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1章 幼少期編 I
91.オマー子爵領1(Side ロッド王)
しおりを挟む領主邸で出迎えてくれたオマーの若夫婦は対の人形のように似合いであった。
夫人に悔みを、夫婦に祝いと激励の言葉を贈った。
前領主と子息の死、そして新領主の誕生で邸内の掌握には暫くかかる。
リボン・オマーからそう報告を受けた。
前オマー子爵は高潔な男であったが厳しすぎる頑固者……と記憶している。
遺恨を内に巣くわせた者もいるであろう。
「父は強い方でしたので、弱者を慮ることが不得手だったのです」
娘であるサハラナの意見も同じであった。
厳格な花嫁修業で知られる修道院に入っていたサハラナは、父兄の訃報を受けて領邸に戻ったが、その時には見知りの使用人はひとりも残っておらず、いるはずの母親も実家へ帰り何年もたっていたというから、そういうことであるのだろう。
幸いであったのが、姿を消したのは邸内の上級使用人のみであったことだ。
領地を経営して回している邸人…領経陣、領兵士、下級使用人は辛うじて残っていた。
しかし、新参も古参も若夫婦にとってはみな同じ。
飢饉を起こす存在が領内にいる疑いがあるのだ。疑いが晴れるまで、事を回避できるまで、事が起きて解決するまで……リボンが婿入りで急遽連れてきた者たち以外は仮想敵である。
そんな気構えがある中ではあったが、新領主は歓迎の晩餐会を粛々と采配していた。
リボンは隣領ガーランド伯爵家の三男である。
伯の鍛えが良かったのか、18歳とは思えぬ子爵然としての立ち振る舞いは見事であった。
アルベールの従者であったことも学びであったと思うのは……親の欲目だな。
幼馴染と聞く夫人のサハラナとも睦まじいようでなによりだ。
無防備を装おう若夫婦の度量にも感心した。
気の抜けたルベールの祝言がいい具合に場を和ませる。
良い機会だから、我が娘の夫君への懐きぶりを夫人に披露した。
ルベールと共に、親馬鹿、兄馬鹿ぶりも発揮した。そういう意味ではなかなかに楽しい晩餐であった。
◇…◇…◇
晩餐後は別の部屋に案内され、酒の席が用意された。
オマー夫婦を身内と判定したらしいルベールは、編み上げ靴を脱いで綿椅子の上で胡坐をかいた。
サハラナは「あら」という顔をし、リボンの眉間には皺が1本刻まれた。
「ルベール殿下。ここではよろしいですが、姫さまの前では決してなさらないようにしてください。真似をされたらどうするのです? 笑い事ではありません。ええ、殿下が行儀の指導をなさっているのは存じています。しかし、そういうものは普段のそこかしこで出てしまうものなのです。なぜ陛下まで靴をお脱ぎになるのですか。サハラナ、君まで。打ち解けと馴れ合いは違うぞ。レイラ侯爵令嬢がそうだから? 今は関係ない、こら、何をする」
夫人が夫の靴を素早く脱がせ、すいと室内履きを足元に並べた。
我々の椅子の下にも室内履きが用意されていた……夫人の設えだな。居心地の良い邸になる未来が伺える。
「リボン。室内履きの件で後から夫人を叱ってはならんぞ」
「そのようなことは致しません。人を叱るのはその場でなければ効果が半減するのです。目上の方からの叱責は別ですが。私は目上ではありません。夫婦は年齢出自に関係なく共同体なのです。サハラナ、やめないか」
夫の手を取ろうとする妻の手をペシリと払う。
しかし再び手を伸ばす妻に二度目の払いはなかった。いつもこのような感じなのであろう。
「あなたが同じ目線でいてくれることが嬉しいの」
「……サハラナ」
見つめあってしまった……まぁ、新婚だからな。
「いいなぁ、僕も早く結婚したい……あ、もういいよ。後は僕たちでやるから」
ルベールは酒を用意する家令と侍女たちに下がるように手を振った。
リボンが家令に視線を送り頷く。
サハラナも女主人の顔をして侍女たちに下がるよう目配せをする。
しかし御為ごかして誰もその場を動こうとはしなかった。
わかりやすいことだ。
「下がりなさい。今日の仕事を終えたらそのまま休んでいい」
有無を言わせない当主の口調に彼らは渋々と退室した。
残るは我らと、私の従者のみだ。
ようやく腹を割った打ち合わせが出来る。
「金を握らされたか、質を取られたか、精査は後日に……あれらには『視察団は収穫祭の開催と同時にガーランド領へ出立』とだけ伝えてあります」
リボンが口火を切った。
「策の通り、畑人たちには領主命令を出しました。明日の午後からそれぞれの寄合所で収穫祭の下準備を始めさせます」
準備からそのまま前夜祭に入らせる。夜通しの祭りは翌日の本祭りの夜を経て、祭事撤収は三日目の午後から行われるという日程だ。
夜の畑周辺から人目をなくす策である。
前夜祭の夜と、本祭りの夜……敵に事を起こさせるのは、この二夜のどちらかだ。
王が在する夜に仕掛けてくるとは思えぬが、選択肢を与えることで油断を誘う。
「陛下には明後日朝、本祭り開催の鐘を鳴らしていただきます。派手にご出立ください。ジャガ料理の無料配布の荷車も後に続きますので、誰もかれも自然に沿道に集まって来るでしょう」
事が起きたら無料配布従事者は炊き出し係となるのだ。どこまでも無駄のない計画である。
──途中、橋守り村の密偵から報告が入った。
湯治場の客が領内に入り、領都の宿から宿に『知らせ』を持って行ったというものだった。
後は何食わぬ顔をして橋守り村に戻ると、湯治場の仲間と再合流したという。
湯治仲間は7人の男たち。
怪我の療養で逗留しているらしいが、密偵の見立てによると動作のぎこちなさがわざとらしいとのことで、最初から注視していたらしい。
これで一番重要である『東コーストの橋落とし』の実行犯が確定した。
この7名と関係する橋守り村の住民も密偵は掌握している。
犯行の完遂は決してさせはしない。
ガーランド領とヨーン領へ抜ける橋も同時に落とす手はずであろうが、狙われていると知った橋守り村の長たちにも抜かりはない。
やはり我ら視察団の役目は『王が去る姿を見せる』という犯らへの発破がけであろうな。
策どおり、せいぜい目立つ事としよう。
◇
湯治客から知らせを受けた宿の泊り客も判明している。
知らせを受けた後も他所へ移動する姿がひとつもなかったことから、とりあえず今夜の決行はないと判断した。
明朝はゆるりと起き、1日を領邸内で過ごすことに決めている。
視察団にも自由時間を与えて過ごさせる。
明日の夜からはまんじりすることも出来ぬであろうから……
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