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第一部 二人の魔法使い
三
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まず最初に、公園の魔法使い(らしき人)がこんなところにいることに驚き、続いて、彼がさしてぼくらと変わらない年齢らしい、ということに驚いた。ぼくは隣で呆然としている宮島に目を向け、「どういうこと、これ?」問うた。
「そんなの、あたしが聞きたいわよ」つぶやくように彼女は言葉を返した。
ふとぼくは、校門によりかかっているくだんの魔法使いが、じっと、こちらに目を向けていることに気づいた。その目線は、まず宮島のほうへいった。ぼくが彼女にちらりと目を向けると、彼女はその魔法使いから目をそらすところだった。そして彼の視線は、ぼくのほうへ。彼は小さく微笑み、そして。
そしてあろう事か、ぼくらのほうへと歩み寄ってきた。「ちょ、ちょっと、宮島」彼がこちらに向かってくる理由がわからずに、ぼくは、彼女にだけ聞こえるように、音量を絞って声を出した。「いちいちいわれなくてもわかってるわよ」宮島は、少しいらだったように応えた。「あたしたちの後ろにいる人に用があるのかもしれないじゃない」
宮島の言葉に、ぼくは後ろを振り返ったけれども、それっぽい人は、見あたらなかった。
そうする間にも、彼は、ぼくらの方へ向かって歩き続け、やがてぼくらと一メートルほどの間をあけて立ち止まった。
「よお、奇遇だな」彼は、親しげな口調でいった。ぼくはなんと応えればいいかわからずに宮島のほうに目を向ける。ほぼ同時に彼女もぼくに目を向けたけれども、その表情は、どうやら彼女も、ぼく同様になんと応えればいいのか、戸惑っているように見えた。
けれども、「自分のほうが年上なんだ」という意識が働いたのか、それとも同じ魔法使い同士の、同族意識か。それとも、ぼくの気づかない他の理由があるのか、「ほ、ほんとね」奇妙にこわばって笑みを浮かべながらも、宮島は言葉を返した。
ぼくに対しては、いつもおねーさんぶった余裕をなくさない彼女が、こんなふうに緊張している様子を見るのは、なんだか、妙な気分だった。「まさかこんなところであえるなんて、思ってもいなかったわ」相変わらずのひきつった表情で、彼女はつけ足した。
「おれもだよ」彼は意地悪そうに、にやりと笑った。「あのときの半人前が、まさか同じ学校の生徒だったなんてな」
宮島の眉が、小さくつり上がった。「悪かったわね、半人前で」彼女の言葉は、妙に刺々しかった。彼女の言葉のその刺に気づいているのかいないのか、「まあ、誰にだってそういう時期はあるしな」彼の口調は、あくまで穏やかだった。
「でもよ、いくらなんでも、いきなりあの魔法は、難しすぎるんじゃないか? おれだったら、もうしばらく、地道に『修行』して、もう少しいろいろな魔法を使えるようになってからにするけどな」
「よけーなお世話よ!」宮島は、声を荒げた。「何よ、ちょっと自分が有能だからって、優越感にひたっちゃって。そーゆー、自分が有能だからって、他人を見下すような奴がね、あたしは一番嫌いなの!」
思いがけない彼女の反応に、ぼくは驚きと、戸惑いを感じた。ぼくが同じようなことを彼女にいったときには、彼女はこんな感情的な反応はしなかったはずなのに。
「別に、見下しちゃいないさ。おれも、同じような経験をした覚えがあるからな」公園の魔法使いは、苦笑しながらいった。「先輩としての、アドバイスだよ」
「うるさいわね! その態度が、人を見下してる、っていうのよ!」あくまでも穏やかな調子で話す公園の魔法使いに、宮島はかみつく。
いくらなんでも、彼女のこの態度は異常すぎる。仮にも、初対面の、それも一度は自分の危ないところを助けてくれた人に対する態度ではない。「宮島、ちょっと落ちつけよ」ぼくは彼女に目を向けて声をかけ、「あたしは落ちついてます!」激しい口調で言葉を返され、思わず、身をすくめた。
やれやれ、とでもいうような調子で、公園の魔法使いは肩をすくめた。「ずいぶん嫌われたみたいだな」ため息を一つついて、「おれは、二年五組の大山、っていうんだ」
「あ、ぼくは」
「いう必要はないわよ、峰岸くん」ぴしゃりと、宮島はいった。「宮島」ぼくは彼女に目を向け、そして公園の魔法使い、大山さんが苦笑していることに気づいた。
「二年の宮島と、一年の峰岸、でいいんだな?」
彼は問い、「どうして?」宮島が驚きに目を見張る。「さっき、名前を呼び合ってたじゃないか。学年は、峰岸の襟章と、宮島のネクタイ」種を明かされてしまえばなんてことはなかったけれども、そんな、ぼくにとっては些細なことでさえ、宮島には我慢がならなかったようだった。「行きましょ、峰岸くん」こわいくらいに冷たい声で彼女はいうと、ぼくの反応を待たずに、すたすたと歩き始める。
「あ、じゃあ、失礼します」ぼくは大山さんに会釈して、そして宮島の後を追った。
朝の彼女の態度が妙に気になったので、ぼくは放課後の玄関で、彼女を待つことにした。下駄箱に、まだ彼女の靴が残っているのを確認して、玄関脇の廊下で、宮島がやってくるのを待つ。
「峰岸? どうしたんだい?」
声をかけられて振り返ると、幻文の久保がいた。「やあ、久保」なんと応えようか迷って、結局うまい言葉が思いつかずに、素直に応えることにした。
「人、待ってるんだ」
「朝、いっしょに歩いてた二年生?」
「見てたのか?」
「見てた、っていうか、見えた、っていうか」
久保は言葉を濁した。「校門の前で、誰かと話してただろ?」
話を聞いてみると、どうやら久保がぼくらを目撃したのは、最後の方、公園の魔法使いの大山さんが、ぼくらの名前をいい当てたあたりから、らしい。
「で、朝、あそこにいた三人は、どういう関係なんだい?」
くると思っていた質問。「ああ、別にいいたくないなら、いわなくてもかまわないけど」フォローを入れておいて、久保はぼくの返答を待った。
まいった。まさか事実をありのままに話すわけにもいかないし。とっさのことなので、何をどこまで隠せばいいのか、整理がつかない。
仕方がないので、ぼくは無難な答えに逃げることにした。
「女の子の方は、ただの友達だよ。朝話してた二年生は」
彼のことをなんといえばいいのだろう。適当な言葉が思いつかず、結局ぼくは「まあ、ちょっと」曖昧な言葉でいい逃れた。ありがたいことに、どうやら久保はそれ以上ぼくにつっこんでくるつもりはないらしく、「ふうん」とうなずき、それきりだった。
「そういえば、久保はさ」
「なに?」
このあいだの三年生のことを訊こうかと思ったのだけれど、向こうから宮島がやってくるのが見え、「あ、ごめん。やっぱ、いいや」断って、ぼくは宮島の方へ向かった。
「めーずらしい」ぼくの姿を確認するなり、宮島は心底驚いた、といった口調で、いった。「あたし、待ってたの?」
「あ、うん」うなずきを返してから気がついた。たしかに、学校の中では、ぼくが彼女を待つ、ということは、あまりないような気がする。「槍でも降ってくるんじゃないの?」冗談めかしていう彼女に「ひどいな、それ」ぼくは憮然と応えた。ちらりと、玄関を出ていく久保の姿を目の端にとめ、ぼくらもまた、学校を出た。
「あーっ、もうっ! あったまくるったら、あいつ!」
学校を離れてから、歩くことしばし。唐突に宮島は、足もとの石を蹴飛ばした。 彼女のいう「あいつ」が、朝の公園の魔法使い、大山さんであろうことは簡単に想像がついた。ぼくが問いたかったのはまさにそれだったので、
「何をそんなにかりかりしてるのさ?」ぼくは問うた。
宮島はぼくのほうに目を向け、
「『あのときの半人前が、まさか同じ学校の生徒だったなんてな』だって。人をばかにするのもほどがあるじゃない」
朝の大山さんの口調をまねて、もう一つ、足もとの石を蹴飛ばす。ばかにする? ぼくには、大山さんの言葉には、それほどの悪意は感じなかったのだけれども。
「別に、大山さんは、悪意があって宮島にあんなことをいったわけじゃないと思うけどなぁ」
ぼくは思ったままをいっただけだったのだけれども、宮島は、きっ、とぼくをにらみつけた。
「あれは絶対に、あたしを小馬鹿にしたものいいだった」断定的な口調。「大体、頭にくるのよね。自分がちょっと他の人よりも有能だからって、それをひけらかすやつ」
大山さんは、別に自分が有能だ、なんて一言もいってない。それに、別にそれを自慢してもいなかった。そうは思ったけれども、口に出すとまた彼女に噛みつかれそうだったので、ぼくはあえてその指摘はしなかった。
そのまましばし。気まずい沈黙が続く。横に並んだまま、ぼくらは黙々と歩き続けた。
やがて、
「どうしてこう、会いたくないやつに限って、ばったり出くわすわけ?」
唐突に立ち止まり、宮島はため息混じりにつぶやいた。彼女の言葉の意味がわからずに、彼女に目を向け、その視線を追ってみれば、
「大山さん」
間違いない。ぼくらの向こう数メーターのところに立っているのは、公園の魔法使い、大山さんだ。宮島は大仰にため息をつき、彼がぼくらのほうへやってくるのを複雑な表情で見ている。
「いったろ? 二度あることは三度ある、って?」
出会い頭に、大山さんはいった。二度あることは? 大山さんの言葉に首をひねるのも数瞬。
ああ、そうか。きっと、学校の中で、宮島と大山さん、会っているんだな。合点がいって、そしてふと、ぼくはこの「一学年」という歳の差の重さを、妙に意識してしまうことになった。
「できれば、三度目の正直の方がよかったんだけどね」
応える宮島の言葉は、あいも変わらずとげとげしい。よほど、この大山さんが嫌いなのだろう。大山さんは苦笑して、肩をすくめてみせた。
「そんなに嫌わなくたっていいじゃないか。別にとって食おう、ってわけじゃないんだから」
「だから、その人を小馬鹿にしたようなものいいが、頭にくるのよ!」
その言葉に、くってかかる宮島。
「そんなことをいわれたってなぁ? おれは普通に喋っているつもりなんだけど、なあ?」
最後の「なあ?」で、ぼくに同意を求める大山さん。ぼくにはなんと応えてみようもなく、ただ苦笑を返すことしかできなかった。それを見ていたらしい宮島が、「峰岸くん!」声をあらげる。「そんなやつにかまってないで。行きましょ」ぷいとそっぽを向いて、つんけんとわきの小路へ入っていく。「あ、ねえ、宮島」ぼくはあわてて彼女の後を追おうとしたけれども、不意に大山さんに腕をつかまれ、引き留められた。
驚いて彼に目を向けると、彼は、先ほどとはうって変わった、ずいぶんと険しい目で、歩いていく宮島の後ろ姿を追っている。
「明日の放課後、生徒玄関で待っててくれないか」宮島に目を向けたまま大山さんはぼくにささやきかけ、そしてぼくの制服のポケットに、手を突っ込んだ。すぐにその手は抜き取られ、そして大山さんは、ぼくの背中を押した。
「ほら、急いでいかないと、あいつにどやされるぞ」
彼の言葉で、ぼくはあわてて、宮島の後ろ姿を追った。
「宮島」しばらく走ってようやくぼくは彼女に追いついた。ぼくの声に彼女は振り返り、立ち止まった。ぼくが横に並ぶのを待って、彼女は歩き始める。そのまましばらく、ぼくらは一言も口をきくことのないまま歩き続けた。
その、奇妙に重苦しい沈黙に耐えられなくなって、ぼくは口を開いた。
「宮島、何か、おかしいよ」
彼女はぼくに目を向け、立ち止まった。ぼくも彼女にあわせて立ち止まる。
「おかしい? 何が?」
まださっきの大山さんとのやりとりの時の怒りがおさまっていないのか、彼女の言葉はずいぶんとつんけんとしていた。「なんで、大山さんばっかり、あんなに目の敵にするわけ?」
「別に、目の敵にしているわけじゃないわよ」刺のある言葉。「いったでしょ? ああいう、自分の有能さをひけらかすような奴が、嫌いなだけ」
やれやれ。振り出しに戻る、か。ぼくはため息をついて、「ぼくは、大山さんが別に自分の有能さをひけらかしているようにはみえないんだけど」思い切って、思っていたことをいってみた。
「そりゃ、峰岸くんが当事者じゃないからよ。峰岸くんがあたしの立場で、あいつの言葉を聞けば、あいつがいったことの裏側に、『おれはこんなに有能なんだぞ』っていう嫌みが聞こえてくるはずよ」
「それって、宮島の考えすぎなんじゃないの?」
「そんなことないわよ」
ぼくの言葉に、宮島はきっぱりといった。そして彼女はぼくに目を向けると、「ね、これ以上、この話題で話をするの、やめにしない? あいつのこと思い出すだけで腹が立ってくるから。……峰岸くんだって、いらいらしているあたしとしゃべっていたって、つまんないでしょ?」
一方的に、この話の打ち切りを宣言してしまった。
なんだかお互いに感情がうやむやのまま宮島と別れたぼくが、家に帰ってから、大山さんが手を突っ込んだポケットを見てみると、ノートの切れ端らしきものが、よれよれになって入っていた。
なんだろう? 紙片をひっくり返すと、ずいぶんと乱暴な字で、殴り書きがしてある。
「宮島が危ない」
たった一言だけ。紙片のすみに「大山」と署名がしてあったので、これを書いたのが大山さんだ、ということはすぐに理解できたけれども、
「宮島が危ない、って?」
そんなことを、なぜぼくに伝えてきたのか、その理由がわからず、ぼくは首をひねった。
宮島が危ないのなら、彼女に直接そのことをいえばいいのに。彼女だって、見習いとはいえ魔法使いの端くれなのだ。自分に危険が降りかかろうとしているのなら、それを回避する方法だって、心得ているはずだろうに。
そんな疑問を抱きながらも、ぼくは翌日の放課後、大山さんにいわれたとおり、玄関で彼を待った。
程なくして、大山さんが姿をあらわした。大山さんはぼくの姿を認めると、ほっとしたように息をついた。「来てくれたな。冗談だとか思われたら、どうしようかと思っていたんだ」
大山さんの言葉にうなずきを返し、夕べ、ポケットにつっこまれていた紙を見せる。「これ、どういうことなんですか?」
「これから説明する。とりあえず、学校を出よう」
「あ、はい」
と、ぼくが言葉を返したそのときだった。「二人して、なんの相談?」冷たい、刺のある言葉がぼくらに向かって飛んでくる。ぼくも大山さんも同時にそちらに目を向け、そしてその声の主が、宮島であることを確認した。大山さんが、苦々しい顔で舌打ちする音が聞こえる。
「峰岸くん、何でそんなのといっしょにいるわけ?」
彼女の矛先が、最初にぼくの方へ向くのは、当然といえば当然か。昨日の大山さんの態度を見れば、彼が宮島に危険が迫っていることを教えるつもりではないらしい、というのはわかるので、ぼくはどうすればいいかわからなくなり、大山さんに目を向けた。苦々しげな顔を崩さないまま、大山さんはゆっくりと口を開いた。
「それは……」
「あんたに訊いているんじゃないの」
宮島はぴしゃりといって、大山さんの言葉をさえぎった。「あたしから、そいつに鞍替えしたの?」
「そんなんじゃないよ」ぼくは即答し、そして次の言葉に詰まった。「かまわない。もう、いっちまえ」ぼくの様子を見かねたのか、大山さんがぼくにだけ聞こえるように、いった。
「え? でも」
ぼくは大山さんに顔を向け、「いい。こまかい説明は、おれがするから」念を押され、ぼくはうなずいた。あらためて宮島に目を向け、
「宮島。きみが、危ないらしいんだ。で、そのことで、大山さんがぼくを……」
「危ない? あたしが?」
呆気にとられた表情になるのも一瞬。「どういうこと、それ?」
「だから、今からその説明を聞くところだったんだよ」ぼくは応え、大山さんに目を向けた。ぼくが知っていることはここまで。あとは、大山さんがなんというか、だ。
ふと見れば、宮島もまた、大山さんをじっと見つめている。なんだか妙に息の詰まる沈黙が続き、そして結局、その沈黙を打ち破ったのは、大山さんだった。
「歩きながら話そう。そのあとで、どこか腰を落ちつけられるところで、対応策を練ればいい」
「わかったわ」
宮島は、うなずきを返した。
それは、ある魔法使いの欲望が発端だった。
その魔法使いは、他の同期の魔法使いに比べると、魔法の能力も高く、それ故に、なにかと他の魔法使いたちからも頼りにされることが多々あったらしいのだけれども、そのためか、少しばかり天狗になっていたらしい。
さて、魔法使いには、彼らが連絡を取り合うための「組織」のようなものがあり(残念ながら、ぼくは部外者ということで、それ以上は教えてもらえなかった)、二十年ほど前に、その組織の「役員」の席に空白ができ、それを補うための「選挙」が行われた。
ありがちなことに、とでもいうべきだろうか。その魔法使いは、役員への立候補をしたのだけれども、対立候補に僅差で破れてしまったのだ。
この「僅差で」というのが悪かったのだろうか。その魔法使いは、自分が選挙に負けたのは、「たまたま自分に運がなかったからだ」と結論づけた。
そこでその結論が導き出せたところでおとなしくしておけばよかったものを、その魔法使いはあろう事か、「自分に幸運を呼び寄せる魔法」などというものの研究を始めてしまったのだ。
研究そのものは順調に進んだらしい。けれども、その魔法使いの不注意か、魔法の理論が間違っていたのか、それとも単純に、その魔力が足りなかっただけなのか、あるいは何らかの別の要因が働いたのか。その理由はわからないけれども、魔法の実践テストをはじめたとき、その魔法が、暴走してしまったのだ。
あわれ、魔法使いはその魔法に身体を乗っ取られて醜悪な怪物と化してしまい……
「魔法に身体を乗っ取られる? そんなことがあるの?」
宮島が話の腰を折った。「え? ああ。おれもそこのところが納得がいかないんだけど、どうも、そういうことらしいんだ。で、最近になって、その怪物が、どうもこの辺りを徘徊しているらしい、っていう話が、おれのところに来たんだ」
「ぞっとしない話ね」まるで他人事のように、宮島はいった。「で、そいつがあたしを狙ってる、ってことなのね?」
「手っ取り早くいえばな」大山さんはうなずいた。
なぜか宮島は、どうしてそんな大事なことを、当事者である自分に教えず、正直なところ部外者であるはずのぼくにそのことを伝えようとしたのか、その理由を問おうとはしなかった。
「で、その怪物って、どんな奴なの?」
ああ。と、大山さんはうなずいた。「その前に、一つだけ約束してくれないか?」
「なにを?」
「おれの話を聞いても、絶対に取り乱したりしない、ってことだ」
「オーケー」宮島は、気安くうなずいた。「馬鹿にしないでよ。あたしだって、魔法使いの端くれなんだから」
大山さんは重々しくうなずき、そしてゆっくりと、口を開いた。
「奴が、怪物になる前は、幸運を呼び寄せる魔法を研究している、ってことは話したな? その魔法が暴走して、奴は、『魔法使いの運を食う』怪物になったんだ」
「運を、食う?」
疑問符を顔に浮かべる宮島。「そうだ」大山さんはうなずき、「大したことじゃないと思ってるだろ?」
問われ、「うん」狐につままれたような顔で、宮島はうなずいた。
「まあ、実感がなくてもしょうがねえか」大山さんはため息混じりにいった。
たとえば、道を歩いている時。普通ならなんの変哲もないその動作も、運が悪ければ、石かなにかにつまづいて転んでしまうこともあるだろう。そのときに、もっと運が悪ければ、突然暴走した車がやってきて、立ち上がる寸前にその車にはねられてしまうかもしれない。
「こいつは、簡単な例だけどな。運を食われると、こういう『運が悪ければ』っていう前提条件のついたことがみんな、かなり高い確率で、起こっちまうんだ」
宮島の顔が、蒼白になった。
「そんなの、あたしが聞きたいわよ」つぶやくように彼女は言葉を返した。
ふとぼくは、校門によりかかっているくだんの魔法使いが、じっと、こちらに目を向けていることに気づいた。その目線は、まず宮島のほうへいった。ぼくが彼女にちらりと目を向けると、彼女はその魔法使いから目をそらすところだった。そして彼の視線は、ぼくのほうへ。彼は小さく微笑み、そして。
そしてあろう事か、ぼくらのほうへと歩み寄ってきた。「ちょ、ちょっと、宮島」彼がこちらに向かってくる理由がわからずに、ぼくは、彼女にだけ聞こえるように、音量を絞って声を出した。「いちいちいわれなくてもわかってるわよ」宮島は、少しいらだったように応えた。「あたしたちの後ろにいる人に用があるのかもしれないじゃない」
宮島の言葉に、ぼくは後ろを振り返ったけれども、それっぽい人は、見あたらなかった。
そうする間にも、彼は、ぼくらの方へ向かって歩き続け、やがてぼくらと一メートルほどの間をあけて立ち止まった。
「よお、奇遇だな」彼は、親しげな口調でいった。ぼくはなんと応えればいいかわからずに宮島のほうに目を向ける。ほぼ同時に彼女もぼくに目を向けたけれども、その表情は、どうやら彼女も、ぼく同様になんと応えればいいのか、戸惑っているように見えた。
けれども、「自分のほうが年上なんだ」という意識が働いたのか、それとも同じ魔法使い同士の、同族意識か。それとも、ぼくの気づかない他の理由があるのか、「ほ、ほんとね」奇妙にこわばって笑みを浮かべながらも、宮島は言葉を返した。
ぼくに対しては、いつもおねーさんぶった余裕をなくさない彼女が、こんなふうに緊張している様子を見るのは、なんだか、妙な気分だった。「まさかこんなところであえるなんて、思ってもいなかったわ」相変わらずのひきつった表情で、彼女はつけ足した。
「おれもだよ」彼は意地悪そうに、にやりと笑った。「あのときの半人前が、まさか同じ学校の生徒だったなんてな」
宮島の眉が、小さくつり上がった。「悪かったわね、半人前で」彼女の言葉は、妙に刺々しかった。彼女の言葉のその刺に気づいているのかいないのか、「まあ、誰にだってそういう時期はあるしな」彼の口調は、あくまで穏やかだった。
「でもよ、いくらなんでも、いきなりあの魔法は、難しすぎるんじゃないか? おれだったら、もうしばらく、地道に『修行』して、もう少しいろいろな魔法を使えるようになってからにするけどな」
「よけーなお世話よ!」宮島は、声を荒げた。「何よ、ちょっと自分が有能だからって、優越感にひたっちゃって。そーゆー、自分が有能だからって、他人を見下すような奴がね、あたしは一番嫌いなの!」
思いがけない彼女の反応に、ぼくは驚きと、戸惑いを感じた。ぼくが同じようなことを彼女にいったときには、彼女はこんな感情的な反応はしなかったはずなのに。
「別に、見下しちゃいないさ。おれも、同じような経験をした覚えがあるからな」公園の魔法使いは、苦笑しながらいった。「先輩としての、アドバイスだよ」
「うるさいわね! その態度が、人を見下してる、っていうのよ!」あくまでも穏やかな調子で話す公園の魔法使いに、宮島はかみつく。
いくらなんでも、彼女のこの態度は異常すぎる。仮にも、初対面の、それも一度は自分の危ないところを助けてくれた人に対する態度ではない。「宮島、ちょっと落ちつけよ」ぼくは彼女に目を向けて声をかけ、「あたしは落ちついてます!」激しい口調で言葉を返され、思わず、身をすくめた。
やれやれ、とでもいうような調子で、公園の魔法使いは肩をすくめた。「ずいぶん嫌われたみたいだな」ため息を一つついて、「おれは、二年五組の大山、っていうんだ」
「あ、ぼくは」
「いう必要はないわよ、峰岸くん」ぴしゃりと、宮島はいった。「宮島」ぼくは彼女に目を向け、そして公園の魔法使い、大山さんが苦笑していることに気づいた。
「二年の宮島と、一年の峰岸、でいいんだな?」
彼は問い、「どうして?」宮島が驚きに目を見張る。「さっき、名前を呼び合ってたじゃないか。学年は、峰岸の襟章と、宮島のネクタイ」種を明かされてしまえばなんてことはなかったけれども、そんな、ぼくにとっては些細なことでさえ、宮島には我慢がならなかったようだった。「行きましょ、峰岸くん」こわいくらいに冷たい声で彼女はいうと、ぼくの反応を待たずに、すたすたと歩き始める。
「あ、じゃあ、失礼します」ぼくは大山さんに会釈して、そして宮島の後を追った。
朝の彼女の態度が妙に気になったので、ぼくは放課後の玄関で、彼女を待つことにした。下駄箱に、まだ彼女の靴が残っているのを確認して、玄関脇の廊下で、宮島がやってくるのを待つ。
「峰岸? どうしたんだい?」
声をかけられて振り返ると、幻文の久保がいた。「やあ、久保」なんと応えようか迷って、結局うまい言葉が思いつかずに、素直に応えることにした。
「人、待ってるんだ」
「朝、いっしょに歩いてた二年生?」
「見てたのか?」
「見てた、っていうか、見えた、っていうか」
久保は言葉を濁した。「校門の前で、誰かと話してただろ?」
話を聞いてみると、どうやら久保がぼくらを目撃したのは、最後の方、公園の魔法使いの大山さんが、ぼくらの名前をいい当てたあたりから、らしい。
「で、朝、あそこにいた三人は、どういう関係なんだい?」
くると思っていた質問。「ああ、別にいいたくないなら、いわなくてもかまわないけど」フォローを入れておいて、久保はぼくの返答を待った。
まいった。まさか事実をありのままに話すわけにもいかないし。とっさのことなので、何をどこまで隠せばいいのか、整理がつかない。
仕方がないので、ぼくは無難な答えに逃げることにした。
「女の子の方は、ただの友達だよ。朝話してた二年生は」
彼のことをなんといえばいいのだろう。適当な言葉が思いつかず、結局ぼくは「まあ、ちょっと」曖昧な言葉でいい逃れた。ありがたいことに、どうやら久保はそれ以上ぼくにつっこんでくるつもりはないらしく、「ふうん」とうなずき、それきりだった。
「そういえば、久保はさ」
「なに?」
このあいだの三年生のことを訊こうかと思ったのだけれど、向こうから宮島がやってくるのが見え、「あ、ごめん。やっぱ、いいや」断って、ぼくは宮島の方へ向かった。
「めーずらしい」ぼくの姿を確認するなり、宮島は心底驚いた、といった口調で、いった。「あたし、待ってたの?」
「あ、うん」うなずきを返してから気がついた。たしかに、学校の中では、ぼくが彼女を待つ、ということは、あまりないような気がする。「槍でも降ってくるんじゃないの?」冗談めかしていう彼女に「ひどいな、それ」ぼくは憮然と応えた。ちらりと、玄関を出ていく久保の姿を目の端にとめ、ぼくらもまた、学校を出た。
「あーっ、もうっ! あったまくるったら、あいつ!」
学校を離れてから、歩くことしばし。唐突に宮島は、足もとの石を蹴飛ばした。 彼女のいう「あいつ」が、朝の公園の魔法使い、大山さんであろうことは簡単に想像がついた。ぼくが問いたかったのはまさにそれだったので、
「何をそんなにかりかりしてるのさ?」ぼくは問うた。
宮島はぼくのほうに目を向け、
「『あのときの半人前が、まさか同じ学校の生徒だったなんてな』だって。人をばかにするのもほどがあるじゃない」
朝の大山さんの口調をまねて、もう一つ、足もとの石を蹴飛ばす。ばかにする? ぼくには、大山さんの言葉には、それほどの悪意は感じなかったのだけれども。
「別に、大山さんは、悪意があって宮島にあんなことをいったわけじゃないと思うけどなぁ」
ぼくは思ったままをいっただけだったのだけれども、宮島は、きっ、とぼくをにらみつけた。
「あれは絶対に、あたしを小馬鹿にしたものいいだった」断定的な口調。「大体、頭にくるのよね。自分がちょっと他の人よりも有能だからって、それをひけらかすやつ」
大山さんは、別に自分が有能だ、なんて一言もいってない。それに、別にそれを自慢してもいなかった。そうは思ったけれども、口に出すとまた彼女に噛みつかれそうだったので、ぼくはあえてその指摘はしなかった。
そのまましばし。気まずい沈黙が続く。横に並んだまま、ぼくらは黙々と歩き続けた。
やがて、
「どうしてこう、会いたくないやつに限って、ばったり出くわすわけ?」
唐突に立ち止まり、宮島はため息混じりにつぶやいた。彼女の言葉の意味がわからずに、彼女に目を向け、その視線を追ってみれば、
「大山さん」
間違いない。ぼくらの向こう数メーターのところに立っているのは、公園の魔法使い、大山さんだ。宮島は大仰にため息をつき、彼がぼくらのほうへやってくるのを複雑な表情で見ている。
「いったろ? 二度あることは三度ある、って?」
出会い頭に、大山さんはいった。二度あることは? 大山さんの言葉に首をひねるのも数瞬。
ああ、そうか。きっと、学校の中で、宮島と大山さん、会っているんだな。合点がいって、そしてふと、ぼくはこの「一学年」という歳の差の重さを、妙に意識してしまうことになった。
「できれば、三度目の正直の方がよかったんだけどね」
応える宮島の言葉は、あいも変わらずとげとげしい。よほど、この大山さんが嫌いなのだろう。大山さんは苦笑して、肩をすくめてみせた。
「そんなに嫌わなくたっていいじゃないか。別にとって食おう、ってわけじゃないんだから」
「だから、その人を小馬鹿にしたようなものいいが、頭にくるのよ!」
その言葉に、くってかかる宮島。
「そんなことをいわれたってなぁ? おれは普通に喋っているつもりなんだけど、なあ?」
最後の「なあ?」で、ぼくに同意を求める大山さん。ぼくにはなんと応えてみようもなく、ただ苦笑を返すことしかできなかった。それを見ていたらしい宮島が、「峰岸くん!」声をあらげる。「そんなやつにかまってないで。行きましょ」ぷいとそっぽを向いて、つんけんとわきの小路へ入っていく。「あ、ねえ、宮島」ぼくはあわてて彼女の後を追おうとしたけれども、不意に大山さんに腕をつかまれ、引き留められた。
驚いて彼に目を向けると、彼は、先ほどとはうって変わった、ずいぶんと険しい目で、歩いていく宮島の後ろ姿を追っている。
「明日の放課後、生徒玄関で待っててくれないか」宮島に目を向けたまま大山さんはぼくにささやきかけ、そしてぼくの制服のポケットに、手を突っ込んだ。すぐにその手は抜き取られ、そして大山さんは、ぼくの背中を押した。
「ほら、急いでいかないと、あいつにどやされるぞ」
彼の言葉で、ぼくはあわてて、宮島の後ろ姿を追った。
「宮島」しばらく走ってようやくぼくは彼女に追いついた。ぼくの声に彼女は振り返り、立ち止まった。ぼくが横に並ぶのを待って、彼女は歩き始める。そのまましばらく、ぼくらは一言も口をきくことのないまま歩き続けた。
その、奇妙に重苦しい沈黙に耐えられなくなって、ぼくは口を開いた。
「宮島、何か、おかしいよ」
彼女はぼくに目を向け、立ち止まった。ぼくも彼女にあわせて立ち止まる。
「おかしい? 何が?」
まださっきの大山さんとのやりとりの時の怒りがおさまっていないのか、彼女の言葉はずいぶんとつんけんとしていた。「なんで、大山さんばっかり、あんなに目の敵にするわけ?」
「別に、目の敵にしているわけじゃないわよ」刺のある言葉。「いったでしょ? ああいう、自分の有能さをひけらかすような奴が、嫌いなだけ」
やれやれ。振り出しに戻る、か。ぼくはため息をついて、「ぼくは、大山さんが別に自分の有能さをひけらかしているようにはみえないんだけど」思い切って、思っていたことをいってみた。
「そりゃ、峰岸くんが当事者じゃないからよ。峰岸くんがあたしの立場で、あいつの言葉を聞けば、あいつがいったことの裏側に、『おれはこんなに有能なんだぞ』っていう嫌みが聞こえてくるはずよ」
「それって、宮島の考えすぎなんじゃないの?」
「そんなことないわよ」
ぼくの言葉に、宮島はきっぱりといった。そして彼女はぼくに目を向けると、「ね、これ以上、この話題で話をするの、やめにしない? あいつのこと思い出すだけで腹が立ってくるから。……峰岸くんだって、いらいらしているあたしとしゃべっていたって、つまんないでしょ?」
一方的に、この話の打ち切りを宣言してしまった。
なんだかお互いに感情がうやむやのまま宮島と別れたぼくが、家に帰ってから、大山さんが手を突っ込んだポケットを見てみると、ノートの切れ端らしきものが、よれよれになって入っていた。
なんだろう? 紙片をひっくり返すと、ずいぶんと乱暴な字で、殴り書きがしてある。
「宮島が危ない」
たった一言だけ。紙片のすみに「大山」と署名がしてあったので、これを書いたのが大山さんだ、ということはすぐに理解できたけれども、
「宮島が危ない、って?」
そんなことを、なぜぼくに伝えてきたのか、その理由がわからず、ぼくは首をひねった。
宮島が危ないのなら、彼女に直接そのことをいえばいいのに。彼女だって、見習いとはいえ魔法使いの端くれなのだ。自分に危険が降りかかろうとしているのなら、それを回避する方法だって、心得ているはずだろうに。
そんな疑問を抱きながらも、ぼくは翌日の放課後、大山さんにいわれたとおり、玄関で彼を待った。
程なくして、大山さんが姿をあらわした。大山さんはぼくの姿を認めると、ほっとしたように息をついた。「来てくれたな。冗談だとか思われたら、どうしようかと思っていたんだ」
大山さんの言葉にうなずきを返し、夕べ、ポケットにつっこまれていた紙を見せる。「これ、どういうことなんですか?」
「これから説明する。とりあえず、学校を出よう」
「あ、はい」
と、ぼくが言葉を返したそのときだった。「二人して、なんの相談?」冷たい、刺のある言葉がぼくらに向かって飛んでくる。ぼくも大山さんも同時にそちらに目を向け、そしてその声の主が、宮島であることを確認した。大山さんが、苦々しい顔で舌打ちする音が聞こえる。
「峰岸くん、何でそんなのといっしょにいるわけ?」
彼女の矛先が、最初にぼくの方へ向くのは、当然といえば当然か。昨日の大山さんの態度を見れば、彼が宮島に危険が迫っていることを教えるつもりではないらしい、というのはわかるので、ぼくはどうすればいいかわからなくなり、大山さんに目を向けた。苦々しげな顔を崩さないまま、大山さんはゆっくりと口を開いた。
「それは……」
「あんたに訊いているんじゃないの」
宮島はぴしゃりといって、大山さんの言葉をさえぎった。「あたしから、そいつに鞍替えしたの?」
「そんなんじゃないよ」ぼくは即答し、そして次の言葉に詰まった。「かまわない。もう、いっちまえ」ぼくの様子を見かねたのか、大山さんがぼくにだけ聞こえるように、いった。
「え? でも」
ぼくは大山さんに顔を向け、「いい。こまかい説明は、おれがするから」念を押され、ぼくはうなずいた。あらためて宮島に目を向け、
「宮島。きみが、危ないらしいんだ。で、そのことで、大山さんがぼくを……」
「危ない? あたしが?」
呆気にとられた表情になるのも一瞬。「どういうこと、それ?」
「だから、今からその説明を聞くところだったんだよ」ぼくは応え、大山さんに目を向けた。ぼくが知っていることはここまで。あとは、大山さんがなんというか、だ。
ふと見れば、宮島もまた、大山さんをじっと見つめている。なんだか妙に息の詰まる沈黙が続き、そして結局、その沈黙を打ち破ったのは、大山さんだった。
「歩きながら話そう。そのあとで、どこか腰を落ちつけられるところで、対応策を練ればいい」
「わかったわ」
宮島は、うなずきを返した。
それは、ある魔法使いの欲望が発端だった。
その魔法使いは、他の同期の魔法使いに比べると、魔法の能力も高く、それ故に、なにかと他の魔法使いたちからも頼りにされることが多々あったらしいのだけれども、そのためか、少しばかり天狗になっていたらしい。
さて、魔法使いには、彼らが連絡を取り合うための「組織」のようなものがあり(残念ながら、ぼくは部外者ということで、それ以上は教えてもらえなかった)、二十年ほど前に、その組織の「役員」の席に空白ができ、それを補うための「選挙」が行われた。
ありがちなことに、とでもいうべきだろうか。その魔法使いは、役員への立候補をしたのだけれども、対立候補に僅差で破れてしまったのだ。
この「僅差で」というのが悪かったのだろうか。その魔法使いは、自分が選挙に負けたのは、「たまたま自分に運がなかったからだ」と結論づけた。
そこでその結論が導き出せたところでおとなしくしておけばよかったものを、その魔法使いはあろう事か、「自分に幸運を呼び寄せる魔法」などというものの研究を始めてしまったのだ。
研究そのものは順調に進んだらしい。けれども、その魔法使いの不注意か、魔法の理論が間違っていたのか、それとも単純に、その魔力が足りなかっただけなのか、あるいは何らかの別の要因が働いたのか。その理由はわからないけれども、魔法の実践テストをはじめたとき、その魔法が、暴走してしまったのだ。
あわれ、魔法使いはその魔法に身体を乗っ取られて醜悪な怪物と化してしまい……
「魔法に身体を乗っ取られる? そんなことがあるの?」
宮島が話の腰を折った。「え? ああ。おれもそこのところが納得がいかないんだけど、どうも、そういうことらしいんだ。で、最近になって、その怪物が、どうもこの辺りを徘徊しているらしい、っていう話が、おれのところに来たんだ」
「ぞっとしない話ね」まるで他人事のように、宮島はいった。「で、そいつがあたしを狙ってる、ってことなのね?」
「手っ取り早くいえばな」大山さんはうなずいた。
なぜか宮島は、どうしてそんな大事なことを、当事者である自分に教えず、正直なところ部外者であるはずのぼくにそのことを伝えようとしたのか、その理由を問おうとはしなかった。
「で、その怪物って、どんな奴なの?」
ああ。と、大山さんはうなずいた。「その前に、一つだけ約束してくれないか?」
「なにを?」
「おれの話を聞いても、絶対に取り乱したりしない、ってことだ」
「オーケー」宮島は、気安くうなずいた。「馬鹿にしないでよ。あたしだって、魔法使いの端くれなんだから」
大山さんは重々しくうなずき、そしてゆっくりと、口を開いた。
「奴が、怪物になる前は、幸運を呼び寄せる魔法を研究している、ってことは話したな? その魔法が暴走して、奴は、『魔法使いの運を食う』怪物になったんだ」
「運を、食う?」
疑問符を顔に浮かべる宮島。「そうだ」大山さんはうなずき、「大したことじゃないと思ってるだろ?」
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「まあ、実感がなくてもしょうがねえか」大山さんはため息混じりにいった。
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「こいつは、簡単な例だけどな。運を食われると、こういう『運が悪ければ』っていう前提条件のついたことがみんな、かなり高い確率で、起こっちまうんだ」
宮島の顔が、蒼白になった。
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