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第4章

209.見知らぬ場所に

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 どうして、私は忘れていたのだろう。

あの日、あの子が言ってくれていた言葉を。

あの子はあの時、必死に訴えていたんだ。

いなくなってほしくないと。
死んでほしくないのだと。

それなのに。

それなのに、わたしは――――。

あれ?
でも、あの子って誰?

……わからない。
思い、出せない。

そこで、周りの様子が先ほどのものと全く異なっていることに気が付いた。

「え?」

先ほどまで、目の前には湖が広がっていた。
それなのに今、目の前にあるのは。

一面に広がる青。

目の前には神殿のような古く小さな建物がある。
建物といっても、柱と屋根があるだけのものだが。

その前には私の胸の位置まである、盃のような形をしたオブジェクトに人が一人横になれるほどの台が置かれている。
おそらく祭壇と呼ばれるものだろう。

地面は石畳になっている。
空間の雰囲気やその造りから太古の時代を感じるが、恐ろしいほど朽ちておらずできたそのままの美しさを保っている。

どうやらそこそこの高さに建てられているらしい。
私のすぐ後ろを振り向くと、そこには20段ほどの階段があり下には先ほどいた場所と同じような森が広がっている。

一体ここはどこなのだろう。
私は一体どこへきてしまったのだろうか。

魔法を掛けられているのは確実だが、目的が全くわからない。
そもそも人を好き勝手なところに連れていくのに目的などあるのだろうか。

もしかして、人じゃなくて妖精か何かがかけているのかも?

ああ、どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
魔物はまだしも、妖精や精霊などの神聖な存在はこの国には多く存在している。

魔力の全くない私には感じることは難しいけど、ある程度の魔力を持っている人からしたらその存在は当たり前のものなのだ。

しかし、私は魔力が全くないしそれらを感じることもできない。

それらを意識する機会がほとんどないのだ。
だから完全にその可能性を忘れていた。

まぁでもそれなら納得できる。
こんな脈略のないことをするのなんて妖精ぐらいだろう。

もしかしたら、私の邪な感情を感知してかどわかしたのかもしれない。
標的は神聖力の持ち主であるセイラだしね。

でもこれは、益々まずいことになったかもしれない。

これが妖精の悪戯なら、帰ることは非常に困難だ。

妖精の悪戯を解決するには、掛けた妖精を捕まえ魔法を解くよう説得する必要がある。
説得はそれほど難しいことではない。
妖精にとって珍しいもの、例えばお菓子や小さな置物などをあげれば大抵はそれに満足して魔法を解いてくれるから。

しかし、そこに辿りつくまでが大変なのだ。

ただでさえ気まぐれに姿を現す存在を捕まえるのなんて指南の技。
それに加え、私は妖精を見たことも感じたことも一度だってない。

つまり。

「完全に私、まずい状況じゃない……」

解決できない魔法。

連れて来られた謎の場所。

私にはどうすることもできない。

「このままここで暮らすしかないってこと?」

そんな途方もないような現実、受け止められるわけがない。
深いため息を数回吐き捨てると、ようやく当たりを見渡すだけの気力を手に入れた。

周りを一望できるほどの高さを利用し、周りを歩きながらぐるりと見渡して見る。
しかし、辺り一面木しかない。

先ほどまでいた湖さえも、そこには見当たらなかった。

一体私はどこへきてしまったのだろう。

この先、どうすれば良いのか全く想像できない。

石畳の上に腰を下ろし、足をプラプラと遊ばせる。

為す術もない状況に立たされたとき、以外と何も思わないらしい。
思考が完全に止まってしまった私はただこの景色をぼんやりと眺めていることしかできないでいた。

しばらく、「どうしよ~」などと呟きながら景色を見つめていたが、それにも数分で飽きてしまう。

そういえば、なんか祭壇みたいなものがあったわね。

とりあえず、それを調べて何もなかったら下に降りて森を散策でもするか。

……まぁ、この景色を見る限り何か戻る手がかりがつかめるなんて到底思えないけど。

よっこいっしょっ、と言いながら腰を上げこの高台の中心に鎮座する祭壇へと向かう。

まずはこの簡素な神殿から。

柱の造りや所々に施された装飾を見るに、やはり数世紀以上前に造られたものとみて間違いないだろう。
もしかしたら数十世紀単位かもしれない。

それにしてはどこにも汚れや傷がない。
今できたばかりだと言われても納得するほどだ。

魔法か何かが掛かっているのかもしれない。

とはいえ、この神殿から得られた情報なんてそんなものだった。

次にそこから数歩先にある大きな盃と祭壇の方へ向かう。

と、半ばまできたところだった。

「----うっ!」

急に酷い頭痛に襲われたのだ。

この感覚、覚えがある。

そう、あの時。

セイラと初めて会った時だ。
セイラと会った瞬間、私は前世の事を思い出した。

その時に味わった痛みと同じもの。

いや、これはもっと酷いものかもしれない。

でもどうして?

今、私は何かを思い出すような感覚さえも味わっていないのに。

「まだ、思い出すべきじゃないから」

ふと、すぐ近くで声が聞こえた。

それはとてもよく知っている声。
そして決して聞くはずのない声。

なんで?

どうして貴方がここに?

ゆっくりと顔を上げる私の目の前には。

「リーヴェ……」

それは紛れもなく。


私の前世だった。
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