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1章 幼少期編 I
67.お勉強
しおりを挟む建国の聖女は伝説なので、歴史書にはチラリとも出てこなかった(へっ、ざまぁ)
だったら当面の私の興味は歴史ではない。
今は北の領地と、お父さまたちが外遊している国のことを知っておきたい。
「お父さまとルベール兄さまが帰ってきたら、お話を聞きたいのです。行った国と、行った領地のこと。知らないと、楽しくないと、思うのです」
ワーナー先生は考え込む。
あの資料が、あの資料も……教材になりそうなものを脳内でピックアップしているようだ。
「わかりました。領地に関しては資料が多くありますので他の日にしましょう。今日は三隣国について……戦争の話をする許可は得ていますが、よろしいですか?」
「はい。わたくしが知りたいと、お父さまにお願いしました」
ワーナー先生は頷いて地図を広げた。
「最初に訪問するのは、王妃さまの故郷であるトルドン王国です。この『境の森』が国境となっておりまして、きれいに整えられた道が中に1本だけ通っています。境の森はどちらも所有していない中立地帯です。ですから国境に接している領地同士で管理するべきなのですが、トルドン側のノッツ伯爵領に問題がありまして、未だにもめ事が絶えません」
「はい、お母さまから聞いています」
言い難そうにしているワーナー先生の気持ちはよくわかる。
問題を起こしているノッツ伯爵領を実質支配しているのは、デリネ伯爵夫人だ。
前王の娘で、現王の妹で、お母さまの姉で、傍若無人な野心家で、大変はた迷惑なお方らしい。
両国間に戦争を引き起こした前科があるというのに、何の責任も取らされなかったという…むっ──お母さまはその戦争終結のためにティストームへ嫁いできたのにね。ぶっちゃけ人質よね。結果オーライだったからよかったものの。
なのにデリネ伯爵夫人は今でも行いを正していないのだ。
争いの火種を起こしては、お母さまが消し。争いの火種を起こしては、お母さまが消し。争いの火種を起こしては……どうにも「境の森」を自分のものにしたいらしいのだけど、そのやり方が支離滅裂。
血筋では叔母だけど、お母さまを忙しくさせている原因に親しみなど微塵も感じていない。
同じ理由で、娘姫を正さなかった祖父である前トルドン王にも情がわかない。もう亡くなっているし、会ったことがないというのもあるけど。
「トルドンの新しい王さまは、どうにかしてくれるでしょうか」
いちおう私の叔父ね。
「……そうですね。今回の陛下の訪問ではっきりするでしょうね」
悪い方にはっきりしたら嫌だな。
そうだ、私がトルドンに嫁いだらどうだろう。
今のトルドンには王子がふたりいるのよね。
王太子妃になって、王妃になって、デリネ伯爵夫人をプチッと……
「先生、いとこ同士は結婚できますか?」
何を考えているのかわかったワーナー先生は、しょっぱい顔をした。
「では、次のガイナ帝国にいきましょう」
スルーされた。いとこ同士は結婚できるんだ。覚えておこう。
「ガイナ帝国は、三代前の王まではまだ帝国ではなく王国でした。元の国の大きさは大陸の中心のこの辺り。小国でしたが先代の王の時代に勢力を伸ばして、周囲の国々を支配していきました。戦好きであったと伝えられています。現王もその気質を受け継いでいるのか、もう侵略戦争ばかりしている嫌な国でなのです。今でもしていますよ……帝国の東隣のここ、ザブクルナ王国を攻略中です」
ワーナー先生は、ガイナ帝国がお好きでないご様子。
「ティストームにとって、良くない国なのですか?」
戦争はやだなぁ。
「すべての国にとって良い国ではありませんね。遠かった国がティストームと隣接するまで大きな国になってしまいましたが、でも大丈夫です。我が国とは国境の山脈で寸断さてておりますので、ご安心を」
直接の行き来は出来ないということか。それは何より。
「続いてマラーナ海洋王国です。南側の海岸一帯と、この辺りの島全部がマラーナです。ティストームとの国境は、ガイナから続く山脈です。しかし、ここ、オマー子爵領のこの一か所だけ谷が繋がっていています。大型馬車1台分しかない幅ですが、行き来はここを使って行われます」
馬車1台? 一方通行かな?
無意識に人差し指の先をぶつけていたら、ワーナー先生が即座に疑問に答えてくれた。
「両国で一つの馬車隊を共有して往復させています。他の馬車は入れないように規制されていますので、後戻りすることはないですね。商業ギルドの管轄です」
「馬車の後戻りとは、どうやってするのですか?」
ワーナー先生は少し考える。
「馬に脇を通らせることは……できますかね」
そして吹き出す。面白い想像をしたのだろう。
私も人がワッセワッセ押すのを想像して笑った。
「クスクス、馬車じゃなくて、船で運べばいいのに」
「良い疑問です。海に囲まれたティストームですが、地図を見てください。ここと、同じ印が付いた7ヶ所。これは港ですが、漁船が停泊する程度の小さなものばかりなのです。こちらの資料をお見せしましょう」
重ねてある羊皮紙の束の中から取り出したのは、ティストームの風景画(美術的ではない)だった。
そうか、そうか、まるっと断崖絶壁なのか。
港の絵も、港と言うより船着場。
巨大な桟橋を作ればとも思ったが、それをやっていない理由が明白だ。
崖伝いの階段を登って、登って、登って、登って……どんな苦行~!?
引き上げ昇降機の失敗作の絵まである。
風が強くて駄目だったんだ。
「せっかく目の前に、お魚が泳いでいるのに……もったいない」
私の知識の中には役に立つものは……あるかな~、ないかな~?
「それでも王都には港(と言い張る)がありますからね。魚は豊富に食べられているほうですよ。魔導冷凍庫が普及すればもっとです。でも生はやめてくださいね」
ぬぅ、ここまで寿司の話題が来ているのか。
「そういうわけで、マラーナとの仲は良好です。気になると言えば、ガイナの海軍に軍港を貸しているというところでしょうか」
「海軍?……ガイナには海がありませんよ」
「おや、ガイナが今侵略しようとしている国はどこでしたか?」
「え~と、ザブクルナ王国……あ、海がある!」
「そうです。ガイナ帝国はザブクルナの海岸が欲しいのですよ。今は陸と海の両方から攻めていますね……いいえ、マラーナは侵略の協力をしているわけではありません。近年ザブクルナ海域には海賊の拠点が増えているのです。マラーナの経済的損失は相当の額にのぼると聞いています」
マラーナはザブクルナの海賊に困っている。
ザブクルナは海賊を排除する国力がない。
ガイナは海が欲しい。
──マラーナとガイナは戦略的協定を結んだ。
ガイナ帝王の第5側妃がマラーナの王族である、という融通の利きもあったらしい。
うん。やっぱり結婚による政略は有効だね。
これはもうトルドンの王妃になって、デリネ伯爵夫人をプチッと……
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