64 / 186
1章 幼少期編 I
52.商2(Side ミネバ副会長)
しおりを挟む冬の社交シーズン中『多目的調理台』は身分に関係なく王都中で話題となった。
決め手は実演を見せた事と、焼く係に人気俳優を起用させたことにある。
プリンアラモードの流行の後押しも多少はあったかもしれない。
注文は調理台だけではなく、厨房の改築を含めたものが多い。
改築の注文をした客は調理器具や食器もまとめて購入してゆく事もあり、アルベールブランドの滑り出しは好調と言えるだろう。
しかし、これに一番喜びそうなルベール殿下は、売り上げには全く興味を示さなかった。
好きなのは企画だけなのだと、会長から辛口な評価をされている。本人は笑っていたが。
社交期に入って1ヶ月ほどした頃、最初は笑いが止まらなかったアルベール商会の傭人と職人たちは、あまりの忙しさに会長と私に泣きつくようになった。問い合わせの多さに限界を感じていた会長も、計画を変えざるを得なかった。
レストランと持ち帰り販売はそのまま続けるが、厨房器具の製造販売は商業ギルドに委託することが会議で可決。反対する者は一人も出なかった。
紙の製作も皮革ギルドに完全委託し、革職人たちへの紙漉き指導も終わった。
販売に関しては、皮革ギルドと商業ギルドの間で話し合ってもらうことになっている。
ジャガの手配と宣伝もできる限りのことは済ませた。
区切りをつけた会長は本業の併結に戻り、社交期が終わった今は離宮の昼食に新しい味を求めて足しげく通っている。
もう次を考えているのだ。
「シュシューア。社交で私がいない間、王宮では『イティゴ』が流行していたようだな」
『イティゴ』は姫さまの希望で品種改良された新種の果物だ。
ゼルドラ魔導士長が、商業ギルドへの仮登録を済ませてくれてはいる……が、彼から直接の報告は受けていない。離宮の二階事務所に置いてあった契約書の控えに『正式な手続きは商会でお願いします』との伝言が紙の端に小さく書かれていただけであった。しかし仮登録が済んでいるのなら、アルベール商会としての問題は何もない。閉じてある離宮に入った方法は、この際考えないことにした。
「イティゴ? なんですか?」
問題はこれだ。
本人が覚えていない。報告する気もない。金になると思っていない。
「お前が今描いている、その下手くそな絵だ」
「あぁ、苺ですね。かわいいでしょう?」
下手くそと言われたのは気にしないのか。
「料理長に勧められて味見してみたのだが、悪くない……その、レイラに食べさせたい。上手いこと見目のいい菓子にならないだろうか?」
え? 叱るのではないのか?
「レイラお姉さまに? かしこまりました!」
そうだった、会長は色ボケ中だった。
「アルベール兄さま。フォークですくってア~ンでよろしいですか?……はい、了解です。苺はすっぱいので上にかざれませんが、生クリームを苺色に染めましょう。離宮以外ではレイラお姉さまにしか作りません。アルベール兄さま、そこを強調して『ふっ、君のために作らせたんだ』とか言って落としてきてくださいませ!」
子供がなんてことを……前世の影響だろうか。
「こんなこともあろうかと、イティゴを用意してきました」
ゼルドラ魔導士長?
「勘だ」
何も聞いていませんよ。
「チギラ料理人! 苺ジャムの出番ですよ!」
チギラの返事と、厨房の方からカチャンカチャンとまとめる音がする。
「ごめんなさい。こちらから行きましょう。アルベール兄さま」
小さな手が会長へと延ばされた。
手をつないで厨房へ行こうとしている。
この思い付きで走り出さないところは評価できる。最近では行方不明騒ぎもなくなったと聞くし、成長したものだ。
「姫さま。何本必要ですか? あぁ、味見ですね」
大瓶から容器に小分けにしようとしていたが、察したチギラは小皿に盛ってスプーンを渡してきた。
白い皿に赤が鮮やかな……砂糖煮のようだ。
「イティゴの香りは絶品です。菓子の世界が広がりますよ」
「冷めたパンを『とーすと』して、バターと一緒に塗ると旨いですぞ」
魔導士長は試食済みか。
会長と私は、チギラの言う絶品の香りをゆっくり吸い込みながら口に含ませた。
「あぁ、これは確かに……」
「どの菓子にも合いそうですね」
「こちらもどうぞ」
チギラがもうひとつ壺を出し、黄色の砂糖煮を小皿に出す。
果肉だけのものと、細切りの皮が入ったもの二種類だ。
「ベール殿下の希望でシプードも煮てみました」
「それも『とーすと』して塗ると旨いです」
こちらも試食済みか。
「旨いな……甘液ではなく砂糖を使った理由は?」
「甘液で煮たのはこれですが、家庭用ですね、色が美しくない」
見せられたそれは、黒に近い紫と茶色のものだった。甘液自体の色だから仕方がないか。
「赤と黄色か……可愛らしい瓶に入れて並べたら映えるな。日の光に透かして……」
いかん、貢ぐつもりだ。
「会長、砂糖煮は長期間もつ保存食です。新しい高級調味料として国外に輸出できますよ。君のためにうんぬんをやってしまったら販売も出来なくなります」
果物の砂糖煮は、小麦粉の固焼き棒ですくって食べるのが定番だ。茶会に出される贅沢品である。
イティゴの香りは素晴らしいし、シプードのあの少しの苦みも人気が出るのではないかと思う。埋もれさせるのは惜しい。
「おふたりとも、逢引きのア~ンは砂糖煮ではありません。今日のおやつ用のケーキを試作にしますので味見をしてくださいませ。チギラ料理人、今日の昼食は後まわしです。ケーキの仕込みに入りましょう……まずはスポンジケーキです」
チギラの解説によると「『すぽんじけーき』は酵母パンより柔らかくて、焼き菓子とパンを合わせたような……柔らかい菓子です」…うまく言えないようだった。
材料からして焼き菓子なのはわかるから気にするな。
しかし魔導泡だて器がなかったら相当苦労しそうな菓子だな。
163
お気に入りに追加
1,828
あなたにおすすめの小説
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる