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1章 幼少期編 I
8.秘密会議1
しおりを挟む執務棟は国政を担うブレーンが事務室を構え、それに続くエリート集団だけが使える建物である。
お父さまと、お母さまと、アルベール兄さまと、ルベール兄さまも、執務室と部下部屋を持っている。
ベール兄さまも、もうすぐ部屋を貰えるのだと言っていた……という事は、私もいずれは……『必要ならな』と、アルベール兄さまがポソッっと言った。どういう意味かは深く考えないでおく。
アルベール兄さまの執務室がある区画に到着した。
聞いていた通りの側近たちの仕事部屋や、官人服を着た…恐らく公務員的な男女が忙しく働いている部屋も多くあって、廊下の往来は割と激しく……はっ! 顔見知りを発見! リボンくんだ!
ふらりと後を追おうとしたら、うっ、動けない! ルベール兄さまに抱っこされてるのを忘れていた! あう、あうぅ、リボンく~ん、遊んでたもれ~、あ~ん、見えなくなっちゃった~。
……くぅぅ、私はまだ王宮から自由に出ることが本来は許されていないのだ。
簡単にここには来られないお子様な身の上なのだ。次はいつリボンくんに会えることやら……遊んでもらいたいなぁ。王宮に遊びに来てくれないかなぁ。見学とか適当なことを言って遊びに来ちゃおうかなぁ……後でアルベール兄さまにお願いしてみよう。
……で、プリンアラモードの試食会に参加したメンバーが通されたのは、正確には執務室ではなかった。
アルベール兄さまの執務区画にある使われていない予備室のひとつで、円卓と椅子だけがあるとってもシンプルすぎるお部屋だった。
王子の公務ではなく商会のお仕事だからかな? 試食会に使った会議室も有料だったし、ここも有料だったりして。支払先はアルベール王子? そして支払いはアルベール商会? なんかそんな雰囲気。きっとなぁなぁで済ませてはいけないことなのね。
だけど王族が率先して職権乱用しないってことは……困ったな。私は職権乱用したいタイプなのだ。
せっかくお姫さまに転生したのだから権力でドーン!バーン!とやりたいぞ。
あ~あ、ダメなのか。できないのか。残念。でもちょっとくらい、ねぇ、くすくす…………あ、ちい兄が胡乱な目で見てる。見られている。なんですか? 何も考えていませんよ。ずるいことなんて考えていませんよ。いたずらも考えていませんよ。考えてないったら。
☆…☆…☆…☆…☆
───さて、子供用椅子が運び込まれたところで全員が着席し、円卓を囲んでの秘密会議が始まります。
セッティングされたお茶を一口飲んでから始めるのが作法……熱っ!
「事後報告ですまないが、父上に許可を頂いて、ミネバにもシュシューアの前世の件を明かしてある。だから気にせず、思う存分、包み隠さず話しなさい」
アルベール兄さまの言葉に合わせて、ミネバ副会長がクールな顔で私に小さく頭を下げた。
今日から仲間なのですね。了解です……仲間になるのだから、私にメロッても良くってよ。
「では順番にいこうか。ミネバは記録を取ってくれ」
邪魔になる茶器を盆にまとめ、話し合いのための気合をアルベール兄さまが入れる。
『さぁ、儲け話の開始だ!』
羽ペンとインク壺。はい出ました羊皮紙の束。
アルベール兄さまは羊皮紙の1枚を手にして、わざとらしく振って見せた。
「これの代わりが藁で作れるのだったか? シュシューア」
ニタリ。
うひぃぃ、黒い微笑! なんで?!
「会長のこれは『金』に反応した時の顔ですので、怖くありませんよ」
ミネバ副会長が苦笑いしながら言った。
そうなの?
部下に失礼なことを言われた上司が、まったく気にしていない様子だから、そうなのかな?
「アルベール兄上は金儲けが好きだって言ったろ? すげー真剣に好きなんだよ」
「損失を出さなければ大丈夫。怖くない、怖くない」
兄ーズ、それはフォローのつもりですか?
「シュシューア、説明しなさい」
「うぅ……はい。えと、ようひしより、よわい、やぶる、れる、れす。ようひしより、インクが、にじむ、ます。れも、わらは、やすいのれ……え~と」
3歳児の語彙では伝わりにくいのがもどかしい。
かなり端折って適当に要約した内容はこうだ。
『藁を縦に細かく裂くと糸みたいになりますよね。その部分を繊維といいます。その繊維を煮ると柔らかくなるので、水に浮かべて絡ませると紙になります』
「……………」
うぅ、みんな頭の中で想像しているのか、黙っちゃった。
「藁で編んだ敷物の目が、細かくなったものと考えれば……なんとなく」
ルベール兄さまは自分でも納得できていない呻きをもらす。
「糸、繊維……布に近いのか?」
首をひねるアルベール兄さま。
「ごわついた固い布を火熨斗で伸ばすと、紙のようになりますな」
シブメンは貴族のボンなのに、火熨斗を使ったことがあるような口ぶり。
「一度作ってみないことには始まらんな。何を用意したらいい?」
アルベール兄さまは必要なものを言うように即し、ミネバ副会長はペンを構える。
「えとえと……わらを、ちいさく、きる、どーぐ。こうやって、こうやって」
親指と人差し指の間を2cmくらい開けて長さを示し、裁断機で切る動作で確認してみる。
ミネバ副会長が『あります』と答えた。裁断機オッケー。
「わらをグツグツする、なべ。グツグツするみずは、きの、はいを……」
──…小さく切った藁を灰汁で煮るところから始めます。
この灰汁(草木灰由来)は苛性ソーダの代用であります。
なぜ代用が必要かと言えば、私が苛性ソーダの作り方を知らないからです(泣)
でも『苛性ソーダ』=『強アルカリ性』という知識はある。
そこで私の豆知識……
昔の日本で使われていた洗剤は『草木灰を水に溶かした上澄み』であった。
それは『灰汁』という『弱アルカリ性』の液体のことである。
藁をアルカリ性の液で煮る目的は、溶解させて繊維を抽出することだから、同じアルカリ性の草木灰を利用することにしたわけです。
苛性ソーダに比べると何倍もの時間がかかるだろうけど、作れないのだから仕方がないのだ。
──…次は、柔らかくなった藁を水で洗います。
それを槌で叩いて再び細かく切って、節など余計なものを取り除き……と続けようとしたら、アルベール兄さまのストップが入った。
「水と火を使うようだから厨房の近くに簡単な作業場を作ろう。藁紙の件はそれからだ」
──…そうなりますよね。
「アルベール兄上、シュシュは図面が書きたいと言っていた。シュシュの説明だけじゃ、たぶん何もわからないぞ」
──…うむ、否定はしません。
「書き損じた羊皮紙を用意しよう。穴が空いたりしていても構わないな?」
「はい! じゅーぶんれす!」
ベール兄さまと目を合わせて『やったね』の笑顔。第一関門突破です!
「もしや細筆というのは藁紙用ですか? 羽ペンでは表面が荒すぎて書けないということでしょうか」
ミネバ副会長、鋭い!
身を乗り出して『そう!』と思い切り頷いたら、ルベール兄さまに『お行儀』と叱られた。
「王女殿下、煤の色液が気になります。現在使っている没食子インクとは違うのですかな?」
──…へぇ、シブメンは私を『王女殿下』と呼ぶのね。
「インクは、たかいのれ、すすと、にかわ、れ、つくる、れす」
シブメンの言う没食子インクという液体は水に濡れても負けない大変優秀なインクで、お値段も大変優秀なものだ。
だけど材料のタンニンを取るために『虫こぶ』を使うというネット記事を読んだ段階で、覚えるのをやめてしまった。そんなの見たくない、触りたくもない。
私が作ろうとしているのは、日本人にはお馴染みの硯で磨って使う固形の墨だ。
植物油のランプの火から出た煤と膠を練って作ります。
「煤を膠で固めた黒液の元はありますよ。羊皮紙に使われていないので流通はしていませんが……藁紙が出来上がったら商会の職人に作らせましょう」
存在するが、人気がないから販売はしていないと。
「兄上。藁紙ができたら『煤液』と『細い筆』を抱き合わせで販売したらどうでしょう」
おぉ、習字セット!
そうなると和紙みたいに綺麗な紙が欲しいな。
木の皮の繊維が多いやつを探してもらったらどうだろう。いや、そうしたら木の繊維だけでよくない? 藁いらなくない? あぁ、でも、藁は無料同然だし、庶民向けに……
「う~ん、う~ん」
皆に注目されてるのはわかってるけど考えをまとめたい。
植物紙は、植物紙は………う~ん。
「……しょくぶつの、せんせいを、しょうかい、くらさい」
この世界のことを何も知らないから考えても無駄だった。
「薬草課の若い者を出向させます。好きに使ってください」
──…シブメン、それは職権乱用ではないですか? 王子が我慢しているというのに、私も我慢しようとしているのに………ふふん、ちょっとくらい、かまわないということで……よろしいですかな?
「シュシュ、僕と一緒だから知らない人でも大丈夫だよ」
──…ルベール兄さま、監視かな?
「そうだな。父上には私から話しておこう……ベールはだめだ。自分の教科を先に就業させなさい」
参加したそうにしていたベール兄さまは言い出す前に止められてしまった。
悔しそう……可愛い。
……秘密会議はまだ続く。
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