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1章 幼少期編 I

57.境の森 1(Side ヨーン男爵)

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【20年前】

ティストーム王国北方
国王直轄地にて───



トルドン王国に隣接するこの地は、国境線である「境の森」が深いおかげで、国家間の諍いは今まで一度も起きたことがない。
年老いた官人たちが代官として余生を送るような、そんな長閑な田舎であった。

騎士爵を持つ我がヨーン家は、国王からお預かりしている国境兵をまとめ、安穏な地であろうとも厳しく訓練を欠かすことはない。

俺は、ウリード・ヨーン。
親父が引退して襲爵した、なりたてほやほやのヨーン家当主である。24歳だ。

「そっちに行ったぞーっ!」
「気をつけろ!でかいぞ!」
「弓が利かん!罠の方に追い立てろ!」
「俺が囮になる! おーい、こっちだ!デカブツ!」
「やめてください、ウリードさま!」
「ウリードさまっ!うわーまたかーっ!」

訓練とは名ばかりの狩猟が、俺たちの主な活動だ。
魔獣討伐も兼ねているから立派な仕事なのだと、胸を張るよう新人の兵士には強く指導をしている。

深い落とし穴に落ち、魔獣の怒哮が重い振動と共に尽きた。
木槍を仕掛けた穴に落ちれば大型動物はひとたまりもない。

「黒猪の魔獣……雄だな。賭けはルエの勝ちだ」
「そういう賭けはするなって、奥さまに言われてるんですけど」
「堅いこと言うな。よし、引き上げるぞ!」

兵たちがわらわらと罠の周りに集まってくる。木槍をよけて縄網を敷いてあるから引き上げは簡単だ。

「三で引くぞ! 一、二、それっ!」

ブツブツ言いながら手伝う少年は、俺の従者のルエだ。
『北の針』と異名を持つほどの凄まじい突き剣の技の持ち主である。

14歳になったばかりで体が出来上がっていないせいか、いや、繊細な顔立ちのおかげで、女に間違われることが度々ある。
見た目に騙されて舐めた真似をしてくる男衆は、ことごとく容赦のないルエの細剣で撃退されているのだが、男にとって微妙な場所を突かれることでも名を轟かせている。
この技の持ち腐れは惜しいと、ここよりもっと平和な地から嫁いできた妻が連れてきた。

「鼻の肉はルエ坊のものだな」
「ルエ坊は耳のコリコリが好きじゃなかったか?」
「鼻が一番旨いのに? 変だぞルエ坊」
「どっちも好きですよっ。その3か所の肉は俺がもらいます。それから坊って呼ぶな!」

生意気だが裏表がない性格は兵士たちに気に入られ、皆から弟のようにかわいがられている。

「賭けはしないと言いながら、勝った時だけは報酬を持ってくんだよな」
「何か言いましたか、ウリードさま」

そんなわけで肉には困らず、森の恵みも豊富。土が悪くて麦は育ちにくいが何とか豊かにやっている。

帰りがけに群生した白きのこを見かけたので、明日の訓練はキノコ狩りになりそうだ。



☆…☆…☆…☆…☆



「境の森」を挟んだ隣国のトルドン側は「ノッツ伯爵領」だ。

川魚が大漁でわいたある日、そのノッツ伯爵から代官当てに書状が届いた。

「魔獣に迷惑していると書いてあるんじゃが、どうしたもんかの」

代官は困惑している。
共に茶を飲んでいた副代官と副代官補佐も困惑する。

そりゃ困惑もするだろう。境の森は誰の所有でもないのだ。にもかかわらず、その森から魔獣が領地に入り込んでいると苦情を申し立ててきたのだ。

「あの森、ティストームのだったんですか?」

文字の練習をしていたルエが顔をあげた。
代官たちの休憩時間は無学だったルエの勉強時間でもある。

「そんなわけあるか。単に討伐隊を出したくないだけだろう」

代官たちの休憩時間は俺のサボり時間でもある。茶菓子の持参が必要だが。

「ルエ坊、この間地図を見せたじゃろ? 聞いてなかったのかいな」
「坊って呼ぶなっ、じじい!」
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ」

その爺さんは俺より身分が高いのを忘れたか?

「魔獣が豊猟だとは思っていたが……あちらにも流れているとなると、魔素溜りが大きくなっているかもしれないぞ。参ったな」

魔獣は魔素溜りから出現する。
現在確認されている森の魔素溜りは、海側の端にある洞穴がひとつと、今回とは関係のない小さな魔素溜りがいくつか。

「討伐隊を組むなら、俺も行きますよ」

『行きますよ』ではなく『行きたい』だろう?

「馬足の速いやつを偵察に行かせてからだ。おい、勉強道具を片付けるのはやめろ」

魔素溜りの大きさ如何では、魔導士を呼んで魔素溜まりを消失させなくてはいけなくなる。

「魔獣の狩場が無くなるのは惜しいのう」

まったくだ。




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【騎士爵】次代当主に騎士になる者がいない場合、爵位は返上することになる……というどうでもいもいい設定。
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