130 / 184
2章 幼少期編 II
12.長いの
しおりを挟む子供用の椅子に座らせてもらって、一息つく。
テーブルの位置は食堂の中央、豪華なシャンデリアの下。ほんのりスポットライトを浴びているような最上級席だ。
他の席にも序列が付いているみたいだけど、私は一生このテーブルにしか着かないはずだから覚えなくてもよいのです。よくないか。
「どう? シュシュ」
離宮での食事をレストラン仕様にして練習したのでバッチリです。でも、そういうことが聞きたいのではないですよね。
「食堂の中の人のザワザワがウキウキします。厨房から漏れてくる食器の音もワクワクします。天井が王宮よりも高いから良く響いて、音楽も気持ちがいいです。どこから聞こえてくるのですか?」
見たところ、食堂に楽団はいない。
「楽団は隣の部屋だよ。壁と天井の間の空洞……あそこが隣の部屋と繋がっていてね、ふふっ、凄く狭い部屋で演奏しているんだ。見に行かないであげようね」
裏舞台か……見に行きたいけど我慢しよう。
「失礼いたします」
制服姿の給仕が、おしぼりとレベ水を持ってきた。
食事前に手を拭くという習慣は「お手水」同様まだ布教中だ。
おしぼりはアルベール商会の他のレストランでも提供されている。ただ周知はされていても普及がイマイチ。ならば王族のデモンストレーションで確固たる地位を築きましょう。控室で手を洗った直後だろうが関係ないのだ。ふきふき。
次は、メニューを開いて注文……とはならない。ティストームの高級レストランでは事情が違う。
メニューは予約時のためのものであって、来店時には予定の仕込みが全て終わっているものなのだ……あ、日本でもそうだった?…そうだったかも。料亭とか。ごほん…テーブルに案内されたら、美味しい食事が運ばれてくるのを大人しく待ちましょう。
「追加をしたい時? 給仕に言えば、希望に沿うそれらしきものを出してもらえるよ。もちろん無理な時は断るけどね。プリンアラモードのおかわりとか」
「まだ無理ですか……」
「プリンアラモードだけは無理だねぇ。レストランで出すプリンはチギラの特別レシピだから……追加を受けると争奪戦が起きるらしいよ」
特別レシピですと!?
「僕たちは離宮で食べてるよ」
……ならいいです。文句ありません。
「お待たせしました」
サラダが運ばれてきた。
「枝豆の冷製スープでございます」
枝豆の冷たいポタージュが運ばれてきた。
「万物に感謝を」
上流階級の食事には出される順番というものがある。
最初に冷製のものが出される……これだけ(笑)そして完食しなくても次が運ばれてくる。温かいものを先に出すと冷めてしまうから後に来るというだけだ。そして、こまめな空皿の回収はない。給仕が割り込むことで会話を途切れさせてはならない、という心遣いでそうなっている。
一方、宅の常餐や晩餐会などは、大皿から給仕が取り分けていく形式が多いと聞きます。
城の料理長は時折遊び心を利かせて、冷/温/冷/温と小皿で出してきたりしますけど、それはそれで楽しいです。
「ミエムのファースでございます」
はい、待っていました、スパゲティナポリタン。
和風だしとすりおろしニンニクで、昔懐かし喫茶店の味を目指した一品です。
ホール内がザワリとした。
『あれは何だ?』
『”長いの”と聞こえましたわ』
『ミエム……ケチャップ味?』
よしよし、皆さん興味津々ですね。
「粉チーズと刻みパセリはいかがいたしますか?」
給仕の盆には、粉チーズと刻みパセリの小皿がふたつ。
「僕は粉チーズたっぷりとパセリは程々に」
「わたくしは両方少しずつ」
スプーンでパラパラとかけてくれる。
給仕が下がる。
フォークを手に取る。
注目されている。
『さぁ、アルベール兄さまからの任務を遂行する時が来ましたよ!』
巻き巻きとルベール兄さま。
クルクルと私。
ふたり同時にパクリ。
モグモグモグ。
よく噛んでごっくん。
「美味しいね」
「はい、美味しいです」
離宮で食べるいつもの味。
ルベノールの厨房には、今日だけチギラ料理人が来ているのだ。
巻き巻き、クルクル、モグモグ……むふふ。
美味しいので演技をしなくても自然と顔が緩んでくる。
ルベール兄さまも……くぅ、モグモグしながらの微笑みは反則です。胸を押さえている令嬢が何人かいますよ。
はい、そうです。
私のプチデビューの方がおまけです。
今日のメインは『ファースのデビュー』だったのでした。
反応はすぐに表れた。
給仕が呼ばれている…質問されている…追加された。
あっちで給仕が呼ばれる…質問して…追加した。
こっちでも給仕が呼ばれる…質問…追加。
やった! 任務達成!
ケチャップが苦手な人には、カルボナーラとペペロンチーノも用意してあるのでご検討ください。でも今日の追加はハーフサイズだけですよ。今日の予約した食事が食べきれなくなりますからね──それでは、新生ファースをどうぞお楽しみください。
◇…◇…◇
王族がフォークで巻き取って食べる姿を見せるだけでいい。
それで抵抗なくファースは受け入れられるはず。
これはミネバ副会長が考えた作戦である。
当初は食べ方が特殊な麺類をレストランに出す予定はなかった。
しかし、世間にファースを広める必要が出てきたのだ。
……なぜなのか。
パスタ、中華麺、うどん……
私たち離宮メンバーは、あまりにも「長いの」が好きすぎたのだ。
『自分しか使わないかもしれませんが、姫さまが言う「ぱすたましん」を作ってください』
チギラ料理人は会長に泣きついた。
泣きつかれたアルベール兄さまも、例にもれず麺好きのひとりである。もっと頻繁に食べたいと思っていた。
『ファースの販売計画書です』
ミネバ副会長が書き立てホヤホヤっぽい発案書を提出した。彼も同類だった。
ひとたびプロジェクトが動き出したら、とんでもないことになっていった。
パスタマシンでは済まなくなったのだ。
『製麺機』を作ることになったのだ。
その流れで、チギラ料理人は研究院に出張していったのだ。泣きすがる私を置いて……
製麺機は3台に分かれた。
『まぜるくん』
『のばすくん』
『かっとくん』
…適当に私が呼んだら採用された(注:西大陸語)
ここでいよいよ、ミネバ副会長のファース販売計画が発動されるのだ。
1.ルノベールでファースのデビュー!(今ここ)
2.…以降は聞いていないけど『乾燥パスタ』を作るための実験が、研究院に丸投げされた事だけは知っている。
中華麺とうどんも諦めている様子はない。箸はどうする? ズルズル音はどうする? 販売計画に入っているんでしょ? またデビューに協力してもいいよ。王族のデモは最強だもの。
◇…◇…◇
そんなわけで、美味しいスパゲティナポリタンを完食。
ごちそうさまでした。
………続く
111
お気に入りに追加
1,787
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる