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1章 幼少期編 I
97.起2(Side ロッド王)
しおりを挟む陽が沈みきった。
祭り用にと配った魔導誘導灯が見えてきたが、そんなものは無くとも目的地は迷いようもなく赤く揺ら揺らと夜空の雲を照らしていた。
倉庫街から火が出ているに違いない。
その近くにも鍛治小屋と貯水場は設けてあるが、大街の方向に煙が流れているのが気にかかる。
杞憂であってほしい。火元との距離は充分離れていたはずだ。しかし大街からあふれ出てくる人々の形相が現実を物語る。
急ぎ現場に行かなくてはならないが、厚い人波で馬を走らせることができない。
仕方なしに魔導強灯の光度を最強にして人波に当てる。眩しい光を避けさせることで道を作ることができた。
通りすがりにひと際通る男の声が耳に届く。
「女と子供は固まれ! おいっ、そこの! お前と、お前! 女たちを守りながら小神殿に避難しろ! 途中で馬鹿どもに襲わせるなよ!」
指名されたのは身を持ち崩した風体の男たちだ。
「「お、おう!」」
そんな役柄を得たことがない男たちは一瞬戸惑っていたが、みるみる目つきが変わっていった。
火事場で悪さをしそうな輩には先に使命を負わせる……正解だ。
ぐれ者の全てではないが、こうやって立ち直るきっかけを得る者もいる。
「足の速い奴は倉庫街に走れ! 他の男は3人ずつ組んで見回れ! 縄と棒を忘れるなよ。おかしな真似をしている奴は取り敢えずふん縛って転がしておけ!」
そんな場面をあちこちで見かけた。
こういう有事には自然と頭角を現す者が現れるものだ。
倉庫街近く、延焼している区画に入ると逃げまどう者はいなくなった。
代わりに避難しない者たちが溢れている。
「荷物なんて放っとけ! さっさと逃げろ! おいっ! しっかりしろ!」
叫ぶ男の声に耳を傾けるものは少ない。
炎を見て呆然としている者たちの肩を揺さぶり、何人かは男の指さす方へふらふらと歩くが、また振り返り立ち止まる。
「家が……家が……」
自宅が燃えて泣き叫ぶ者たち。
今にも崩れそうな建物から家具を担いで出てくる者たち。
井戸から汲んできた水を懸命に火にかける者が特に多い。
屋根が燃えているのに下から水をかけて何になる。
みな恐慌状態に陥っていた。
「鳴らせ!」
周囲の注意を引くための警笛を吹かせる。
一瞬でいい。こちらを向け。
「ロッド王である! 焼けた家と財の保障は、国が責任を持つと約束する! 荷物は持つな! 生き延びよ! これは王命である!」
視察や祭りで顔を売ったのはこのためだ。
『そういえば王様ってこんな感じだった』程度の記憶は残っていよう。
「王様の命令だぞ! 逃げろ!」
「王様が金をくれるってよ!」
「王様が新しい家を建ててくれるぞ!」
兵士たちが、ひとり避難を呼びかけていた男が、わかりやすい言葉を住民に投げる。
「そなた! これを持て旗とせよ! 国の保障を報じながら皆を連れ出せ!」
王紋が入った外套を男に渡す。
「行けっ!」
男は返事をしなかったが大きく頷いた。
そして棒に外套を括り付け、家財を持ち出そうと粘る家々へと走って行った。
男を見送り、風下を避けて倉庫街へ抜けようと馬の向きを変えたところで、消火具を担いだ男たちが道からわらわらと溢れてくる姿が見えた。
王隊だと気付いた中のひとりが外れてこちらに走ってくる。
「風が強くて火の勢いが止まりません! 放水車を撤退させてこの区域に入ります! 打ち壊しも始めますので、領主邸に引いてください!」
「怪我人はいないか!?」
「邪魔な見物人さえいなけりゃ、取りあえず死人は出しませんよ!」
煤で染まった歯を見せて男は不敵に笑った。
「わかった。見物人は引き受ける。領主邸で会おう」
男はまた一度笑って仲間のもとに走って行った。
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