったのは、私の知っている蒸気機関車の『顔』ではないことだ。
正面が丸くないのですよ。トマースではないのです。ちょっとイジワル顔なのです。
おまけに流線形のボディは大戦中の秘密兵器っぽくて、そこに近衛騎士の式典甲冑みたいな素敵装飾が加わって、ちょっと高慢な貴公子のようで……はぁ、格好いい。
あ、せっかくならオリエント急行みたいな超豪華寝台列車を連結してみたらどうだろう。殺人事件が起きて名探偵が解決しちゃったりして……うふふふふふ~。
「♪~♪♪♪~♪♪♪~ …はっ!」
「おかえり」
真正面に頬杖を突いたルベール兄さまの顔があった。
「あれ? え?」
私は子供用椅子に座っていた。
机には藁紙が何枚も散らばっていて、そこには図形や走り書きがびっちりと書き込まれていた。
私、ペンを持ってるね。
私、てるてるになってるね。
……私が書いたの?
「模型が刺激になって媒体に繋がるかもしれないから、用意しておいたんだよ」
……あ、この椅子、離宮のだ。
「この間、僕たち家族がシュシュの媒体に同調したのを、覚えているかな?」
コクッと頷いてお返事をする。
「あの時にね、シュシュの媒体の情報を、切れ切れだけど掴むことが出来たんだ」
へぇ。
「シュシュの媒体が快楽で繋がるのも、”場”がお花畑なのも意味がある。フワフワ気分を保つためなのだと思う」
……?
「シュシュがよく言っている『リラックス』の事だよ」
あぁ。
「媒体には快楽で繋がって、お花畑でリラックスする。そうすると、降りてくる情報を掴みやすくなるんだよ……何が働いてそういう仕掛けが施されるのかは、媒体の謎だよ」
そうなんだ。
「でね……その情報は、シュシュには理解できそうもない事がわかった」
えぇ~。
「だから、情報を文字と絵で引き出す方法を、設定してみた」
え? ルベール兄さまが?
「僕も媒体を持っているからね。やってみたら出来た」
そんな簡単そうに……
「ふふ、媒体を上手に使えたね……シュシュ、偉いね」
「………」
ルベール兄さまを、見る。
私が書いた藁紙を、見る。
もう一度兄さまを、見る。
嬉しさがじわじわ込み上げてきた。
「やったーーーっ!」
ただのお馬鹿さんじゃなくなったーっ!
未知の情報をアウトプットできちゃうのよ!
チートよーーーっ!
うんうんうん、私ってば何を書いちゃったわけ? どれどれどれ。
「え~と、これは何ですかね?」
「車輪だと思うよ」
「車輪なのになぜ斜めになっているのでしょう」
「さぁ、走行に利点があるんじゃないかな。検証は職人に任せればいいよ」
そうですね、では次……この梯子みたいなのはレールよね。枕木はどこ行ったの? レールの断面図と、エキスバンド・ジョイント? あぁ、伸縮継ぎ手のことね。こっちは車輪の周りの機械?金具? この分解図はどの部分なの? タービンってよく聞くけど何だっけ? ドレイン? ラッセル? せっかく日本語で書いてあるのにカタカナじゃわかんないよ。こっちは? この巨大なバネに挟まれているのは油圧ダンパーかしら。上下用、左右用、蛇行用、旋回用ね。わからん。特に旋回。列車が旋回するって何?
「あ、断面図があった。これは馬車にも使える揺れ軽減の仕掛けですよ」
「前に外観だけ描いてあったダンパーだね?」
そう、筒の内部がわからなかったやつ。
「わたくしの知らない情報ですね」
「媒体内でどこかと繋がっていたんだろうね」
「そっかぁ~」
「それも媒体の謎だよ」
「……そう…ぅ……?」
「シュシュ?」
「………」
……う~ん……これは、うぅ~、う~、……
「何だい? 何が不満なんだい? お兄さまに言ってごらん」
むくれていたら、ほっぺを両手で潰された。ぶぅぅっ。
「……自分で書いたのに、何が書いてあるかわからないのですもの。わたくしの媒体は親切ではありません。もっと優しくしてくれても良いと思うのです。こことか、こことか、こことか」
つれないカタカナを指でグリグリする。
「読めないの?」
「読めますよ。読めますけど、意味が分からないのですから、お馬鹿さんはそのままなのです」
『あ~、気付いちゃったか~』と頭をかくお兄さま。
気付いちゃいましたよっ。むきぃーーーっ!
まさしくこれはシブメンの言っていた『残念ですなぁ』なのですよ。媒体は普段使いが出来ないと本当に残念なのです。時々便利はお利巧とは違うのです。『5+6=たくさん(指が足らないから)』のままなのです。
あうぅぅぅ、楽しくトリップして歌で暗記……それしかないのかなぁ。夢見心地で暗記なんて出来るのかなぁ。
……お歌、がんばってみようかな。
「……ルベール兄さま、用を思い出しました。緊急です」
「ええ!? また!? 館長~~~!」
なんと、私は二時間程もお花畑に往っていたそうです。
用を思い出すわけですね。
……大丈夫、間に合いましたとも。
………続く
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