上 下
171 / 339
第4章

167.前世について

しおりを挟む
「陛下は、国王に成る以前、とあるお方に仕えていますよね」

なぜ、そんなことを聞くのか、意味が分からない。
そんなこと、この国の人間であれば誰でも知っている事実ではないか。

今更確かめて、一体何を聞き出そうとしているのだろうか。

「っ!」

まさか、そのことに関係あるのか?
あの男に、関係あることなのか?

一体今度は何をしでかしたんだ、あの男は。

心の奥底で、密かに憎悪の感情が湧き出てきたのを必死で隠そうとした。

そんな僕の心を知ってか知らずか、教皇は僕の様子などまるで視界に入っていないかのように、自分の聞きたいことだけを口にした。

「お聞きしたいのは、その方についてのことなのです」

鋭く灯った炎は、ついさっき灯ったもののはずなのに、既に業火の勢いだった。

まさか自分がここまであの男に憎悪を抱いているとは思わなかった。

いや、そんなの今更か。

「私が話せることなど、なにも無いと思いますが」

「まぁまぁ、雑談程度にでも」

そっけない僕の言葉にも、まるで気にしていないように明るい調子で答える。
しかし、ふと遠い瞳になるとポツリと呟くように問いかけた。

「貴方様が出会った時に、あの方はまだ魔法がお使いになられたのでしょうか?」

何を聞いてくるのかと思えば。

彼が魔法を使えたときなどありはしない。
あの黒龍と契約を交わしたのが奇跡だと言われているほどだ。

本当に、全く魔法と縁のない男だった。

「私が出会ったのは10の時でしたが、あの方が魔法を使えたところなど見たころありませんでしたよ。なんせ才能など全くなかった人でしたから」

今、ここにいない人間をあざ笑う行為など、なんて意味のないことなのだろう。
それでもあの男を侮辱するのはなぜか心地の良い行為だった。

「なるほど。ということは、貴方様はあの方がなぜ魔法が使えなかったのか、ご存じではなかったのですね」

「は?」

どういう意味だ?
あの男が魔法が使えなかったのは生まれつきではないのか?

いやいや、そのはずだ。
だって、僕に言っていたではないか。

魔法が使える僕が羨ましいと。
寂しそうに笑っていただろう。

なのに本当は魔法が使えた?

それが本当なら、一体どれほどの嘘を僕に吐き続けていたというんだ。

「しかしおかしいですね。あれが行われるのは、次期皇帝が15の時と決まっていたはず。それなのに、10歳の頃にはすでに魔法が使えなかったということは、まさか……」

あれ?
あれとはなんだ?

さっきからこの人は一体何の話をしている?

わからない。
どうしてわからないのだ。

あの人の事を一番に分かっているのは、俺のはずなのに。


――――いや、何を僕は。

首を振って、その可笑しな思考をストップさせる。

あの男に対して、僕が知らないことがあることにどうして驚く必要があるんだ。
あの男は本心を僕に話したことなど、一度だってなかったじゃないか。

それなのに、どうして。

どうして僕は、傷ついているんだ。

「もう、どうでもいいです。あいつの話なんて」

自分の異変に目を逸らしたくて、ついそう口走ってしまった。
教皇の優しい視線が、鋭いものに変わる。

「全く、おめでたい方ですね。自分があのお方に何をしたのかも知らないで」

その冷たい声色に、仄かに殺意が籠っていた。
何を言われたのか、どうして殺意を向けられているのか。

彼の言動に理解できず、見つめることしかできない。

喉の奥が乾いて仕方ない。

「まぁ、貴方様が知らないこともこの世には沢山ある、ということです」

すでに彼の中から殺気を感じることはなかった。

しかし、その笑顔の奥にまだ僕に向けられた負の感情は消えたわけではないのだろう。

もう、教皇と話をしたくない。

でも、それでも。

僕には1つだけ、彼に聞き出さなければならないことがある。

彼女について、聞かなければ。

「あの、私からも1つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

僕から何かを聞かれることがあるなど、思いもしなかったのだろう。
彼は少し驚いていたが、どこか嬉しそうな表情をしていた。

「良いでしょう。話を聞きましょうか」

簡単に受け入れられたことに、戸惑いを覚える。
しかし、彼に聞く以上に有力な成果を得られるとは思えなかった。

「……教皇様は、ミリエル様という聖女様をご存じでしょうか」

「いえ、歴代の聖女様の事はそれ相応に知ってはおりますが、ミリエル様ですか……。心当たりはありませんね」

「なら、彼女の、エスティの前世の事は、何かご存じではありませんか?」

「えっ? ベルフェリト様の前世、ですか?」



なんだ、この反応は。

まさか、エスティの前世はミリエル様ではないのか?

なら、一体誰が――――。

そう思考を巡らせようとした直後。

バンッ!!

という扉が思いきり開く音で、僕の思考は強制的にストップさせられた。
その音の大きさに驚き、そちらの方へ顔を向けると。

「ハロハロー!! どうもどうもなのですぅ!」

可笑しな言葉を発しながら誰かが室内へと一歩足を踏み入れた。
そこに立っていたのは、珍妙な恰好をした一人のシスターであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

【完結】私じゃなくてもいいですね?

ユユ
恋愛
子爵家の跡継ぎと伯爵家の長女の婚約は 仲の良い父親同士が決めたものだった。 男は女遊びを繰り返し 婚約者に微塵も興味がなかった…。 一方でビビアン・ガデュエットは人生を変えたいと願った。 婚姻まであと2年。 ※ 作り話です。 ※ 完結保証付き

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

処理中です...