119 / 186
2章 幼少期編 II
2.王都
しおりを挟む視察団が王都に入ったとの知らせが来た。
「特別に中央塔を開放してもいいが、上るか?」
アルベール兄さまが指でつまんだ中央塔の鍵を揺らして、私とベール兄さまをお誘いあそばされた。
パァァと顔を輝かせたベール兄さまは、ジャンプしてアルベール兄さまから鍵を奪うと、いち早く廊下へ駆け出していく。私もっ! 追いかけようとしたけどアルベール兄さまに睨まれた。はい、レディは廊下を走ってはいけませんね。でも早歩きは許してくださいませね……競歩みたいに歩いたら『走るより悪い』と叱られてしまった。
これから向かう中央塔とは、王城の真ん中にある展望台である。
私たちが普段過ごしている「王宮」とはまた別で、「王城」とは公式の場として利用されているティストーム王国の象徴なのだ。
……その遥かなる歴史を感じさせる王城を、早く過去の遺物にしたがっているのがアルベール兄さまだ。
立派な建物なのだけどね、外観がもう蔦やら苔やら自然のアレコレやで変色しまくって大変なことになっているのです。
どうにかしてくれそうな魔導の石の再構築も、単純な足し引きだけで色までは干渉できないそうだから、もう仕方がないね。
それに王城の位置だとか、部屋の配置だとか、設備だとか、今の時代に沿っていないという事情もあるのだと、この間ワーナー先生に教えてもらったよ。
つまり、使い勝手が悪いという身もふたもない理由が潜んでいたのだ。
(アルベール兄さまの「新しくてきれいなお城が欲しいんだ!」というお坊ちゃまエピソードが気に入っていたのに、ちゃんとした理由があるなんて面白くない)
今通っている、王宮と王城を繋げている回廊は使わなくなっちゃうのかな。
両脇ともガラス窓で、まっすぐ伸びるアーチ天井の下を歩くのって気持ちいのだけど。
「高い所から、お父さまたちをお出迎えするのですよね。手を振ったら気付いてくれるでしょうか」
喜び勇んで上り始めたものの、中央塔とは一番高い塔のことで、螺旋階段がグルグルと何処までもグルグルと……よいしょ、よいしょ、はぁはぁはぁ。
私は足が短いから1段ずつしか上がれないのです(短足という意味ではありませんよっ)
先を見上げてもベール兄さまの姿はもう見えない。跳ねるような足音だけが聞こえてくる。
自力を断念。他力を所望いたす。
「アルベール兄さま、抱っこ」
仕方なさそうに手を差し出してくれたが、先の長さを懸念してか、アルベール兄さまはしゃがみ込んで私に背中を向けた。
おんぶ? 初めて! わ~い!
ドシッ! (飛び乗った音)
ららら~♪ おんぶぅ~♪ お~ん、ぶぅ~♪
嬉しくてキャッキャしていたら、耳元で騒ぐなと怒られた。
「おーっ! 今日は遠くまで見えるぞ!」
ベール兄さまはてっぺんに到着したようだ。
5歳になっても城外に出ないままでいた私にも、とうとうこの日がやって来た。
さぁ、王都を一望するわよ!
展望台は……うんうん、360度展開のガゼボみたいになってるのね。
一旦背中からおろしてもらって、すぐに抱き上げてもらう。
手摺壁が高くて私の背では外が見えないのだ。
「ふっ、どうだ?」
アルベール兄さまがドヤ顔になった。
そりゃそうでしょう。
だって凄いのです。絶好の景色日和なのです。お日様がまぶしぃのですっ!
「ふぉぉーーーっ!」
ワーナー先生に見せてもらった王都地図の通りだ! 水の都だ!
王都の中心にある丸い浮島のようなこの場所『王政区』を、流れるプールのように囲む人工川がある。
その先もドーナツ状に何層も何層も。視界だけでは切りが見えないほど遠くにまでぼんやりと……東京タワーの展望台から見た風景を思い出した。あちらはもっと雑然としていたけど。
整然と区画整理された道と屋敷群、豊かな緑、澄んだ空気に柔らかい風。
風と共に中央塔の脇を擦り抜けた渡り鳥の群れを、首を巡らせて追いかけた。
遠く遠く青空の先に霞んでいく。別の群れは水辺に……陽光が反射して見失ってしまった。
(ふふっ、離宮の通用門の外は、まだ王宮の敷地だったのね)
遠くに投げた視線を、中央塔近くに持ってくる。
ここは王政区のほんの一角で、私が日頃過ごしている区域も極々狭い範囲であることが分かった。
広いと思っていた離宮も、いくつもある庭園のひとつに隣接しているだけのものだ。
あの横長の建物は魔導棟ね。裏側に薬草園があるから間違いない。
他にも知らない建物が沢山あるし、整地された謎の施設や、森やら池やら小川まである。
うそ! 馬が走ってる。あちこちに馬車も見えるよ。
徒歩で通っている魔導棟が『遠いなぁ』とは思ってたけど、あれは一番近い建物だから何とか徒歩で行けたんだ。シブメンも毎日離宮に来ていたものね。
そうかぁ、建物間の移動は馬が基本かぁ。
ゴルフ場みたいにカートを……ううん、屋根付きの自転車タクシーのような乗り物が欲しいな。いちいち馬車は面倒くさい。
「アルベール兄さま、あそこは新城の建設予定地ですか?」
アルベール兄さまの肩越しに見た反対側に、土がむき出しになっている空間があった。
「そうだ、東に正面を向けて建築する。東門から1本の道で繋げるのだが、そうするとこの王城が間を隔てているだろう?……で、新城が完成したら王城の中心をくりぬいて、大行廊を造ることになっている」
新城は王城よりも3倍の大きさがあるのだと、アルベール兄さまの高い鼻がさらに高くなった。
それでもまだ土地が有り余ってるから凄いよね。
そんな広すぎる王政区の外側は、上級貴族層、中級貴族層、下級貴族層と人工川を境として分かれて続いている。
次に平民の富裕層、商人? 職人? 途中はちょっと忘れて……一番外側が雑多な下町になっているらしい……けど、下級貴族層から先が遠すぎてよく見えない。もっと先にあるはずの畑や牧場の向こうに、青っぽい影のような山脈は見えるけど。
「あの青いのは、北のガーランドからオマーに続いているゴルドロ山脈ですね!?」
ブハッとベール兄さまが笑った。そしてアルベール兄さまのドヤ顔が消えた。
「あれはただの高原だ。その向こうの白いのがゴルドロ山脈だ。ティストームはそんなに狭い国ではない」
え~、あれ入道雲じゃないの? そうえいば海も見えないけど、私の持っている半島のイメージと違うの? 半島国家というのは謙遜だった?
「ティストーム全体から見て、王都は点ほどの大きさだと言えばわかるか?」
……イメージわきません。でも、わかったふりで頷いておく。
「アルベール兄上、空中街道の駅はどの辺ですか?」
「あちらだが、都壁の外だから見えないぞ」
空中街道? なにそれ、聞いたことない。
アルベール兄さまの顔を見ると、ドヤ顔に戻っていた。
「水道橋を兼ねた『こうそくどうろ』のことだ。初段は馬車を走らせるが、いずれ魔導蒸気自動車に移行して、次は『てつどう』にする事業も進行している……あの『ぴすとん運動』の絵の解読には苦労したぞ。後でランドに試作模型を見せてもらうといい」
うそっ、シュッポーが日の目を見るの!?
「俺はもう見たぞ。外側は木製だったけど、ちゃんと蒸気で動いてた」
「鍛冶職人が集まらなくてな……取り敢えず蒸気で動くことを証明する必要があったのだ。だが木製でも衝撃は相当のものだったぞ。あの見学会のおかげで職人も投資金も……ふふふ、当然だな」
ひゃぁ、怖い顔。資金が集まったのですね、良かったですね~。
「見えてきたぞ! 先頭は黄旗手だ! 凱旋旗を揚げろ!」
ベール兄さまが嬉しそうに、後ろにいる(いたの)衛兵に手をかざして指示を出した。
衛兵は両足をタンッと音を立てて揃え、すぐさま天井にある3つある内のひとつのハンドルを回し始める。あれで屋根裏に収納してある旗が揚がるのだろう。
先頭馬の旗手の旗色の意味とか、中央塔の旗はどんななのか……まったく興味がないので謎のままでいい。
「あれ! お父さまとルベール兄さまではないですか!?」
「どれだ?」
「あれです! ほら、手を振ってます!」
「本当だ! こっちが見えるんだ! おーーーい!」
「きゃーーーっ! おかえりなさーーーい!」
「煩い。声は届かないから手を振るだけにしておきなさい。こらっ、シュシューア。暴れるな! うわぁぁ!」
この日を最後に、最初で最後というか…むぅ、私は中央塔の出入りを生涯禁止とされてしまった。
落ちそうになったわけでもないのに、アルベール兄さまは大げさなのです。
ちょっと手摺壁に靴が当たって脱げただけなのに。靴は外に飛んで行ってしまったけど、靴だけですよ?
おまけにお仕置きとして、お父さまたちのお出迎えに出られなかったのです。
なぜ皆、アルベール兄さまの味方をするのですか? お父さままで。ねぇ、ルーちゃん。変ですよねぇ?
家族全員でのルーちゃん詣で中に不満を聞いてもらったけど、ルーちゃんはすやすや眠っていて答えてくれませんでした。
ルーちゃん起きて。お姉さまの味方をしてちょうだい。
147
お気に入りに追加
1,815
あなたにおすすめの小説
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる