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第5章

279.気乗りしないパーティ

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11月11日。
今日は次期国王の結婚記念パーティの日だ。通称祝賀パーティと略されているのはこの国で行われるパーティの中で2番目に目出度い行事だから。

とはいえ、このパーティに参加できるのは伯爵位以上の極限られた上位貴族のみ。
規模は大きく派手ではあるが、会場にいる人数は他の上位貴族が主催するパーティとそこまで変わらない。

大きな違いがあるとすれば誰もが祝いムードに染まっており、悪意のある感情を持ち込まないというのが暗黙の了解になっているという点だろう。腹の探り合いを目的とした他のパーティとは違うこの雰囲気は私にとっては非常に心地良い空間――と、なるはずだったのだが。

「やっぱり派手すぎるわよね……」

ヴァリタスから贈られたドレスを身にまとい、本日何度目かの台詞を吐く。
着る前から身に着けたとき、そして会場に向かう馬車の中でも心の中で何度叫んだかわからない。

色や装飾もそうだが、何よりも不安なのは大きく開いた胸元だ。普通のパーティでさえも令嬢が着るようなドレスではない。おかげで両親や兄に見られるのが恥ずかしくてこっそりと出ていったほどなのだ。

こんな姿でパーティなんか出たら、きっと嫌らしい人間だと噂になるだろう。

やはりこんなもの着てくるべきではなかった。
強い後悔が滲むが今更どうしようもない。

しかし、そんな思いとは裏腹にとある思考が頭の中でめぐる。もしかして、ヴァリタスは私に非常識な行動をさせることで婚約破棄を優位に進めるつもりなのかもしれない。

誠実という言葉を地で行く彼が何の目的もなしにこんなことをするとは思えない。私だけを傷つけるのならまだしも、今日は彼の兄を祝福するパーティ。それを自分の憎しみの為だけに台無しにするような人ではない。

信じていたいだけなのかもしれない。
例えそうでなくても私の大事なあの人はそういう人なのだと、ただ私が。

「この恰好が意味のあるものなら……」

きっと私は耐えられる。
胸の前で握りしめた手を解くと、ただ白いだけの掌だけがあった。

いつもは屋敷からエスコートしてくれる彼も、今日だけは宮殿での準備や挨拶などが忙しらしく迎えはなかった。つまりこの姿を見せるのは向こうへ行ってから。

たとえ場違いであっても自分で贈ったものなのだから少しぐらい褒めてくれると良いのだけどね。

そんな事を考えているとガタリと音がして馬車が止まった。
御者が宮殿に着いたことを告げてくる。

さて、行きますか。
これからさらに胃が痛くなることを想像しつつ、立ち上がると馬車のドアが開くのを待った。

入口近くにはすでに人が大勢集まっている。
中で挨拶すれば良いものを誰かを見つけたら声を掛けずにはいられないのだろう。

そんな談笑している人々を掻い潜りサッサと会場の中へと入っていった。
チラチラとこちらを見ては怪訝な顔をした人がいたのは無視しよう。
そんな事に気を取られては今日は乗り切れないだろうから。

未来の義兄弟―とはいえもうすぐそうではなくるけれど―に挨拶をするべく、今日の主役を探す。
一体どこにいるのかしらね。
周りを忙しなく観察しながら奥へと足を進める。

私の今日の役割なんて彼らに挨拶するぐらい。
それが終われば後は時間を潰すぐらいなのだから、早く用事を済ませて人気のないところに行きたいところなのだけど。

会場の真ん中あたりまで来たところで少し先の方に大きな人だかりができているのを発見した。
あそこね、間違いなく。

今までの勢いのまま人だかりの場所まで行きたいところではあるのだが、どうしても私の心は躊躇してしまう。あの人の量なら、まず間違いなくこの姿を大勢の人に見られる。そして必ず思われるだろう、ベルフェリトの令嬢はやはり可笑しな人間なのだと。

この場所に来たときから、いいえ、さかのぼれば彼からこのドレスを受け取り身に着けると決めたときから非難されることは覚悟していた。それでもいざ目の前にその脅威が訪れれば誰でも足がすくうのは仕方ないことだと思う。

でも、このままこうしているわけにも行かない。
一歩足を踏み入れた瞬間だった。

「エスティ!」

名前を呼ばれ、そちらの方へ顔を向ける。
右斜め前に、いつの間にかヴァリタスの姿があった。
ずっとあの人だかりを見ていた所為で、近くにいた彼に気付かなかったようだ。

ヴァリタスは驚愕したような顔で私を見つめていた。

「なんですか、その恰好……。ぼ、私が贈ったドレスは……?」
「え?」

彼の言われた言葉に理解が追い付かず思わず聞き返してしまう。
俯いた彼の顔は分からないが責められているような言い方に違和感を覚えた。

そこで彼の着ている服に目がいく。お揃いと言っておきながら、彼の着ているものは白を基調とし青いアクセントの入った正装。私の着ているドレスとは全くの正反対だ。

どういうこと?
まさか私を騙したの?

しかし、ヴァリタスからはそんな様子は感じない。
というより、私よりもショックを受けているのを見るに傷つけようとしたわけではないのだと思う。

なら一体どうなって……。
思考が追い付かず何も言えないでいると、ヴァリタスは顔をあげた。
そこには彼の中で一番強い感情が現れていた。

憎悪の籠った強い瞳。
その気迫に気圧される。

彼の姿が遠い昔のバートンと重なった。
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