いつか灰になるまで

CazuSa

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布施山2

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約束の時間の10分ほど前に着いたが、幾島イツシマはすでに来ていた。
こちらに気づいていないのか、明後日の方向を茫然と見ている。

その様子に、ほんの少し違和感を感じながらも声を掛けた。

「お待たせしました」

声を掛けると、幾島はゆっくりと夜尋の方に顔を向けた。

その表情は、何も感じていないようなそんな顔だった。
そして、恐ろしく切なく悲しい顔だった。

ぞっとした。

まるで死に顔のように見えた。

冷水を頭から被ったような感覚に囚われる。

なんだ?

なんだ、この感覚は。

しかしそれもほんの一瞬で、幾島は少し困ったように微笑むと夜尋に挨拶を返す。

「こんにちは、都築ツヅキさん」

見間違いかとも思うほど、さっきまでと異なる表情はになった。
それがひどく不気味で異様で、夜尋は怖くなった。

近づいてくる幾島に数歩後ずさる。

その様子に幾島が歩みを止め首を傾げる。

(っ!俺は何を怯えてるんだ)

こんな、やせ細り、今にも倒れそうなこの男に怯えたことに夜尋は恥ずかしくなった。
首を小さく2,3度振り、再度幾島を見つめた。
もう怖くない。全く怖くなくなっていた。
そもそもどうして、この男を怖がっていたのか分からないほどに。

「都築さん?どうかしましたか?」

またしても幾島に心配そうに顔を覗きこまれた。

昨日から、このやり取りを何度か繰り返している気がする。

そもそも、幾島は夜尋をすぐに心配する。
自分の方が苦しい思いをして、大変なはずなのに。

それが、酷く苛立たしい。

「さて、それでは調査を始めます」

幾島の問いかけを無視し、仕事を進める。

まずは周りを散策して霊を探すことにした。

何度か来てわかっているが、やはりいつもと変わらずこの山に嫌な感じはしない。

「当時の行動はどういう風に?」

形式だけの散策を一通りした後、幾島が辿った経路を確認することにした。

「まずは、道を外れてこちらの方に入って少し散策のようなものをしました」

そう言って木々の生い茂る方を指さす。
ほの暗い鬱蒼と生い茂った木々へ入っていくのは、まだ日の高いこの時間でも躊躇してしまうほど不気味だ。
幾島の神経が理解できず、思わず気になったことを問いかける。

「幾島さん、何時に此処へ来たんでしたっけ?」

「夜の8時ごろです」

信じられない。

(俺だったら絶対入らない)


幾島の神経の図太さに夜尋は若干引きながらも、木々の中へと足を踏み入れる。

辺りを散策し、時折なにか感じないか目を閉じて確認する。

それを何回か繰り返していると、とある場所で異様な雰囲気を感じた。
いままでこの山で妙な気を感じたことが無かったため、夜尋は嫌な予感がし、その違和感の出所を探る。
なにかを感じるが、それがはっきりしない。

散策しているとその気配に強弱があることに気づいた。おそらく強い方に出所があるのだろうと、そちらの方へ近づいて行く。
近づくにつれ、徐々に嫌な感じが強くなっていくのを感じ、少し身震いした。
しかし、そこで怖気づくわけにもいかない。恐怖心を無視し先を急いだ。

一番強く感じるところに行くと、そこには少しだけ開けた場所があり中心から少し外れたところに一本の木があった。
木には一見なにもないように感じる。
開けた場所に足を踏み入れ、散策していくとあることに気づいた。

そう、この嫌な感じは、この木がおかしいからじゃなく、この木の前の開けた場所がおかしいのだ。
もっと言えば地面。地面から嫌な感じがする。
地面が気になり手で触れる。
すると今までぼんやりとしか感じなかった嫌な感覚が、触れた瞬間、濁流のような勢いを纏って夜尋を襲った。

『アツイ』
『アツイアツイアツイアツイアツイアツイ』
『アツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ』

『タスケテタスケテタスケテ』
『タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ』

周りは真っ暗で何も見えない。何も感じない。
ただ、擦れて苦しそうな声が頭に直接流れ込んでくる。
同じ言葉を何度も繰り返し、叫び続けるその声で気が変になりそうだ。

恐ろしくなって咄嗟に手を離す。
一瞬、精神がおかしくなるところだった。

なんだ。
なんだ、今のは。
怖い。
怖くて、そして痛くてたまらない。

(いけない、これじゃだめだ。引き摺りこまれる)

霊の強い思いに感化されて、時々おかしくなる霊能者もいる。
今この状況で、夜尋がそうなってしまっては誰にも収集が付かないだろう。

とりあえず、手を引っ込め、もう片方の手でかばうように包みこんだ。
目を瞑り、深呼吸する。

すぅー、はぁー。すぅー、はぁー。すぅー、はぁー。

数回繰り返すと、どうにか落ち着いてきた。
目を開け、先ほど触った手のひらを見つめた。

さっきのは、おそらく幾島が見ている悪夢と同じものだろう。
幾島が語った悪夢の特徴と酷似していたから。
どうしてそれが、あそこに触れて見えたのかはわからないが。

ふと、何かが引っ掛かり、幾島を見やった。
なぜ彼が気になったのか夜尋にはわからない。
だがどうしても気になったのだ。

幾島は夜尋から少し離れたところに佇んでいた。
顔は、ひどく青くなっている。
やけに距離を取られていることに違和感を覚えた。
そこで気づいた。なぜか幾島は開けた場所には入ってこようとしていないのだ。

なんだか、嫌な感じがする。
幾島は何か知っている。そう感じた。

もしかして、ここで何かしたんじゃないのか。

どうしてか、そういう嫌な考えが頭を駆け抜ける。
確かめたい。
確かめなければいけない気がする。

「どうして、幾島さんはここに肝試しにきたんですか」

幾島はその言葉に体をビクリと震わせた。
その反応に夜尋は、必ずなにかあると確信した。
幾島は何かを隠している、と。

「幾島さん、あなたに起きている霊障を解決するには、あなたがきちんと私に話をして下さらないと始まりません」

丁寧に言いまわしているが、夜尋の声はひどく冷たかった。

本当はそんなこと思っていない。
そういう感情が駄々洩れだった。
しかし、今の夜尋はそれを隠そうともしていない。

ただ、幾島が何をしたのか問い詰めたいだけだった。

まるで幾島を責め立てるように、罪を告発させるように。
夜尋の言葉には、そうした悪意が籠っていた。

幾島は顔を背け、下を向くと思いきり目を瞑った。
まるで認めたくないと訴えるようなその様子に、夜尋は苛立ちを覚えた。

「どうか隠さず教えてくださいませんか?あなたがここで何をしたのか」

追い打ちをかけるように、幾島を問い詰める。

幾島の顔がどんどん青くなっていた。
右肘辺りをもう反対の手で思いきり掴んでいる。
体も唇もガタガタと音を立てる程に震え、夜尋にひどく怯えているように見える。

しばらくそうしていたが、ゆっくりと目を開けると夜尋を見つめた。
幾島は、恐る恐る口を開いた。

「昔から、幽霊を見ることに興味があったんです」

細切れに、少しずつ、理由を口にする。
夜尋はゆっくりと紡がれるその言葉を、睨みつけながら聞いていた。
手が痛くなるほど、強く拳を握りながら幾島の言葉を待った。

「それで、ここにくれば見られると思って。家から行ける距離の心霊スポットだったので」

もどかしく、苛立ちがこみ上げるのを何とか我慢し、夜尋は幾島が少しずつ理由を話すのを辛抱強く聞いていた。
しかし、それだけ言って話を切ると、幾島はまた下を向いて黙ってしまった。
痺れを切らした夜尋が幾島に詰め寄る。

「それだけですか?」

その言葉を聞いて、幾島はバッと顔を上げる。

まだ話さなければならないのか。
そう訴えかけるような顔だった。
だが、夜尋は先ほどと同じように幾島を睨みつけるだけだった。

その気迫に負けたのだろう。
今度こそ観念したのか、先ほどまで強張っていた体から力が抜け、零すように言葉を発した。

「昔、ここで事件があったのは知っていました。……亡くなった方は、俺と歳が近く、いえ、同い年だったので、よく覚えています」

(知ってたのか、事件のこと)

そういうことか。
だから、3月の中旬という時期はずれに肝試しに来たのか。
引っかかっていた疑問に納得がいく。
あの事件が起きたのも丁度その時期だから。

ため息がでそうだった。
幾島の目的に正直呆れた。
その理由が幼稚すぎて、夜尋の頭は冷静だった。

しかし、それも次の言葉で一変した。

「それで、事件と同じ状況になれば、出てくるのではないかと思って」

鈍器で強く頭を殴られたような衝撃が走る。

夜尋は耳を疑った。
彼は今なんと言った?

―――同じ状況になれば出てくるかもしれない―――

そう言ったのか。
一体。
一体なんのつもりでそんなこと。

「それで?それで、一体ここで何をしたんです?」

思わず声が大きくなる。
なんとか、怒鳴るのを必死に我慢した。

この男は本当に最低な人間だ。
夜尋は、怒りでどうにかなりそうだった。

「火を、つけようとしました。灯油をまいて」

血が出るのかと思うほど、強く拳を握った。
この男を早く殴りたかった。
しかし、今は怒りを我慢しなければ。きっと夜尋が怒りをぶつけてしまえば、幾島はそれ以上話さなくなってしまう。
そう自分に言い聞かせた。

「でも、できませんでした。ライターで火をつけようとした瞬間、あの、悪夢と同じような呻き声が聞こえて―――」

言い終わる前に、幾島の言葉は遮られた。

「なにが幽霊が見たいだ。なにが肝試しだ。ふざけるな…。ふざけるなっ!!」

もう限界だった。
夜尋は幾島の胸倉を掴むと、湧き上がる怒りに任せて罵声を浴びせた。
頭が沸騰しそうなくらい熱い。
この男、絶対に許さない。

「すみません!すみませんでした、都築さん。私、知っていたんです。都築さんがここで亡くなった方の身内の方だって」

その言葉に夜尋は頭がおかしくなりそうだった。

夜尋が被害者の身内と知っていて、幾島はここに来たのか。
そして、先ほどの話をしたのか。
幾島の神経が夜尋には到底理解できない。

(こいつ、性根が腐ってる)

どうしても幾島が許せない。
ほんの些細な好奇心のために兄の悲しみと苦しみが此処に蘇ってしまった。
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