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第一部 二人の魔法使い
一
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小さな小さな光のつぶが、彼女の周囲に降り注ぐ。きらきらと明滅しながら、光のつぶは、やがて彼女を包み込むように集まり、そして、彼女の背中で、明確な一つの形を作り上げていった。
……純白の翼を。
青い空を背景に、純白の翼を背に負った彼女の姿に「天使」を連想するのは、きっとぼくだけではないだろう。彼女を取り巻いている光のつぶは、まだいくらかが残って宙に浮いていて、それがますます、彼女の姿を神秘的に見せている。
やがて彼女の翼が大きく羽ばたいた。そして、その羽ばたきにあわせ、彼女の身体がゆっくりと宙に浮いていく。ここまでは……ここまでは成功だ。
そう。さっきまでの何回かのトライでも、ここまでは成功しているんだ。問題は、ここから先。
五十センチほども浮かび上がったときだったろうか。不意に、彼女の背中の翼が明滅を始め、それからほんの数瞬の後に、彼女の背の翼は、その形を失った。
そして、その魔法を使うことに全神経を集中させていた彼女は、そのわずか五十センチの落下で体のバランスを失い、そこにどしん、と尻餅をついてしまった。
「……あーあ」ぼくはため息をつきながら、彼女の方へと急いで駆け寄った。「大丈夫?」
「うん、へーき」彼女……宮島順子……は、尻餅をついた格好のまま右手をあげて応えた。ぼくは彼女に手を差しだし、彼女が立ち上がるのを手助けした。「今度こそ、うまくいくと思ったのになぁ」宮島は腰をさすりながら、首をかしげた。「どこが悪かったんだろ?」
「いきなり、難しい魔法に挑戦しすぎているんじゃないの?」ぼくは、さっきからずっと思っていたことを、口に出してみた。
宮島は、正式には魔法使いではないのだそうだ。魔法使いに与えられるという、魔法の力の制御を手助けしてくれるための「杖」ももらっていない、要するに、彼女は「見習い魔法使い」だったのだ。
『それで、ぼくにはいつ妖精を見せてくれるわけ?』いつだったかに、そのことを少し恥ずかしそうに打ち明けた彼女に、ぼくは意地悪く問い、そして彼女は、それに胸を張って応えたのだ。『もちろん、あたしがそのための魔法を覚えたら』と。彼女の見習い魔法使いとしての「成績」は、それほど悪くはないらしい。……けれども。
いくらなんでも、「背中に翼を作り出して空を飛ぶ」魔法は、「見習い」の手に余るのではないだろうか。……実際、その手のゲームでも、空を飛ぶ魔法というのは、難しい部類に入っているのだし。
ぼくの言葉に、宮島はいーっ、と舌をつきだした。「わかってるわよ、そのくらい」そして空を見上げる。「……でも、悔しいじゃない。空を飛べる薬も作れるし、ほうきで空を飛ぶことだってできるのよ。でも、なんで自分で……自分の力で空を飛ぶことだけができないわけ?」
そんなこと、ぼくに訊かれたって……。思いはしたけれども、さすがにそれを口に出すのははばかられた。なぜかはわからないけれども、彼女が「空を飛ぶ」という行為に、ひどく執心しているのは確かだったから。わずかな沈黙のあと、ぼくはゆっくりと口を開いた。
「まあ、そんなに焦らないでさ。自分にできることから、少しずつやっていこうよ。……そうすれば、きっと……」
その魔法だって使えるようになるさ、という言葉は、彼女の視線が妙に冷ややかになっていることに気づいてしまったために、尻すぼみになってしまった。「ほほぅ、……いってくれるじゃない? ……このおねーさんにお説教たぁ、いい度胸してるわねぇ?」
にやにや笑いで、宮島はすごんでみせる。……まったく、都合のいいときだけ「おねーさん」になるんだから。
彼女が一学年年上、高校二年生だと知ったのは、彼女の転校初日のことだった。そのときの驚きといったら……いや、皆までいうまい。
「別に、ぼくは一般論を……」反論は、やはり彼女の視線のおかげで、尻すぼみになってしまった。
けれども、彼女の強気な視線は、長くは続かなかった。「……一般論、ね」宮島は大きくため息をつき、また、空を見上げた。
「頭では、わかっているつもりなんだけどね。……どうしても、結果を急いじゃうんだよねぇ、あたしって」自嘲気味につぶやき、そしてぼくに目を向けた。
「……本当はさ、わかっているんだ。一つ一つ、自分の手に届くものからつかんでいって、最後に、大きな目的のものをつかめばいい、ってことくらい」肩をすくめて微笑んだけれども、その微笑みには、なんだか力がなかった。
「せっかちなのかな、あたしって」
魔法が失敗したから、だろうか? なんだか、いつになく、彼女が弱気になっているような気がする。「どうしたのさ? 珍しく、弱気じゃない?」ぼくは問い、「……まあね」宮島は、ぼくの問いに、やんわりとした肯定の返事を返した。
こりゃいよいよもっておかしい。思わず彼女をじっと見つめ、そして彼女も、ぼくの視線に気づいたのだろう。ぼくとまっすぐに、目線をあわせた。
ええと、何か気のきいた言葉はないだろうか? ぼくはあわてて頭の中を検索し、そして結局、口を開いたのは宮島の方が早かった。
「……なんだか、疲れちゃった。今日は、これで終わりにしましょ?」
「そうだね」ぼくはうなずきを返して腕時計を見て、そしてふと思いついた。日曜日の午後三時。どこかにぷらっと遊びに出かけるには遅すぎるけれども、それでもウィンドーショッピングくらいなら、する時間は十分にあるだろう。
「……じゃあ、さ。まだ時間もあるし、街に出てみない? ……少しは気が晴れるかもよ?」ぼくの言葉に、宮島は少し驚いたような表情でぼくを見つめ……そして小さくうなずいた。
「うん」
それが彼女の空元気でないのなら、街に出たのは正解だった。彼女のリクエストで、ぼくらはまずCD屋へ向かい、そしてK文庫の新刊の発売日がすぎていることを思いだしたぼくの言葉で、駅前の本屋へと足を運んだころには、彼女はいつもの陽気さを取り戻していた。
新刊の中のめぼしいものを購入したぼくは、書店の一角で、なにやら立ち読みをしている彼女の姿を見つけた。彼女のそばに歩み寄り、「なに読んでるの?」問いながら、何気なくそのコーナーに並べられている本に目をやって、納得半分、疑問半分の奇妙な気持ちがわき起こってくる。
そこにあったのは、「黒魔術の秘法」だの「白魔術の神秘」だのといった、少しばかりあやしげなたぐいの本だったのだ。「本物の魔法使いでも、こんなのを読むわけ?」ぼくは何げなく問い、手に持った本に目を走らせていた宮島が、こちらに顔を向けた。
「結構楽しいのよ、こういう本。あたしたちの目から見ればおまじないにもならないようなことばっかりだけど、それを笑い飛ばして、ささやかな優越感にひたるの」いいながら、彼女はその本を棚に戻した。タイトルは……「黒魔術大全 -これであなたも魔法使い-」。
目の前に、実物(の卵)がいるからだろう。そのタイトルが、妙にいんちき臭いあやしさをかもし出しているけれども、……それにしてもこんなのを読んで「優越感にひたる」なんて。八割は冗談なのだろうけど、それにしても……。
ぼくの視線に気づいたのだろう。ぼくに目を向け、彼女は「読んでみる? ……峰岸くんも、魔法使いになれるかもよ?」
「遠慮しとくよ」ぼくは苦笑を返した。
……本当をいうと、一時期、その手の本に凝っていた時期があったのだ。今でもそのときの本が、ぼくの家の本棚の一角を占めているのは、まあ、笑い話だろう。ぼくは宮島に目を向け、「あ、ぼくは買いたいものは買ったけど、宮島は?」
「あたしは別に。峰岸くんにつきあっただけだから」ぼくはうなずきを返し、「……どこか、いきたいところ、ある?」問うた。
「今、何時?」逆に問い返され、ぼくは腕時計に目を向けた。「四時……二十五分」口に出してみて、いつの間にかそんな時間になってしまったことに、少し驚いた。「え? もうそんな時間なの?」宮島も同じことを思ったらしく、こちらは素直に驚きの言葉を口に出した。「いつの間にか、だね」ぼくの言葉に「ほんとねー」彼女は素直にうなずいた。
「ちょっと、どこかで休憩しようか?」よくよく考えたら、今日、彼女と合流したのが一時すぎ。それからほぼずっと立ちっぱなしなのだ。意識はしていないけれども、結構疲れれはたまっているはずだ。
「賛成」宮島もうなずきを返した。
大通りから少しはずれたところにある、それほど大きくはない公園のベンチにぼくらは腰掛け、缶ジュースを口にしていた。この公園には、別にどうという特徴があるわけではないのだけれども、ここにいると、妙に心が落ち着いてくるのだ。だから、いやなことがあったときなんかに、ここに来ては、一人でぼうっとするのが、ぼくは好きだった。
太陽が出ている間は、長袖を着ていると汗ばんでくるほどだったのに、日が傾いてくるととたんに肌寒くなってくる。秋も次第に深まってきた、といえばそうなのだろう。
「陽が落ちるの、ずいぶん早くなってきたよね」薄暗くなってきた周囲を見ながら、宮島はホットのミルクティーを口に含んだ。
缶を両手で握りしめ、小さなため息。
「なかなか、本に書いてあるみたいに、魔法を使って何でも解決、ってわけにはいかないのよね」
自嘲気味に、宮島はつぶやいた。その表情に、どことなく寂しげなものが浮かんでいることに気づき、『見習いなんだから、そりゃそうだろ』という言葉を、ぼくは引っ込めた。
肌寒くなってきたので、ぼくはまくり上げていたシャツの袖をおろし、まっすぐに正面を見ている宮島の横顔を見つめて、彼女の次の言葉を待った。
「便利な魔法はそれなりに難しいし、それに……この科学万能のご時世に、魔法使いなんてものがいたら、それこそ大騒ぎになっちゃうから、『わたしは魔法使いです』なんて、おおっぴらにはいえないし」
彼女の言葉に応えるうまい言葉が見つからずに、黙っていることしばし。ぼくの沈黙を彼女がどう受け取ったのかは、ぼくにはわかるはずもなく、結局、ややあってから宮島は、また口を開いた。
「……ちょっと前までね、『なんであたし、こんなことを続けているんだろう』って、思っていたの」ミルクティーをもう一口。
そしてため息。
「いくらやっても、なにも身につかないような気がして。……目的を見失った、っていうのが一番近いのかな? 魔法使いになったばかりの感激とか、そういうものを、失くしてしまっていたのよね」
そして不意に、彼女はぼくに目を向けた。その目が、ぼくの言葉を期待しているような気がして、……だからだろうか……ぼくは言葉を急ぎ、ありきたりな問いを発してしまっていた。
「宮島はさ、なんで、魔法使いになろう、って思ったの?」
「楽しそうだったから」即答。「わくわくしてこない? おとぎ話の中の存在だと思っていた魔法使いに、自分がなれるのよ?」
ぼくの言葉は、少なくとも的外れではなかったようだった。嬉々として、初めてほうきに乗ったときの感激や、苦労話、そしてそれまでの思い出……よかったものも悪かったものも含めて……を語り続ける彼女を見ているうちに、ぼくはそう思った。
「……でさ、なんだか、思い出しちゃったのよね」
ひとしきり自分のことを話して満足したのだろうか。宮島は、先ほどまでとは変わった、ずいぶんと穏やかな表情で、ぼくを見ていた。
「なにを?」
「……そういう、初めての経験を」にこり、と彼女は微笑みかけてきて、その微笑みに、ぼくは思わずたじろいでしまった。そういう内心の動揺もあったせいだろう。先ほどの宮島の二つの言葉が、まとまった意味としてはつながってこない。「……どういうこと?」動揺を隠しながら……それが成功したかどうかはともかくとして……ぼくは問うた。ぼくの言葉に、宮島は怒るでもなく、再びぼくに微笑みかける。
「峰岸くんみたいな人に会えたおかげで、あたしが魔法使いになったばかりの頃の、初々しい気持ちを思い出すことができた、ってことよ」
……それは……ええと。
「それって、喜んでいいのかな?」ぼくの言葉に、宮島は小さく頬をふくらませた。
「もちろんじゃない。……峰岸くんは、あたしが道を踏み外しかけていたところに、助けの手をさしのべてくれた人なんだもの」
ぼくは、自分の顔が真っ赤になっていくのを意識していた。
「……宮島……。今、自分がどんなに恥ずかしいことをいったかって意識、ある?」
ぼくの問いに、宮島は首をかしげる。「……そんな恥ずかしいこと、何かいった?」……これだよ。ぼくは大仰にため息をつき、そして突然割り込んできた大きな泣き声に、あわててそちらの方に目を向けた。
四歳か五歳くらいだろうか。そのくらいの年齢らしい女の子が、盛大に泣いている。……親はどうしたんだ? 思って周囲を見渡しても、それらしい大人の人はどこにも見あたらない。……そもそも、公園内にいるのはぼくらとその女の子だけだった。
「どうしよう?」ぼくが問うよりもはやく、宮島はその女の子の方へと駆け出していた。数秒遅れでぼくはその後を追い、女の子に目線を合わせるためにしゃがみこんだ宮島の、少し後ろで立ち止まった。
「どうしたの? ……どうして泣いてるの?」
宮島が、女の子に優しく問いかける。けれども、女の子は泣き声のボルテージを上げただけで、宮島の問いには応えようとはしなかった。
「……どうしたの? 泣いてばっかりいたんじゃ、わからないわ。……ね? 大丈夫だから、なにがあったのか、お姉ちゃんに話してくれない?」
……へぇ。
女の子を優しくなだめすかしている宮島の姿は、普段の彼女とは違う、別の彼女を見ているようで、なんだか……とても、新鮮だった。ぼくの位置では彼女の背中しか見ることができないけれども、きっと彼女のその顔にも、いつもとは違った表情が浮かんでいるのだろう。その表情を見ることができないのが、少し、残念だった。
ぼくがそんなことを考えている間に、宮島は女の子の名前と、彼女が泣いていた理由を聞き出すことに成功していた。
名前はマホちゃん。近くの保育園の「らっぱ組」(それが年長組なのか、年少組なのか、まではわからなかったけれど)の子で、この公園の近所に住んでいるらしい。今日は、彼女はさっきまで別の場所で友達と遊んでいて、そして帰り道にあったこの公園に、ちょっと足を向けた、ということだった。
「……で、マホちゃんが泣いていた理由って、何だったの?」
「あれ」
宮島は右手で上を指さし、ぼくはその指が指し示した方向を目で追っていった。……あ、なるほど。
誰でも、小さい頃に一度は経験したことがあること。
枝を張り出した木に、赤い風船が、からみついていたのだ。「……大事なものなんだね」ぼくの言葉に、宮島が応えた。「カズミ先生が買ってくれたんだって」……保育園の先生、だろうか? いずれにしても、その人がこのマホちゃんにとって、とても大切な人らしい、というのは、雰囲気で理解できた。
「……峰岸くん、あれ、取れる?」
「この木に登って、ってこと?」
「うん」うなずきを返す宮島。
問題の風船は、けっこう背の高い杉の木に引っかかってしまっていて、さすがにこの木に登って風船をとってくる、という作業は、あまり運動の得意な方ではないぼくでは、手に余りそうだった。
「……ちょっと、無理っぽい」ぼくの言葉に、宮島はもう一つうなずいた。「ありがと。そういってくれると思ってたわ」
……それって、もしかして……。いやな予感のするぼくを後目に、宮島はマホちゃんの方へと歩み寄り……そしてぼくは、宮島がマホちゃんにかけた言葉に、耳を傾けた。
「……あの風船ね、お姉ちゃんがとってあげるよ。……見てて」
いやな予感が当たった。いうなり、宮島は風船を見上げ、そしてゆっくりと、魔法の呪文を唱え始めたのだ。今日、何度も聞かされた、「翼」の魔法。……どうせ失敗するんだから、やめときゃいいのに。ぼくは思わずにはいられなかった。
ぼくの思いなどははなから無視して、宮島の呪文はゆっくりと、けれども確実に紡がれていく。彼女の周りに、一つ、二つと光の粒が舞い始め、そしてその光の粒は、見る間に数を増やしていく。
きらきらと輝く光の粒が宮島の背中に収束し、そして純白の翼を作り上げる。
このあとの結果がどうなるかがわかっているだけに、ぼくは宮島のすぐそばで無邪気に歓声を上げているマホちゃんが気の毒になってきた。「すごい、すごい!」を連発するマホちゃんに微笑みを一つ投げかけて、……そしてぼくに不敵な笑みを向けてくる。『見てなさい、今度こそ成功させてあげるんだから』と、その目が語っていた。そして……。
魔法によって作り出された翼が大きく羽ばたき、宮島の身体が宙に浮く。そのまま宮島は上昇を続け……
一瞬、その翼がちらちらと明滅したように見えたのは、ぼくの気のせいでも何でもなかった。それが彼女の翼が消えてしまう前触れだということはいやというほど見せられていた。
……だめだ、落ちる!
目をそむけようとしてもそむけられない自分も、けっこうな根性なしだったと思うけれども、けれども、そうでなかったら、次の瞬間に起きたことを見なかったことを、きっと、あとで宮島になんだかんだといわれてしまっていただろう。
そのくらいに、それは見事な逆転劇だった。
唐突に翼の明滅が終わり、そして……いつもはこの時点で消えてしまうはずの彼女の背中の翼が、明確な形を取り戻していたのだ。
「……奇跡だ」
ぼくは自分のつぶやきを、まるで他人が発したもののような、客観的な気分で聞いていた。宮島はそのまま宙へ舞い上がり、風船をつかみ、地面に降り立った。
そして同時に翼が再び明滅を始め、今度は本当に、その姿を消した。
風船を手渡したときのマホちゃんのはしゃぎようといったら! その表情を見ているだけでも、何となく、ぼくは、どうしてわざわざ宮島が例の魔法を使うことにしたのか、その理由がわかったような気がした。
「すごぉい! お姉ちゃんって、天使なの?」無邪気なマホちゃんの問いに、宮島は優しく首を横にふった。
「ううん。お姉ちゃんはね、魔法使いなの。……さ、おうちにお帰りなさい。今度は、風船をはなしたりしないでね」
「うん!」と元気な返事をして、かけ去っていく少女の後ろ姿が見えなくなるまで手を振って、宮島は改めてこちらに向き直った。その表情が、いつになく、ずいぶんと険しいものであることに気づいて、ぼくは少しとまどった。
「……どうしたのさ? 魔法が成功した割には、あんまりうれしそうじゃないね?」
ぼくの言葉に、宮島は渋い顔でうなずいた。
「……うん。だって、あの魔法、あたしがかけたものじゃないんだもの」
「へ?」ぼくは頓狂な声を出した。「どういうこと?」
宮島がいうには、彼女がかけた魔法は、最初にあの翼が明滅を始めた時点で、消えてしまっていた、というのだ。そして、その魔法が切れるのを見計らって、誰かが、同じ魔法をどこかからかけ直してくれた、らしい。
「……それって……」
宮島はうなずいた。「もう一人、魔法使いがいるみたい。……それも、あたしみたいな見習いじゃない、本物の魔法使いが……」
……純白の翼を。
青い空を背景に、純白の翼を背に負った彼女の姿に「天使」を連想するのは、きっとぼくだけではないだろう。彼女を取り巻いている光のつぶは、まだいくらかが残って宙に浮いていて、それがますます、彼女の姿を神秘的に見せている。
やがて彼女の翼が大きく羽ばたいた。そして、その羽ばたきにあわせ、彼女の身体がゆっくりと宙に浮いていく。ここまでは……ここまでは成功だ。
そう。さっきまでの何回かのトライでも、ここまでは成功しているんだ。問題は、ここから先。
五十センチほども浮かび上がったときだったろうか。不意に、彼女の背中の翼が明滅を始め、それからほんの数瞬の後に、彼女の背の翼は、その形を失った。
そして、その魔法を使うことに全神経を集中させていた彼女は、そのわずか五十センチの落下で体のバランスを失い、そこにどしん、と尻餅をついてしまった。
「……あーあ」ぼくはため息をつきながら、彼女の方へと急いで駆け寄った。「大丈夫?」
「うん、へーき」彼女……宮島順子……は、尻餅をついた格好のまま右手をあげて応えた。ぼくは彼女に手を差しだし、彼女が立ち上がるのを手助けした。「今度こそ、うまくいくと思ったのになぁ」宮島は腰をさすりながら、首をかしげた。「どこが悪かったんだろ?」
「いきなり、難しい魔法に挑戦しすぎているんじゃないの?」ぼくは、さっきからずっと思っていたことを、口に出してみた。
宮島は、正式には魔法使いではないのだそうだ。魔法使いに与えられるという、魔法の力の制御を手助けしてくれるための「杖」ももらっていない、要するに、彼女は「見習い魔法使い」だったのだ。
『それで、ぼくにはいつ妖精を見せてくれるわけ?』いつだったかに、そのことを少し恥ずかしそうに打ち明けた彼女に、ぼくは意地悪く問い、そして彼女は、それに胸を張って応えたのだ。『もちろん、あたしがそのための魔法を覚えたら』と。彼女の見習い魔法使いとしての「成績」は、それほど悪くはないらしい。……けれども。
いくらなんでも、「背中に翼を作り出して空を飛ぶ」魔法は、「見習い」の手に余るのではないだろうか。……実際、その手のゲームでも、空を飛ぶ魔法というのは、難しい部類に入っているのだし。
ぼくの言葉に、宮島はいーっ、と舌をつきだした。「わかってるわよ、そのくらい」そして空を見上げる。「……でも、悔しいじゃない。空を飛べる薬も作れるし、ほうきで空を飛ぶことだってできるのよ。でも、なんで自分で……自分の力で空を飛ぶことだけができないわけ?」
そんなこと、ぼくに訊かれたって……。思いはしたけれども、さすがにそれを口に出すのははばかられた。なぜかはわからないけれども、彼女が「空を飛ぶ」という行為に、ひどく執心しているのは確かだったから。わずかな沈黙のあと、ぼくはゆっくりと口を開いた。
「まあ、そんなに焦らないでさ。自分にできることから、少しずつやっていこうよ。……そうすれば、きっと……」
その魔法だって使えるようになるさ、という言葉は、彼女の視線が妙に冷ややかになっていることに気づいてしまったために、尻すぼみになってしまった。「ほほぅ、……いってくれるじゃない? ……このおねーさんにお説教たぁ、いい度胸してるわねぇ?」
にやにや笑いで、宮島はすごんでみせる。……まったく、都合のいいときだけ「おねーさん」になるんだから。
彼女が一学年年上、高校二年生だと知ったのは、彼女の転校初日のことだった。そのときの驚きといったら……いや、皆までいうまい。
「別に、ぼくは一般論を……」反論は、やはり彼女の視線のおかげで、尻すぼみになってしまった。
けれども、彼女の強気な視線は、長くは続かなかった。「……一般論、ね」宮島は大きくため息をつき、また、空を見上げた。
「頭では、わかっているつもりなんだけどね。……どうしても、結果を急いじゃうんだよねぇ、あたしって」自嘲気味につぶやき、そしてぼくに目を向けた。
「……本当はさ、わかっているんだ。一つ一つ、自分の手に届くものからつかんでいって、最後に、大きな目的のものをつかめばいい、ってことくらい」肩をすくめて微笑んだけれども、その微笑みには、なんだか力がなかった。
「せっかちなのかな、あたしって」
魔法が失敗したから、だろうか? なんだか、いつになく、彼女が弱気になっているような気がする。「どうしたのさ? 珍しく、弱気じゃない?」ぼくは問い、「……まあね」宮島は、ぼくの問いに、やんわりとした肯定の返事を返した。
こりゃいよいよもっておかしい。思わず彼女をじっと見つめ、そして彼女も、ぼくの視線に気づいたのだろう。ぼくとまっすぐに、目線をあわせた。
ええと、何か気のきいた言葉はないだろうか? ぼくはあわてて頭の中を検索し、そして結局、口を開いたのは宮島の方が早かった。
「……なんだか、疲れちゃった。今日は、これで終わりにしましょ?」
「そうだね」ぼくはうなずきを返して腕時計を見て、そしてふと思いついた。日曜日の午後三時。どこかにぷらっと遊びに出かけるには遅すぎるけれども、それでもウィンドーショッピングくらいなら、する時間は十分にあるだろう。
「……じゃあ、さ。まだ時間もあるし、街に出てみない? ……少しは気が晴れるかもよ?」ぼくの言葉に、宮島は少し驚いたような表情でぼくを見つめ……そして小さくうなずいた。
「うん」
それが彼女の空元気でないのなら、街に出たのは正解だった。彼女のリクエストで、ぼくらはまずCD屋へ向かい、そしてK文庫の新刊の発売日がすぎていることを思いだしたぼくの言葉で、駅前の本屋へと足を運んだころには、彼女はいつもの陽気さを取り戻していた。
新刊の中のめぼしいものを購入したぼくは、書店の一角で、なにやら立ち読みをしている彼女の姿を見つけた。彼女のそばに歩み寄り、「なに読んでるの?」問いながら、何気なくそのコーナーに並べられている本に目をやって、納得半分、疑問半分の奇妙な気持ちがわき起こってくる。
そこにあったのは、「黒魔術の秘法」だの「白魔術の神秘」だのといった、少しばかりあやしげなたぐいの本だったのだ。「本物の魔法使いでも、こんなのを読むわけ?」ぼくは何げなく問い、手に持った本に目を走らせていた宮島が、こちらに顔を向けた。
「結構楽しいのよ、こういう本。あたしたちの目から見ればおまじないにもならないようなことばっかりだけど、それを笑い飛ばして、ささやかな優越感にひたるの」いいながら、彼女はその本を棚に戻した。タイトルは……「黒魔術大全 -これであなたも魔法使い-」。
目の前に、実物(の卵)がいるからだろう。そのタイトルが、妙にいんちき臭いあやしさをかもし出しているけれども、……それにしてもこんなのを読んで「優越感にひたる」なんて。八割は冗談なのだろうけど、それにしても……。
ぼくの視線に気づいたのだろう。ぼくに目を向け、彼女は「読んでみる? ……峰岸くんも、魔法使いになれるかもよ?」
「遠慮しとくよ」ぼくは苦笑を返した。
……本当をいうと、一時期、その手の本に凝っていた時期があったのだ。今でもそのときの本が、ぼくの家の本棚の一角を占めているのは、まあ、笑い話だろう。ぼくは宮島に目を向け、「あ、ぼくは買いたいものは買ったけど、宮島は?」
「あたしは別に。峰岸くんにつきあっただけだから」ぼくはうなずきを返し、「……どこか、いきたいところ、ある?」問うた。
「今、何時?」逆に問い返され、ぼくは腕時計に目を向けた。「四時……二十五分」口に出してみて、いつの間にかそんな時間になってしまったことに、少し驚いた。「え? もうそんな時間なの?」宮島も同じことを思ったらしく、こちらは素直に驚きの言葉を口に出した。「いつの間にか、だね」ぼくの言葉に「ほんとねー」彼女は素直にうなずいた。
「ちょっと、どこかで休憩しようか?」よくよく考えたら、今日、彼女と合流したのが一時すぎ。それからほぼずっと立ちっぱなしなのだ。意識はしていないけれども、結構疲れれはたまっているはずだ。
「賛成」宮島もうなずきを返した。
大通りから少しはずれたところにある、それほど大きくはない公園のベンチにぼくらは腰掛け、缶ジュースを口にしていた。この公園には、別にどうという特徴があるわけではないのだけれども、ここにいると、妙に心が落ち着いてくるのだ。だから、いやなことがあったときなんかに、ここに来ては、一人でぼうっとするのが、ぼくは好きだった。
太陽が出ている間は、長袖を着ていると汗ばんでくるほどだったのに、日が傾いてくるととたんに肌寒くなってくる。秋も次第に深まってきた、といえばそうなのだろう。
「陽が落ちるの、ずいぶん早くなってきたよね」薄暗くなってきた周囲を見ながら、宮島はホットのミルクティーを口に含んだ。
缶を両手で握りしめ、小さなため息。
「なかなか、本に書いてあるみたいに、魔法を使って何でも解決、ってわけにはいかないのよね」
自嘲気味に、宮島はつぶやいた。その表情に、どことなく寂しげなものが浮かんでいることに気づき、『見習いなんだから、そりゃそうだろ』という言葉を、ぼくは引っ込めた。
肌寒くなってきたので、ぼくはまくり上げていたシャツの袖をおろし、まっすぐに正面を見ている宮島の横顔を見つめて、彼女の次の言葉を待った。
「便利な魔法はそれなりに難しいし、それに……この科学万能のご時世に、魔法使いなんてものがいたら、それこそ大騒ぎになっちゃうから、『わたしは魔法使いです』なんて、おおっぴらにはいえないし」
彼女の言葉に応えるうまい言葉が見つからずに、黙っていることしばし。ぼくの沈黙を彼女がどう受け取ったのかは、ぼくにはわかるはずもなく、結局、ややあってから宮島は、また口を開いた。
「……ちょっと前までね、『なんであたし、こんなことを続けているんだろう』って、思っていたの」ミルクティーをもう一口。
そしてため息。
「いくらやっても、なにも身につかないような気がして。……目的を見失った、っていうのが一番近いのかな? 魔法使いになったばかりの感激とか、そういうものを、失くしてしまっていたのよね」
そして不意に、彼女はぼくに目を向けた。その目が、ぼくの言葉を期待しているような気がして、……だからだろうか……ぼくは言葉を急ぎ、ありきたりな問いを発してしまっていた。
「宮島はさ、なんで、魔法使いになろう、って思ったの?」
「楽しそうだったから」即答。「わくわくしてこない? おとぎ話の中の存在だと思っていた魔法使いに、自分がなれるのよ?」
ぼくの言葉は、少なくとも的外れではなかったようだった。嬉々として、初めてほうきに乗ったときの感激や、苦労話、そしてそれまでの思い出……よかったものも悪かったものも含めて……を語り続ける彼女を見ているうちに、ぼくはそう思った。
「……でさ、なんだか、思い出しちゃったのよね」
ひとしきり自分のことを話して満足したのだろうか。宮島は、先ほどまでとは変わった、ずいぶんと穏やかな表情で、ぼくを見ていた。
「なにを?」
「……そういう、初めての経験を」にこり、と彼女は微笑みかけてきて、その微笑みに、ぼくは思わずたじろいでしまった。そういう内心の動揺もあったせいだろう。先ほどの宮島の二つの言葉が、まとまった意味としてはつながってこない。「……どういうこと?」動揺を隠しながら……それが成功したかどうかはともかくとして……ぼくは問うた。ぼくの言葉に、宮島は怒るでもなく、再びぼくに微笑みかける。
「峰岸くんみたいな人に会えたおかげで、あたしが魔法使いになったばかりの頃の、初々しい気持ちを思い出すことができた、ってことよ」
……それは……ええと。
「それって、喜んでいいのかな?」ぼくの言葉に、宮島は小さく頬をふくらませた。
「もちろんじゃない。……峰岸くんは、あたしが道を踏み外しかけていたところに、助けの手をさしのべてくれた人なんだもの」
ぼくは、自分の顔が真っ赤になっていくのを意識していた。
「……宮島……。今、自分がどんなに恥ずかしいことをいったかって意識、ある?」
ぼくの問いに、宮島は首をかしげる。「……そんな恥ずかしいこと、何かいった?」……これだよ。ぼくは大仰にため息をつき、そして突然割り込んできた大きな泣き声に、あわててそちらの方に目を向けた。
四歳か五歳くらいだろうか。そのくらいの年齢らしい女の子が、盛大に泣いている。……親はどうしたんだ? 思って周囲を見渡しても、それらしい大人の人はどこにも見あたらない。……そもそも、公園内にいるのはぼくらとその女の子だけだった。
「どうしよう?」ぼくが問うよりもはやく、宮島はその女の子の方へと駆け出していた。数秒遅れでぼくはその後を追い、女の子に目線を合わせるためにしゃがみこんだ宮島の、少し後ろで立ち止まった。
「どうしたの? ……どうして泣いてるの?」
宮島が、女の子に優しく問いかける。けれども、女の子は泣き声のボルテージを上げただけで、宮島の問いには応えようとはしなかった。
「……どうしたの? 泣いてばっかりいたんじゃ、わからないわ。……ね? 大丈夫だから、なにがあったのか、お姉ちゃんに話してくれない?」
……へぇ。
女の子を優しくなだめすかしている宮島の姿は、普段の彼女とは違う、別の彼女を見ているようで、なんだか……とても、新鮮だった。ぼくの位置では彼女の背中しか見ることができないけれども、きっと彼女のその顔にも、いつもとは違った表情が浮かんでいるのだろう。その表情を見ることができないのが、少し、残念だった。
ぼくがそんなことを考えている間に、宮島は女の子の名前と、彼女が泣いていた理由を聞き出すことに成功していた。
名前はマホちゃん。近くの保育園の「らっぱ組」(それが年長組なのか、年少組なのか、まではわからなかったけれど)の子で、この公園の近所に住んでいるらしい。今日は、彼女はさっきまで別の場所で友達と遊んでいて、そして帰り道にあったこの公園に、ちょっと足を向けた、ということだった。
「……で、マホちゃんが泣いていた理由って、何だったの?」
「あれ」
宮島は右手で上を指さし、ぼくはその指が指し示した方向を目で追っていった。……あ、なるほど。
誰でも、小さい頃に一度は経験したことがあること。
枝を張り出した木に、赤い風船が、からみついていたのだ。「……大事なものなんだね」ぼくの言葉に、宮島が応えた。「カズミ先生が買ってくれたんだって」……保育園の先生、だろうか? いずれにしても、その人がこのマホちゃんにとって、とても大切な人らしい、というのは、雰囲気で理解できた。
「……峰岸くん、あれ、取れる?」
「この木に登って、ってこと?」
「うん」うなずきを返す宮島。
問題の風船は、けっこう背の高い杉の木に引っかかってしまっていて、さすがにこの木に登って風船をとってくる、という作業は、あまり運動の得意な方ではないぼくでは、手に余りそうだった。
「……ちょっと、無理っぽい」ぼくの言葉に、宮島はもう一つうなずいた。「ありがと。そういってくれると思ってたわ」
……それって、もしかして……。いやな予感のするぼくを後目に、宮島はマホちゃんの方へと歩み寄り……そしてぼくは、宮島がマホちゃんにかけた言葉に、耳を傾けた。
「……あの風船ね、お姉ちゃんがとってあげるよ。……見てて」
いやな予感が当たった。いうなり、宮島は風船を見上げ、そしてゆっくりと、魔法の呪文を唱え始めたのだ。今日、何度も聞かされた、「翼」の魔法。……どうせ失敗するんだから、やめときゃいいのに。ぼくは思わずにはいられなかった。
ぼくの思いなどははなから無視して、宮島の呪文はゆっくりと、けれども確実に紡がれていく。彼女の周りに、一つ、二つと光の粒が舞い始め、そしてその光の粒は、見る間に数を増やしていく。
きらきらと輝く光の粒が宮島の背中に収束し、そして純白の翼を作り上げる。
このあとの結果がどうなるかがわかっているだけに、ぼくは宮島のすぐそばで無邪気に歓声を上げているマホちゃんが気の毒になってきた。「すごい、すごい!」を連発するマホちゃんに微笑みを一つ投げかけて、……そしてぼくに不敵な笑みを向けてくる。『見てなさい、今度こそ成功させてあげるんだから』と、その目が語っていた。そして……。
魔法によって作り出された翼が大きく羽ばたき、宮島の身体が宙に浮く。そのまま宮島は上昇を続け……
一瞬、その翼がちらちらと明滅したように見えたのは、ぼくの気のせいでも何でもなかった。それが彼女の翼が消えてしまう前触れだということはいやというほど見せられていた。
……だめだ、落ちる!
目をそむけようとしてもそむけられない自分も、けっこうな根性なしだったと思うけれども、けれども、そうでなかったら、次の瞬間に起きたことを見なかったことを、きっと、あとで宮島になんだかんだといわれてしまっていただろう。
そのくらいに、それは見事な逆転劇だった。
唐突に翼の明滅が終わり、そして……いつもはこの時点で消えてしまうはずの彼女の背中の翼が、明確な形を取り戻していたのだ。
「……奇跡だ」
ぼくは自分のつぶやきを、まるで他人が発したもののような、客観的な気分で聞いていた。宮島はそのまま宙へ舞い上がり、風船をつかみ、地面に降り立った。
そして同時に翼が再び明滅を始め、今度は本当に、その姿を消した。
風船を手渡したときのマホちゃんのはしゃぎようといったら! その表情を見ているだけでも、何となく、ぼくは、どうしてわざわざ宮島が例の魔法を使うことにしたのか、その理由がわかったような気がした。
「すごぉい! お姉ちゃんって、天使なの?」無邪気なマホちゃんの問いに、宮島は優しく首を横にふった。
「ううん。お姉ちゃんはね、魔法使いなの。……さ、おうちにお帰りなさい。今度は、風船をはなしたりしないでね」
「うん!」と元気な返事をして、かけ去っていく少女の後ろ姿が見えなくなるまで手を振って、宮島は改めてこちらに向き直った。その表情が、いつになく、ずいぶんと険しいものであることに気づいて、ぼくは少しとまどった。
「……どうしたのさ? 魔法が成功した割には、あんまりうれしそうじゃないね?」
ぼくの言葉に、宮島は渋い顔でうなずいた。
「……うん。だって、あの魔法、あたしがかけたものじゃないんだもの」
「へ?」ぼくは頓狂な声を出した。「どういうこと?」
宮島がいうには、彼女がかけた魔法は、最初にあの翼が明滅を始めた時点で、消えてしまっていた、というのだ。そして、その魔法が切れるのを見計らって、誰かが、同じ魔法をどこかからかけ直してくれた、らしい。
「……それって……」
宮島はうなずいた。「もう一人、魔法使いがいるみたい。……それも、あたしみたいな見習いじゃない、本物の魔法使いが……」
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