108 / 184
1章 幼少期編 I
95.ジャガ収穫祭(Side ロッド王)
しおりを挟む──【ジャガ収穫祭】当日の朝──
実は櫓に登るのは初めてである。
鐘を鳴らした経験もない。
普段鳴らしている領兵からは、力一杯叩突するように言われた。
そんな事をして吊るしから外れてしまいはしないかと少し気負ったが、登って間近で見た鐘は一抱えできぬほどの大きさであったので遠慮はいらぬようだった。
大きく振りかぶり金槌棒を叩きつけた。
カーン、カーン、カーン、カーン、カーン。
”良い”を5回……目出度いを意味する。
5回目が鳴ると、近くから、遠くから、歓声が上がってきた。
鳴らした鐘に続いて、四方向の櫓の鐘音も答えるように小さく聞こえてきた。
鐘櫓から鐘櫓へ鐘音を連鎖させることが出来るよう、距離を保つ令を国から出している。領端の音が聞こえることはないが、さぁ、祭りの始まりだ。
「出立っ!」
領邸門が大きく開き、王の視察団の出立は祭り道中の装で進む。
旅の無事を祈る言葉を領主夫妻から贈られ、晴れやかに送り出された。
花添え衣装の王を先頭に、王より華やかな出で立ちのルベールが続く。
「「「きゃーーーっ!」」」
「「「うぉーーーっ!」」」
……娘たちだけではなく、男衆にも人気が出てきたようだ。
しかし、やはり違う視線がある。
さぁ、目障りな王はいなくなるぞ。
作られた好機に踊るがよい。
但し、逃げ場はない。
隣領への橋の袂には、祭りと同じ目出度そうな飾り付き天幕を張らせてある。
そこにいる浮かれた仮装をした男たちは、みな兵士だ。
今から橋を渡る者は誰であろうと、そこで足止めを食らうのだ。
道先で魔獣が暴れていると警告すれば文句は出ぬであろう。
領都の大通りを練り進むにつれ、沿道に民が集まり賑やかになってゆく。
楽器を扱えるものが方々で気ままな楽を鳴らしていた。そこにジャガ料理を無料で配る小鐘と呼び込みが重なる。
王を待っていたかのように両脇の建物の高窓から色とりどりの花びらが撒かれると、一気に空間が華やいでいった。
平時であれば、国の安寧を素直に喜べるところであるのにな。
領都を抜け、人気が疎らになり、今は畑道を通っているところだ。
人影などひとつもない。
風に揺らされた麦のサワサワとした音が心地よい。
……ここが夜になれば、火の海になる。
「充分に育っているのに……勿体ないですねぇ」
ルベールは麦の緑絨毯を眺めて、損害の計算を始めた。
「仕方あるまい。下手な小細工をして躊躇されても困るからな。ここで全て終わらせねばならん」
各所の備蓄倉庫と、色づく前の麦畑は捨て石だ。私とて口惜しい。
「父上は黒幕は誰だと思いますか? 兵長は脳筋(妹伝授)だし、家令は鼠輩程度にしか見えませんよね。やはり湯治者から連絡を受けたマラーナの宿客たちでしょうか。結局僕たちが領都を出ても動かなかったようですけど」
兵長は地下牢で尋問させたが、自信過剰な部分を家令に上手く担がれていただけのようだ。
その家令は兵長を捕らえた後も泳がせているが、途端に大人しくなた上に外と連絡を取り合う様子もない。
恐らく横領とセクハラ(娘伝授)の発覚から逃れるため、そして旨い汁を吸い続けるために『子爵家乗っ取り』を企てたのであろう。思った以上の小物である。
当然、前領主と子息の事故死も無関係と結論をつけた。
「占領が目的ではなさそうではあるが、マラーナ人が関与しているのは違いないと思っている」
「そうなったら僕の結婚は有利な条件で進みそうですね。あ、もちろんイルゲ王女も好きですよ。でも婿の立場を上げておけば権限が増えるじゃないですか……ふふふ」
薄く笑いながらも、ルベールは麦穂の遠くを昏い目で見つめる。
既に潜んでいるだろう火付けの犯たちに向けて……
◇…◇…◇
畑地帯を抜けて開拓されていない荒れ地へ出た。
馬車の轍だけが、まだ見えぬガーランド伯爵領へ渡る橋に続いている。
オマーからの出領だけではなく、オマーへの入領も制限しているのですれ違う者はいない。
昼過ぎに、視察団一行は轍からそれて休憩を装い停列する。
我らはこの先に進むことはない。
警鐘が聞こえたら馬車を置いて戻ることになっているが、陽が落ちたら否応なくとも出る。
今は月の細い時期……軍用の魔導強灯があればこその作戦行動である。
眩しすぎて直視できないほどの光源を持つ魔導強灯は、光魔法陣を地道に強めていった研究院生の発明品だ。夜の庭園を照らすという娯楽のために制作したようだが、何事も使い方次第だということだ。
休憩中の視察団を追い越してゆく馬車は、御者が車上から丁寧に会釈し、乗合馬車であれば客が幌の後ろから頭を下げたり、子供などは『おぅさま~』と元気よく手を振ってくる。応えて手を振り返すと大喜びする。子供は自分の子でなくとも可愛いものだ。
橋を越えた先の天幕には寝床も食事も用意してある。
子供には菓子を出すように言ってあるから、済まぬが事が収まるまで大人しく足止めされてくれ。
131
お気に入りに追加
1,787
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜
アーエル
ファンタジー
女神に愛されて『加護』を受けたために、元の世界から弾き出された主人公。
「元の世界へ帰られない!」
だったら死ぬまでこの世界で生きてやる!
その代わり、遺骨は家族の墓へ入れてよね!
女神は約束する。
「貴女に不自由な思いはさせません」
異世界へ渡った主人公は、新たな世界で自由気ままに生きていく。
『小説家になろう』
『カクヨム』
でも投稿をしています。
内容はこちらとほぼ同じです。
野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
※コミカライズ進行中。
なんか気が付いたら目の前に神様がいた。
異世界に転生させる相手を間違えたらしい。
元の世界に戻れないと謝罪を受けたが、
代わりにどんなものでも手に入るスキルと、
どんな食材かを理解するスキルと、
まだ見ぬレシピを知るスキルの、
3つの力を付与された。
うまい飯さえ食えればそれでいい。
なんか世界の危機らしいが、俺には関係ない。
今日も楽しくぼっち飯。
──の筈が、飯にありつこうとする奴らが集まってきて、なんだか騒がしい。
やかましい。
食わせてやるから、黙って俺の飯を食え。
貰った体が、どうやら勇者様に与える筈のものだったことが分かってきたが、俺には戦う能力なんてないし、そのつもりもない。
前世同様、野菜を育てて、たまに狩猟をして、釣りを楽しんでのんびり暮らす。
最近は精霊の子株を我が子として、親バカ育児奮闘中。
更新頻度……深夜に突然うまいものが食いたくなったら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる