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第5杯 董子ちゃんらしい

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「ごちそうさん」

 食事が終わり、ファミリーレストランから出るあたし達。
 はじめに話し出したのは、ご機嫌なそうな声の洋輔。それに続いて言葉を返すけど、適当な感じのトーンで答えるあたし。

「う、うん」

 お会計が済んだばかりの自分の財布の中を再確認。あたしはすっかり軽くて薄くなったのをヒシヒシと実感するのだった。
 あたしがお財布をみて嘆いている時、ふたりはまたラブラブモードに突入したみたいで。

「洋ちゃん、おいしかったね」
「そうだな、うまかったな」
「今度はふたりだけでココに来ようねっ」
「来月、バイト代でも入ったら、行くか」
「うん、楽しみにしてるね」
「おお」

 送ってもらうつもりで、ふたりのやり取りを早く終わらないかな、と思って聞いていたあたしは、会話が終わるのをひたすら待った。

「んじゃ、俺らココで」
「はぁはいっ?」

 思わずあたしはキョトンとする。洋輔が何を言っているのか、理解できない。
 それを察してなのか、あたしの態度に拍子抜けしたのか、ポリポリと顔を指でかきながら洋輔が言うのだった。

「いや――――俺らさ、バイクで帰るし」
「まさか、あたしをココに置いてくつもりとか?」
「ああ、そのつもり」
「っうぇぇ!」

 声にならない声が、気づくと、あたしから飛び出していた。その声がうざいらしく、不機嫌そうな顏になる洋輔。

「何? 子供じゃあるまいし、独りで帰れんじゃね?」
「まぁ……それはそうだけど、送ってくれたっていいでしょ?」
「なんで? 俺、彼女送んないと」

 呆れたあたしはそれ以上、会話する気にもなれず、彼らを見送る事を選んだ。

「おねぇさん、ごちそうさまでしたぁ」
 
 洋輔のバイクの後ろに、ガッチリと彼の腰に細い腕を回した彼の彼女が、顔だけを少し下げて言った。
 両頬にえくぼをたずさえた彼女に目を向けて、答えを返すあたし。

「どういたしまして。それと歳ひとつしか違わないし、名前かなんかで読んでくれれば」
「ん――――」

 あたしの言葉に何かを思い出そうと彼女が考え込んだ様子。少しの間が経ってから、誰ともなく尋ねる彼女。

「名前って、まだ教えてもらってないよ?」
 
 バイクにまたがっているだけだった洋輔が、あたしと彼女の会話に急に口を出して来るのだった。メットをかぶろうとした手を止めて、素朴な彼女の疑問に彼は答える。

「ミズ、彼女は宮野董子で、俺とハイツが一緒」
「ふーん、同じ住民さん仲間だったの」
「そういう事。何度か会うかもね、あたし達」
「だね。じゃあ、下の名前でトウコちゃんって呼ぶね。ミズはぁ、橘瑞奈って言うのぉ」
「タチバナ ミズナちゃんね、よろしく」

*****


「って言う感じで、そのあとは歩きで帰って、ホントに今もクタクタですよ」

 あたしはコーヒーの香ばしい匂いが立ち込めるカウンターで、昨日起きた出来事をマス姉に身振り手振りで話をした。話が終わる頃には、またドッと疲れ切ってしまった。

「あっはっは、そりゃ、傑作だ」
「もうっ傑作じゃないよ、マスねぇ」
「にしても、迷惑な奴だな、相変わらず洋輔は」
「ホント、迷惑ですよ。計算外のお金いっぱい使ったし」
 
 あたしがヨタヨタとカウンターから、身体をなんとか起すのを見ていた大家さんが、見兼ねてなのか、マス姉へ一言。

「岡島さん、董子ちゃんを笑うなんて、かわいそうですよ」
「マスターは優しいね。特に董子ちゃんには」
「そんな事ないですよね、大家さんはみんなに優しいんです」
「そっ? まぁそうだな」
 
 最後にそう言って、マス姉がフっと目を細める。黙って目の前にあるコーヒーを飲み始めたのだった。
 あたし達の話が終わると、大家さんが心配そうにまた声を掛けてくれる。

「それじゃあ、董子ちゃんは昨日お金使って大変じゃいないのかね?」
「そうですね、仕送りも来月にならないとないですし――――」
「これから、うちで朝ごはん食べて行きなさい。朝食べないと元気でないよ」
「でも、そんな事できないですよ。大家さんにご迷惑かけれませんし」
「でもね、ココのハイツ住人が迷惑かけたようだし、そうさせておくれよ」

 少し間、考える。あたしの頭の中では、勉強で計算するよりも早く、お金を計算していた。  
 そして、出した答えは――――――。

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」

 コーヒーの焙煎の手を止め、大家さんは改めてこちらを見た。目尻にシワを少しずつ刻みながら、頭を上下させて言う。

「そうだよ、そうなさい」
「ご迷惑だと思いますが」
「そんな事はないよ」

 答えた後、大家さんは手を再び動かす。黙々と真剣な眼差しで、鍋の作業に集中し始めた。
 
「ま~よかったじゃない、董子ちゃん」
「ホント、そう思います」
「飯でもおごってくれる彼氏、2人や3人いないの?」
「いれば、昨日の時点で既に頼ってます」
「そら、そうか」

 あたしの即答にマス姉は、小さく笑った。
 
「董子ちゃんは好きな人いる?」

 手元のコーヒーを飲み、ポツリと言う。彼女の瞳は真剣そのもの。
 あたしはその瞳に見つめられて、なんとなくたじろぐのだった。 
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