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第5章

245.ミリアのお願い

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「わぁ、相変わらず賑わっているわね!」

 馬車を降りると走ってお店のある方へ向かう。今日は貴族らしい服装は止めて、できるだけ質素な恰好で来ていた。そうすれば気兼ねなく街を回れると考えていたからだ。

相変わらずすごい人の量に圧倒されながらも、鼓動が早くなっていくのがわかる。
ドキドキと興奮する自分に任せるのって、なんでこんなに楽なんだろう。

心なしかズンと沈んだ気分が晴れていくような感覚がした。

「お嬢様、お体の調子があまりよろしくないのですからご無理は――」
「大丈夫よ、今は元気だから」

まるで少女のようにはしゃぐ私を呆れた目でミリアが見つめている。

どこに向かおうと考えて、決まった先は6月に行った市井見学会に来た場所と同じところだった。あの時は色々と悶々としていた所為で、十分楽しめなかったから。それに、ほかの目的もあるし。

色んなお店を外から覗きながら中の様子を伺う。
ただこうしているだけでもこんなに楽しいなんて、やっぱりあの時はもったいないことをした気がするわ。

何かを買うために来たわけではないからお店に入ろうとは思わないけど。
だって買いもしないのにお貴族様が出入りしたら、それだけでお店の迷惑だもの。

でも、やっぱり見ているだけじゃちょっと面白くないわね。

「そうだわ! ミリアは何か欲しいものある? なんでも買ってあげるわよ」
「えっ?」

振り返り、ミリアに呼びかけるとどこか渋い顔をされた。

あ、あれ?
なんでちょっと迷惑そうなの?

前から無欲なところがあるとは思っていたけれど、まさかこの状況に置かれてもなにも無いってこと。
お店がいっぱい並んだ街道を見てみるが、興味を引くようなものばっかりだ。お菓子屋さんにジュエリーショップ。それにドレスショップだってある。

女性が喜びそうなお店がたくさん並んでいるっていうのに、まさかどれも興味なしなの?

まぁ確かにミリアってあまり物欲はなさそうだけど。
それにしたって欲しいものの一つや二つくらい……。

まさか遠慮しているの?

大丈夫よ、私貴族の娘だもの!
お金の心配なんてしなくて良いのに。

いや、してないか。
ミリアが私に遠慮なんてするわけないし。

じゃあ本当に何もいらないの?
なによ、つまんないの。

「良いわよ良いわよ。別にみてるだけでも楽しいし……」

む~、と唸りながらお店を順番に見ていく。

「あの、お嬢様?」

私が拗ねていることに気づいたのか、遠慮がちにミリアが話かけてくる。
大人げなく無視すると、じーっとぬいぐるみ屋のショーウィンドウを見つめていた。

「あの、私……」

拗ねたまま、彼女に背を向けている私に躊躇いがちにミリアが呼びかけ続けてくる。

ん? あれ?
なんかミリアの声がいつもと違うような……。

声の調子が僅かに上擦っていることに気づき、パッと彼女の方へ振り向いた。

するといつもの彼女ではなく、下を向いて僅かに頬を赤くした彼女が目線を泳がせている。
なんだろう。
やっぱりどこかおかしい。

はっ!

もしかしてトイ――――

「お嬢様と一緒にお茶がしたいです!」

思い切ったようにミリアが大きな声を上げた。
一瞬ぽかんとして思考が止まってしまう。

「お、お茶?」

それのどこに照れる要素があるのかは全然わからないけど、彼女なりに勇気を出して言ったのだということは理解できた。
しかし、お茶かぁ。

今までだって彼女と一緒の席に座ってお茶を飲むぐらいのことは何度かあった。

それなのにこんなに照れながら言うってことは……。

さては本来の目的は美味しいスイーツだな!

よし! 私に任せなさい!

とっておきのお店を知っているから、あそこに連れて行ってあげよう。

「任せて! 良いカフェを知っているから!」
「はい」

笑った彼女の顔はいつもは決して見せないような、すごく綺麗な笑顔だった。


 私のとっておきのお店というのは、詰まるところ市井見学会の時にナタリーとセイラと共に入ったカフェのことだった。すごくおいしかった記憶があったし、きっとミリアは喜んでくれると思ったのだ。

けど、いざ目の前に行くとそこには行列が並んでいて中に入ることはできなかった。
だって30分も待つだなんんて聞いてないじゃない。

とはいえ、それだけが理由じゃないのだけど。
看板が見えたときから違和感はあった。
目の前まで来るとそれは確信に変わった。

本当は並んででも入ることはできたけれど、その時なぜか足がすくんで並ぶことさえできなかったのだ。

まさかここまで自分が彼女たちに対しトラウマを抱えているとは思わなかった。

青ざめた顔をミリアに気づかれてしまったようで、心配そうに見つめる彼女にはここで何があったのか伝わってしまったようで。背中を摩ると別のところへ行きましょうと、彼女から言われてしまった。

そこで近くを散策した結果、街道から少し外れた古民家のような小さなカフェを見つけた。
雰囲気も良かったし、お店の前で客引きをしていたメイドさんの笑顔につられて中に入ることにした。

普段、私たちの入るような貴族向けのものではないからミリアには期待外れだったのではないかと若干申し訳なく思ったが、嬉しそうにメニューを見つめているあたり無用な心配だったようだ。

私はハーブティーとブラウニーを、ミリアはダージリンとワッフルを頼むと可愛らしいウェイトレスさんが笑顔で注文を受け取ってくれた。周りを見てみると同じような可愛らしいウェイトレスさんが3、4人働いているところが見えどの子も喜々として仕事をこなしているようだった。

なんだかお店も、店員さんも感じの良いところみたい。
穴場みたいでそんなにお客さんもいないし、丁度良い静かさですごく居心地が良かった。

まだ入って数分しか経ってないのに、すでにこのカフェは私のお気に入りの場所となっていた。

もう二度と来られないと思うけど。
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