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第5章

275.できるなら今すぐにでも

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ヴァリタスは再度俯いて地面を見つめた。
しかしそこにはもう、零れ落ちる涙はなかった。

「運命。そうか、これもまた運命なのか……」

納得したように呟くと、彼はゆっくりと立ち上がる。
見上げるようにして上を向くと、視線がぶつかった。

「なら、仕方ないな」

何を思っているのか、その表情は逆光のせいでうまく見えない。
ただ、淡々としたその声に非情さが滲み出ていて怖かった。

くるりと体の向きを変え、私に背を向ける。
僅かに見える瞳には強い意志の籠った光が見えた。

そのまま彼は振り向きもせす去っていった。
取り残された私には何も残されていなかった。


   ***


どんな運命でも怖がらないで。
例えそれが悲劇で終わるとしても。

きっと君を見つけてみせる。

僕らは、何度も巡り合う。
それは誰にも、神様にだって引き裂けない。

だからもう、怖がらないで。


誰かを愛することで君は眩しく輝くのだから。


愛してる。
ずっとずっと君だけを。

愛してる。


それが僕だけに向けられることを。
永遠に願ってる。


   ***


気分が落ち込むのは、この間の事があったからだろうか。
ヴァリタスに呼び出された日から早3日。

なぜかわからないが、彼は昼休みや放課後に私を呼び出すようになった。皆が見ている前で彼と話をするだけでも痛すぎる視線が刺さると言うのに、見せつけるように呼び出すとは一体何を考えているのだろう。おかげで私に対するヘイトは益々募っていくばかり。このままではいつ何をされるか分かったものではないわ。

加えて毎日毎日呼び出されるものだから、おかげでもう3日も時計塔にも行けていなかった。流石にこのままでは私の胃が限界を迎えそうなので、今日はチャイムが鳴ると同時に時計塔へと走りだした。外聞とかなんとか言っている場合ではなかったし。

「そうですか。だから最近こちらに顔を出されなかったのですね」
「ええ……」

頭を抱え、目を瞑ると少しは楽になるような気がする。
しかし、こうして吐き出すだけでも少し楽になるからやっぱり誰かと話をするって大事ね。

まぁ、シリウスは人ではないけど。

「しかし、目的がわかりません。なぜ彼は嫌いな貴方と一緒にいようとなさるのでしょうか?」
「さぁ。少なくとも、私は相当ダメージを負っているけど……」

シリウスも私と同じようにヴァリタスの真意を掴みかねているようだ。顎に手を当て考え込んでいる。だがしかし、私たちでは答えは出ないだろう。

だって考えてみて欲しい。
憎むべき相手に毎日毎日会いにくるなんてどんな裏があるだろうか。
親でも人質に取られているのかと疑うぐらい可笑しなことだ。

何か嫌味を言われ続けるのかとも思ったけど、そんな事もなくただただ黙って食事をするだけだし。
しかも何が嫌って人の多い食堂でするのが一番きつい。

「やっぱり私に精神的ダメージを負わせるために……」
「そこまで悪意を溜めるような人間には見えませんでしたが……。何か他に理由があるのではないでしょうか?」
「理由って言ったって」

そんなの考えたわよ。嫌というほど。
でもわからないのだもの。

だからこうして相談しているのに。

「どうして誘うのかと聞いてみたりは?」
「聞いたわよ。聞いてみたけど……」

なぜ私を誘うのか。
そんなの初日に聞いてみたに決まっている。
しかし、返ってきた答えといえば。
『婚約者なのだから当たり前』なのだそうだ。

それ以上踏み込むことができずそのままだ。

「人間同士の関わり方を私はあまり存じ上げないので間違っているかもしれませんが、もしかして貴方とただ仲良くなりたいのではないですか?」
「はい?」

仲良くなりたい、ですって?
それこそ絶対にあり得ない。

ヴァリタスから誘ってきているとはいえ、本当に会話など何もないのだ。
しかも私が何か話題を口にしてもほとんど生返事で返すだけ。
素っ気なさすぎて泣きそうになるほどの無関心さを節節と感じるぐらいの。

あのヴァリタスからは仲良くなるどころか会話をしようとする気すら感じない。

シリウスの言っていることは完全に的外れだ。

なら、一体どういう意図が?

「はぁ~。やっぱりよくわからない」

机に突っ伏し、だらりと腕を垂らす。
ああ、ずっとこうしていられたら楽なのになぁ。

ぼやぁ~としていると、シリウスが私の顔を覗き込んだ。

「やっぱり理解できません」
「何が?」
「貴方がどうして我慢しているのか、です」

てっきりまだヴァリタスの話をしているのかと思っていたが、どうやら標的は私に移っていたらしい。
シリウスは心底不思議そうに私を見ていた。

「我慢って?」
「貴方はここに来るたび、苦しそうな思いをしてばかりです。そんなに苦しいなら、逃げ出せば良いのにそうはしない。それが不思議で堪らないのです。私に一言言ってくれれば、いつでも貴方を攫っていくのに」

少し寂しそうにシリウスは呟いた。
見た目が人間なためうっかり勘違いしてしまうが、やはり彼女は龍なのだ。

攫うという言葉が如何にも龍らしかった。

「ふふ、そうね。ならいつか、私を攫っていってね」

きっと近いうちに彼女に頼むことになるだろう。
その時は広い空に私を連れてってくれたら、もしかしたら幸せになれるのかもしれない。
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