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1章 幼少期編 I
44.出店計画
しおりを挟む「料理本のことはさておき、こちらの図面を見せておこうか。まだ草案だが面白いぞ」
アルベール兄さまは食堂の隅に置かれている箱に手を入れた。
グチャグチャになっているその中から、紙が数枚取り出される。
──…それ、ゴミ箱だと思ってました。
「……これはお店、ですか?」
テーブルに広げられたのは、定規を使っていないフリーハンドの図案だ。
走り書きが上から下から書き込まれていて、この紙を囲んで話し合われていた様子が伺えた。
まだきちんと読めないけれど、拾える文字がいくつかあるのが嬉しい。
たぶんこれはレストランの客席と厨房と……お持ち帰りコーナーかな?
「レストランを改装するのですか?」
「いいや、新店舗だ。主役は厨房の『多目的調理台』だ……調理台はまだ仕上がっていないが、売り方を考え出したら、私もミネバも止まらなくなってな……わかるか? 客席と売店の間に調理台を置いて、営業を分ける造りになっている」
ん~、そっか。
あれ? システムキッチンの向きが……
「ここっ! ガラス張りで、作っているところが外から見えるのですね!?」
──…実演販売のお店だ!
「全部じゃないぞ。汚れる仕込み仕事は壁を立てて目隠しをする。調理台の裏が本当の厨房だ」
通りに面した外壁部分がショーウィンドウになっていて、多目的調理台を使うパフォーマンスを見せる図案だった。
見えるシーンは以下の通り(笑)
☆温めた鍋からシチューを皿に盛るところ。
☆窯に入れて焼き、焼き上がりを出して皿に盛るところ。
☆仕込みの済んだ食材を平鍋で焼くところ。
これらを見栄えのいい料理人を配置して、お洒落キッチンを演出する。
そして売店では多目的調理台が販売されるのだ……上の階? そこはまだ決まっていないみたい。
『多目的調理台の付属品はいかがですか?』
魔導換気扇・上下水完備洗い台・収納付き作業台・名工による食器台
『こちらの魔導具もいかがですか?』
冷蔵庫・冷凍庫・保温具・自動泡だて器・ミキサー
『こちらの便利道具もいかがですか? バラ売りも賜っております』
アルベール商会特製 鍋一式・調理器具一式・食器一式
『お持ち帰りスイーツもございます』
クッキー・プリン・ケーキなどなどなどなど……
──…うわぁ、これは楽しい! 止まらなくなるのもうなずけるぅ!
「アルベール兄さま、このお持ち帰りの入れ物はどうするのですか?」
「籠や皿を持参してもらうのが基本だが、有料で容器を用意することも考えている」
「紙で作る箱はどうですか? 持ち手がついている鞄みたいな箱です」
「藁紙の絵の中にあったな。試作だけでも作ってみるか」
見たい、見たい、早く見たい。
出来上がったお店も見に行きたい。
早く人間に……城外に出られる5歳になりたぁ~い。
◇…◇…◇
「黄ヤギの乳が到着しましたよ」
チギラ料理人の弾む声がした……オカンっぽく感じるのは気のせいだろうか。
火台には絶対に近づかないと約束させられ、自立歩行型プリンセスはお行儀よく厨房へ向かう。
最初が肝心である。走ったりしたらまた抱っこされてしまう。抱っこは好きだが自由が無いのだ。私は好きに厨房を見て回りたい。大丈夫、私は刃物に興味はありません。怪我なんてしません。
厨房に顔を出すと、ランド職人長のお弟子さんがハァハァしていた。
彼が走って買ってきてくれたのだ。
お弟子さんの中では一番若い15歳ぐらいのノッポさんで、たぶん彼が一番足が速いから買い出しに指名されたのだと思う。
「おつかれさまでした。これから美味しいものを作るので、たくさん食べてくださいね。ありがとう」
お弟子さんは少し赤くなって、ニヘラッと笑って相好を崩すと、頭をかきながら庭に出ていった。
まだお姫さまに夢見ているのだろうか。
「ねぇ、アルベール兄さま。商会の人は、気持ちのよい方ばかりですねぇ」
「ふふん、そうだろう?」
……鼻が高くなった。
「チギラ料理人も、これからも、よろしくお願いします」
チギラ料理人も笑顔を作って、首をかしげるように頭を下げてくれた。
お行儀よく振る舞えたと思う。
最初が肝心作戦は遂行できていると思う。
シュシューアは抱っこしなくても大丈夫と認識されたであろうか。
でもチラチラこっち見てるんだよな~。アルベール兄さまも、チギラ料理人も。
まだまだ油断は大敵のようだ。気を引き締めろ、私。
「では『チーズ』を作りましょう!」
…………………………………………………
モッツァレラチーズの作り方
①黄ヤギの乳を鍋で温める(沸騰直前まで)
②火からおろし、レモン汁を入れてかき混ぜる。
③固体と液体に分離したら布で濾す。
④固体の方を鉢に入れ、熱湯を入れてヘラで練る。
⑤粘りが出てきたら湯から出し、塩を加えて捏ねたら完成です。
…………………………………………………
「簡単ですね。黄ヤギの乳バターの時を思い出します」
「かんたんなうえに美味しいのです。てきとうにちぎって平ジャガの上にポンポンのせてください」
下ごしらえした鉄皿にチーズを乗せ、温めた窯に投入。鉄皿全体に作ったからたくさんできるぞ。
グラタン♪ グラタン♪ ポテトグラタ~ン♪
「この絞り汁はどうしますか?」
「シュシューアのことだ。捨てんだろう?」
「パンにまぜこむか、スープにまぜこむか、です。すごく栄養があるそうですよ」
「今日の昼食は焼き物ですかな?」
来た。
「ゼルドラ魔導士長は、どうしてちょうどいい時間がわかるのですか? とても不思議です」
前から思っていたことをぶつけてみた。
「魔導士長たるもの、そのくらいの勘を働かさねば務まりません」
「そういうものですか」
「騙されるな、シュシューア。そういうものではないぞ」
「では、どういうものなのですか?」
「勘です」
「いいや。妙な魔導具を作ったんだろう」
「勘ですよ」
どちらも譲らない。はっけよいのこった。
「もうすぐ焼けそうです。取り分けは食堂でしますので、あちらでお待ちください」
は~い。行きましょうアルベール兄さま。
手を取って引っ張って食堂へぐいぐい行く。いい匂いがするのです。よだれが垂れる前に急ぎましょう。
「この香りは先日のシチューと……ふむ、新しい香りですな」
うんうん。美味しそうな香りでしょ。
食器と手拭きが並べられ、まだ温かいパンが籠ごとテーブルに乗せられる。
今日はコッペパンの形をリクエストしたのだ。コッペの具材は無限ですからね。一度作ってもらっておけば次からのリクエストが楽になるのです。
「お待たせしました」
敷き布巾の上に鉄皿が置かれる。
はぁ~、チーズだぁ……
ちゃんとトロけて良い子でちゅね~。茶色いキュートな焦げ目は由緒正しきモッツァレラチーズの証ですよ~。チーズ、チーズしている香りも(説明できない)真実のチーズの証なのですよ~。
チギラ料理人は、もんじゃ焼きで使うようなヘラを2本使ってチーズに切れ目を入れ、崩れないように皿に取り分けてくれる……お見事。チーズがズルッて持ってかれたら美しくないもんね。
そうだ、グラタン用の耐熱皿を作ってもらおう。作り方なんて知らないけど陶磁器があるんだから何とかなるでしょう。
「万物に感謝を」
感謝を~!
「っっつっ、ふーふー、っあっちゅっ、ほっふほふっ」
熱々でなかなか冷めないのです。
ミョーンと伸びるのです。
焼くとこうなるのです。
それがモッツァレラチーズなのです。
アルベール兄さまもシブメンも似たようにフゥフゥしてます。
恥ずかしくない、恥ずかしくない。
マナー的にフゥフゥはアウトだけど、気にしない、気にしない。
「これは、平ジャガがどうというより『ちーず』が旨いな」
正解! でも平ジャガと相性がいいのです。
「王女殿下。これは豆乳では出せない味なのですな」
その通り!
「焼く料理では、どうしてもこれだけです……ん?」
記憶を探る。
「あるんだな?」
「う~ん、でも、ピザにはこれでないと……」
「『ぴざ』… 新しいのが出てきましたな」
「あるんだな?」
「うぅ…う~、う~ん……う~ん」
違うのよね~。あれも伸びるんだけど、ちょっとな~。
「このチーズは今後も、黄ヤギの乳で食べたい時に好きに作ることを許そう。豆乳で作れるんだな?」
「はいっ! モチゴメ…お米があれば作れます!」
何の問題もゴザイマセン!
「米は卿の方で計画が進んでいなかったか?」
「王女殿下が標本の中から選んだ品種を、小規模ですが栽培しています」
「そうか。まぁ、急ぐことはないな。それと、シュシューア。ゼルドラ卿宅に温室が作られた。礼を言いなさい」
シブメンのお家に?
「離宮の庭では小さい作りになりますので、勝手ながら当家に建てさせていただきました。王女殿下のお好きなミエムはもう植えてあります。あとシプードでしたな。植物の育成環境に合わせて部屋分けしていますので、なんでも植えられますぞ」
「わぁ、わぁ、わぁ、ありがとうございます! わぁ、どうしよう、うれしい!」
一年中好きなものが食べられる!
「落ち着きなさい」
「礼は甘味がいいですな。さしあたってハティミツバター、コットウパン……」
はぅぅ、また忘れてた『蜂蜜バター黒糖パン』!
「こくとうが入手しましたら、ただちに……しゅみましぇん」
カルシーニ蜂蜜も、疾うに届いていたっけな。
「はちみつも、あいがとうごじゃいました」
厨房のあれこれは、みんなシブメンのおかげなのだ。
「今後も美味しいお菓子をちゅくり、ゼルロラまろうしちょうの恩に、むくいたいと思います」
シブメンは片眉を上げ、アルベール兄さまは何故か吹き出した。
お返事ください。
笑わないでください。
なんですか、もう。
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