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2章 幼少期編 II
9.花の富裕層
しおりを挟むようやく通行の許可が出て、目的地である神殿に向かう。
神殿は平民の富裕層にあるのだ。
ベール兄さまが、神殿に行くのは面倒くさいと言っていたのを思い出す。
面倒なのは神殿ではなく禁門だと言いたかったのかもしれない……うん、確かに面倒くさいね。あそこの門兵こわいし。
神殿にしか用がないならもう来なくてもいいかなぁと一瞬思ったけど、この層にはアルベール商会関係の建物が点在しているからそうもいかない。私には店舗全部を制覇するという野望があるのだ。
本日の予定は、神殿見学 ~ ルベノールで昼食とお買い物 ~ 帰城となっている。
ルベノールがあるのは、例の多目的調理台の実演販売をしている建物だ。前から行きたいと思っていたのでとっても楽しみである。
東本道界隈に〈ルベノール〉……百貨店内レストラン
西本道界隈に〈アルベール商会〉本社ビル
南本道界隈に〈アルベノール〉…レストラン1号店
北本道界隈に〈ベノール〉………軽食カフェ
どれも本道近くの一等地なのが、アルベール商会の凄いところだ。
「ん? 離宮に来ているアルベール商会の人たちも、毎日あの禁門を通って来ているのですか?」
行きも帰りもあそこを通るのは大変そう。
「チギラたちは下級貴族層から通っているよ。アルベール商会が長期契約している宿があるんだ。ほら、城の下働きとか、貴族家に住込みしている下働きとかは平民でしょう? 届け出さえすれば平民でも長期滞在は可能なんだ。どんなに稼いでも平民が貴族層に家を持つことはできないけどね」
頻繁に貴族層に出入りする平民の豪商などは、貴族が所有する家を借りて住んでいる者もいるそうだ。
ただステータスとして住んでいるお金持ちもいるみたいだけど、それはわからないでもないね。私も鎌倉や芦屋に憧れていたくちだもの(実情は築40年の安アパートだったよ。ふっ)
本道の検問橋の他には、平民層から貴族層への搬入専用の検閲橋が12本ある。
そこは荷物だけで人は通ることはできない。
お姫さまは一生行かない場所なので、この記憶はあと数時間で消える予定です。
そして、富裕層は……富裕層は凄かった。
立ち並ぶ邸宅群が色鮮やかで目に眩しいものだった。まるで色鉛筆が並んでいるように見える。
それだけではない。
家壁全体に色濃い花が細かく描かれていて、本物の花も置ける所には全て置いている風体でどこもかしこも花だらけで、街路灯の一本一本にまで花模様の小旗が下がっていて、一緒にウィンドチャイムがシャラララ鳴っていた……まだまだあるが、しつこくなるのでこの辺りにしておく。
「もしかして、お祭りをやっているのですか?」
「ここはいつもこんなだよ。僕が道を歩いても、ちっとも目立たないんだ」
ルベール兄さまは乾いた笑みを浮かべた。女の子の視線が集まらないのだと……そうですね、あれには勝てませんね。なにしろ道行く人々がハンガリーの民族衣装に匹敵する装いなのだ。いや、ポーランド? チロリアンテープ?
「この流行は貴族層に流れ始めているよ。そのうち令嬢たちのドレスが花刺繍だらけになるかもね。でも僕たちのような派手な外見の人間には似合わないから、シュシュは着ちゃだめだよ。母上をお手本にしようね。レイラ嬢もわかっている方だから真似るといいよ」
はい。センスがない自覚はあるので、ファッションの自己主張は絶対にいたしません。
◇…◇…◇
三本目の路地を右に曲がると、その先の開けた場所に神殿がある。あるはず。あった、地図通りだった。
神殿の敷地は自然公園のようになっていて誰でも入ることが出来るが、馬車を乗り入れることはできない。
なので、私たちも馬車止めからは散策用の小道を歩いて神殿に向かう。
前後に護衛騎士、要所要所に立っている警備兵。散歩している人なんて一人もいない。一応お忍びのはずなんだけど、立入禁止になっちゃってるのね。ごめんね、散歩好きな人たち。
木立を抜けると神殿を囲む広い空間に出た。
神殿の全体を一望できるほどの何もない広い広い石畳地だ。催し物がある時はここが人で埋め尽くされるそうだ。
「うぅ、まぶしいですね」
よく手入れをされているであろう石畳は素晴らしく白い。
そして目の前にそびえる神殿も神々しく白い。
そこに太陽光が降り注ぐと照り返しが目にいたい。
それでも初めてきた場所なのでよく見ておくことにする。
丸みを帯びた美しい白亜の建物だった。
階段にさえ角らしい角がなく、窓も丸、扉も丸、平面の壁部分でさえも微妙に波打っていた。
きっと謂れとかあるのだろうけれど、さして興味もないので、上部の装飾を見たら興味がそれてしまった。
──…金だ!
ひときわ高い屋根の飾りが金色に輝いている。大きな球状の……何だろ?とにかく玉だ。日本語だったら金と玉でギャグになったかもしれないシロモノだ。
しかしさすが神のおわす殿ですな。金を雨風にさらしてしまうとは……いや、日本にも似たようなものがあったな。なんだっけ……あ、金のしゃちほこ。
さて、数段の階段を上がって装飾過多で重そうな両開きの扉を見上げる。
扉そのものは四角く、丸く見えたのは扉の枠だった。
巨人でも通るのかと思うぐらいに高さも幅もある。
扉を開けるのは予め待機していた二人の神官の役目だ。
開閉音はコトン、と。無粋なギギギ音はない。代わりにゴロゴロゴロ……見えないところに車輪がついてるらしい。見てみれば踊り場の床にレール用の金属が嵌め込まれている(もちろんバリアフリー)
「ルベール兄さま。馬車のタイヤと同じ素材を使えば、扉を静かに開けることが出来ます………おふたりの靴の裏に使われている素材ですよ」
神官ふたりにも声をかけた。
お弟子さんのアイデアで、靴底にガモがに使われていたはずだ。
「兄上の結婚式までには設置したいね。執行部に話を持っていくよ」
執行部とは、王城のイベント(夜会や茶会など)を企画運営する官人集団だ。アルベール兄さまの婚儀成功は彼らの肩にかかっている。
──神官たちは特に反応せずに扉を開け切った。
私たちが通り過ぎた後、靴の裏を見て互いに頷きあう神官の姿を見たのは護衛だけ…じゃないよ。私も見たもんね。
「………」
ここは一応『聖堂』と呼ばれている祈りの間っぽいところ。
う~む、何もない。
めちゃくちゃ広いけど、塵も落ちていないぐらい何もない空間だ。
神官の偉いお爺ちゃんが出迎えてくれることもなく、先に入った護衛のふたりが両脇に立つだけだ。
ルベール兄さまに手を引かれて中に入ったけど、明り取りのガラス窓が沢山ある以外は特にこれといって特徴はなかった。
ステンドグラスくらいあっても良くない? あの古いお城にさえあるのよ。もうちょっとこう、神秘的な何かをこう……
ワーナー先生がお勧めしないわけだ。
「奥の扉の先に行けば控室やら神官たちの仕事場があるけど、そこはまた別の日にね。儀式や催し物がある時には、いろいろ運び込まれて華やかになるから、兄上たちの結婚式を楽しみに待っておいで」
そうだった。ここで結婚式をやるんだった。
「わたくしが魔力判定に来ていたら、どこでやるはずだったのですか?」
「ん~、このあたりに机を置いて、その日の担当がサクッっと……」
「……それだけですか?」
「うん、それだけ。たまたま神官が城に来ていてよかったね」
あぁ、あの神官。
悪口言ってごめんね。顔も覚えていないけど。助かったよ。
「それじゃぁ、楽しみにしていた魔導灯にいこうか」
ルベール兄さまの切り替えも、サクッと早かった。
………続く
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