上 下
162 / 339
第4章

161.不気味な倉庫

しおりを挟む
もしかして黒龍って、本当は先ほどの私のやらかしに怒っているのでは?!
いくら記憶の混濁が起きていたとはいえ、昔の話をポロっと口にだしてしまうなんて、迂闊にもほどがあるわよね。

それに黒龍はリヴェリオの事をすごく大事にしていたみたいだし。

だから、こんな何もない場所に連れてきて、私に意地悪してるんじゃ……。

チラリと彼を見やると、相変わらず倉庫をじっと見つめている。
その横顔は何の感情も感じないように見えるのに、どこか寂しそうにもみえた。

「僕にもね、わからないんだよ」

私の視線に気づいたのだろうか。
倉庫を見つめたまま、ポツリと彼はそう漏らした。

一体何の話なのか、私にはわからなかったがそれは間違いなく私に向けられたもののように感じた。

とはいえ、彼とこのままここに留まる訳にもいかなしなぁ。
しかし、いい加減どういう意図でここに連れてきたのかくらい教えてくれてもいいのに。

少々拗ね始めた私は、この退屈な時間を潰そうと、無意識に倉庫の周りをまわり始めた。

とはいえ、この倉庫、いつからあったのかしら。
ヴァリタスと来たときにあったっけ?
こんなに可愛らしいものがあったなら、気づいてもいいような気がするけど。

そう思いながら歩いていると、いつの間にか黒龍とばったり会ってしまった。
どうやら一周してしまったらしい。

私が周ってきたことに気づいたのか、黒龍は少しだけ視線を私に向けるとポツリと問いかけた。

「在った?」

その短い問いかけに、一瞬何を聞かれたのかわからなかった。
しかし、そこでハッとして後ろを振り返る。

正確には元来た道、倉庫を巡った自分の導線に振り返った。

「ない、どこにも」

そう、ないのだ。
どこにも。
あるはずのあれが。

「でもあるはずだよ、絶対に」

感情の籠らない声で彼は言った。
その淡々とした彼とは裏腹に、私はどこか焦りのようなものを感じていた。

おかしい。
おかしいわ。

いくら庭だとは言っても、ここは宮殿。

しかもこの花畑は、王宮が誇る庭園の1つである。
そんな場所に無意味な建物を建てるはずがない。

それなのに、どうして、どうしてこれには……。

「入口が無いの……?」

始めは庭の道具を入れておくための倉庫か何かかと思っていた。
だからこんな場所にあっても違和感などなかったのだ。

それなのに、機能性が全くない物体があるというだけで、それは不気味な物へと豹変していた。
どうして、誰もこの建物を壊そうとしないのだろう。

一体何なんだ、この建物は。

「主様、もう一度よく観察して、触れてみて。きっとどこかにあるはずだから」

「え、何言って……」

今しがた入口が無い事を確認したばかりである。
それなのに、あるはずとは一体……。

それに加えどう考えても不自然なこの建物に、私は気味悪さを感じて仕方がない。
できればここから離れたいぐらいだ。

それなのに、観察してみてだの、触れてみろだの。

いやいや、そんなこと言われても……。

訴えるように、黒龍を見つめる。
だが彼は先ほどからじっと建物を見つめたまま、全く動く気配がない。
こちらを見ようともしないのだ。

うう、これは私がそのあるかどうかもわからない入口を見つめるまで動かないとかそういう事なのかしら。

なんだか嫌だけど、彼の言った通りにするしかないわね。

恐る恐る触ってみるものの、やはり何かを感じ取ることなどなっかった。

それよりも早くこの不気味な物体から離れたい。
そんな衝動に駆られていた。

もしかして、物語かなんかでよくあるような、どこかのレンガが押せるようになっていてそこを押したら入口が出てくるとかいう仕掛けなのかしら。

そう思って隈なくレンガに触れていく。
とはいえ、そこまで大きな建物ではないにしろ、一つ一つのレンガに触れていくのは一苦労だ。

半分ほど確かめてみたところで、いい加減この行為をしている自分に情けなくなってきたころだった。
ああ、もうなんだか本当にやる気無くなってきた。

気だるげに手を次のレンガへと滑らせる。

ピッ――――。

「っ! いっつ」

一瞬、鋭い痛みが右手の手の内を襲った。

恐る恐る開いてみてみると、どこかのレンガの端で切ったのだろう。
斜めに鋭く切れた線が入っており、そこからジワリと血が滲み始めていた。

うわ~、これ地味に痛いやつじゃない?
そこからジンジンと滲む仄かに熱い痛みに、思わず傷口を睨みつけた。

もう、なんなのよ。

この間負った傷からしたら、全くもって大した傷ではない。
それなのに、どうしてか無性に腹が立って仕方ないのだ。

ああ、もうやめよ。

むしゃくしゃした気分に流されるまま、地面に座り込もうと建物へ手をついた時だった。

その壁から強い光が発せられる。

「えっ? なに?!」

その眩い光に気が付いたのか、黒龍が私に駆け寄ってきた。

「ああ、良かった。見つけられたんだね」

「見つけられたって、じゃあもしかしてこれが?」

いまだ強い光を放つその場所を2人して見つめていた。
と、そうしている徐々に光が弱まっていく。

「えっ?」

いや、これ、どう見ても入口じゃない。

そこには、青白く光る、四角い文字盤のようなものが浮かんでいた。
とても薄っぺらいものでできているようで、向こう側が透けている。

いつか”前明の儀”でプアドール様が使っていたものに似ているような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...