いつか灰になるまで

CazuSa

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幾島家3

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敷き終わると、布団に入り目を瞑った。
しかし、まだ明るく、人がいる前で寝るのには抵抗があったようで、顔が強張っている。

「幾島さんリラックスしてください。今、原因を調べますから」

幾島の傍に腰を下ろし、布団の上から胸の当たりに手を優しく置くと、なんとか気を落ち着かせてもらうために声をかける。

「はい…」

返事はしたものの、まだ緊張しているようだった。

しかし、日頃よく寝れていないのと霊能者が近くにいて安心したのだろうか。
次第に、顔がリラックスしていき意識が遠のいていくのが見て取れた。

どうやら、眠りに就けそうだ。
その様子を確認しすると夜尋も調査に取り掛かるため立ち上がった。

目を瞑り、霊の気配を探す。

すうすうと幾島の小さな寝息だけがしばらく聞こえていた。
まだ、霊の気配は感じない。

しかし、3分程経ったころだろうか。
じわじわと何かが近づいている気配がしてきた。

(…来たみたいだな)

少しずつ近づいてくる霊の気配に意識を集中する。
ある一定の距離に近づいてきた時、夜尋はハッとした。

この感じは昔、感じたことのある気配だ。

そう、とても近くにいたあの人の―――。

(千尋兄さん!!)

そうだ。この気配は間違いなくあの兄のものだ。

やっと見つけた。

やっと会えた。

やはり兄だったのだ。
幾島についていた霊は。
兄の気配を感じ取り、歓びを感じると同時に、この家に来た時から感じていた懐かしさの正体を思い知らされる。

(そうだ、この感じは千尋兄さんと同じものだ……)

自身が殺された現場でさえ怨念を残さなかった兄が、悪夢を見せる程恨みをかうとは幾島は一体何をしたのだろうか。

知りたい。

一体この男が兄に何をしたのか。

兄の気配を追うため、さらに意識を集中させる。
すると、ぼんやりと人のような輪郭が浮かびはじめる。

(どうしてこんなところにいるの?一体あの人は何をしたんだっ!)

まるで懇願するように兄の気配に問いかける。
少しずつ、兄の輪郭ははっきりしてくるものの、何度問いかけても兄は一向に返事を返してくれない。

(兄さん!)

縋るように、思わず手を伸ばし兄の輪郭を捕まえようとした。
兄の手を掴んだ瞬間、その手をつかんだ感覚があった。
しかし、手に伝わる感覚はまるで生身の人間のもののようで、実体を伴ったそれに驚き、思わず目を開ける。

掴んだ先は幾島の手だった。

いつの間に座っていたのだろう。
幾島も夜尋が手を強い力で握ったせいか、いつの間にか半身を起こし、目を見開いて驚いている。

「都築さん?ど、どうしたんですか?」

見るからに戸惑っている表情だ。どこか狼狽しているようにも見える。
だがおそらく、夜尋はもっとひどい顔をしているのだろう。
心配そうに顔を覗かせる幾島に、何か言おうとして口を開けたが、何を言えばよいかわからず口を閉じた。

どうにか気持ちを落ち着かせる。

頬に汗が伝い、そこでようやく自分の息が上がっていることに気づいた。
心配そうに見つめる幾島に目を逸らし、考える。

(今のは一体…)

分からない。
なぜ兄だと思って掴んだ手が幾島のものだったのか。

そして、もう一つ。兄の気配から全く悪意を感じなかったのはなぜなのか。
悪夢を見せる程、恨んでいるのではないのか。

分からない。

分からないことだらけで頭が痛くなる。

しかし、今の結果から察するに、どうやらここで調査しても兄が憑いている理由はわからないだろう。

ならばもう現場に行くしかない。
夜尋は幾島に向き直る。

「幾島さん、明日予定は空いてますか?」

「え?えぇ、明日は土曜日ですので1日空いていますが」

二転三転する夜尋の様子にまだ戸惑っているようだ。
しかし、その様子に目もくれず、また幾島から視線を外すと夜尋は立ち上がった。

「では、明日の15時に布施山に行きましょう」

「へっ?!布施山にですか?」

「はい。どうやら現地で調査しないとわからないみたいですので」

突然の提案に幾島はさらに困惑した表情になり、少しの間顔を伏せ考えていたが、意を決したのか顔を上げた。

「わかりました。15時に布施山に行けば良いんですね」

「はい。宜しくお願いします」

夜尋は隣の居間に戻ると、自分の鞄から手帳を取り出し、予定を書き込む。

(明日は塾が入ってたか。まぁいいか、さぼれば)

塾の文字を二重線で消し、その下に[15:00- 布施山]と書き込む。

「それでは、明日の15時に布施山に来てください」

夜尋はまた、先ほどの作り笑顔になると、幾島に予定を確認した。

「はい。わかりました」

幾島はまだ少し戸惑っているようだった。

「では、私はこれで失礼させていただきます」

「あ、はい。ありがとうございました」

幾島に玄関まで見送られ、そこでまた一礼すると幾島家を後にした。

幾島家のあるアパートから5メートル程離れたところで、夜尋は鞄の中から眼鏡をとりだし、それを掛ける。
依頼があるときは霊視をするために外しているが、普段は眼鏡をしていないと見えすぎてしまう。
そのため、普段はいつも眼鏡を掛けて生活している。
伊達眼鏡であるため度は入っていないが、レンズ越しにするだけでも、多少人と霊の違いを見分けることができるのだ。

帰路につきながら家から布施山までのルートを調べた。
今日感じた兄の気配は、怨恨や怒りなどといった負の感情とは全くの無縁にのように思えた。

では、一体幾島はあの山で何をしたのか。
そして、どういう経緯で兄は幾島に憑くことになったのか。

そして、なぜ悪意のない兄が悪夢を見せられるのか。

多くの疑問が浮かぶ中で、一つだけ思い付いたことがあった。

もしかしたら、兄は成仏したがっているのかもしれない。

そのために肝試しに来た幾島にわざわざ憑りつき、霊障を起こすことで、祓われることを望んでいるのかもしれない。
そう思うと、今自分がやっていることはただストレスを発散するための自己満足でしかない。

そんなことのために兄を利用する気にはなれなかった。

もし、明日兄に会えたら。
祓ってあげたほうが良いのかもしれない。

電車に乗りながら、いつの間にか夜尋はそんな風に思うようになっていた。
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