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第5章
272.思惑と手回し
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「お兄様?」
「え?」
「なんだから心此処にあらずと言った感じでしたけど、やはりお揃いの恰好というのはお嫌でしたでしょうか?」
僕の真意を勘違いしたシャルは心配そうに覗き込む。
「そんなことは――」
「でも、お揃いの恰好をすればお兄様の株はきっとすごく上がると思うのです! ベリエルお兄様を思い、不出来な婚約者との険悪な関係を悟られないよう努力するお兄様。とっても素敵でしょう?」
手を胸の前で合わせ、嬉しそうな顔で微笑む。
捲し立てる言葉にどこか念を押すような印象を受けたのは気のせいなのか。
「と、とりあえず彼女と関わりを持てば良いんだな。わかった。女性の卵であるシャルの言う事を参考にしてみるよ」
「ふふ。そうしてくださるととっても嬉しいですわ」
なんだかこれ以上話をしたくなかった。
自分の嫌な部分を、知らなかった部分を曝け出されるような気配に怯えていたのかもしれない。
「さぁもう用事は済んだだろう? 早く寮に戻りなさい」
「ええ? もう少しお話していたいわ」
「僕だって勉強があるし、本当はここに来るのはいけない事だっていっただろう?」
シャルは拗ねたような顔をしたが、仕方がないように背を向けるとドアの方へ足を進めた。
教室のドアまで差し掛かるとこちらに振り返った。
笑顔のシャルはいつもの妹の姿だ。
「それじゃあお兄様。またね」
それだけ言うと、逃げるように速足で廊下を走り去っていった。
まるで嵐のようなところは変わっていない。
落ち着いた口調になったのは褒めてあげなくはないけれど。
変な話をした所為か、ノートに目を向ける気が失せてしまった。
窓の外を見つめると、オレンジ色の空が全てを優しく包みこんでいる。
緋色に燃えるようにも見えるその景色に、遠い昔の郷愁さえも呼び起こさせるようだった。
それは酷く寂しい感情のみの思い出だった。
燃えるような赤色はあの人の白い肌に良く映えた。
前世で最後に見た、どこまでも美しく残酷な景色。
……明日、話かけてみようか。
ついこの間まで恋い焦がれていた感情は色を失ったはず。
それなのにまだ彼女と話ができるかもしれないという事実に心を躍らせている自分がいる。
まだ、僕は彼女に未練があるのだろうか。
あんなに酷いことをされたのに。
6年という月日の所為なのか、それとも僕の性質なのか。
きっと後者だ。
自分で殺したはずの人を、結局僕はいつまでも引きずった。
それほどまでに、誰かに心を預けてしまう。
執着が異様に強いのはきっと前世の育ちが影響しているのだろう。
それをまさか一番憎い相手に、しかも2回も向けてしまうだなんて。
どこまで滑稽なのだろうか。
「これで計画はうまくいくわね」
お兄様の教室を出てから私は1人、廊下を歩きながらそう呟いた。ベリエルお兄様と違い、昔から生真面目でどこか他所よそしいヴィータお兄様を丸め込めるかは少し不安だったけれど。こうして説得できて一安心といったところかしらね。
ベリエルお兄様の祝賀パーティを利用するのは少し気が引けるけれど、あの女には昔から色々とやられていたことを思うと罪悪感より優越感が勝ってしまう。パーティを台無しにしたら、あの女どんな顔するかしら。
想像しただけでも笑いが抑えきれないわ。
加えてヴィータお兄様の婚約者であるあの女狐にまで制裁を加えられるなんて。
まさに一石二鳥というものだ。
「あとは根回しした使用人を使ってすり変えてしまえば……。ふふふ」
これから起こることを想像すると、またしても笑いが零れてしまう。なんて愉快な気分なのだろう。今まで味わってきた屈辱をなかったことにできるほどの高揚感で満たされるに違いない。
「あ~あ、早く来ないかなぁ。祝賀パーティ」
自然とステップを踏むように歩き出す足は広く静かな廊下に反響し続けた。
***
「あの、ベルフェリト様……」
昼休みなり、早々に席を立った私に恐る恐るといった感じで彼女は話掛けてきた。
まるで魔物にでも話しかけるような怯えっぷりに、こっちが申し訳なくなってしまう。
「なにか御用ですか?」
極力優しく答えたつもりだったが、彼女の顔色が良くなることはない。
なんでそんなに怯えるのよ。
私この子に何もしていないのに。
「そ、そのぉ。で、殿下がお呼びです……」
そういって彼女が向けた視線の先は教室のドア。
そこには私を呼び出すはずのない人物が立っていた。
名ばかりの婚約者だ。
「メドビン様じゃなく、私? 本当に?」
「ほ、本当です! 信じてください!」
既に涙目の彼女は大きな声で訴える。
周りの視線が私に集まり、またしてもヒソヒソと嫌らしい目線が向けられ始めていた。
ただ信じられなくて確かめただけなのにこれって……。
「わ、わかったわ。わかったから、泣かないで」
これ以上悪評を広めても仕方ない。
軽いフォローをして、早々にその場から離れる。
足早にヴァリタスの元へと駆け寄ると強引に腕を掴んでその場から離れた。
チラリと教室を見やると、泣いている彼女を慰めるように令嬢たちが囲んでいる。
私を睨んでいる子までいた。
泣きたいのは私の方よ。
「え?」
「なんだから心此処にあらずと言った感じでしたけど、やはりお揃いの恰好というのはお嫌でしたでしょうか?」
僕の真意を勘違いしたシャルは心配そうに覗き込む。
「そんなことは――」
「でも、お揃いの恰好をすればお兄様の株はきっとすごく上がると思うのです! ベリエルお兄様を思い、不出来な婚約者との険悪な関係を悟られないよう努力するお兄様。とっても素敵でしょう?」
手を胸の前で合わせ、嬉しそうな顔で微笑む。
捲し立てる言葉にどこか念を押すような印象を受けたのは気のせいなのか。
「と、とりあえず彼女と関わりを持てば良いんだな。わかった。女性の卵であるシャルの言う事を参考にしてみるよ」
「ふふ。そうしてくださるととっても嬉しいですわ」
なんだかこれ以上話をしたくなかった。
自分の嫌な部分を、知らなかった部分を曝け出されるような気配に怯えていたのかもしれない。
「さぁもう用事は済んだだろう? 早く寮に戻りなさい」
「ええ? もう少しお話していたいわ」
「僕だって勉強があるし、本当はここに来るのはいけない事だっていっただろう?」
シャルは拗ねたような顔をしたが、仕方がないように背を向けるとドアの方へ足を進めた。
教室のドアまで差し掛かるとこちらに振り返った。
笑顔のシャルはいつもの妹の姿だ。
「それじゃあお兄様。またね」
それだけ言うと、逃げるように速足で廊下を走り去っていった。
まるで嵐のようなところは変わっていない。
落ち着いた口調になったのは褒めてあげなくはないけれど。
変な話をした所為か、ノートに目を向ける気が失せてしまった。
窓の外を見つめると、オレンジ色の空が全てを優しく包みこんでいる。
緋色に燃えるようにも見えるその景色に、遠い昔の郷愁さえも呼び起こさせるようだった。
それは酷く寂しい感情のみの思い出だった。
燃えるような赤色はあの人の白い肌に良く映えた。
前世で最後に見た、どこまでも美しく残酷な景色。
……明日、話かけてみようか。
ついこの間まで恋い焦がれていた感情は色を失ったはず。
それなのにまだ彼女と話ができるかもしれないという事実に心を躍らせている自分がいる。
まだ、僕は彼女に未練があるのだろうか。
あんなに酷いことをされたのに。
6年という月日の所為なのか、それとも僕の性質なのか。
きっと後者だ。
自分で殺したはずの人を、結局僕はいつまでも引きずった。
それほどまでに、誰かに心を預けてしまう。
執着が異様に強いのはきっと前世の育ちが影響しているのだろう。
それをまさか一番憎い相手に、しかも2回も向けてしまうだなんて。
どこまで滑稽なのだろうか。
「これで計画はうまくいくわね」
お兄様の教室を出てから私は1人、廊下を歩きながらそう呟いた。ベリエルお兄様と違い、昔から生真面目でどこか他所よそしいヴィータお兄様を丸め込めるかは少し不安だったけれど。こうして説得できて一安心といったところかしらね。
ベリエルお兄様の祝賀パーティを利用するのは少し気が引けるけれど、あの女には昔から色々とやられていたことを思うと罪悪感より優越感が勝ってしまう。パーティを台無しにしたら、あの女どんな顔するかしら。
想像しただけでも笑いが抑えきれないわ。
加えてヴィータお兄様の婚約者であるあの女狐にまで制裁を加えられるなんて。
まさに一石二鳥というものだ。
「あとは根回しした使用人を使ってすり変えてしまえば……。ふふふ」
これから起こることを想像すると、またしても笑いが零れてしまう。なんて愉快な気分なのだろう。今まで味わってきた屈辱をなかったことにできるほどの高揚感で満たされるに違いない。
「あ~あ、早く来ないかなぁ。祝賀パーティ」
自然とステップを踏むように歩き出す足は広く静かな廊下に反響し続けた。
***
「あの、ベルフェリト様……」
昼休みなり、早々に席を立った私に恐る恐るといった感じで彼女は話掛けてきた。
まるで魔物にでも話しかけるような怯えっぷりに、こっちが申し訳なくなってしまう。
「なにか御用ですか?」
極力優しく答えたつもりだったが、彼女の顔色が良くなることはない。
なんでそんなに怯えるのよ。
私この子に何もしていないのに。
「そ、そのぉ。で、殿下がお呼びです……」
そういって彼女が向けた視線の先は教室のドア。
そこには私を呼び出すはずのない人物が立っていた。
名ばかりの婚約者だ。
「メドビン様じゃなく、私? 本当に?」
「ほ、本当です! 信じてください!」
既に涙目の彼女は大きな声で訴える。
周りの視線が私に集まり、またしてもヒソヒソと嫌らしい目線が向けられ始めていた。
ただ信じられなくて確かめただけなのにこれって……。
「わ、わかったわ。わかったから、泣かないで」
これ以上悪評を広めても仕方ない。
軽いフォローをして、早々にその場から離れる。
足早にヴァリタスの元へと駆け寄ると強引に腕を掴んでその場から離れた。
チラリと教室を見やると、泣いている彼女を慰めるように令嬢たちが囲んでいる。
私を睨んでいる子までいた。
泣きたいのは私の方よ。
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