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1章 幼少期編 I
9.秘密会議2
しおりを挟む「後回しだ……」
私のいち推しアイテム”針金製造具”は、無情なアルベール兄さまの声で棚上げされた。
『調理器具だけの棒金具なら、すぐに用意できますよ』
用途を説明しつつ”泡だて器”の絵を描いて見せたら、ミネバ副会長に即答されてしまったのだ。
続けて”生クリーム用絞り器”も『金属の薄板を加工して革袋と組み合わせればよいのでは?』…だった。
──…そっか、まずは試作からか。大量生産でウハウハしか考えてなかったよ。
「プリンアラモードの知名度が上がったら、調理法を書いた紙と、その二つの道具を組み合わせて販売しましょう」
ルベール兄さまはセット販売がお好き。
「母上の茶会が最初の披露目だ。その後が楽しみだな」
アルベール兄さまは悪だくみをしているような顔でほくそ笑む。
なんでも、王妃主催のお茶会は流行の発信源であるうえに、貴族夫人たちの噂は伝令鳥のごとく早く広がるそうなで期待大なのだそうだ。
「商会に問い合わせ殺到。商会のレストランに予約が殺到……ふふ、どのくらい吹っ掛けてやろうか……そうだな、希少価値が付ついた頃合いに甘味の専門店を出しても良いな……」
……とかなんとか販売計画を練るアルベール兄さまの背後に何やら黒い霧のようなものが……見えるような見えないような?
「コホン!」
黒いなにかをミネバ副会長が咳払いひとつで霧散させた。上司の黒に慣れているご様子。
続けてシブメンからも一言。
「王女殿下。話を聞きますと、それは薬の調合に使われる『分離具』と『混合具』が該当するかと」
──…『ブンリグ』と『コンゴウグ』の意味が分かりません。
「しかしこれは……藁紙を作りたくもなりますね」
私が描いたぐちゃっとした説明図がどんどん増えていく様子を、ミネバ副会長が半眼で見ていた。
羽ペンが細くて使いにくいのですよ。ほら、またペン先が潰れた! 折れた! くぅぅぅ、最初から描きなおしぃぃぃ…………このっこのっ……こうやって紙が増えていくのだ。
「その六角形は蜜蜂の巣ですな? 当領では籠を逆さにした中に巣を作らせて蜜を取りますが、他に方法が?」
描きかけの養蜂箱の絵を見て、シブメンはすぐに察してくれた。
私が知る養蜂箱は『巣枠パネルを箱内に下げるタイプ』と『重箱タイプ』で、箱の説明は簡単なのだが、あの六角柱の集まるハニカム構造を人の手で作る方法がわからない。
シブメンはアルベール商会の職人に依頼する方向で話を進め始めているが……はっ、ちょっと待って、別のを思い出したよ……ハンドルをひねって人工巣の六角形を縦に少しずらすと、中の蜜が下に垂れてくるという画期的な『自動採取巣箱』! オーストラリア人が発明したやつ!
あれを動画で見た前世の私は興奮した。その興奮はシブメンにも伝わった。
むふーーーっ! はちみつーーー!
「便利なのはわかるが、後だ後」
しかし、またもやアルベール兄さまに棚上げされてしまった。
「じゃぁ、シプード・シャベットの話しをしようぜ!」
ベール兄さまが議題を提案した。
「……あぁ、ベールに伝えるのを忘れていた。商会から厨房の料理人たちに礼金を出すことにしたのだ。これは菓子の製法を守った褒賞も兼ねている。ベールの機転のおかげだ。よくやったな」
アルベール兄さまは微妙に黒が混ざった笑みをベール兄さまに向けた。
「料理人たちは心得ていたよ。ちょっとした会話も外に漏れていなかった。ベールのお手柄だね」
ルベール兄さまは弟の頭をポンポンした。
「へへっ」
いいな、いいな、兄さまたちに褒められた。
「シュシュは可愛いね」
わ~い………私チョロい。
「……シュシューア、思い出せる菓子は他にどのくらいある? 数によっては商会の会議にかけるが」
「たくさん、あります」
”たくさん”は答えではないらしい。無視された。
「え~と……それはもう、ゼルドラまろうしちょうが、ひめいをあげるくらい、かぎりなくたくさん(ここでシブメンの唇の端が上がった。私は見た!)のしゅるいがあります。ふんわりしたパンも、つくります。しょっぱいおかしも、あります。からいおかしも、あります。おにくのりょうりも、あります。おさかなのりょうりも、あります。おいしいちょうみりょうも、あります。はっ! たいへんれす、アルベールにいさま! はたけがありません! いもテロのじゅんびを……」
「待て……わかった。先ほど言った作業場は中止しよう。使われていない城の施設を借りたほうがよさそうだ」
……うむ、あの離宮はどうだろう……隔離されていて開発部門にちょうどいい……が、広すぎるか? 賃料は月に……う~む…………いや、投資は必要だ。必要だが……ミネバはどう思う? 卿の意見も聞こう。う~、経費を削るにはどこからか……いけるか?
会長は鬼の形相で苦悩するという器用な芸風を持っていた。
──…お城の厨房はそう頻繁には使わせてもらえない。
しかし私は、あれも、あれも、あれも、あれも、懐かしいあの味をまた食べたい。
──…商会で離宮とやらを借りてくれたら、ちゃちゃっと作ってもらえるようになるのかな?
なるね。開発部門だもんね。料理人が来てくれるんだよね。
よっしゃ!
「アルベールにいさま、ひめよさんを、きふします!」
(国庫から王族の個人に予算が組まれているはずだ)
「もっているドレスを、うります!」
(後から知ったことだが、売るほど持っていなかった)
「ほうせきも、うります!」
(そもそも持っていなかった)
「俺も欲しい剣があったけど、買わないで寄付するぞ!」
「兄上。よろしければ僕の収集している本を売って……」
「会長。出資額を増やしますから」
「王子殿下。私も出資額を増やしましょう」
みんな雰囲気に呑まれている。いえいえ、これはアルベール兄さまの人徳です。
「いや、待て……すまん、取り乱した。私個人の資産がある。それが尽きたら協力してくれ」
そうなの? そうなんだ。がっかり。
やる気を出した全員が、何故かがっかりしている。本当に何故がっかり?
「……コホン。まずは陛下に離宮の貸出し許可を頂かないとなりませんね」
いち早く正気に戻ったのはミネバ副会長であった。
「管理費だけがかさむ離宮の賃貸料が入るのだ。許可は下りるだろう。おりなかったら……シュシューア、父上の前で、泣け」
え”?
「王族は5歳にならないと城の敷地から出られぬ決まりだ。自分で菓子が作りたいと、専用の厨房が欲しいと駄々をこねろ。シュシューアのためなら父上は折れる」
あ~、う~。
「リボン!」
「はいっ」
リボンくん?! 廊下で待機してたのね!
「父上に会いに行く、先触れを出してくれ」
「はいっ」
あぁ、リボンくん。ちょっとしか顔が見えなかった。
「ベール、シャーベットは離宮の厨房で商会の料理人に作らせる。しばらく待てるな?」
「はい」
もしかして、シャーベットも特許を取るつもりかな?
「こおらせたのを、くだいて~、すって~、まぜるらけれす。だれでもつくれるの~」
「シュシュ、プリンの時も同じこと言ったよな」
そうだっけ? 覚えてない。
「よしっ、父上が会ってくれる」
リボンくん、もう返事もらってきたんだ。もしかして優秀?
「行くぞ、シュシューア」
私も行くの?
──…あれか『泣く係』
「父上に甘えろ。そして、泣け!」
わ~い、お父さま~。
わ~い、抱っこされちゃった~。
わ~い、わ~い。
私は大はしゃぎしなら泣きまねをした。
馬鹿な娘の猿芝居にウケた王さまは、簡単に離宮の貸し出しに応じたのだった。
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