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1章 幼少期編 I
88.北の視察2(Side ロッド王)
しおりを挟む──【時系列現在】──
アルベール商会から販売開始されたばかりの、新式乗馬車《アルベ》六輪-黒 重型。
今期の視察には、衝撃と揺れを抑える三段階構造の馬車に乗っている。
「乗り心地が良いと眠くなりますねぇ……あふぅ」
車輪にガモの木の樹液が使われているおかげで振動音が少ない。
そして席室を吊り下げる型を取り入れ、座面は渦巻き型に巻いた針金を使った椅子を設置してある。
『ダンパー』なるものを取り付ければ更に振動が軽減されると娘は言うが、本人は作り方がわからないという。技術系の転生者がいればと唇を尖らせていた。
「寝ても良いが、顔に寝皺だけは作ってくれるなよ」
「了解で……ぐぅぅ」
ルベールは座席を変形させると、気を失うように眠ってしまった。
この次男は身内の前では締まりがなくて困る。
それをイルゲ王女に、あの夜会の庭園で、寝不足だと嘯いて、膝枕をしてもらい、事もあろうかそれを父親に自慢してくるものだから、こちらが赤面して何も言えなくなってしまった。
子は親の背を見て育つ。
妻の膝枕でうたた寝する憩いの時間を、見られていたのだな。
ルベールには、これから起こるであろう征伐戦を恐れる様子が全く見られない。
出立前に念を押し、それでも今回も同行したのだから驚きはしないが、感心できるものでもない。
勤勉で読書好きな息子が変わったのは、植物紙の件で冒険者ギルドと関わりを持ってからだ。
良い出会いがあったのだろうことは察しが付く。
本を片手に何時間も動かなくなるのは相変わらずだが。ただ近ごろ、字を見つめたまま項がめくられない姿を見かけるようになった。
何を考えているのか、一度聞いてみたことがある。
『組み立てているのです。良いように収まるには何を嵌めこめばいいのか……文字を見ていると拾えるのですよ』
質問の意味を正しく理解したはずの息子は、こう難解に答えた。
それを『媒体』所持者の言葉のようだと、偶々その場にいたゼルドラが言った。
雑多な記憶を保管したり、何通りもの考えを同時期に進めることが出来るなど、天才と呼ばれる者は大抵がこの媒体を持っているのだとか。
ルベールに了承を得て彼が鑑定したところ、やはりそうであると判明した。
私の息子が天才らしい……ふっ。
横でゼルドラ本人も所持者なのだと当然のように宣ったが、それはどうでもよかった。
『兄君にこの才があるのなら、妹君にも可能性が出てきました。媒体の才は遺伝するのです。王女殿下が喜びを感じたときの様子……妄想しているようにしか見えませんでしたが、媒体に気を往かせていたのかもしれません。時期を見て鑑定いたしましょう……宝の持ち腐れでなければよいですがな』
どういう意味だと一瞬腹が立ったが、シュシューアだからな。いや、まだ子供なのだ。これからなのだ。私の子供たちには無限の可能性が待っているのだ。
……そう、ベールもまだ子供だ。
しかし、嬉しいことに良い方向に成長している様子がうかがえるのだ。気ままで暴れん坊だった少年が、何をしでかすかわからない妹を追いかけ、守り、励ましている。
あのシプード兄妹の絵本には笑った。そのものではないか。
ワーナー魔導士はよく観ている。
専属侍女もあわよく得られたことだし、娘の教師にして正解であったな。
アルベールに関しては何も言うことはない。
期待以上に大きく育ってくれた。こちらが感心させられることも度々あるほどだ。
将来的に朽ち落ちることのない石の道橋……全国に架ける計画案を出してきた時もそうだ。
『高速道路』『鉄道』
……シュシューアのよくわからない絵を解読した建築物が原案であった。
新城と同じ石を使うことで同時進行が可能だとし、他を妨げることない計画を見事に練り上げていた。
更には、「駅」をつくると確約した領地から、推定予算以上の支援金を掻き集めてくるということまで成し遂げた……正直唸るしかなかった。
何という才能であろう。
ティストームの未来は明るいと思わずにはいられなかった。
◇…◇…◇
娘が心配するような自然災害による大飢饉の兆候はない。
芋…ジャガの収穫は、三領とも好調だと報告も受けている。
国家間の戦争の疑いは昨年のうちに消え、新たな火種も起きていない。
主だった組織の大きな動きも見当たらなかった。
大臣衆・貴族院とも、昨年のうちに協議は済んでいる。
これまでの王女の功績を鑑み、予言の書についても軽視はできないとの結論は満場一致であった。
結果、やはり北で起きる飢饉の原因とするならば『橋』の警戒が一とされた。
そしてオマー子爵と子息の事故死も、無関係だと捨て置く浅慮者もいなかった。
──狙いはオマー領。
飢饉を起こすには、橋を落として孤立させ、収穫前の麦畑と備蓄を焼く。
事は同時に起こさなければ成されない。
オマーを落とすのであれば、この時期が最適なのだ。
収穫祭という無警戒な好機を利用しない手はない。
仰々しい視察や警備による抑止も考えたが、起こして収束させる方を我々は選んだ。
怪しい影がないのであれば、故意に隙を作り、引きずり出す。
今、この時、オマーに居る者は、事が起きたら決して谷の外に逃がしはしない。
「もうすぐ橋守り村です。準備をお願いします」
御者が小窓から知らせてきた。
王都からオマー子爵領に直行して9日と半日。
通常であれば村で一泊するところであるが、今回は素通りする。
そして北の三領地を分断するコースト大峡谷を渡る。
「ルベール起きろ。そなたの出番だぞ」
御者の声にも反応しないほど寝入っている息子を小突く。
ムニャムニャしているが、それが可愛いのはベールまでだ。
「は…ぃ…女の子たちが待っていますね」
この言いよう……
冒険者ギルドで何があったのか、本当は詳しく聞き出したい。
橋守り村が遠くに見えてきたところで隊列は一旦停止し、整えが始まった。
今期の騎馬隊は50程に抑え、祝い品を積んだ幌馬車を多く配備した。
その幌は祝色の黄に花蔦を這わせてある。騎馬兵は花刺繍の外套、馬にも花装束。我ら王と王子も騎乗し、目立つ位置に着いて再出発する。
昔から村と呼んでいるから村のままだが、東コーストの橋守り村は立派な温泉宿場を構えた大きな街である。人口もそれなりに多い。
昨年の視察で通った際、ルベールは若い娘たちに大層な人気を得た。
今季もルベールを同行することは村長に通達を済ませ、村娘たちにも遠慮なく広めさせた。
主役はルベールだ。
この日のために用意した白馬に乗り、白兎毛の襟付き外套をなびかせ、まるでルベールの婿入りのような行列に仕立てた。
道なりに待ち構えていた村人たちから歓迎の声が上がる。
まず王が手を振る。
次に王子が手を振る。
「「「きゃーーーーーっ!」」」
黄色い声が上がった。
『綺羅王子』と妙な呼ばれ方をしている。
ルベールはそれに答えて華やかな笑顔を振りまく。
自然にやっているのだから恐ろしい。
私には到底真似が出来ん。
沿道に並ぶ数人の男たちと目が合う。
昨年去り際に置いてきた密偵は、すっかり村人の一員として馴染んでた。
溺愛する幼娘に懇願され『大好きな新オマー子爵への結婚祝い』を届けにやってきた父親。
『ジャガの収穫祭』を楽しみにやって来たティストーム王。
──腑抜けた噂を流させておいてある。
「………」
見られている気配がする。
決して好意的ではない視線。
気付かぬふりをして、東コースト橋を渡った。
王隊が通った後の村での動きは、程なく密偵から届く事であろう。
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