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第3章

94.市井見学会⑤

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不安と焦燥。
そんな感情が私の中で犇めいて止まらない。

どうしてこんなに、不安なの?
どうしてこんなに、怖いの?

頭の中で焦りと不安がいっぱいになっていく。
何かがせり出してきそうで怖くなったとき。

ゴーンゴーンと鈍い鐘の音が町中に響き渡った。
12時の鐘の合図だ。

ハッとして意識をこちらに引き戻される。

「あらやだっ! もうそんな時間なのっ!」

「いけないっ! ヴァリタス殿下との約束のお時間、12時です! 急がないと」

2人が焦ったように言うと、地図を広げ集合場所を確認する。

「良かった、ここから近いみたい! はしたないけど、走って行きましょう」

「はいっ」

制服のスカートの袖をたくし上げ、3人して走って移動する。
走ったおかげか5分ほどで集合場所に着くことができた。

到着すると、探さなくともすぐヴァリタスを見つけることができた。
なぜなら、彼が良い意味でこの町に全く溶け込んでいないから。
キラキラし過ぎて一般庶民に全く見えない。
待っている姿さえ目を引く美しさに、周りを歩く女性たちが遠巻きに彼をうっとりと見つめている。

王子という立場と相まってそんな彼を待たせてしまったことに申し訳なさを感じてしまう。
おそらく彼の性格上、きっちり集合時間にはこちらについていたことだろう。
そういうところがダメなのよ。
ちょっと心が揺らいじゃうじゃない。

「ごきげんよう皆さん。走ってきたのですか?」

こちらが誘ったくせに遅れてきたことに対し、気分を害した風もなく爽やかに挨拶すると私たちを気遣う紳士っぷり。
どこまで完璧な王子なんだか。

「申し訳ありません、買い物に夢中になってしまって……」

息を切らした私の代わりにセイラが応えてくれる。
しかし魔法が使えると便利ね。
セイラとナタリーはあんなに早く走っていたのに、全然息を切らしていないところを見るとおそらく風魔法か何かを使っていたのだろう。

いいな~。
そういうところは本当にうらやましい。

「そうだったのですね。良い買い物ができたみたいで良かったですね」

優しく、そしてニッコリ笑う彼が眩しい。
見てよ、周りで歩いていただけのご婦人方まで彼の笑顔に夢中になっているわよ。

笑顔もそうだが、私たちへの気遣いが完璧すぎてさらに罪悪感が……。
と、思いながらふと何気なくセイラを見てみると、なぜだか顔が真っ赤になっている。

「……あ、ありがとうございます」

あ、ありゃりゃ?
この反応もしかして……!

思わずナタリーと目が合う。
彼女も私と同じことを思っていたようだが、なぜだか少し困ったような顔をしている。
あれ? せっかくのラブコメの予感なのに嬉しくないの?
このセイラの反応よ? これは少なからずヴァリタスを意識してるじゃない!

私は胸のどこかがチクりと痛んだような気がしながらも、この変化を喜んでいた。


昼食は朝のパンケーキの事もあり、女子3人は揃ってサンドイッチで済ませた。
ヴァリタスは流石男子ということもあってがっつりステーキなんかを頼んでいたが。

「それにしても良い雰囲気のカフェでしたね。サンドイッチもおいしかったですし」

昼食を終え、お店を出るとセイラは嬉しそうに感想を溢した。
確かに、木造の店内はどこか懐かしく感じるような庶民的なつくりで、自然とリラックスしてしまうような安心感がある雰囲気のお店だった。

それに加え、私たち貴族の舌も満足させるクオリティの高い料理で私も他の2人も満足の様子。

「確かに。お値段もすごくお安いのに、とっても美味しかったわね」

そうセイラに同意すると、嬉しそうにうんうんと頷いてくれた。
なにこの小動物、めっちゃ可愛い。

いやまぁ、もしかしたらただ単に私たちの舌があんまり肥えてないだけかもしれないけど。
セイラは元庶民で、ナタリーも前世は庶民だし、私は前世のときから食に大したこだわりはない。
ヴァリタスは……どうだろう。さすがに王族だから良いものを普段から食べていて舌は肥えているだろうけど。
でも満足そうな顔していたし、あんまりこだわりないのかも?

なんて思っていると、ヴァリタスから思わぬ情報が入ってきた。

「最近は料理にも魔法を使っているようで、簡単に高級な料理の味を作れるそうですよ」

な、なんですって!
魔法ってそんなこともできるの!

魔法を全く使えない私からしたら、一体どういう仕組みでそんなことができるのかさっぱり不明だが便利になるのは良いことだ。
しかし、貴族と違い庶民は魔法が使えない人の方が多いのに、一体どうやってそんなことを……。

ま、いっか。
私には関係ないし。
それにあんなにおいしいものをあんな安価で食べられるなら、平民の方たちも結構良い暮らしをしているって証拠だしね。

「それじゃあ今度は本命の大通りでも行ってきましょうか!」

張りきった様子のナタリーはヴァリタスを加え、私たちを先導した。
と、ここまでは良かったのだが……。

「な、ナニコレ……」

「す、すごい人ですね」

どこを見ても人、人、人。
まるで人の海がそこに広がっており、私たちは呆気に取られていた。

「エスティッ!」

ナタリーが私の名前を呼びながら、パシリと私の手を掴む。
人の流れに任せるように歩いていくと、少し歩いたところでやっと余裕が出てきた。

ふう、参った参った。

「ありがとうナタリー……。――――ッ!!」

ナタリーにお礼を言い、顔を上げるとそこにいたのはナタリーではなく……。
なんと我が婚約者、ヴァリタスだった。
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