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第6章

308.私の欲しい言葉

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「どんな相手だろうと僕に寄り添ってくれる人などこの世にいない。いつの間にかそう思うようになっていた。けれど君はそんな僕の驕りを一蹴してくれた。そして肯定してくれた。どんなに受け入れ難い前世でも、自分自身なのだから否定しないでほしいと。あの時の言葉はきっと僕じゃなくて、前世の僕が欲しかった言葉なのだと思う。けれどこの胸に灯った感情は紛れもなく僕の、僕だけのものだった」

彼は顔を上げると私を真っ直ぐ見据えた。

「僕はあの時からずっと君が好きだった。それは今も変わらない」

あんなことをしてしまったから信用無いかもしれないけれど。と彼は苦笑いしながら続けた。

そんなこと、ない。
彼がしたことは当然の事だ。
曖昧な記憶だとはいえ、自分が彼に何をしたのかは理解している。

たしかに殺されたことは辛い記憶だけれど、今まで彼がしたことに対して私が責める権利など何もないのだ。

これ以上、ヴァリタスが自分を責めるのを危惧して体を起こした。
グッと力を込めながらゆっくりと起き上がる私に今まで平然としていたヴァリタスは急に狼狽えた。

両手を上げこちらを伺っている。
おそらく私を助けようとして、でも鉄格子の所為でなにもできずにいるのだろう。
それでもジッとしていることはできないのか、心配そうに見つめていた。

やっとの事で体を起こすと、座った姿勢のまま体を引きずる。
鉄格子の直前まで来るのに、そこまで距離があったわけではなかったがそこそこ時間が掛かってしまった。

近くまで来ると、鉄格子を掴み心配そうに私を見つめる顔が眼前に迫っていた。

「大丈夫ですか?」

眉間に皺を寄せているその顔を見て、嬉しくなる。
思わず笑うと彼も合わせるように苦笑した。

「ヴァリタス様。あの言葉は私が私のために作った言葉です。自分の都合の良いように前世を受け入れられるように。だから貴方のために言ったわけではなく、ただ自分の考えを貴方に押し付けただけなのです」

掠れた声にちゃんと聞き取れたのか不安になった。
彼は小さく横に首を振ると再度口を開く。

「以前も言いました。貴方がどんな思いであの言葉を言ったのだとしても、あの言葉で私は救われたのです。それにあれはただのきっかけでしかありません。貴方の心が綺麗な事も、どんな辛い事があっても真っ直ぐに受け止めるその姿勢も。貴方のする事全てが僕には眩しかった。そして、それと同時に貴方を守りたいと強く思った。これが好意でなくてなんだというのでしょうか」

ああ、やっぱりこれは夢だ。
私の願望が目の前に現れたことでそれは確信に変わった。

彼の言う言葉は全てが私が彼に言ってほしい事ばかりだ。
そしてそれは現実の彼が言うはずのない言葉だった。

優しい顔を向けてくれる彼はなんて魅力的なのだろう。
抑えつけても溢れ出る想いが更に増幅していく。

現実の彼の前でなら、零れることなどなかった。
だって彼が私に向ける憎悪のおかげで身の程を弁えることができるから。
しかし、全てが私にとって都合の良い夢の中であるならば彼は私を責めることも憎しみを抱くこともない。

そのためこの気持ちを抑えることができなくなってしまう。

ああ、けれど今は身を任せても良いんだ。

夢の中なのだもの、現実に影響することなんてありえない。
ならただ思う通りに甘えても罪にはならない。

「ねぇ、ヴァリタス様。私は貴方に多くの嘘を吐きました。ほとんどすべての言葉が嘘と言っても過言ではありません。けれど、もし、今から言う言葉がすべて本当だと言ったら、貴方は信じてくれますか?」

臆病な私はそれでも予防線を張ってしまう。
思い通りになると分かっているのに、安心したいと完全に身を任せても大丈夫なのかと疑っているのだ。

なんて浅ましく我が儘なのだろう。
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