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1章 幼少期編 I

2.乙女ゲームの世界

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波打つ金髪は艶やかに輝き、紫色の瞳は宝石のように煌めく。透けるような白い肌は柔らかく潤い、瑞々しい唇が弧を描くと……しなやかな指先は……細くくびれた腰は……母の美しさを謳う賛辞は数知れず。
ただ、私の耳に届くのは父の惚気がほとんどである。

そんな母の美貌を受け継いで『人生勝ち組!』とか浮かれている、転生者のシュシューアです。
まだ3歳なので腰はくびれていません。



☆……☆……☆……☆……☆



『異世界に行っても困らないように知識を蓄えておこう!』

……などと、ネットで検索しまくっていた覚えがある。

きっかけは社員旅行で行った北海道の雪乳工場見学だ。
”昔は生クリームをこうやって作っていた”…という道具を紹介されたら『この知識は役に立つ!』などと恥ずかしい確信を抱いちゃったわけだ。

役に立てようと思っている。

今まさに、その時が来た!


「いしぇかいの、おかちを、ちゅくりたいの、れしゅ。プインってゆーの。にゃまクリームをのしぇると、とってもおいちーの。だかりゃ、おしゃとう、ちょうらい」
……【訳】プリンアラモードを作りたいので、お砂糖を買って下さい。


『娘は前世の記憶持ちである』と、お父さまが唯一相談した男が目の前にいる。

黒髪と黒いローブ姿が、いかにも魔導士然としている大人の男だ……事実、魔導士だけど(推定年齢35歳)

「おしゃとうが、ほしいの」

執務机で書きものをしていて、こちらを見もしない。

「ねぇ、おしゃとう、ちょうらい」

魔導士は深く眉間にしわを寄せたが、ようやく顔を上げてくれた。

さぁ『そうでしゅか~』と、可愛い姫にメロるのだ!

「……そうですか」

きたきたーーーっ!

「お父上にお願いしてはいかかですかな?」

「おしゃとうは、たかいかりゃ、おままごとに、ちゅかっちゃダメってゆーの。れもね……」

「お父上が正しい」

最後まで聞けい!!

首根っこつかまれて、カッカッカッ。キーッ。ポイッ。パタン。





「…………」





思考停止──再起動………はっ!


仮にも王女たる私にこの仕打ちですかーーーっ!?


「もうプインたべしゃせてあげない! みしぇびらかして、ほえじゅらかかしぇてやりゅんだかりゃ!」
……【訳】出来上がったプリンアラモードを見て悔しがるがいいわ。おーっほっほっほっ!





……そんな平和な日々は昨日まででございました。
朝食の席で家族の顔を見ていたら、さらなる記憶に目覚めて、人生観が一変してしまったのでございます。


…………………………………
お父さま ロッド国王
お母さま トゥーラ王妃

お兄さまたち……

第一王子 アルベール(15)
第二王子  ルベール(13)
第三王子   ベール(7)
…………………………………




こっここここの名前はまさか…………


乙女ゲーム 《 秘密の国の秘密の恋 》!?


兄さまたちって『攻略対象』じゃないのーーーっ!!




はっ! 私は?

…………名前さえ出てこないモブか。むぅ。




このゲームは大変後味の悪いハッピーエンドだった覚えがある。

ヒロインが選んだ王子が王太子になる……それはいい。
恋に破れた他の兄弟は傷心の旅に出る……まぁ、それもいい。

最後のナレーション『二度と帰ってくることはなかった』で、あっさり行方不明になってしまうのは如何なものか! 悲しすぎるではないの!

確か、兄弟仲が壊れないエンドは逆ハーレムしかなかったはず。
でもでもでも……逆ハーを迎えると、隠しキャラの第四王子と出会ってしまうのだ。


二年後に産まれる可愛い弟も、食われるの?

美形王子四兄弟、食い散らかし?


ねぇ、ヒロインちゃん。
私の兄弟たちに何してくれちゃうわけ? あ~ん?

悪役令嬢の役目、私がやっちゃってもいいのよ? いや、むしろやりたいんだけど?


いやいやいや、その前になんとか回避しなくちゃね。今できることはあるかな……え~と。



ぴん!…『弟の名前を変えちゃおう!』



まずは小さな一歩から。

「どうした、シュシューア。お父さまの顔に何かついているか?」

「おとうしゃま……おとーとのなまえ、ルーは、ダメれす。ティシュトームのおーじは、どんどん、ちゃりなくなりゅって、わらわれちゃうの」
……【訳】私の弟に「ルー」と名付けるのはやめてくださいね『ティストームの王子は下に行くほど足りなくなる』と笑われるのは可哀そうですわ。


『ル』という音には『才能』や『特技』などの意味がある。
才能に付随する他の音がない名前に、密かに傷ついていた繊細なルー王子は──

ヒロインに癒されて恋に落ちちゃうのだ!
ゲームにそういうエピソードがあるのだ!
チョロいよ、ルーちゃん!


「手遅れだよ、シュシュ。僕はもう揶揄われているよ」
「ルベールにいしゃま」

「シュシュ~。俺が産まれた時にどうして言ってくれなかったんだよ~」
「むりいわないれ、ベールにいしゃま」

「この件に関しては、長男でよかったと素直に思えるな」
「アルベールにいしゃま」

「私は反対しましたよ」
「おかあしゃま」

「面白いと思ったのだがなぁ」
「父上~」← ベール

洒落で名前を付けられちゃたまりませんよね。
ルベール兄さまはまだしも、ベール兄さまは一生お父さまに愚痴っていいと思います。


「おとうしゃま。ベールにいしゃまは、かわいそうね。だかりゃ、おかしをちゅくって、いいこいいこ、すりゅの。おしゃとうと、たまごと、ミルクをくらしゃい。おままごとじゃ、ないのれしゅ。りょうりちょうに、ちゅくってもらうの。ベールにいしゃまの、らの。わたくちは、がまんしましゅ。ね?」
……【訳】ベール兄さまをお慰めするためにお菓子を作りたいと思います。砂糖、卵、ミルクを分けて下さい。


菓子作りとちぃ兄には、なんの因果関係もないことにお気づきだろうか……作ってしまえばこっちの物なのだ。ふふん。


「シュシュ、僕の分は作ってくれないの?」
「ルベールにいしゃまは『ル』が2コちゅいてるから、いいの」
「え~~~」


そこで大笑いしたお父さまから、なぜか砂糖使用のお許しがもらえたのだった。

やった! 厨房にレッツゴー! ベール兄さまも手伝ってくださいね。

「べふっ」
「………」

はしゃぎすぎて廊下で転んだ私を抱き起したのはベール兄さま。なぜ無言?

「なんで俺が……実験台? 生贄?」

ん? 何か聞こえた?





……………………………………………………………
シュシューアの『でちゅ言葉』は4話まで続きます。
暫くお付き合いくださいませ m(__)m
……………………………………………………………
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