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1章 幼少期編 I

93.オマー子爵領3(Side ロッド王)

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小神殿に身を寄せたサハラナの元に集結した男たちは、総員27名だった。

ガーランド伯爵と、戦闘侍従数名。駆けつけたリボンと、アルベールの指示でつけられた戦闘侍従数名。
(内乱に発展していない領内の悶着には、他所の兵士を使うことは出来ない)

リボンが王都から持参してきた結婚許可証を小神殿に提出し、リボンとサハラナはこの仲間内だけで領婚儀を済ませた。
特例として結婚許可証発行と同時に子爵位の襲爵の手続きも終わらせてある。

新たに召喚した侍従と侍女の相当数をリボンの婿入りに添うた邸人として伴い、新オマー子爵夫妻は堂々と正門から領邸に入った。
サハラナが行方をくらませてから半月以上経過してのことである。

ガーランド伯は親族として送り人になり、門より袂を分かつ礼式に沿って帰郷した……表向きは。
突如湧いて出た新領主夫妻に、邸人たちは何が起こっているのかわからず戸惑うばかりであったそうだ。
驚くことに、この時まで前領主と子息の死は、邸人の多くが知らなかったのである。


ガーランド伯の姿が消えたとたん、兵長と家令の怒号がサハラナに飛んだ(何様だ?)

『父と兄の冥福を祈りに小神殿に籠っていたのです。手紙を残していったのですが、誰も読まなかったのですか?』

もちろん置手紙は嘘である。

『国王陛下よりオマー領の統治を任されたリボン・オマー子爵である。無礼なお前たちは誰であるか!』

リボンは殊更高慢に誰何したらしい。

取り込もうとしていた小娘サハラナが人妻となって帰ってきてしまった。
己らの意に動かぬ臣下も連れてきてしまった。
正当な新領主が誕生してしまった。

兵長と家令らの『子爵家乗っ取り』は初段で失敗。計略の頓挫に歯噛みしすぎて言葉もなかったという。

「その悔しがった時の顔、見たかったなぁ」

実に惜し気にルベールは呟いた。

「最後の捕り物の場に居れば、望みは叶うぞ」
「僕が戻るまで待っててよ、リボン」
「そんなお約束はできません」

邸人たちの動きは、リボンとサハラナが睦むふりをしながら監視している。
リボンが連れてきた侍従らも、新しい職場に慣れぬ普通の邸人のふりをして様子を窺っている。

その過程で、経領陣と、現場の兵士、多くの下働きは無関係であるとわかった。
数人の侍女は脅されている様子が見られたので、密かに保護をはじめた。


リボン一行が領邸に入ってから、奴らは決定的な行動は起こしていない。

子爵令嬢サハラナの寝室に忍び込んだ兵長。
それを手引きした家令とその配下たち。

解雇は簡単であるが、それはリボンが許さなかった。

放逐などでは済ませない。
確固たる断罪を行う……リボン・オマーの意である。


しかしだ。

兵長と家令らの小物臭からは、兵糧攻めをする大胆さが漂ってこないのだ。
前子爵と子息の不審な事故死も然り。

領を荒らす変事を起こし、統治責任を問うてリボンを引き摺り下ろす計画とするならば……無理がある。
リボンが失脚したところで、兵長が繰り上がると思い込んでいるのだとしたらとんだ馬鹿者たちだが。

そもそも、潜伏している実行犯たちを雇う金はどこから出ているのか。
リボンが言うところの財なしであるならば兵長には捻出できない。
家令が領の金を横領しているのなら可能ではあるが限度があるし、領の財産である兵糧を燃やしてしまう損を行うであろうか。

現段階では、邸人は兵糧攻めとの関係はなしと判断しつつある。

この地とこの時に、重ねて起こる事象に意味などなく、ひとつひとつが無関係であるのなら……考えても詮無いことであるのだが、う~む。


「では、殴られに行ってまいります」

リボンが力んで背筋を伸ばした。

「リボン、上体反らしよ」
「綿ぐらい詰めていきなよ。歯は守らないと」
「地面を蹴って飛ぶのを忘れずにな」

領民の目が多くある場所で、兵長を挑発し、殴らせる。
若い領主を舐めきっている今ならば、安直に力も振るうであろうと推算した。
邸人が領主を殴れば地下牢へ直行だ。
それで関係者がどう動くかを知るための、手っ取り早い計画である。

子爵家乗っ取りの物的証拠がないのなら、壁を崩して向こう側を暴くのみ。
崩し役は自ら行う……これもリボン・オマーの意である。


さて───特等席窓辺から成り行きを見守るとするか。


兵長は鉄格子の領邸門を開けさせた。
そこは正面門である。平時に開けて良い門ではない。
直近で開けたのは、先日の我ら視察団の歓迎時と、新領主の入邸時だけのはずである。

天幕張りを手伝っていた非番の兵士数名は、兵長の腰巾着たちに引っ立てられた。

兵長は腕を組み厳めしいさまで待ち構えている。
顎をそらせて指示を出すと、兵士たちは奴の足元に跪かされた。

まさか蹴り飛ばす気か?

利き足が後ろに下がった。まさかのまさかであった。

畑人達が注目する場で力を見せつけるつもりなのだ。馬鹿者が。

「待て!」

リボンが間に合った。

「うわぁ。リボン、格好いい登場だな」

ルベールが瞳を輝かせる。

まったくだ。
庇うために向かったわけではなかったが、良い舞台が出来上がった。
サハラナは頬を染めている。惚れなおしたか。

リボンが兵長に何事か問いかけている。
一言、二言……主に対してあるまじき不遜な態度。

膝をつく兵の肩を押さえつけている腰巾着たちを睨むリボン。
手を振ることで拘束を解かせた領主リボンに文句を言う兵長。
鼻で笑って答えるリボン。
返された若造リボンの言葉に逆上する兵長。
グサリとくる痛恨の嫌味で刺すリボン。

兵長は憤怒の表情で腕を振り上げた。

畑人たちの悲鳴が上がる。

リボンが吹っ飛んだ。

「よしっ、上手いぞ」

拳の勢いに合わせて地面を蹴る。
上半身と首を反らせて程よく殴られた。
実は昨夜練習をしたのだ。

跪いていた兵士たちが領主に覆いかぶさり、立ちふさがる。
「殴られ計画」で待機していた次期兵長候補とその部下たちが、兵長を素早く取り押さえた。

多くの目が見ていた。
言い逃れは出来ない。
巨体で暴れる元兵長は派手に喚いて退場した。


程なくして戻ってきたリボンは、思っていたよりになっていた。
上手く躱してそれなら、まともに受けたら顎が外れていたかもしれぬ。

ともあれ、計画は成功だ。
家令たちの動きは密偵の報告を待つとしよう。

「いいなぁ。やっぱり僕も早く結婚したい」

夫を気遣う妻の介抱が、ひどく甘い。

ルベールの婿入りも早そうだ。
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