113 / 203
1章 幼少期編 I
100.回避1(Side ロッド王)
しおりを挟む「おとうちゃんと、おかあちゃんと、あんちゃんと、ドルくんたちと、いっしょにきたの」
サハラナは女児を柔らかい椅子に座らせ、温かい黄ヤギの乳を手ずから飲ませる。
イティゴの砂糖煮を塗った棒パンをふたりで分け合い『おいしいね』と笑いあう。
急がず、湾曲的に、問い詰めないように……
私と従者とリボンは、続き部屋の扉の裏側で静かに聞いていた。
「メイはころんじゃったから、おそとでまってろって、あんちゃんにいわれたの。だからあんちゃんのおてつだいがおわるまで、いいこでまってたのよ。でも、しらないおじちゃんがメイをだっこしてはしったの」
仕事で忙しい両親から頼まれた『おてつだい』とは火を着けること。
今は持っていないが、この女児も火起こし道具を持たされていたようだ。失くしてしまって怒られると、女児はベソベソと泣き出した。
サハラナは子供を抱いて揺ら揺らと『大丈夫』『一緒に謝ってあげる』『怒られたりしないわ』繰り返し囁いて子供を落ち着かせた。
よくよく聞いてみると、その両親は最近できたもので、それまでは孤児院にいたという背景が見えてきた。
『あんちゃん』とは実の兄で、ドルくんたちとは同じ孤児院の子供たちだろう。3人いたという。
5人まとめて引き取ってくれた夫婦と一緒に、マラーナからやってきた……と推測できる。
火付けの手伝いというものに考えをめぐらすよりも、ようやくできた「親」の気を引くことに必死になっていたであろう子供たち。
幼い心を踏みにじる屑どもめ……
事後にわかったことであるが、橋で足止めされた天幕の中に『おとうちゃん』と『おかあちゃん』はいた。夫婦ではなかったが。
『あんちゃん』は酷い火傷を負っていたが、幼い兄妹は再会を果たすことが出来た。
しかしドルくんたちに該当する子供の生存は確認できなかった。
◇…◇…◇
夜が明けた。
出火の報告と、鎮火の知らせが繰り返され、陽が登る前には一応の収束を迎えた。
領都東側にある10棟の備蓄庫が全焼。
領都北側にある倉庫街が全焼。
そこから少し離れた延焼地の一区画が全滅。
領都周辺の畑は全方位から出火したものの半焼。
畑に点在する納小屋は各棟全焼。
領都から離れた町村からは、備蓄倉庫と畑が全焼との報告が遅れてやってきた。
今のところ領民に死者の報告は来ていないが、全てが終わったわけではない。
焼け跡から子供の焼死体が発見される報は、明るくなったこれから届くことになるだろう。
「皆さま、朝食です。一休みしてくださいませ」
昨夜から食堂で詰めている変わらぬ顔ぶれが、サハラナの声に緊張が解かれた。
薄いスープと乾燥芋。
娘の好物に気持ちが柔らかくなった。
この時間は……まだ夢の中か。あれは異様に寝相が悪い。腹など出して寝ていないだろうか。そういえば粗相はしなくなったと聞いたが、ふふ……本当か?
「甘ジャガを干すとこうなるのか……旨いな」
詰めている男たちは、ほのかな甘みと噛み応えのある弾力に笑顔を浮かべる。
今は単なる非常食であるが、通常の甘味としても楽しめるはずだ。娘の好物と触れ回ろうか……と内心ほくそ笑んでいたら既に口にしてしまっていた。
「へぇ……お姫さまが」
「これをおやつに?」
「お姫さまがこれを齧るんですか?」
「あははは、可愛いですねぇ」
王族は豪華な料理しか食べないものだと思っていたと、みな笑い、朝餉の場が和んだ。
避難所周辺でも、ジャガ料理を配布していた移動屋台が炊き出しを行っているはずである。
炊き出しと言っても我らと同じ乾き物であるが、腹を空かせないことが重要だ。空腹になると気も落ち込む。
方々に作った祭り用の荷置き場は狙われないとふんで、すぐに食べられる乾パンと乾燥芋をぎっちり詰め込んでおいた。正解であったな。
橋が落ちた報告は来ていないので、隣領からの物資も程なく届く。
万が一橋が落とされた場合に備えて用意していた『鉄編縄』は使わず仕舞いで終わりそうだ。
谷を飛ぶように渡る荷を見られないのが、少しだけ残念である。
ワイヤーもそうだが、緊急合図のための警笛。メガホン。誘導灯。放水車に使われている吸上げ具。ガモの樹液と針金などで作られた自在に曲がる水管。その先端に取り付ける散水金具。砕石層を押し固めた道の舗装。
実際に使用されている現場を見ると、不可欠に思える物ばかりであった。
ただの何もない常なる日の夜に、あの風に煽られた炎が襲い来たとする。
──兵糧が燃え
──畑が燃え
──橋が落ち
──マラーナと繋がる谷は、未だ雪解けしていない。
この四つが揃ったオマー子爵領の孤立は、本当に起きたであろう。
大飢饉は回避できた。
全て娘の《予言の書》と《記録の書》の功である。
急に夢想めいた感覚が消え、震えが走った。
大飢饉は回避できたのだ。
225
あなたにおすすめの小説
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜
あいみ
ファンタジー
亡き祖母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。
困っている人がいればすぐに駆け付ける。
人が良すぎると周りからはよく怒られていた。
「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」
それは口癖。
最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。
偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。
両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。
優しく手を差し伸べられる存在になりたい。
変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。
目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。
そのはずだった。
不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……?
人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる