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1章 幼少期編 I
100.回避1(Side ロッド王)
しおりを挟む「おとうちゃんと、おかあちゃんと、あんちゃんと、ドルくんたちと、いっしょにきたの」
サハラナは女児を柔らかい椅子に座らせ、温かい黄ヤギの乳を手ずから飲ませる。
イティゴの砂糖煮を塗った棒パンをふたりで分け合い『おいしいね』と笑いあう。
急がず、湾曲的に、問い詰めないように……
私と従者とリボンは、続き部屋の扉の裏側で静かに聞いていた。
「メイはころんじゃったから、おそとでまってろって、あんちゃんにいわれたの。だからあんちゃんのおてつだいがおわるまで、いいこでまってたのよ。でも、しらないおじちゃんがメイをだっこしてはしったの」
仕事で忙しい両親から頼まれた『おてつだい』とは火を着けること。
今は持っていないが、この女児も火起こし道具を持たされていたようだ。失くしてしまって怒られると、女児はベソベソと泣き出した。
サハラナは子供を抱いて揺ら揺らと『大丈夫』『一緒に謝ってあげる』『怒られたりしないわ』繰り返し囁いて子供を落ち着かせた。
よくよく聞いてみると、その両親は最近できたもので、それまでは孤児院にいたという背景が見えてきた。
『あんちゃん』とは実の兄で、ドルくんたちとは同じ孤児院の子供たちだろう。3人いたという。
5人まとめて引き取ってくれた夫婦と一緒に、マラーナからやってきた……と推測できる。
事後にわかったことであるが、橋で足止めされた天幕の中に『おとうちゃん』と『おかあちゃん』はいた。夫婦ではなかったが。
『あんちゃん』は酷い火傷を負っていたが、幼い兄妹は再会を果たすことが出来た。
しかしドルくんたちに該当する子供の生存は確認できなかった。
◇…◇…◇
夜が明けた。
出火の報告と、鎮火の知らせが繰り返され、陽が登る前には一応の収束を迎えた。
領都東側にある10棟の備蓄庫が全焼。
領都北側にある倉庫街が全焼。
そこから少し離れた延焼地の一区画が全滅。
領都周辺の畑は全方位から出火したものの半焼。
畑に点在する納小屋は各棟全焼。
領都から離れた町村からは、備蓄倉庫と畑が全焼との報告が遅れてやってきた。
今のところ領民に死者の報告は来ていないが、全てが終わったわけではない。
焼け跡から子供の焼死体が発見される報は、明るくなったこれから届くことになるだろう。
「皆さま、朝食です。一休みしてくださいませ」
昨夜から食堂で詰めている変わらぬ顔ぶれが、サハラナの声に緊張が解かれた。
薄いスープと乾燥芋。
娘の好物に気持ちが柔らかくなった。
この時間は……まだ夢の中か。あれは異様に寝相が悪い。腹など出して寝ていないだろうか。そういえば粗相はしなくなったと聞いたが、ふふ……本当か?
「甘ジャガを干すとこうなるのか……旨いな」
詰めている男たちは、ほのかな甘みと噛み応えのある弾力に笑顔を浮かべる。
今は単なる非常食であるが、通常の甘味としても楽しめるはずだ。娘の好物と触れ回ろうか……と内心ほくそ笑んでいたら既に口にしてしまっていた。
「へぇ……お姫さまが」
「これをおやつに?」
「お姫さまがこれを齧るんですか?」
「あははは、可愛いですねぇ」
王族は豪華な料理しか食べないものだと思っていたと、みな笑い、朝餉の場が和んだ。
避難所周辺でも、ジャガ料理を配布していた移動屋台が炊き出しを行っているはずである。
炊き出しと言っても我らと同じ乾き物であるが、腹を空かせないことが重要だ。空腹になると気も落ち込む。
方々に作った祭り用の荷置き場は狙われないとふんで、すぐに食べられる乾パンと乾燥芋をぎっちり詰め込んでおいた。正解であったな。
橋が落ちた報告は来ていないので、隣領からの物資も程なく届く。
万が一橋が落とされた場合に備えて用意していた『鉄編縄』は使わず仕舞いで終わりそうだ。
谷を飛ぶように渡る荷を見られないのが、少しだけ残念である。
ワイヤーもそうだが、緊急合図のための警笛。メガホン。誘導灯。放水車に使われている吸上げ具。ガモの樹液と針金などで作られた自在に曲がる水管。その先端に取り付ける散水金具。砕石層を押し固めた道の舗装。
実際に使用されている現場を見ると、不可欠に思える物ばかりであった。
ただの何もない常なる日の夜に、あの風に煽られた炎が襲い来たとする。
──兵糧が燃え
──畑が燃え
──橋が落ち
──マラーナと繋がる谷は、未だ雪解けしていない。
この四つが揃ったオマー子爵領の孤立は、本当に起きたであろう。
大飢饉は回避できた。
全て娘の《予言の書》と《記録の書》の功である。
急に夢想めいた感覚が消え、震えが走った。
大飢饉は回避できたのだ。
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