250 / 339
第5章
245.ミリアのお願い
しおりを挟む
「わぁ、相変わらず賑わっているわね!」
馬車を降りると走ってお店のある方へ向かう。今日は貴族らしい服装は止めて、できるだけ質素な恰好で来ていた。そうすれば気兼ねなく街を回れると考えていたからだ。
相変わらずすごい人の量に圧倒されながらも、鼓動が早くなっていくのがわかる。
ドキドキと興奮する自分に任せるのって、なんでこんなに楽なんだろう。
心なしかズンと沈んだ気分が晴れていくような感覚がした。
「お嬢様、お体の調子があまりよろしくないのですからご無理は――」
「大丈夫よ、今は元気だから」
まるで少女のようにはしゃぐ私を呆れた目でミリアが見つめている。
どこに向かおうと考えて、決まった先は6月に行った市井見学会に来た場所と同じところだった。あの時は色々と悶々としていた所為で、十分楽しめなかったから。それに、ほかの目的もあるし。
色んなお店を外から覗きながら中の様子を伺う。
ただこうしているだけでもこんなに楽しいなんて、やっぱりあの時はもったいないことをした気がするわ。
何かを買うために来たわけではないからお店に入ろうとは思わないけど。
だって買いもしないのにお貴族様が出入りしたら、それだけでお店の迷惑だもの。
でも、やっぱり見ているだけじゃちょっと面白くないわね。
「そうだわ! ミリアは何か欲しいものある? なんでも買ってあげるわよ」
「えっ?」
振り返り、ミリアに呼びかけるとどこか渋い顔をされた。
あ、あれ?
なんでちょっと迷惑そうなの?
前から無欲なところがあるとは思っていたけれど、まさかこの状況に置かれてもなにも無いってこと。
お店がいっぱい並んだ街道を見てみるが、興味を引くようなものばっかりだ。お菓子屋さんにジュエリーショップ。それにドレスショップだってある。
女性が喜びそうなお店がたくさん並んでいるっていうのに、まさかどれも興味なしなの?
まぁ確かにミリアってあまり物欲はなさそうだけど。
それにしたって欲しいものの一つや二つくらい……。
まさか遠慮しているの?
大丈夫よ、私貴族の娘だもの!
お金の心配なんてしなくて良いのに。
いや、してないか。
ミリアが私に遠慮なんてするわけないし。
じゃあ本当に何もいらないの?
なによ、つまんないの。
「良いわよ良いわよ。別にみてるだけでも楽しいし……」
む~、と唸りながらお店を順番に見ていく。
「あの、お嬢様?」
私が拗ねていることに気づいたのか、遠慮がちにミリアが話かけてくる。
大人げなく無視すると、じーっとぬいぐるみ屋のショーウィンドウを見つめていた。
「あの、私……」
拗ねたまま、彼女に背を向けている私に躊躇いがちにミリアが呼びかけ続けてくる。
ん? あれ?
なんかミリアの声がいつもと違うような……。
声の調子が僅かに上擦っていることに気づき、パッと彼女の方へ振り向いた。
するといつもの彼女ではなく、下を向いて僅かに頬を赤くした彼女が目線を泳がせている。
なんだろう。
やっぱりどこかおかしい。
はっ!
もしかしてトイ――――
「お嬢様と一緒にお茶がしたいです!」
思い切ったようにミリアが大きな声を上げた。
一瞬ぽかんとして思考が止まってしまう。
「お、お茶?」
それのどこに照れる要素があるのかは全然わからないけど、彼女なりに勇気を出して言ったのだということは理解できた。
しかし、お茶かぁ。
今までだって彼女と一緒の席に座ってお茶を飲むぐらいのことは何度かあった。
それなのにこんなに照れながら言うってことは……。
さては本来の目的は美味しいスイーツだな!
よし! 私に任せなさい!
とっておきのお店を知っているから、あそこに連れて行ってあげよう。
「任せて! 良いカフェを知っているから!」
「はい」
笑った彼女の顔はいつもは決して見せないような、すごく綺麗な笑顔だった。
私のとっておきのお店というのは、詰まるところ市井見学会の時にナタリーとセイラと共に入ったカフェのことだった。すごくおいしかった記憶があったし、きっとミリアは喜んでくれると思ったのだ。
けど、いざ目の前に行くとそこには行列が並んでいて中に入ることはできなかった。
だって30分も待つだなんんて聞いてないじゃない。
とはいえ、それだけが理由じゃないのだけど。
看板が見えたときから違和感はあった。
目の前まで来るとそれは確信に変わった。
本当は並んででも入ることはできたけれど、その時なぜか足がすくんで並ぶことさえできなかったのだ。
まさかここまで自分が彼女たちに対しトラウマを抱えているとは思わなかった。
青ざめた顔をミリアに気づかれてしまったようで、心配そうに見つめる彼女にはここで何があったのか伝わってしまったようで。背中を摩ると別のところへ行きましょうと、彼女から言われてしまった。
そこで近くを散策した結果、街道から少し外れた古民家のような小さなカフェを見つけた。
雰囲気も良かったし、お店の前で客引きをしていたメイドさんの笑顔につられて中に入ることにした。
普段、私たちの入るような貴族向けのものではないからミリアには期待外れだったのではないかと若干申し訳なく思ったが、嬉しそうにメニューを見つめているあたり無用な心配だったようだ。
私はハーブティーとブラウニーを、ミリアはダージリンとワッフルを頼むと可愛らしいウェイトレスさんが笑顔で注文を受け取ってくれた。周りを見てみると同じような可愛らしいウェイトレスさんが3、4人働いているところが見えどの子も喜々として仕事をこなしているようだった。
なんだかお店も、店員さんも感じの良いところみたい。
穴場みたいでそんなにお客さんもいないし、丁度良い静かさですごく居心地が良かった。
まだ入って数分しか経ってないのに、すでにこのカフェは私のお気に入りの場所となっていた。
もう二度と来られないと思うけど。
馬車を降りると走ってお店のある方へ向かう。今日は貴族らしい服装は止めて、できるだけ質素な恰好で来ていた。そうすれば気兼ねなく街を回れると考えていたからだ。
相変わらずすごい人の量に圧倒されながらも、鼓動が早くなっていくのがわかる。
ドキドキと興奮する自分に任せるのって、なんでこんなに楽なんだろう。
心なしかズンと沈んだ気分が晴れていくような感覚がした。
「お嬢様、お体の調子があまりよろしくないのですからご無理は――」
「大丈夫よ、今は元気だから」
まるで少女のようにはしゃぐ私を呆れた目でミリアが見つめている。
どこに向かおうと考えて、決まった先は6月に行った市井見学会に来た場所と同じところだった。あの時は色々と悶々としていた所為で、十分楽しめなかったから。それに、ほかの目的もあるし。
色んなお店を外から覗きながら中の様子を伺う。
ただこうしているだけでもこんなに楽しいなんて、やっぱりあの時はもったいないことをした気がするわ。
何かを買うために来たわけではないからお店に入ろうとは思わないけど。
だって買いもしないのにお貴族様が出入りしたら、それだけでお店の迷惑だもの。
でも、やっぱり見ているだけじゃちょっと面白くないわね。
「そうだわ! ミリアは何か欲しいものある? なんでも買ってあげるわよ」
「えっ?」
振り返り、ミリアに呼びかけるとどこか渋い顔をされた。
あ、あれ?
なんでちょっと迷惑そうなの?
前から無欲なところがあるとは思っていたけれど、まさかこの状況に置かれてもなにも無いってこと。
お店がいっぱい並んだ街道を見てみるが、興味を引くようなものばっかりだ。お菓子屋さんにジュエリーショップ。それにドレスショップだってある。
女性が喜びそうなお店がたくさん並んでいるっていうのに、まさかどれも興味なしなの?
まぁ確かにミリアってあまり物欲はなさそうだけど。
それにしたって欲しいものの一つや二つくらい……。
まさか遠慮しているの?
大丈夫よ、私貴族の娘だもの!
お金の心配なんてしなくて良いのに。
いや、してないか。
ミリアが私に遠慮なんてするわけないし。
じゃあ本当に何もいらないの?
なによ、つまんないの。
「良いわよ良いわよ。別にみてるだけでも楽しいし……」
む~、と唸りながらお店を順番に見ていく。
「あの、お嬢様?」
私が拗ねていることに気づいたのか、遠慮がちにミリアが話かけてくる。
大人げなく無視すると、じーっとぬいぐるみ屋のショーウィンドウを見つめていた。
「あの、私……」
拗ねたまま、彼女に背を向けている私に躊躇いがちにミリアが呼びかけ続けてくる。
ん? あれ?
なんかミリアの声がいつもと違うような……。
声の調子が僅かに上擦っていることに気づき、パッと彼女の方へ振り向いた。
するといつもの彼女ではなく、下を向いて僅かに頬を赤くした彼女が目線を泳がせている。
なんだろう。
やっぱりどこかおかしい。
はっ!
もしかしてトイ――――
「お嬢様と一緒にお茶がしたいです!」
思い切ったようにミリアが大きな声を上げた。
一瞬ぽかんとして思考が止まってしまう。
「お、お茶?」
それのどこに照れる要素があるのかは全然わからないけど、彼女なりに勇気を出して言ったのだということは理解できた。
しかし、お茶かぁ。
今までだって彼女と一緒の席に座ってお茶を飲むぐらいのことは何度かあった。
それなのにこんなに照れながら言うってことは……。
さては本来の目的は美味しいスイーツだな!
よし! 私に任せなさい!
とっておきのお店を知っているから、あそこに連れて行ってあげよう。
「任せて! 良いカフェを知っているから!」
「はい」
笑った彼女の顔はいつもは決して見せないような、すごく綺麗な笑顔だった。
私のとっておきのお店というのは、詰まるところ市井見学会の時にナタリーとセイラと共に入ったカフェのことだった。すごくおいしかった記憶があったし、きっとミリアは喜んでくれると思ったのだ。
けど、いざ目の前に行くとそこには行列が並んでいて中に入ることはできなかった。
だって30分も待つだなんんて聞いてないじゃない。
とはいえ、それだけが理由じゃないのだけど。
看板が見えたときから違和感はあった。
目の前まで来るとそれは確信に変わった。
本当は並んででも入ることはできたけれど、その時なぜか足がすくんで並ぶことさえできなかったのだ。
まさかここまで自分が彼女たちに対しトラウマを抱えているとは思わなかった。
青ざめた顔をミリアに気づかれてしまったようで、心配そうに見つめる彼女にはここで何があったのか伝わってしまったようで。背中を摩ると別のところへ行きましょうと、彼女から言われてしまった。
そこで近くを散策した結果、街道から少し外れた古民家のような小さなカフェを見つけた。
雰囲気も良かったし、お店の前で客引きをしていたメイドさんの笑顔につられて中に入ることにした。
普段、私たちの入るような貴族向けのものではないからミリアには期待外れだったのではないかと若干申し訳なく思ったが、嬉しそうにメニューを見つめているあたり無用な心配だったようだ。
私はハーブティーとブラウニーを、ミリアはダージリンとワッフルを頼むと可愛らしいウェイトレスさんが笑顔で注文を受け取ってくれた。周りを見てみると同じような可愛らしいウェイトレスさんが3、4人働いているところが見えどの子も喜々として仕事をこなしているようだった。
なんだかお店も、店員さんも感じの良いところみたい。
穴場みたいでそんなにお客さんもいないし、丁度良い静かさですごく居心地が良かった。
まだ入って数分しか経ってないのに、すでにこのカフェは私のお気に入りの場所となっていた。
もう二度と来られないと思うけど。
0
お気に入りに追加
208
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】転生した悪役令嬢の断罪
神宮寺 あおい
恋愛
公爵令嬢エレナ・ウェルズは思い出した。
前世で楽しんでいたゲームの中の悪役令嬢に転生していることを。
このままいけば断罪後に修道院行きか国外追放かはたまた死刑か。
なぜ、婚約者がいる身でありながら浮気をした皇太子はお咎めなしなのか。
なぜ、多くの貴族子弟に言い寄り人の婚約者を奪った男爵令嬢は無罪なのか。
冤罪で罪に問われるなんて納得いかない。
悪いことをした人がその報いを受けないなんて許さない。
ならば私が断罪して差し上げましょう。
【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?
BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。
成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる