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第4章

162.幼いころの、遊びの思い出

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しかし、これから一体どうしろというのだろうか。
目の前に現れた文字盤にどうして良いのかわからず、再度顔を顰めていると、横からヒョコっと黒龍が顔を覗かせた。
私と文字盤の間にぬっと入るように現れた彼の後頭部に視界が遮られる。。
先ほどからの彼の言動を見ていると、とても200年も生きているとは思えない。
まるで本当に、少年を相手にしているような感覚が私を襲った。

「これ、一体なんなの?」

しかし、それでも彼は私よりもこの宮殿の事、そしてリヴェリオの事をよく知っていた。
その違和感を払拭する意味も込めての質問だったのかもしれない。

私の言葉に黒龍は先ほどとは打って変わって嬉しそうな声で答える。

「これは暗号だよ。昔、主様が決めた文字列を打てば、入口が現れる仕掛けなんだ」

すごいでしょっ! と嬉しそうに話す彼の笑顔はまたしても少年のようにしか見えない。
そんな彼に惑わされるのを嫌ったのか、はたまたそんな上機嫌な彼へどのように接して良いのかわからなかったのか。
私は自然と彼の笑顔を無視すると、もう一度文字盤へと視線を戻す。

へぇ。なるほど。
そういう仕掛けなのね。

じゃあ先にそれを言ってくれよっ!

絶対これが現れる仕掛けがどういう物か、貴方わかってたでしょ!
おかげで怪我しちゃったじゃないのよ!
まぁ、結局見つかったからいいけど。

しかし、暗号って。
前世の記憶のヒントを探してここまで案内してもらったのに、その記憶を頼りに解読しろなんて、なんて難問なのかしら。

もしかして、私、試されてたりする?

じっと黒龍を見つめると、その視線に気づいたのか、今度は焦るように両手を振った。

「ぬ、主様ごめんね、僕もここに入るための暗号はわからないんだよ。主様には教えてもらわないようにしてたから」

「ええっ!!」

なんで教えてもらってないの?!
これじゃあ私が解読しない限り、ここはこのままってこと?

第一この建物の正体すら、いまだ説明も何もないし。

しかし、ここまで案内したってことは、間違いなく記憶のヒントがあるものなのだろうし。
それにリヴェリオがここの暗号を作ったみたいだし。

一体なにが隠されているのだろう。
すごく気になってきた。

うう~ん。
どうにかして思い出せないかなぁ。

ぐぬぬぅ、と間抜けな顔をして唸りながら頭を巡らせてみるものの、全くヒントの欠片も思い出せない。
せっかく目の前に記憶を手繰り寄せそうなヒントがあるんだから、この建物を見て何か思い出せたり出来そうなものなのに。

何っっにも思い出せない。
ピンときたりもしない。

「ねぇ、彼が暗号として使いそうなものの心当たりぐらいあったりしないの?」

「さぁ、そもそもその文字自体、僕には読めないし」

そう言われて改めて文字盤を見てみる。

……まぁ確かに言いたいことは分かるわよ。
そこに書かれている文字はどう見てもこの国の文字ではない。
もちろんリヴェリオが統治していたクオフォリア帝国の文字は現在も使われているものと同じだから、この国とは全く関係のない文字だろう。

だがこの文字、今まで見てきたどんな書物や参考書の中でさえ、見た覚えのない文字なのだけど。
勉学が大好きな私は、もちろん歴史書―つまりは今や使われていない文字だとか―や、語学にも造詣が深いと自負している。
しかし、その知識を活かしてみるも、やはり思い浮かぶようなものはなかった。

もしかして、これって自分で作った文字なんじゃ……。

ああ、その可能性は大いにある。
なんせリヴェリオは私以上の頭脳明晰皇帝なのだ。
自分の作った法則で新たな文字を作りだすことなど、お遊び程度にやってしまうかもしれない。

ちょっと変人の毛があるし。

ああ、これはどうしたって前世の事を思い出すしかなさそうだ。
でも思い出すったってそんな気配どこにも……。

思わず文字盤に手で触れてみる。
それは私の頭を悩ませているのとは裏腹に、とても美しい造形の文字だった。

3×3列の、合わせて9つしかないその文字は、リヴェリオの几帳面で純粋な姿を現しているようにも見える、綺麗な文字列だ。

ぼんやりとその文字を見つめていると、どこか懐かしく思えてくる。
それは、昔の、今だ思い出す気配の無い記憶が私の中にあるからこそ感じる懐かしさだったのだろう。

ぼんやりと、とある記憶が記録のようなものとなって甦る。


――そういえば、昔いつの日か、あの子と文字を作って遊んだっけ……。
こんなに綺麗なものではなかったけれど。

私が外に出られるような体ではなかったから、ずっと自室に籠っていた。
そんな私とは違い、あの子は健康そのものだった。
だから、私に付き合わなくても良かったのに。

私と一緒にいたいからといって、いつも私に寄り添うようにすぐそばにいてくれた。
それでも2人でずっと城の中にいるのは退屈で仕方なくて。

遊びを思いついては、2人で空想の世界へ旅をしていたっけ。

まだバートンと出会ってもいなかったあの頃。

わたしたちはあの狭い部屋でたった2人、ずっと一緒にいた。
わたしたちにはわたしたちしかしなかったから。

だから、2人でたくさんの秘密を生んでいったのだ。

なんて。
なんて、懐かしい……。
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