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1章 幼少期編 I

27.つるんが来た

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紙になるかもしれない『つるんの木枝』が離宮に届けられた。

種類が違う3つの束に、それぞれの木の名を書いた札が下がっている。
『イロイ・マモ・ウヤ』とルベール兄さまが読んでくれた。
冒険者たちがこれを採取したのかと思うとゾクゾクしてきちゃう。

「それじゃ、枝を蒸しちゃおうか。3種とも始めちゃって」

ルベール兄さまの指示で、ランド職人長が適度な長さに枝を切ってゆく。
木枝用の蒸し器はこの日のために用意しておいたのでサクサク進められそうだ。

「あぁ、チギラが試食のシャービットを冷凍庫に入れてました。木皮がむけたら呼びますんで、食って待っててください」

シャービットではなくシャーベットです。ランド職人長。

「あぁ、それは自分で用意するよ。職人長は木の方を続けて」

ランド職人長が食器の用意をしようとしたら、ルベール兄さまがそれを止める。

うちの王子様たちのこういうところが好きなのよ~。アルベール兄さまもあれでいて案外砕けた人だしね~。
誰の影響かしら。お父さま?

私は厨房に置いてある簡素な丸椅子に座らされ「椅子から絶対に下りないこと」と、人差し指を顔の前に出されて釘を刺された。

そんなルベール兄さまは盆の上に食器を出しながら「ちらっ」と私を見る。ランド職人長も木を切りながら「ちらっ」、ルベール兄さまが冷凍庫を開けて「ちらっ」、ランド職人長が木を切りながら「ちらっ」…………そんなにチラチラ見なくても動きませんよ。今はランド職人長の作業よりシャーベットを優先しているのですから。


これからランド職人長が作るのは、藁紙よりずっとランクアップする「和紙」もどきである。

藁紙という前例があるからなのか、気負わずにボチボチやってくれそうな雰囲気でランド職人長は鼻歌まで歌い出した。
知らないメロディだ。平民の間で親しまれている歌だろうか。ポンポン跳ねるような、スキップするような……

「職人長~、シュシュが踊り出すから鼻歌禁止~」

「おっ、おどりませんよ」

「じゃぁ、どうして足をブラブラさせてるのかなぁ?」

二人の視線が私の足に……ブラブラさせてた! 恐るべし無意識!

足を押さえてピタリと止める。

「おどりません」

「うん、お行儀よくね」

ルベール兄さまはシャーベットの準備を再開し、鼻歌をやめたランド職人長はクックと笑いながら木枝に取り掛かる。

大人しく座っている私は暇なので、作業台の上にあった紙の束を手に取って見る。
一番上は紙づくりの工程表だ。
説明しつつ大量に描き散らした絵図を、大人が精査してまとめた、一応私の企画書である。
全く読めない。


……………………………………………………
和紙もどきの作り方

①木皮がつるんと剥けるようになるまで数時間蒸す。
②剥けた木皮を一旦日影干しする。
③柔らかくするために丸1日流水にさらす。
④流水にさらしつつ足で踏んで揉みほぐす。
⑤皮の外皮を平刃で削り取る。
⑥残った内皮を水でよくすすいでから天日に干す。
(紫外線や風雨にさらされることで内皮は漂白されていく)

ここで乾かした内皮は保存することも出来るが、カビないよう湿気対策をしておかなければならない。
作業再開は内皮を水で戻してから。
雪国の屋内仕事に良い。

⑦内皮が手で潰して崩れるようになるまで草木灰の灰汁アルカリ液で煮る。
⑧水にさらしながら残った外皮やチリを取り除く。

次は繊維をばらばらにする工程。

①杵でつきほぐす。
混合具ミキサーにかける。

試作が完成したら紙作り用の水車小屋を作る。
(全自動、作業効率)

〈紙漉き作業〉
①大きな水槽に繊維を入れて櫛型の撹拌具でよく混ぜる。
②水槽にいれた繊維が沈まないように「ねり」にゅわ~を入れてかき混ぜる。
③竹竿に吊下げた簀桁すけた竹簾すだれを挟み、繊維を均等に掬う。
く作業。簀桁を吊り下げる:漉く時の重さを軽減させるため。しなりが良い竹竿を使用)
④竹簾から濡れ紙状になった繊維を剥がし1枚1枚重ねてゆく。
⑤圧搾機を使って水切りをする。
⑥平板に刷毛を使って広げて天日に干す(紫外線による漂白効果)
⑦油分の多い葉の表面でなぞり光沢を出す。

………………………………………………………………


私の説明を文章にしたのだから、きっとこんな風に書いてあるはず。


まだつい先ほど始めたばかりの木枝からの紙づくりだが、試作が上手くできたら本格的な道具作りに入ることになっている。

紙漉きの道具はランド職人長と何度も話し合った……というか、描いたり、紙を切って立体にしたりと、目も当てられない雑な図画工作の遊びに付き合ってもらっていたら、いつの間にやら立派な図面が出来上がっていた。

水車小屋の設計図まであった。

めくっていくと、見積りらしきものを発見したけれど、数字の桁と羅列が凄いことになっていたので見なかったことにした。

ともあれ、試作で和紙っぽいのが出来ればすぐに『何ということでしょう』になるのだ。楽しみである。



食堂に移動した私とルベール兄さまは、ランド職人長の声掛けを貰えるまで、シャーベットを食べながらここで待機だ。

今回の新しいシャーベットの味は、シプードの次にレストランに出される予定の「レベ」という柑橘系の果物である。
目の前に出されて、口に含み、その味と香りに『レモン・シャーベットだー!』とは叫ばなかったよ。ルベール兄さまに叱られますもの。おほほほ。

「レベのシャーベットも美味しいね。なに? レベでも何か作りたいの?」

「わたくしにとってのレベは、ちょうみりょう、なのです。なににかけてたべようか、かんがえていました。あ、れいぞうこのなかは、みましたか?」

「見た見た。前回は食べられなくて残念だったね」

今日は試食用のシャーベットを確保できたが、たまにチギラ料理人の創作料理が入っているので気が抜けないのだ。

食べそびれたのは『蒸し鶏肉と野菜のチギラ巻き』
マヨネーズにいろいろ混ぜたソースが激うまだったらしい。食べてないから想像するしかないけど、棒棒鶏バンバンジー風の野菜サンドだったに違いない。くそう。

他に食べそびれたものがないか気になるな。
シブメンは匂いセンサーでも持っているのか、じゃがバター以外は全種制覇しているらしいから聞いてみようか。そういえば私も最近は毎日来ているけど、彼に会わない日はないような気が……

ほら、来た。

「ご機嫌よう、ルベール王子殿下、王女殿下。おや、今日はシャーベットでしたか……あぁ、ランド、ありがとう」

ランド職人長は本当に気が利く。シブメンが席に着くやいなや、シャーベットをササッと持ってきた。

「ふむ。レベも悪くありませんな」

今日も顔は美味しそうに見えない。
でも、シプードよりレベのほうが好みのような雰囲気だ。

「だいずのようすを、みにきたのですか?」

シブメンの魔法で成長促進させた枝豆は問題なく大豆となったので、豆乳を作る下準備は済ませてある。
半日ほど水に漬けておくと3倍の大きさに膨れ上がる……現在はその状態だ。

「単なる休憩ですが、興味があるので見ていきます」

シブメンがいてくれると何かと融通を利かせてくれるので、とても助かっている。
足繁く通ってもらうために離宮を居心地の良い休憩場所にしなくては……冷蔵庫に麦茶でも用意しておこうか。

「すみません。お待たせしてしまいましたか?」

どこかに行っていたチギラ料理人が帰ってきた。
彼の手には、おおぅ、枝豆! 火台が使えないから外で茹でてくれてたんだ。

「未成熟の豆は食べたことありませんでしたが、姫さまの言う通り塩だけで旨く食えるもんなんですね」

皿に盛ってきますと一旦引っ込んで、手拭きとさや入れまで持ってきた。
居酒屋のお通し枝豆バージョンの絵のまんまだ。律儀だなぁ。

「つめたくしても、おいしいけど、ゆでたても、すきっ!」

おしぼりで手を拭きます。
よろしいですか? よろしいですね? ルベール兄さまとシブメンを交互に見る。

「シュシュ……この鞘、毛が生えてるよ」

毛ぐらいなんですか。これでも塩もみで少なくなっているのですよ。お坊ちゃまですね。

おほほほスルー……ゆびさきでおしだして、たべるのがさほうです。さやについたしおを、くちにふくませるように、こうするのです。ばんぶつにかんしゃを」

王子や貴族のボンボンは、鞘にかぶりつくなんて真似なぞした事あるまい。
手本を見せて進ぜよう。ばくっ。

おいちい、ビール持ってこい!


「…………」

「…………」


ふたりとも唇をつけたくないみたいで、飛び出してきた豆を歯でキャッチしていた。

顔が面白いことになってるがっ、笑ってはいけない。
鞘になるべく触れたくなくて小指が立ってるけどっ、笑ってはいけない。

枝豆のデビューを台無しにしてはいけないのだ!


………無理だった。許して。

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