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第2章
38.こちらの方がすこしだけマシなのかも
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「ベルフェリトさま、お待たせいたしました。ヴァリタス殿下の元へご案内します」
そこへ別のメイドがやってきて、やっと私は彼のいる空間に開放された。
「それではベリエル殿下、失礼いたします」
「あぁ、じゃあまた」
テーブルに肘をついた手をひらひらと振りながら私を見送る。
できればもう二度と会いたくないが。
そういうことは絶対にありえないのだろう。
私が部屋を出ていったあと、一人になった彼の顔から一切の表情が消えていた。
「ふぅ、それにしても面白いなぁ、彼女」
小さく呟く彼の独り言は誰の耳にも届いていない。
彼の瞳には深い影が落とされていた。
***
「兄上が相手をしていてくれたんだって?」
案内された応接室にはすでにヴァリタスが待っていた。
体調が悪いと聞いていたのに、彼はいつも会うときと同じようにきっちりと正装を着ていた。
深い青を基調としたコートやパンツは彼によく似合っている。
いや、きっと彼ならばどんな色、どんな服装でも着こなしてしまうのだろうけど。
先ほどの攻防もあり、少々ぼんやりとしてしまった。
慌てて彼との会話に参加する。
「え?えぇ」
「そう。なんだかおかしな人だっただろう」
クスクスと笑う彼から聞いたベリエル殿下の印象は私が持ったものとは雲泥の差がある。
そんな風に笑って語れるような相手ではない。
一体腹の内で何を考えているのか全く分からない。
その中がどこまで黒いのかも計り知れず、私にとっては終始恐怖と付き合わなければならないような人物だというのに。
まさか身内にはおかしな人と評されるほど単純な性格で通しているのか。
そう思うと別の意味で恐ろしい人だ。
これ以上ベリエル殿下の話題をするのが嫌で無理やり話題を変える。
「そういえば、視察は途中していたのでしょう?どんなところに寄ったのですか?」
とはいえ、話題として上げられるのはこのぐらいだ。
学院の話でもしたら良いのだろうが、あの学院は魔法が中心の学び舎なのだ。「魔法の授業が壊滅的で全然ダメでした。」というようなことしか私には言えないし。
それこそ筆記の勉強しかできない私が語れることなど数少ない。ヴァリタスに余計な心配を掛けるのも厄介だ。
以前魔法が全く使えないと話をしたとき、自分が教えようと危うく押しかけ家庭教師になるところまで話が発展しかけた。
当然、彼と接触が増えるような事を父が許すはずもなくその話はすぐにもみ消されたけれど。
またそんな話にでもされたら溜まったものではないから、魔法に関する話は私からしないようにしている。
「それがね、国境沿いの街に視察する途中でとある街に寄ったんだ」
「とある街?」
「ドリアーテっていう街なんだけど。知ってる?」
そう、あそこに寄ったの。
貴方の生まれた街に。
「いいえ、名前は聞いた事あるのですが」
「僕の前世の家系が統治していた領地の街でね。とても思い入れのある街なんだ」
「そうなのですね。きっと素敵な街なのでしょう?」
「それが殆ど見て回れなかったんだ。着いてすぐ酷い頭痛とめまいに襲われて、そのまま熱まで出してしまってね。きっと前世と相当関わりのある街だったから、強い思い入れがありすぎて頭がパンクしてしまったのかも」
困ったように笑う彼の顔は、それでもその街を見て回れなかったのが残念だったのか少しだけ寂しそうだ。
しかし、前世で思い入れのある場所に行ったくらいで体調を崩すなんて、案外ヴァリタスも繊細らしい。
私なんか、この宮殿も市街地にある処刑場後地に行ってもちょっと前世を思い出したくらいで、立ち眩みも頭痛も起こらなかったというのに。
別に私が特別図太いわけではないはずなのだけどね。
「私は全く前世を思い出す兆しも見えませんわ。以前殿下に説明したこと以外何も…。でも、この間のパーティーで前世が平民の方と知り合うことができましてね。
ほら、ヒントがあった方が思い出し易いというでしょう」
こういう情報は自分から話をした方が怪しまれずに済む。
とりあえず、この間のパーティーの事も併せて彼に打ち明けた。
すると、パーティーの話をした途端、ヴァリタスは眉を寄せて何やら怒っているような困っているような表情になった。
その真剣な顔に思わず息を飲む。
もしかして、なにかおかしなことでも言った?
「その前世が平民の方って、もしかして男性だったりしますか?」
「え?いいえ、ビスティーユ侯爵令嬢ですけど」
「そうですか。ならいいです」
途端に先ほどの真剣な表情とは打って変わって笑顔になる。
なに?なにがそんなに気になっていたの?
兄のベリエル殿下までとはいかないが、相変わらずよくわからない人だ。
そこへ別のメイドがやってきて、やっと私は彼のいる空間に開放された。
「それではベリエル殿下、失礼いたします」
「あぁ、じゃあまた」
テーブルに肘をついた手をひらひらと振りながら私を見送る。
できればもう二度と会いたくないが。
そういうことは絶対にありえないのだろう。
私が部屋を出ていったあと、一人になった彼の顔から一切の表情が消えていた。
「ふぅ、それにしても面白いなぁ、彼女」
小さく呟く彼の独り言は誰の耳にも届いていない。
彼の瞳には深い影が落とされていた。
***
「兄上が相手をしていてくれたんだって?」
案内された応接室にはすでにヴァリタスが待っていた。
体調が悪いと聞いていたのに、彼はいつも会うときと同じようにきっちりと正装を着ていた。
深い青を基調としたコートやパンツは彼によく似合っている。
いや、きっと彼ならばどんな色、どんな服装でも着こなしてしまうのだろうけど。
先ほどの攻防もあり、少々ぼんやりとしてしまった。
慌てて彼との会話に参加する。
「え?えぇ」
「そう。なんだかおかしな人だっただろう」
クスクスと笑う彼から聞いたベリエル殿下の印象は私が持ったものとは雲泥の差がある。
そんな風に笑って語れるような相手ではない。
一体腹の内で何を考えているのか全く分からない。
その中がどこまで黒いのかも計り知れず、私にとっては終始恐怖と付き合わなければならないような人物だというのに。
まさか身内にはおかしな人と評されるほど単純な性格で通しているのか。
そう思うと別の意味で恐ろしい人だ。
これ以上ベリエル殿下の話題をするのが嫌で無理やり話題を変える。
「そういえば、視察は途中していたのでしょう?どんなところに寄ったのですか?」
とはいえ、話題として上げられるのはこのぐらいだ。
学院の話でもしたら良いのだろうが、あの学院は魔法が中心の学び舎なのだ。「魔法の授業が壊滅的で全然ダメでした。」というようなことしか私には言えないし。
それこそ筆記の勉強しかできない私が語れることなど数少ない。ヴァリタスに余計な心配を掛けるのも厄介だ。
以前魔法が全く使えないと話をしたとき、自分が教えようと危うく押しかけ家庭教師になるところまで話が発展しかけた。
当然、彼と接触が増えるような事を父が許すはずもなくその話はすぐにもみ消されたけれど。
またそんな話にでもされたら溜まったものではないから、魔法に関する話は私からしないようにしている。
「それがね、国境沿いの街に視察する途中でとある街に寄ったんだ」
「とある街?」
「ドリアーテっていう街なんだけど。知ってる?」
そう、あそこに寄ったの。
貴方の生まれた街に。
「いいえ、名前は聞いた事あるのですが」
「僕の前世の家系が統治していた領地の街でね。とても思い入れのある街なんだ」
「そうなのですね。きっと素敵な街なのでしょう?」
「それが殆ど見て回れなかったんだ。着いてすぐ酷い頭痛とめまいに襲われて、そのまま熱まで出してしまってね。きっと前世と相当関わりのある街だったから、強い思い入れがありすぎて頭がパンクしてしまったのかも」
困ったように笑う彼の顔は、それでもその街を見て回れなかったのが残念だったのか少しだけ寂しそうだ。
しかし、前世で思い入れのある場所に行ったくらいで体調を崩すなんて、案外ヴァリタスも繊細らしい。
私なんか、この宮殿も市街地にある処刑場後地に行ってもちょっと前世を思い出したくらいで、立ち眩みも頭痛も起こらなかったというのに。
別に私が特別図太いわけではないはずなのだけどね。
「私は全く前世を思い出す兆しも見えませんわ。以前殿下に説明したこと以外何も…。でも、この間のパーティーで前世が平民の方と知り合うことができましてね。
ほら、ヒントがあった方が思い出し易いというでしょう」
こういう情報は自分から話をした方が怪しまれずに済む。
とりあえず、この間のパーティーの事も併せて彼に打ち明けた。
すると、パーティーの話をした途端、ヴァリタスは眉を寄せて何やら怒っているような困っているような表情になった。
その真剣な顔に思わず息を飲む。
もしかして、なにかおかしなことでも言った?
「その前世が平民の方って、もしかして男性だったりしますか?」
「え?いいえ、ビスティーユ侯爵令嬢ですけど」
「そうですか。ならいいです」
途端に先ほどの真剣な表情とは打って変わって笑顔になる。
なに?なにがそんなに気になっていたの?
兄のベリエル殿下までとはいかないが、相変わらずよくわからない人だ。
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