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1章 幼少期編 I

76.5歳の秋

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夏は終われば秋が来る。

秋が来たなら私は5歳。

待ち望んだ今日だというのに、今の私はすこぶる機嫌が悪い。

「姫さま、ショーユの樽はまだありますから」

3つあるうちの一樽が納豆菌に侵されたのは残念でした。ですが、そんなことではないのです。チギラ料理人。

「誕生の日の祝いなんて誰もしてないぞ。なに拗ねてんだよ」

誕生パーティーは憧れますが、それも違います。ベール兄さま。

「魔力判定の結果が気に入らないのですかな? 魔導士もいいものですぞ」

魔導士の適性があっちゃったのも、この際どうでもいいのです。シブメン。

「あれじゃないか? 頭の良くなるコツ。 100回繰り返すってやつ」

「正当な勉強法ですぞ。基本を忘れてはいけません」

100回にはイラッときましたが、違います。

「……わたくしは神殿に出かけていて、いないはずですよね? では、なぜ、わたくしは今、ここにいるのでしょうか?……はい、ベールくん」

「城に来てた神官に魔力判定してもらえたからだろ。手間が省けてよかったじゃないか」

「よくありません。この日のために、欲しくない新しいドレスを作って、欲しくない専用馬車を作って、それでも今日の外出を楽しみに待っていたのです。それを、それを、あの神官は……」

たまたま城に来ていた神官が、良かれと思ってやってくれたことなのだ。
わかっている。わかってはいます。
だけど、せっかく用意したのに神殿へ出かける必要がなくなってしまったではないの!

ん? ただ神殿に行くだけでも良いのではないの?……と思いなおした時には後の祭り。
魔力判定が済んだと聞かされた今日の護衛や従者たちは解散して、それぞれの仕事に戻ってしまっていた。

「シュシュ、そんなに神殿に行きたかったの?」

神殿なんてどうでもよいのです。ルベール兄さま。

外出の人件費は王女経費から出ているのです。
キャンセルとかは利かないのです! 損したのです!
↑ ↑ ↑
不機嫌の理由

モヤモヤしながらも着替えて、どう気を晴らしたらいいかウロウロしていたら、通りかかったアルベール兄さまと会って、離宮に連れられて来たというわけだ。

「暴れない分だけたちが悪い。チギラ、ミエムで何か作ってやれ」

まぁ、食べ物で機嫌を直そうだなんて……直りますけど、ちょっと、なぜ別の話題に飛んでいるのですか?

「姫さま『なんちゃってチリコンカン』は、パンと米と、どちらで召し上がりますか?」

「お米で! 刻みレタスをたくさん乗せてください!」



☆…☆…☆…☆…☆



外出にお金がかかると知り、私の遊び心はすっかりしぼんでしまった。

王城と王宮の敷地はデニーズランドより広いし、離宮への行ったり来たりはお出かけ感があるし、もう暫らくはこのままでもいいかなと思っている。

それに専属侍女がとうとう? やっと? 決まったから、気分は新鮮なのだ。

『どこまでも転がっていく時期は、そろそろ終わりだろう』などと、お父さまが訳の分からないことを言っていましたが、とにかく決まりました。

「おはようございます、王女殿下」

「おはよう、ヌディ。今日もよろしくね」

ほぼ子守りなのだろうけど、私の身の回りの世話を丁寧にしてくれるのです(普通です)
何処にでも付き添ってくれる優しい侍女なのです(普通です)
ずっと一緒にいるニューフェイスなのに、物静かな彼女はすぐに空気のように溶け込み、場の流れを乱すことはない。
抹茶ミルク色の瞳が日本を思い出させてくれて、側にいてくれると気分がとても和むのです。いい人が来てくれました。


ヌディが私を『王女殿下』と呼ぶのは夫君の影響だ。

誰かと言えば、なななんと、ワーナー先生なのだ!
ふたりは結婚2年目の夫婦なのですって。驚いたのなんの。

夫婦そろってアンコのようなこげ茶の髪で、ワーナー先生の瞳はみたらし団子色。私はひそかに甘味処夫婦と呼んでいる。お似合いだ~、くすくすくす。


そんなふたりは、子爵家の次男と男爵家の三女です。
人柄の良いワーナー魔導士に目をつけたお父さまは、まずは子供の教師として取り込んだ。
次いで夫婦仲が良いと噂の妻の情報も取り寄せ、その結果『王女の事情を知る者』としてふさわしいと、認められたらしい。

アルベール兄さまは、転生者の秘匿シュシューアの事情など今さらだと笑っていたけど。

誰も何も言わないが、誰もが知っている公然の秘密にしてしまったのは私なのだと、アルベール兄さままで訳の分からないことを言っていました。

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