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1章 幼少期編 I

61.境の森 5(Side ヨーン男爵)

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目まぐるしく月日は過ぎてゆく………


崖側の坑道を貫通させたところで、王子から援軍解散の令が出された。

坑道作りのために伐採した木で、数回しか使えないような簡易荷車を何台も作り、土産の肉をどさりと限界まで乗せる。
軍馬が荷馬になったと笑いながら、みな気持ちのいい顔で見送られてくれた。

国からの褒賞は叙勲式の際にそれぞれの領主へ送られるそうだ。
叙勲式はこの冬の社交期に開かれる。うちの代官も褒賞(肉の?)を受け取りに参加する予定だ。

「ゼルドラ、ルエ。そなたたち、ここが落ち着いたら王都へ来るように。私の側近に召し抱える」

王子は『肉はもう飽きた』に続けて、ついでのように言った。

年の近いこの三人はよくつるみ、気遣いを排除した妙な関係になっていた。
信頼関係を築けたのだろうとは思うが、このふたりを側近にするのには無理がある。

天才魔導士は、誰に対しても素っ気ない。
ルエは、誰に対しても無礼。

王子は二人につられて少し子供っぽくなった。

「社交は嫌いです」

本人も言う通り、天才魔導士に社交性はない。王子の側近がそれを欠いたら話にならん。しかし彼はそもそも伯爵家の跡取りではなかったか。社交嫌いでは済まされんだろう。

「俺は学がないからなぁ」

学以前に平民は宮仕えが出来ない……という知識はルエにはない。察するに王子も知らない。そうでなくても、あらゆる意味で不可能だ。

「辞は許さん」
「横暴な」
「辞って何だ?」
「………」

王子はこめかみを押さえて思案顔。
とんとん叩きながら考えをまとめているのがよくわかる。

「カルシーニ家の長子は、魔導ギルドの依頼報酬金を弟達の教育につぎ込んでいると聞いたことがある。つまりは爵位を継ぎたくないのだ。魔導ギルドに籍を置いているのも、魔導で身を立てるつもりなのだろう? ならば宮廷魔導士になれ」

「研究院への推薦状を頂けるのでしたら、就業進路案のひとつに入れるのは吝かではありません」

研究院はティストームの最高学府だ。権威者からの推薦状がないと修学できない。
父親の伯爵が推薦状を書かないということは、息子を学者にしたくないのだろう。

「推薦状は私が書いてもいいが、国王の手の方がそなたの父への抑止になるな。よし、決まりだ。次に、ウリード・ヨーン」

「はい?」

ルエへ視線を移すかと思ったら、俺だった。

「ルエを養子に迎えてくれないだろうか。騎士爵の今ならそなたの独断で決行できる。男爵になったら手続きが面倒になるであろうから、その前に頼みたい」

「男爵? はは、俺……私がですか?」

「此度の働きと人望を見てきた。男爵位を叙されるに充分値すると思われる。前例に照らし合わせても申し分ない実績と将来性もある。何より、私が推すから確実だ。王都直轄地であったここはヨーン男爵領となるのだ。おめでとう」

「………大変…光栄に、ございます」

俺が男爵に……ほぼ平民の騎士爵とは訳が違う。
領地経営なんてわからんぞ。

「わしらは相談役で残るからの。これまでと何も変わらんよ」

代官らは知っていたようだ。

「ウリードさまが、俺の親父に……」

ルエは天涯孤独の身の上だ。
瞳がキラキラしている。
俺が父親になるのが嬉しいのか? 可愛いやつ。

「……それに、何か意味あるのか?」

違った。

「お前が俺の息子になれば、男爵令息として近衛騎士にもなれるぞ。王子はそれをお望みだ」

「近衛は貴族家出身でなければならんのだ」

側近にもなれませんよ。

「俺にまもって欲しいのか?」

ルエはニヤついて王子を揶揄う。

「衛られたいぞ」
「うっ、そ……そうか」

臆面を見せない王子の勝ちだな。

「ルエは近衛騎士団長になれ。ゼルドラは宮廷魔導士長だ。そして私が王になった暁には、共にティストームを支える太陽の使徒になって欲しい!」

王子は明日に向かって天空を指さす。

「「………」」

天才魔導士とルエが赤面した。

「ふぇっ、ふぇっ、なんぞ耳が痒いぞ」
「ほれ、殿下に返事をせんかい」
「ここは『御意』と言わんと締まらんのう」

「黙ってろ、じじいども!」
「年寄りはこれだから……」
「返答を待っているのだが?」
「「………」」

くくっ、王子に見込まれたんだ。神妙にお受けしろ…………ん? 俺もか。

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