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第4章

139.美しき悪女の提案

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何か彼女の目的か何かのヒントがないかと、その先の日記を読んでみる。
すると、あった。
その目的とも思われるものが、そこに。

彼女と特別な関係になってしばらく経ったある日、彼は今の関係ではもう我慢できず結婚したいと告げたようだ。
すると彼女はとある条件を彼に突き付けた。

1つは自分と肉体関係を結ばないこと。
まさか付き合っているときですらそんなことをしていなかったことに驚きだが、結婚した後も主張するとは。
なんだか彼女のプライドの一遍を垣間見たように感じ、彼女らしいと感じた。

そして、もう一つ。
それは、彼女の生んだ子供をベルヘルス家の次期当主として認めること、だった。

おばあ様から聞かされていた事とはいえ、まさか彼女との結婚の条件だったとは。
だが、文面を見るに彼はその条件に全く抵抗を覚えず、すぐに了承したようだ。

いくら彼女と結婚したいと思っていたとしても、これではベルヘルス家に何の利益ももたらされないことは明らかだ。
それでも彼女と共になることを誓うなんて、信じられない。
魔法か幻術でも受けているのではないだろうか。

こんな狂気に満ちた関係があるなんて。

彼の人生はこれで幸せだったのだろうか。
いいや、幸せなはずがない。

しかし、それから3年後の最後の日記を読んでも彼はとても幸せそうだった。
彼女と子供との暮らしは、今まで生きてきた中で一番幸せなのだと。
そう綴られていた。

日記を閉じてもまだ、私の中には彼の不気味さと彼女への恐ろしさが胸の中で渦巻く。

だめだ。
この事実は誰も幸せになどならない。
ベルヘルス家の人以外、誰も知ってはいけない。

一刻も早くこの日記を手放したくて、もとあった場所に仕舞おうと引き出しを勢いよく開けたときだった。

カラカラ、と何かが転がった音がした。

あれ? なんだろう。

日記が入っていた引き出しをギリギリまで引き出すと中から見つかったのは、ロケットペンダントだった。
ずいぶん古い物のようで、ところどころ錆びついているのか、金色の蓋が茶色く変色している。

蓋を開けると、金属の擦れる嫌な音を立てながらぎこちなくペンダントが開かれた。

「こ、これは」

中には美しい女性の絵がそこに描かれていた。。
変色しているものの、それが誰なのかすぐにわかった。

間違いない、彼女だ。
リヴェリオの妻にして、私たちの先祖。

メイリアス。
私の奥さんだった人。

色褪せた小さな肖像画でも、彼女の美しさがわかる。
こんなに綺麗な人なら、きっと誰もが心奪われたに違いない。

ただ一人。
リヴェリオを除いて。

もしかしたら、彼女が私を嫌悪していたのは、私が唯一彼女を特別な人だと思っていなかったからかもしれない。
私は他の人と彼女を平等に扱っていたはずだから。

だって私、夢の中で彼女に話掛けられたとき嬉しいと思ったのは、彼女を1人の人間として好きだったから。
彼女の事を自分の妻以前に、自分の家族、国民として扱っていたのだと思う。
だから邪険にされて悲しくなっていたのだろう。

しかし、その感情は誰に対しても抱いていた感情だった。
プライドが高く傲慢な彼女がその性質に気づかないはずがない。

だから、特別視してくれない私に彼女は苛立っていたのではないだろうか。
まぁまだ全然思い出せていない私には真相なんてわからないけれど。

「なんだそれ」

「!! びっくりした。急に話掛けないでください!」

考え込んでいた際に、突然話しかけられ必要以上に驚いてしまう。
いつの間にか背後に立っていたお兄様が私の肩越しにペンダントを覗き込んでいた。

「綺麗な人だな、その人」

美的感覚が少しおかしいお兄様でも、彼女の美しさは理解できたらしい。
まぁ、婚約者であるお姉さま以外に靡かなそうだから、そのままで良いのだろうけど。

「その引き戸、開いたんだな。俺が強請ってもおじい様もおばあ様も開けてくれなかったから、てっきり鍵を無くしていたのだと思っていたが」

「私が頼んだんです。どうしても読みたかったので」

「その、日記? をか。一体誰のものなんだ? 貸して――」

「お兄様」

伸ばされた手を静止させるための言葉は、思った以上に鋭く冷たいものだった。
お兄様もその声に驚いたのか、ビクリと体を震わせたのが見えた。

「これは、私とベルヘルス家の人間だけが知っていればよい事です。お兄様が読むべきものではないかと」

「どうしてお前がよくて、俺がダメなんだ」

私の言い方が気に障ったのか、お兄様は不機嫌そうな顔で食い下がった。
お兄様が私に対しこんなに大人げなくなるのは初めてだった。

「お兄様、これは私にとってもベルヘルス家にとっても知られたくない事実なのです。とても苦しく痛い、狂気に満ちた負の遺産」

お兄様が日記を読むのを阻止したくて言った言葉だったが、それは私に突き刺さるものだった。
それでも先ほどの嫌な感情をお兄様に抱いてほしくなかった。

「それでもお読みになりたいのなら、どうぞ受け取ってください」

私の言葉が効いたのだろう。
差し出した日記に、お兄様の手が触れることはなかった。
それを確認し、引き出しに戻そうとしたとき、お兄様がポツリと一言小さく呟いた。

「エスティ、お前はそうやって1人でなんでも背負おうとするのをどうにかした方がいいと、俺は思うよ」

「癖になってる」と、お兄様は続けた。
しかし、私が私を守る手段の一つを無くすわけにはいかず、私はその言葉を無視した。
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