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【2】ものすごく残念で、あまり頼りたく…

用法・用量を守れないトランス系大魔法。

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 木々や葉っぱは触れるとどこか柔らかい。
 周囲の森に見えているものも、土に見えているものも、全て本物ではなかった。

「この森そのものがモンスターなんだ!」

 3人は慌てて来た道を引き返そうとする。しかし街道はなく、森の入り口も見えない。
 そのうち頭上が暗くなり、小雨が降り始めた。

「ブランケットで体を覆え! 消化液だ!」
「体内を森に擬態? こんなモンスター聞いたことがない!」
「太陽だと思ったものも、俺達を惑わす罠だったのか」

 靴底もすでに半分が溶けている。
 まだ出口がどこか分からない。このままでは明日には消化されてしまう。

「マァー、マァーォ」
「ネッコ?」

 ニースの胸元でネッコが鳴き始めた。
 首輪が痒いのか、必死に外そうとする。

「どうした、苦しいのか」
「ムァーー」

 ニースはブランケットを羽織りながら、ネッコの首輪を少し緩めてやった。
 飼い主の責任の証として、首輪は絶対に外すなと言われている。
 ニースももちろん首輪を外すつもりはない。
 だが、誰もニースに「緩めてはいけない」とは言わなかった。

「あっ、ネッコ!」
「ムァァァー」
「待てネッコ!」

 ネッコがニースの胸元から飛び出し、前方へと駆けて行く。
 足元も全て消化液が染み出している。裸足のネッコなどひとたまりもない。

「どうしよう、ネッコが!」
「ニース! さては君、防具を洗って寝なかったんだね! きっとネッコはニオイに耐えられず……」
「ごめんネッコ! ちゃんと次の町で防具洗うから! つかネッコもまあまあくせえぞ」
「お願いだ! 洗った後は防具より先に緊張感を身に着けてくれ!」

 ニースの泣きそう……どころかもう泣いている声を気にも留めず、ネッコはどんどん先へ行く。

 襲い掛かる消化器官を剣で斬り払いつつ、ニースは必死にネッコを追いかける。
 ふいにネッコが立ち止まって振り向いた。

「ネッコ! ああお利口さんだ、こっちに来い!」
「ムァー……」

 ニースに続き、ジェインとアイゼンも全速力だ。
 そんな3人に対し、ネッコが急に大きな口を開いた。

「えっ」

 ネッコのおぞましい口は、3人を丸呑み出来そうな程大きい。
 全速力の3人は速度を落としきれず、ネッコの口の中へとなだれ込んでしまった。

「食べられた!?」
「まさかこいつ俺達を食うために……」
「ネッコはそんな事しない!」
「現状を把握して言ってくれ、今俺達はネッコの口の中だぞ」

 このままではネッコに消化されるのが先か、森のモンスターに消化されるのが先か。

「こいつ……しっかり口を閉じやが……おっと!」

 ふいにニース達の体が揺れた。
 ネッコがニース達を飲み込んだまま歩き始めたのだ。

「ボク達を食べたのだとして、噛んだり舐めたりするような仕草はないね」
「口の中に入れただけじゃ、消化はできないよな」

 ネッコは顔を引き摺りながら、ニース達を飲み込む事もなく歩き続けている。

「ネッコ、もしかして君……ボク達を守ろうとしているのかい?」
「えっ」
「ボク達を食べたんじゃないよ、消化液から守ってくれているんだ!」

 ジェインがネッコの思惑を考察した途端、ニースの目から涙が溢れた。
 飼い始めてまだ1日だというのに、もう飼い主バカに成り果てたようだ。

「ネッコ、お前……」
「だってそうだろう? ニースの防具が逃げ出したくなるほど臭いと分かっていながら、それを口に入れるなんて余程の覚悟が必要だ」
「ああぁネッコ、お前オレのためにいぃぃぃ……!」

 ジェインの悪気のない毒も、今のニースには全く効かない。
 ニースは大粒の涙を流し、有難う有難うと繰り返す。

 ニースの涙が、ネッコの大きな舌にポタリと落ちる。その瞬間。

「ぶぇー」

 ネッコが思わず3人を吐き出した。

「うわっ、なんだ、どうした!」
「ぶぇーっ、ペッ! ぶぇ……」

 涙の味がお気に召さなかったようだ。3人は渋い顔で舌を回すネッコを振り返りつつ、周囲の状況を確認する。

「おい、あっちだ! あっち……森の奥に見えるけど、ただの模様だ」
「えっ」
「って事は、そこを破れば外に出られる!」

 ニースはネッコを抱き上げてよく拭いてやり、急いで胸元に隠した。
 そのまま剣を両手に持ち、消化液など気にもせず臓器の壁に斬りかかる。

「おのれネッコの仇!」
「「いやネッコは死んでないが」」

 ジェインとアイゼンの発言が思わず被る。

 ニースは大きく跳び上がり、剣を高く構えた。限界まで体を逸らせ、反動をつけて剣を振り下ろす。

「ギェェェェ!」

 モンスターが痛みで叫ぶ。まだ穴は開かないが、効いているのは間違いない。

「俺も加勢する! ジェイン、魔法を放て!」
「えっ、でも……」
「消化されるよりはマシだ! 俺達がいない方向へ放ってくれ!」
「わ、分かった!」

 ニースが大きく斬り裂き、アイゼンが細かな傷を無数に付けていく。
 傷みに耐えられなくなったのか、モンスターが大きく口を開いた。

「風だ……出口があるぞ!」
「どっちだよ!」
「光のある方……右手だ! 右の方がほんのり明るかった!」
「さすが勇者! あざとい!」
「……もしかして、めざといと言いたかったのかい?」
「あ? ちょっと意味分かんないすね」

 ニースとアイゼンが攻撃を止め、口側へ向かおうとする。

「ジェイン! 口の方へ!」
「え、えええっ、ああぁぁごめん無理!」

 ジェインが一瞬迷った後、体を淡く光らせた。魔法が発動するという事だ。

「えっ、今発動!?」

 火炎旋風か、それとも大地震か。

「ちょ、ちょっとジェイン! この状況で今一番駄目なやつ!」
「そんな事を言ったって、ボクが決めた訳じゃな……」
「いいから逃げろ!」

 どこからともなく大きな水の流れが押し寄せてきた。

「うわぁぁぁ!」

 広い広い空間がどんどん水で満たされていく。
 しまいには高いと思っていた天上にまで達してしまった。

「やべえ、溺れる!」
「泳げ……ブグブグ……」

 3人がとうとう水に呑み込まれた。このままでは消化どころか溺死だ。

 ただ、モンスターにとっても状況は同じだった。
 腹の中でどんどん水が湧き出せば、いつかは限界が訪れる。
 直後、周囲の水が急流となって口へと向かい始めた。

 モンスターが水を吐いたのだ。

「うわーっ!」
「出口だ!」

 急に周囲が明るくなったかと思うと、3人は礫砂漠の地面に叩きつけられた。
 水の流れは礫砂漠の地面にどんどん吸収されていく。

「ゲホッ、ゲホ……ネッコ、ああよかった、大丈夫だな」
「今のうちに逃げるぞ!」

 3人はずぶ濡れの状態で立ち上がり、すぐにモンスターとおぼしき森から距離を取る。

「こんなモンスター、報告された事、ないぞ」
「報告がないって事は、助かった奴がいないという事かもしれない」
「……何だって?」

 アイゼンの言葉に、ジェインが足を止めた。
 その表情は怒りに満ちている。

「ジェイン、早く離れないと!」
「……つまり、大切な国民を、こいつが食べた、という事だね」
「そうだ! 早くみんなに知らせ……」
「許せない!」

 ジェインが強い風を纏って森を睨む。
 手をかざし、普段の穏やかな彼とは思えない憎悪を練り上げていく。

「お、おい」
「おのれ、国民の仇!」

 ジェインが魔法を暴発させた。急に上空を厚い雲が覆い始める。

「天の裁きを!」

 ジェインが高々と叫んだ瞬間、空が裂けたかのような雷が森を撃った。

「ギエェェェッ!」

 森全体が耳をつんざくような悲鳴を上げる。その間、雷は何十と森へ落ちていく。

「わはは! 悔いてももう遅い! 裁きのいかずちが血に飢えておるわ!」

 ジェインは豹変し、まるでトランス状態だ。
 ニースとアイゼンは開いた口を塞げずに顔を見合わせる。

「魔法の才能がないと信じ込ませた城の人達の苦労、今なら分かる気がする」
「オレが言うんだから間違いねえ、ジェインはやべえ」
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