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1章 幼少期編 I
4.ファミリータイム
しおりを挟むアルベール兄さまには公務があるので、先触れを出して待つことになった。
ゼルドラ魔導士長には先触れを出さずに、料理人Aが押しかける予定になっている。
彼らはたまにスイーツ談義をする仲なのだとか。上手いこと言って引き込むと息巻いていた。
私はお昼寝。
ベール兄さまはお勉強。
程よくプリンが冷えたであろう頃合いに、アルベール兄さまの従者見習いであるリボン・ガーランド(15)が迎えに来てくれた。
短いくせ毛の黒髪で、眼差しの強さが凛々しい……(はぅっ! 微笑まれちゃった! キュン!)
彼の名前は一発で覚えましたよ。残念なことに騎士になる予定はないそうです。
☆……☆……☆……☆……☆
これから行くのはアルベール兄さまの執務室がある別の建物だ。執務棟というらしい。
途中、厨房でプリンと共に待っていたベール兄さまと合流し、配膳係の料理長を従えてテクテクと長い廊下を4人で歩いていく。
ふと、料理長が持つお盆にかぶせられた布のふくらみが気になった。
プリンのカップと、あれはカラトリーをまとめて入れる籠ではなかろうか……むぅ、結構大ぶりの籠だからスプーンの数が多いということだ……あ~、なんかわかっちゃったなぁ~、予感がするなぁ~。
この予感は的中した。執務室に入ってすぐにわかった。
お父さま、お母さま、アルベール兄さま、ルベール兄さま……味見する気満々ではないですか。
「やぁ、シュシューア。アルベールだけに声をかけるなんて淋しいじゃないか。砂糖を使って良いと許可を出したのは、お父さまなのに」
ぜんぜん淋しそうに見えませんが、お暇なんですか? 暇じゃないですよね。会議の予定が入ってましたよね。いいですけど。嬉しいですけど……お膝に乗ってもいいですか?
「ベールにいしゃま。また、ちとくち、しゅるの?」
あの籠に入っているスプーンは、ひとくち大会用のはず。
「そういうことになった。俺、もう1個食べるつもりだったのに」
あ、冷たいほうのプリンもまるっと食べたかったのね。
料理長がテーブルに置いたお盆の上のプリンは4個……ふむ、おまかせあれ。
「こりぇは、ベールにいしゃまの、れす。アルベールにいしゃまは、うる、あじみだから、いいのれす。れも、おとーしゃまと、おかーしゃまと、ルベールにいしゃまは、よこはいりれしゅ。いけましぇん。ベールにいしゃまは、みんなに、おかにぇをもらってくらしゃい。そうしちゃら、おさとう、かいましょう」
……【訳】投資目的のアルベール兄さまに1個、それ以外の方には料金を請求しましょう。
「シュシュ、アルベール兄上みたいなこと言うな。あっち行って座っとけ」
なっ、なんですとっ?! 私をのけ者にする気ですか?!
「シュシューア、お父さまの膝においで」
お父さまは膝をポンポン叩いて私にニッコリと微笑む。
さっきそこをチラ見したの気づいてたんですね。
「わーい!」
転生者であろうとも今はまだ子供なのです。甘えたいのです。胸がふわぁ~ってなったのです。
きゃーん、パパー!
よしよしされて私はもうお花畑の住人だ。
プリン? なにそれ、美味しいの? あ、美味しいですよね。
……戻ってきてしまった。早かった。
「まずはひとくちだけだぞ。俺も我慢してるんだから……料理長」
「はい、こちらです。崩れやすいので、こぼさぬようにお気を付けください」
料理長……厨房を出ると別人のようだ。
「ベールにいしゃま、おとうしゃまの、もういっこのあし、あいてりゅよ」
おいでおいでと手招きするが、ベール兄さまの顔は『?』だ。
ねぇ、一緒に甘えようよ。
「ほらベール、そなたもおいで」
お父さまはもう片方の膝をポンポンする。とたんにベール兄さまの顔が火を噴いた。
「えっ、あっ、えぇ~?」
真っ赤な顔であたふたしだしたベール兄さま。超可愛い。
「兄上の出番ですよ」
「そうだな……よっと」
「わっ」
アルベール兄さまはベール兄さまをひょいっと抱き上げると、お父さまの膝の上にストンとおろした。
そして、お父さまの腕が優しくベール兄さまを包み込む。
「ふたりとも大きくなったな。元気に育ってくれて、お父さまは嬉しいぞ」
お父さまは、私とベール兄さまをギュッと抱きしめた。
次に私の頭にチュッ。ベール兄さまのオデコにもチュッ。
「……っ!!」
固まったベール兄さまに気づいたお父さまは、続けてベール兄さまの顔じゅうにチュッチュッチュッチュッ。
照れ隠しにジタバタしている息子を、お父さまは離そうとしない。
私はそれが絶妙にツボに入って大笑い。
『そんなに笑うものではありません』とお母さまに叱られたけど、お母さまも笑っている。
「忙しさにかまけて遊んでやれなかったな。すまなかった、ふたりとも」
私にも、もう一度チュッ。
「トルドンとの諍いが始まったのは、ベールが産まれてすぐのことでした。私も国境問題に目を向けすぎていましたね。反省します」
お母さまはシュンとしてしまった。
お隣のトルドン王国はお母さまの故郷なので、仲裁はお母さまの担当なのですって。
「兄上、僕ももう公務の手伝いができますよ。僕たちで父上たちの時間を作りましょう」
「そうだな。父上、母上……これからは下のふたりを存分に可愛がってあげてください」
上の息子たちの心遣いに両親はもう胸熱だ。
優しくて格好いいお兄ちゃんって、いいなぁ。
やんちゃなベール兄さまは弟みたいで、好きだなぁ。
前世では兄弟がいなかったもんねぇ。
パパとママの愛情をダイレクトに感じるのも、こそばゆくて良いわぁ。
いいなぁ~、こういうの、いいなぁ~。
前世の両親も笑顔がとっても素敵だった。
お父さんも、お母さんも、いつもいつもニコニコしてて……
………ん?
ニコニコ……いつも同じ顔だったような……
変だな……んんん、ん?
「………」
もしかして、あれは………写真だった?
じゃぁ、お父さんとお母さんの思い出は?
………ない?
「…………うしょ」
涙が、ぼたぼた……こぼれてきた。
なに……これ……喉の奥が、すごく、熱い。
「……シュシュ?」
最初に気付いたのは向かいに座るベール兄さまだった。
何の予兆もなく大粒の涙をこぼす妹に戸惑っている。
喉からあぐあぐ音がもれてきた。体もがたがた震えてくる……どうしても止まらない。
「シュ、シュシューア、どうした?」
少し上ずったお父さまの声。
お父さまの顔……涙で見えないよ。
「………あ…あぅ…あ…お…と…しゃま、おと…しゃま…ろうしよう……まえ…は、かぞくが、い、いなかったみたい、らの。ちいちゃいときに、しんじゃった…みたいれ、じゅっとひとりれ、さみちかった…みたい……どうしよう…ひとりだったの、ひとりで…しんじゃったの、すごくいたかったの……いっぱいこわかったの! ……っ…ぅ……うわぁああぁぁぁん!!!」
思い出さなくていいことを思い出してしまった。
孤独で、でも周囲もみんな孤独で、寄り添うということを知らなくて、みんなひとりで立っていた。
そんなところで生きていた。
淋しくて泣くこともできなかった。淋しいとも気づいていなかった。
「今はお父さまがいるぞ……母も兄たちもいる。みんなシュシューアを愛しているぞ」
だから寂しくないと、お父さまは言った。
お母さまも、お兄さまたちも、私の名を呼んで頭をなでてくれた。何度もキスをしてくれた。愛していると抱きしめてくれた。
『お父上が正しい』
………シブメンがそんなことを言ってたな。
だったら、シュシューアは……私は………
…………もう、寂しくないね。
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