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第10杯 ②

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 川沿いの傍の芝生の上には敷物を敷いてある。
 敷物には重箱がいくつか解体されて、拡げられていた。どの重箱にも色鮮やかで、おいしそうなおかずが入っている。
 おかずは豚の角煮・卵焼き・とりのから揚げ・豚ばらのアスパラ巻き・ささみのしそチーズあげ・その他色々ある。どれも自分を食べてと言わんばかりに重箱へ納まっているのだった。


 そこから上を見上げると立派な桜の木がある。
 風が吹く度にピンクの桜の花びらが舞い散るのだった。
 その度に綺麗だなぁと感嘆の声が周りから聞こえる。
 桜の木の近くにはBBQもできる様に、それ関連の道具やらが色々置かれてあった。
 藤井くんと洋輔と今さっき合流した洋輔の彼女の橘瑞奈(タチバナ ミズナ)ちゃんたちが、BBQのある場所で、楽しそうに会話をしながら、3人は焼けたお肉をおいしそうにほうばっている様子があたしの目に映るのだった。
 
 敷物にはあたしとマス姉と哲太さんがいる。
 あたしたちの傍で、何も言わず、もくもくと重箱を味わう哲太さん。それと誰とも会話をしないでいるマス姉。
 彼女はもう何杯目かになるかわからないビールを片手に桜を見つめていた。

「それにしても、あたしたちってマヌケだよね?」

 あたしが白い紙皿に重箱のおかずを乗せてから、少し元気のないマス姉に話をふる。

「確かに……おマヌケだな」

 そう言ったマス姉は手に持っていたビールを一気に飲み干した。

「弁当おいしいか?」
「はい、とっても」
「そかそか。それはよかった」
「これ、マス姉が作ったの?」
「うん――――まぁな」
「尊敬しちゃうな」
「あれ、トウコちゃんは自炊は?」
「簡単なものなら」
「ふ~ん――――男は胃袋を掴まないと逃げられるぞって、あたしが言うなよってか」
「そんな事は――――――」
「ああ~いいのいいの。全然気にしてないから」

 マス姉はそう言うと、空っぽになったプラチックのコップへ、傍にあった缶ビールを掴み、注ぎ入れた。コップから溢れかけた白くてふわふわのビールの泡だけを慌てて飲む。

「プハァ~……――――――あたしね……依存してた、アイツに」
「えっ――――依存?」

 思わぬ言葉にあたしは驚いて、マス姉を見たが、彼女はこちらを見る事無く、同じ言葉をまた繰り返すのだった。

「そっ依存」
「依存って、マス姉が?」
「そっわかってた――――自分たちがとっくに終わってた事は。でも、それを受け入れなかったのはあたしの方」
「どうして?」

 ヒラヒラを舞い散る花びらの中、あたしたちふたりはやっとお互いの顔をみた。

「こう見えても、実は……高校の時グレた奴のトップだった。だから、他人や親にでも恐れられる事はあっても、優しくされる事も本当に必要とされる事も、久賀さんと出会うまではなかった。あの人はそんなあたしを無条件に愛してくれた」
「そう……だったんだ」
「――――ああ。それがあたしにとって居心地のいい、居場所になってた」
「居心地のいい、居場所――――」

 違和感のある言葉を小さく呟いたあたし。
 そんなあたしの方を見てから頷くマス姉。

「出会った頃はあんな嫌味な野郎じゃなかったし、本当にあたしだけを愛してくれてた。上司の娘と結婚しても……あたしから別れを言い出しても……気がつけば、いつもあの人が自分の方にあたしを引き戻してた」
「それで……今まで?」
「いや――――引き戻される内に本当の事をあたし自身が気づいた――――別れられなかったのはあたし……じゃないのかって。あたし自身でかけた呪縛を解く事が、今に至るまで、できなかったのもしれない」
「それ――――もし、かして、あたしの?」
「あくまでキッカケにすぎないよ。ただ、呪縛を解く頃合だった――――どっちにしても限界だったんだよ」
「マス姉――――」 

 陰気な顔のあたしを見たマス姉が、逆に励ましてくれるのだった。

「ああ、もうっ! 董子ちゃんまで、んな顔するなって。新しい相手ぐらいすぐだよ」

 あたしは返す言葉が見つからず、何も言えないでいた。マス姉は自分が辛いのに、どんな時でも人を気づかってくれる。

「ほら、笑いなって」

 マス姉がそう言うと、おもむろにあたしの頬をつまんだ。左右にあたしの皮膚が引っ張られる。その上、口も引っ張られて、うまく喋れない。

「ひゃいって、いひゃいひょ」
「ごめん、ごめん」

 可笑しそうに笑うマス姉。あたしの頬から、自分の指を放した。
 あたしが頬をさすっている間に、マス姉は立ち上がるのだった。

「さてと、重箱でもつつくかな。董子ちゃんも食べな」
「はぁい」

 マス姉が座っている横にあたしも移動してから、腰かけた。今だ、哲太さんはマス姉が作った重箱のおかずをむさぼっている。

「このチューリップ揚げ、うまいですよ。ますみさん」
「そうかぁ? ありがとな」
「これもうまいですよ」
「ああ、もうわかったわかった。わかったから、何も言わず食べな」

 マス姉が、一生懸命な哲太さんを見て、優しく微笑んだ。
 ふたりの会話を聞いて、感じたけど、哲太さんって、こんなにしゃべるんだ。それとも、哲太さんなりにマス姉を励まそうとしてるのかな。そう思ったら、ここはあたしがいると、お邪魔かもしれないから、退散。
 あたしはふたりを邪魔しないようにそっと彼らから離れるのだった。
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