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第2章
第2章 過去の遺産(1)
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第2章 過去の遺産
事態は、決していいとはいえないようだった。
壮絶な魔法戦があったのだろう。里の入り口は地面のあちこちがえぐれ、門は焼かれてほとんどが炭になっている。門のそばには、数人の男が骸となって倒れていた。
里の奥で、真っ赤な光が閃いた。
続いて腹の底にまで響いてくるような轟音が聞こえ、同時に地面がわずかに揺れる。
その地響きも収まらぬうちに、今度は青い閃光が立て続けに二度起きた。悲鳴とおぼしき声がいくつも、青い光に重なって、セルマたちのところへ届く。
「ハーディさん!」
「嬢ちゃん!」
二人は互いを呼び合い、同時に駆け出した。状況を考えれば、その閃光と轟音、そして悲鳴の源は明らかである。
いくらも走らぬうちに、二人はそこにたどり着いていた。
位置的には、里のちょうど中央になるだろうか。少し開けた広場。
広場のそこここに魔法の明かりが煌々と輝き、周辺は真昼と変わらないほどの光量があった。
そしてその中央に、二人の人間が、セルマたちに背を向けた格好で立っている。
一人は女。細身の身体を群青のローブで包み、その手には白銀色に輝く杖が握られている。
一人は男。セルマの背丈ほどもありそうな、黒光りする金属製の棒を右手に持ち、短衣を身にまとっている。
体格は、決していいとはいえない。身長こそ高いものの、その身体は細身で、隣に立っている女と変わり映えがないように見える。短衣から覗いている腕や足も、太さならばハーディの方が圧倒的だった。
だが、その男はハーディら訓練された兵士十人を相手に、圧倒的な力を見せつけたのだ。その外見に油断すると、手痛い目を見ることになるのだろう。
男の持つ棒は単純な黒色ではなく、光を反射すると、わずかに濃い緑色が混じって見えた。
その二人の向こう側には、十人を超す魔法使いが決死の形相で杖を構えている。そしてその後方には大きな建物が、この場の混乱など無関係な顔をしてそびえていた。
「姉さん!」
セルマは、大声で姉を呼ばわった。
セシルはゆるゆると首を後ろに向け、小さく目を見開いた。その口が「セルマ」と動いたのを、セルマは見逃すことはなかった。
白銀の魔女は、隣に立っている男に何事かをささやくと、身体をセルマの方へと向ける。
「思っていたよりも早かったのね。まさか、あなたが来るとは思わなかったわ」
姉は小さく微笑んだ。その口調は、やはりセルマの知っている姉以外の何ものでもない。セルマは胸の中に熱いものがわき上がってくるのを押さえることができなかった。
「姉さん!」
セルマはもう一度、姉を呼んだ。
「もうこんなことはやめて。姉さんが何をしたいのかは知らないけど、こんなことをしてまでしなければいけないことなの?」
セルマの問いに、セシルは小さく微笑んだ。
「そうね、セルマ。あなたから見れば、私のしようとしていることは、こんなにたくさんの人の命を奪ってまで、することではないのかもしれないわね」
「わかってんじゃねえか、白銀」
姉の言葉にセルマは何かを応えようとしたが、それよりも早く、隣にいたハーディが口を開いた。
「魔人サイフェルト、つったよなあ? 二千年も昔の、お前たち魔法使いがもっと力を持っていた時にも手に負えなかったような代物なんだろ? お前さんがどんだけ強い魔力を持っているかは知らねえが、何人も、何十人も人を殺してまでそいつを復活させて、どうするつもりなんだ?」
「あなたには、わからないでしょうね」
ハーディの長口上に、セシルは素っ気ない言葉で応えた。
「ああ、わからねえね」
ハーディはいい捨て、腰の剣を引き抜く。
「俺がわかるのは、魔人なんてモンが復活したら、えらいことが起きるだろう、ってくらいさ。……だから、力ずくでも止めさせてもらうぜ」
ハーディは厳かに宣言し、剣を構える。輝く刃を目にしても、白銀の魔女の様子は変わらなかった。
「やめなさい。あなたの剣が届く前に、あなたは私の魔法で塵になっているでしょう」
「試してみるかい?」
挑発するようにハーディが問う。
セシルはゆっくりと杖を構えた。戦士の目つきが鋭くなり、その眼光が白銀の魔女を射抜く。
対する魔法使いは、気の弱い者ならばそれだけで卒倒してしまいそうな戦士の眼光を、涼やかな、けれども一分の隙もない表情で受け止めていた。ハーディの筋肉は張りつめ、セシルの目は、油断なく戦士の動きを追っている。
ごくわずかなきっかけで崩れてしまいそうな均衡の中、セルマはあらん限りの声を振り絞った。
「姉さん、お願いだからもうやめて! もうすぐ師匠もここに来るわ。姉さんは本当に、この里の魔法使い全員と、師匠を相手にして勝てるつもりでいるの? もし勝ったとして、その後はどうするの? 魔人を復活させて、それで何がしたいの? そんなことをしたって、なんの意味もないじゃない!」
その剣幕に気圧されたのか、白銀の魔女にわずかな隙ができる。それは戦士にとっては絶好の機会のはずだったが、しかしハーディは動かなかった。
セシルは油断なく杖を構えたまま、実妹へと目を向けた。
「あなたにいわなかったかしら、セルマ。もう私は、後戻りのできないところへ足を踏み入れてしまったの。あとはもう、前に進むしかないのよ」
白銀の魔女はうっすらと微笑むと、隣に立つ棒術使いに短く声をかけた。棒術使いが、建物の守備隊に向かって駆け出す。魔法使いたちの間に動揺が走るが、ハーディは手をこまねいてそれを見ていることはしなかった。
「白銀は任せたぞ!」
セルマに声をかけ、棒術使いを追って駆け出す。
突然に動き出した事態に、セルマはわずかな間、逡巡した。
ハーディに反応したセシルが魔法を放つ。魔法はわずかに狙いを逸れ、戦士の足下の土を派手に吹き飛ばすだけにとどまった。はねた土がハーディにぶつかったものの、その程度では訓練された戦士の動きを止めることはできなかった。
ハーディが、棒術使いとの間合いを詰める。
ようやく、セルマは自身の思いを振り切った。
棒術使いを援護するためだろう、白銀の魔女は戦士へ向けて杖をかざしたが、それよりも一瞬だけ早く、セルマの魔法が発現する。
杖の先から、白い光の帯が放たれた。光の帯はセシルの手足にからみつき、その自由を奪う。しかし、白銀の魔女はその名に恥じぬ魔力をもって、セルマの放った戒めを粉砕した。続けざまにセシルが杖を振るうと、セルマの足下の土が爆ぜる。彼女はそれに足を取られ、数歩、後ずさった。
セルマへの攻撃でできた隙を、里の魔法使いたちは見逃さなかった。いくつもの魔法がセシルをめがけて放たれる。
しかし、その攻撃は予期していたのか、白銀の魔女は杖を一振りした。里の魔法使いたちの放った魔法は、見えない壁に受け止められて消滅しする。
戦いは、ハーディと棒術使い、そして里の魔法使いたちと白銀の魔女という、二つの組み合わせとなった。戦士と棒術使いは激しい戦いを繰り広げ、さしものセシルも、魔力に劣るとはいえ、数を頼みにした魔法使いたちの波状攻撃に防戦を強いられる。
状況は五分と五分のまま、互いに一歩も譲らぬ激しい戦いが続いた。しかし。
「うおっ」
ハーディの悲鳴が上がる。長さで勝る棒術使いの武器が、戦士の右腕を打擲した。ハーディは剣を取り落とし、それと見るや、棒術使いは手近なところにいた魔法使いの一人を問答無用で殴り倒す。重い金属の棒を胴に打ち付けられた魔法使いは、悲鳴を上げる間もなくその場に倒れ伏した。
白銀の魔女に抗する人員が一人減ったことで、魔法使い同士の争いも、また均衡が破れることとなった。白銀の杖が火を噴き、一人の男が火だるまになる。さらに別の魔法使いを棒術使いが打ちのめすと、たちまちのうちに攻守が逆転した。
それまで棒術使いと互角の戦いを繰り広げていたハーディは、先の一撃で右腕が使えなくなったようだった。左手に剣を持ち替えて、棒術使いへと躍りかかるが、明らかに先ほどまでとは動きが違っている。
棒術使いは戦士をいいように翻弄し、隙を見ては里の魔法使いへと致命的な一撃を加えていく。
セシルの魔法と棒術使いの棒。わずか二人の人間によって、十人を超す魔法使いたちがばたばたと倒れていく。
――あの棒術使いだけでも止めなければ。
武術の達人を相手に、学究にいそしむ魔法使いたちではいかにも分が悪い。頼みの綱のハーディも負傷してしまっていては、不利はなおさらである。しかし、何らかの方法で棒術使いを牽制できれば、負傷したハーディでも互角に渡り合えるのではないか。
自分が三流の魔法使いであることは重々承知している。だが、魔法が使えない相手であれば、少しは役に立つこともできるだろう。
セルマは、姉を相手に苦戦を続けている魔法使いたちからあえて目をそらし、右腕を使えないままでも果敢に棒術使いへと挑みかかっているハーディへと目を向けた。
利き腕が使えないせいだろう。ハーディは、棒術使いの長いリーチの前に、近づくこともできなくなっている。
セルマはそちらへ向けて駆け出した。
「ハーディさん!」
声をかけ、同時に杖を振るって魔法を発動させる。姉の身体を数瞬だけ縛った魔法の帯が、今度は棒術使いへと向かう。
魔法が棒術使いをとらえようとしたその瞬間。棒術使いは、襲いくる魔法をその手に持つ棒で両断した。
魔力の帯はちょうど中央から二つに分かれ、一瞬で消え去る。
――そんな馬鹿な。
セルマは我が目を疑った。
魔法消去。特に高度なものに属する魔法と同じことを、この男は棒でやったというのか。
もう一度、セルマは同じ魔法を棒術使いに向けたが、棒術使いはまたもそれを棒でなぎ払った。
あの棒には、高度な魔法が封じ込められてでもいるのだろうか。
考えている暇などなかった。二度の魔法を受けたことで、セルマを明らかな障害と認識したのだろう。棒術使いはセルマへ目を向け、こちらへ向かって駆け出してきた。
セルマにはなすすべもなかった。男は見る間に接近し、目の前で金属棒を振るう。セルマは本能的に手足を縮めて身を守ろうとしたが、棒術使いの棒が、無慈悲に彼女の左半身へと打ち付けられた。
激しい衝撃。セルマはそのまま右半身から地面に激突した。
「嬢ちゃん!」
ハーディの声が聞こえる。意識を失わなかったのは我ながら立派だと思ったが、次の瞬間に左腕を襲ってきた激痛に、セルマはたまらず声を上げた。
彼女の戦闘力を奪うのはそれで十分とでも思ったのか、棒術使いはすぐに踵を返し、未だ激しい戦いを繰り広げている魔法使いたちの方へと駆け出す。セルマは痛みをこらえながらどうにか立ち上がったが、腕が折れでもしたのか、激痛のため、腕を動かすことはおろか、歩くことすらままならない。無論、魔法を使うどころではなかった。
――このままでは、姉さんが……。
戦いは、攻守が決まって一方的になりつつあった。里の魔法使いたちはばたばたと倒れ、その中を白銀の魔女と棒術使いとが、悠々と大きな建物へと向かっていく。
――また、何もできずに姉さんを見送るだけなの?
己の無力は十分承知していたが、今度ばかりはそれが恨めしい。
去りゆく姉の姿を歯がみしながら見つめていた、その時。
「しっかりしてください。無理に動かないで」
まだ若い……というよりは、むしろ幼いといった方が正しいか……女の声が、セルマの後方から聞こえた。
痛みをこらえながら振り返ると、そこには声の印象の通りの少女が立っていた。
歳は、どれほど大きく見ても十四、五歳といったところだろう。身長こそ、小柄なセルマよりも頭半分ほど高いものの、その顔にはまだあどけなさが残っている。くりくりとした大きな目に、栗色の、長く伸ばしたふわふわの巻き毛。その手には魔法使いの証である杖が握られていたが、この少女には、それがひどく不似合いなものに見えた。
少女はにこりと微笑むと、セルマの左腕に杖の先を当てた。少女が大きく息を吐くと、杖から淡い黄色の光が放たれる。
同時に、激痛の走っていた左腕から、瞬く間に痛みが引いていった。
――治療術師。
その存在はセルマも知っていたし、この南の里は、治療術師をはじめとした、特別な能力を持つ魔法使いを育てている場所である、という知識もあった。が、実際にそのような魔法に接するのは初めてだった。
ほどなくして、セルマの腕の痛みは完全に引いた。
「ありがとう」
少女に声をかけ、建物へと歩み寄っていく姉たちに目をやる。セルマは二人を追おうとしたが、少女はその肩をつかんで、彼女を制した。
目を向けると、少女はゆっくりと首を振った。
「もうすぐ、レイバーグ師がいらっしゃいます。白銀の魔法使いを追うのは、それからになさった方がいいと思います」
「師匠が?」
はい、とうなずく少女の顔を見て、セルマはその言葉に従うことにした。そうしている間にも、セシルと棒術使いは、必死の抵抗を続ける里の魔法使いを軽々と退けていく。
やがて二人に抵抗できる者はいなくなった。ひどく静かになった広場を、二人は悠然と建物へと向かう。
――姉さん。
大きく息をついて、少女に目を向ける。少女はセルマの意を察したのか、小さくうなずいた。
「あちらの戦士の方も、治療が必要ですね?」
ええ、お願い、とうなずくと、少女はハーディの元へと駆けていった。もう一度大きく息をついて、少女のあとを、ゆっくりとついていく。
少女がハーディの治療を始めると、わずかに遅れてレイバーグが姿を現した。
「遅えぞ、爺さん」
「すまんな、これでもかなり急いだつもりだったのだがな」
ハーディの憎まれ口に、レイバーグは素直に謝罪の言葉を出した。
「で、こちらのお嬢さんは?」
「治療術師のエリィと申します。レイバーグ様のお供を仰せつかっています」
老魔術師の問いに、少女ははきはきと応えた。ハーディがひゅうと口笛を吹き、レイバーグは小さく笑った。
「こいつはまた、ずいぶんと思い切った人選じゃねえか。お嬢ちゃん、ほんとに大丈夫なのか?」
ハーディの言葉に気を悪くした様子もなく、少女はにこにこしながら戦士に応えた。
「こう見えても、治療術には自信があるんですよ」
確かに、魔法使いの能力に年齢はそれほど関係はない。少女の治療術に助けられたセルマは、彼女のその能力の高さがはっきりとわかっていた。
――少なくとも、私なんかよりはずっと彼女のほうが役に立つだろう。
セルマは自嘲気味に思った。
ほどなくして、ハーディの治療が終わった。戦士は右手を握ったり開いたりしながら、エリィに目を向ける。
「こいつは大したもんだ。嬢ちゃんが百人もいれば、ひっくり返っていた負け戦なんて、そこら中にごろごろしてるぜ」
「あいにく、治療術師はなかなかに貴重な存在なのだよ。それに私たちは、組織だって動くことは禁じられているからね」
ハーディの言葉に応えて、レイバーグは一同を見渡した。
「準備ができたのなら、出発しよう。これで白銀を止めることができなかったら、大変なことになってしまうからね」
それぞれがレイバーグの言葉にうなずき、四人は白銀の魔女が入っていった大きな建物へと向かった。
建物は、それがまるまる一つの部屋になっている、大きな空間だった。ハーディが驚きの声を上げ、話にしか聞いたことのなかった魔法転移装置を初めて目にしたセルマもまた、好奇心を隠すことができない。
部屋は二十メートル四方はあるだろうか。その中央には直径五メートルほどの複雑な魔法陣が描かれ、そのすぐそばには木製の台に乗せられた石板が置かれている。
部屋の壁と床は、入り口を除いたすべての面に、石とも金属ともつかない板材がはめ込まれていた。板材は、今は失われて久しい、高度な魔法によって作られたもののはずである。
そして部屋の四隅と、その対角線を結んだ線上にある、魔法陣に面した四カ所に、これも高度な魔法によって作られたものとすぐにわかる、濃い緑色をした直径五十センチメートルほどの石柱が立てられている。この石柱一個を作るだけでも、現代の魔法使いたちでは、途方もない労力が必要になるだろう。
きょろきょろと周囲を見回すセルマとは対照的に、レイバーグはまっすぐに部屋の中央の魔法陣を目指して歩いていった。師の様子に、自分たちが何を優先すべきなのかを思い出し、セルマは小走りに師の元へと向かう。そんなセルマに気づいてか、エリィとハーディが、少し遅れて続いた。
一足先に魔法陣に到着したレイバーグは、真っ先にその近くに置かれている石板へと目を向け、ひどく渋い表情を浮かべた。
「セシルめ、考えおったわい」
セルマたちの到着を待って、レイバーグは三人へと目を向けた。
「どうやら、私たちの予想は、全員が半分ずつ当たりだったようだぞ、セルマ」
「どういうことですか?」
レイバーグは石板をとんとんと手で叩き、
「魔法転移装置はこの石板で操作するのだがね。行き先はどこになっていると思うね?」
「西の魔法使いの里じゃねえのか? 宝珠の片割れがあるっていう」
問いに答えたのはハーディだった。
セルマも最初は同じことを考えた。しかし、師がそのような問いをしたということは、姉が向かった先は別の場所だということではないのだろうか。
セルマは改めて思考を巡らせた。
「予想は全員が半分ずつ当たり」だったという師の言葉。そして、姉の行き先は、西の魔法使いの里ではなかったという事実。
「北の魔法使いの里ですか?」
「その通りだ。あやつめ、里の警戒が厳しくなるのを見越して、直接里の中へ転移先を設定しおった。はっきりとはわからんが、恐らくは北の里の秘宝が安置されている部屋へ、直接乗り込んだのだろう」
何から何までやってくれるわい。レイバーグは忌々しげに呟いた。
「このまま同じ場所に転移すれば、うまくいけばセシルたちの目の前へ直接出られるかもしれん。急ぐぞ」
レイバーグはセルマたちに魔法陣の中に入るよう指示すると、石板に向けて杖をかざした。ほどなくして、石板が淡い緑色の光を放ち始める。光が徐々に強くなり、それに連動して、魔法陣の近くにあった四本の石柱が、そして部屋の四隅の石柱が、それぞれ光を放ち始める。
光は部屋の壁へと伝播し、やがて部屋は緑色の輝きに包まれた。視界に入るのは緑色ばかりとなり、セルマは一切の視界を失った。
「ゆくぞ。目の前でセシルが待ちかまえているかもしれん。油断するでないぞ」
師の言葉が聞こえた、次の瞬間。
部屋に満ちていた緑色の光が一瞬にして引くと、セルマの目の前の景色は、先ほどまで自分たちがいた部屋とは、まったく違う場所になっていた。
辺りを見回すと、すぐそばにはレイバーグとエリィ。そして後方にはハーディ。皆が立っている位置は、先ほどまでとまったく変わりない。
そこは……。
やはり、部屋のようだった。転移魔法装置の部屋よりも少々狭いものの、軽い運動をするには十分な広さを持っている。
一体、どういう建物の、どういう部屋なのだろう。部屋は壁も床もすべて石造りで、窓らしきものは一つもない。
それでも部屋の中が明るいのは、天井から魔法の光が降ってきているためだった。
セルマたちが立っているのは、部屋の中央だった。彼女の左手には、部屋の出口らしき扉。そして、右手には……。
セルマの右手。部屋の一番奥に、まるで祭壇のように設えられた一角があった。そこには何かを安置する台のようなものがあったが、その台の上には、今は何も乗っていない。
祭壇のすぐそばに、二人の男女が立っていた。
一人は、セルマの背丈ほどもある長さの、黒光りする金属の棒を持った男。
そしてもう一人。
その女の足下には、白銀色に輝く杖が、無造作に転がっていた。
女は杖を持つ代わりに、右手に白い籠手をはめていた。籠手は女の上腕の中程から掌までをすっぽりと覆い、そしてその掌には、淡い青色の光を放つ球体が握られている。
「意外と、早いお着きでしたね」
静かに、白銀の魔女はいった。
事態は、決していいとはいえないようだった。
壮絶な魔法戦があったのだろう。里の入り口は地面のあちこちがえぐれ、門は焼かれてほとんどが炭になっている。門のそばには、数人の男が骸となって倒れていた。
里の奥で、真っ赤な光が閃いた。
続いて腹の底にまで響いてくるような轟音が聞こえ、同時に地面がわずかに揺れる。
その地響きも収まらぬうちに、今度は青い閃光が立て続けに二度起きた。悲鳴とおぼしき声がいくつも、青い光に重なって、セルマたちのところへ届く。
「ハーディさん!」
「嬢ちゃん!」
二人は互いを呼び合い、同時に駆け出した。状況を考えれば、その閃光と轟音、そして悲鳴の源は明らかである。
いくらも走らぬうちに、二人はそこにたどり着いていた。
位置的には、里のちょうど中央になるだろうか。少し開けた広場。
広場のそこここに魔法の明かりが煌々と輝き、周辺は真昼と変わらないほどの光量があった。
そしてその中央に、二人の人間が、セルマたちに背を向けた格好で立っている。
一人は女。細身の身体を群青のローブで包み、その手には白銀色に輝く杖が握られている。
一人は男。セルマの背丈ほどもありそうな、黒光りする金属製の棒を右手に持ち、短衣を身にまとっている。
体格は、決していいとはいえない。身長こそ高いものの、その身体は細身で、隣に立っている女と変わり映えがないように見える。短衣から覗いている腕や足も、太さならばハーディの方が圧倒的だった。
だが、その男はハーディら訓練された兵士十人を相手に、圧倒的な力を見せつけたのだ。その外見に油断すると、手痛い目を見ることになるのだろう。
男の持つ棒は単純な黒色ではなく、光を反射すると、わずかに濃い緑色が混じって見えた。
その二人の向こう側には、十人を超す魔法使いが決死の形相で杖を構えている。そしてその後方には大きな建物が、この場の混乱など無関係な顔をしてそびえていた。
「姉さん!」
セルマは、大声で姉を呼ばわった。
セシルはゆるゆると首を後ろに向け、小さく目を見開いた。その口が「セルマ」と動いたのを、セルマは見逃すことはなかった。
白銀の魔女は、隣に立っている男に何事かをささやくと、身体をセルマの方へと向ける。
「思っていたよりも早かったのね。まさか、あなたが来るとは思わなかったわ」
姉は小さく微笑んだ。その口調は、やはりセルマの知っている姉以外の何ものでもない。セルマは胸の中に熱いものがわき上がってくるのを押さえることができなかった。
「姉さん!」
セルマはもう一度、姉を呼んだ。
「もうこんなことはやめて。姉さんが何をしたいのかは知らないけど、こんなことをしてまでしなければいけないことなの?」
セルマの問いに、セシルは小さく微笑んだ。
「そうね、セルマ。あなたから見れば、私のしようとしていることは、こんなにたくさんの人の命を奪ってまで、することではないのかもしれないわね」
「わかってんじゃねえか、白銀」
姉の言葉にセルマは何かを応えようとしたが、それよりも早く、隣にいたハーディが口を開いた。
「魔人サイフェルト、つったよなあ? 二千年も昔の、お前たち魔法使いがもっと力を持っていた時にも手に負えなかったような代物なんだろ? お前さんがどんだけ強い魔力を持っているかは知らねえが、何人も、何十人も人を殺してまでそいつを復活させて、どうするつもりなんだ?」
「あなたには、わからないでしょうね」
ハーディの長口上に、セシルは素っ気ない言葉で応えた。
「ああ、わからねえね」
ハーディはいい捨て、腰の剣を引き抜く。
「俺がわかるのは、魔人なんてモンが復活したら、えらいことが起きるだろう、ってくらいさ。……だから、力ずくでも止めさせてもらうぜ」
ハーディは厳かに宣言し、剣を構える。輝く刃を目にしても、白銀の魔女の様子は変わらなかった。
「やめなさい。あなたの剣が届く前に、あなたは私の魔法で塵になっているでしょう」
「試してみるかい?」
挑発するようにハーディが問う。
セシルはゆっくりと杖を構えた。戦士の目つきが鋭くなり、その眼光が白銀の魔女を射抜く。
対する魔法使いは、気の弱い者ならばそれだけで卒倒してしまいそうな戦士の眼光を、涼やかな、けれども一分の隙もない表情で受け止めていた。ハーディの筋肉は張りつめ、セシルの目は、油断なく戦士の動きを追っている。
ごくわずかなきっかけで崩れてしまいそうな均衡の中、セルマはあらん限りの声を振り絞った。
「姉さん、お願いだからもうやめて! もうすぐ師匠もここに来るわ。姉さんは本当に、この里の魔法使い全員と、師匠を相手にして勝てるつもりでいるの? もし勝ったとして、その後はどうするの? 魔人を復活させて、それで何がしたいの? そんなことをしたって、なんの意味もないじゃない!」
その剣幕に気圧されたのか、白銀の魔女にわずかな隙ができる。それは戦士にとっては絶好の機会のはずだったが、しかしハーディは動かなかった。
セシルは油断なく杖を構えたまま、実妹へと目を向けた。
「あなたにいわなかったかしら、セルマ。もう私は、後戻りのできないところへ足を踏み入れてしまったの。あとはもう、前に進むしかないのよ」
白銀の魔女はうっすらと微笑むと、隣に立つ棒術使いに短く声をかけた。棒術使いが、建物の守備隊に向かって駆け出す。魔法使いたちの間に動揺が走るが、ハーディは手をこまねいてそれを見ていることはしなかった。
「白銀は任せたぞ!」
セルマに声をかけ、棒術使いを追って駆け出す。
突然に動き出した事態に、セルマはわずかな間、逡巡した。
ハーディに反応したセシルが魔法を放つ。魔法はわずかに狙いを逸れ、戦士の足下の土を派手に吹き飛ばすだけにとどまった。はねた土がハーディにぶつかったものの、その程度では訓練された戦士の動きを止めることはできなかった。
ハーディが、棒術使いとの間合いを詰める。
ようやく、セルマは自身の思いを振り切った。
棒術使いを援護するためだろう、白銀の魔女は戦士へ向けて杖をかざしたが、それよりも一瞬だけ早く、セルマの魔法が発現する。
杖の先から、白い光の帯が放たれた。光の帯はセシルの手足にからみつき、その自由を奪う。しかし、白銀の魔女はその名に恥じぬ魔力をもって、セルマの放った戒めを粉砕した。続けざまにセシルが杖を振るうと、セルマの足下の土が爆ぜる。彼女はそれに足を取られ、数歩、後ずさった。
セルマへの攻撃でできた隙を、里の魔法使いたちは見逃さなかった。いくつもの魔法がセシルをめがけて放たれる。
しかし、その攻撃は予期していたのか、白銀の魔女は杖を一振りした。里の魔法使いたちの放った魔法は、見えない壁に受け止められて消滅しする。
戦いは、ハーディと棒術使い、そして里の魔法使いたちと白銀の魔女という、二つの組み合わせとなった。戦士と棒術使いは激しい戦いを繰り広げ、さしものセシルも、魔力に劣るとはいえ、数を頼みにした魔法使いたちの波状攻撃に防戦を強いられる。
状況は五分と五分のまま、互いに一歩も譲らぬ激しい戦いが続いた。しかし。
「うおっ」
ハーディの悲鳴が上がる。長さで勝る棒術使いの武器が、戦士の右腕を打擲した。ハーディは剣を取り落とし、それと見るや、棒術使いは手近なところにいた魔法使いの一人を問答無用で殴り倒す。重い金属の棒を胴に打ち付けられた魔法使いは、悲鳴を上げる間もなくその場に倒れ伏した。
白銀の魔女に抗する人員が一人減ったことで、魔法使い同士の争いも、また均衡が破れることとなった。白銀の杖が火を噴き、一人の男が火だるまになる。さらに別の魔法使いを棒術使いが打ちのめすと、たちまちのうちに攻守が逆転した。
それまで棒術使いと互角の戦いを繰り広げていたハーディは、先の一撃で右腕が使えなくなったようだった。左手に剣を持ち替えて、棒術使いへと躍りかかるが、明らかに先ほどまでとは動きが違っている。
棒術使いは戦士をいいように翻弄し、隙を見ては里の魔法使いへと致命的な一撃を加えていく。
セシルの魔法と棒術使いの棒。わずか二人の人間によって、十人を超す魔法使いたちがばたばたと倒れていく。
――あの棒術使いだけでも止めなければ。
武術の達人を相手に、学究にいそしむ魔法使いたちではいかにも分が悪い。頼みの綱のハーディも負傷してしまっていては、不利はなおさらである。しかし、何らかの方法で棒術使いを牽制できれば、負傷したハーディでも互角に渡り合えるのではないか。
自分が三流の魔法使いであることは重々承知している。だが、魔法が使えない相手であれば、少しは役に立つこともできるだろう。
セルマは、姉を相手に苦戦を続けている魔法使いたちからあえて目をそらし、右腕を使えないままでも果敢に棒術使いへと挑みかかっているハーディへと目を向けた。
利き腕が使えないせいだろう。ハーディは、棒術使いの長いリーチの前に、近づくこともできなくなっている。
セルマはそちらへ向けて駆け出した。
「ハーディさん!」
声をかけ、同時に杖を振るって魔法を発動させる。姉の身体を数瞬だけ縛った魔法の帯が、今度は棒術使いへと向かう。
魔法が棒術使いをとらえようとしたその瞬間。棒術使いは、襲いくる魔法をその手に持つ棒で両断した。
魔力の帯はちょうど中央から二つに分かれ、一瞬で消え去る。
――そんな馬鹿な。
セルマは我が目を疑った。
魔法消去。特に高度なものに属する魔法と同じことを、この男は棒でやったというのか。
もう一度、セルマは同じ魔法を棒術使いに向けたが、棒術使いはまたもそれを棒でなぎ払った。
あの棒には、高度な魔法が封じ込められてでもいるのだろうか。
考えている暇などなかった。二度の魔法を受けたことで、セルマを明らかな障害と認識したのだろう。棒術使いはセルマへ目を向け、こちらへ向かって駆け出してきた。
セルマにはなすすべもなかった。男は見る間に接近し、目の前で金属棒を振るう。セルマは本能的に手足を縮めて身を守ろうとしたが、棒術使いの棒が、無慈悲に彼女の左半身へと打ち付けられた。
激しい衝撃。セルマはそのまま右半身から地面に激突した。
「嬢ちゃん!」
ハーディの声が聞こえる。意識を失わなかったのは我ながら立派だと思ったが、次の瞬間に左腕を襲ってきた激痛に、セルマはたまらず声を上げた。
彼女の戦闘力を奪うのはそれで十分とでも思ったのか、棒術使いはすぐに踵を返し、未だ激しい戦いを繰り広げている魔法使いたちの方へと駆け出す。セルマは痛みをこらえながらどうにか立ち上がったが、腕が折れでもしたのか、激痛のため、腕を動かすことはおろか、歩くことすらままならない。無論、魔法を使うどころではなかった。
――このままでは、姉さんが……。
戦いは、攻守が決まって一方的になりつつあった。里の魔法使いたちはばたばたと倒れ、その中を白銀の魔女と棒術使いとが、悠々と大きな建物へと向かっていく。
――また、何もできずに姉さんを見送るだけなの?
己の無力は十分承知していたが、今度ばかりはそれが恨めしい。
去りゆく姉の姿を歯がみしながら見つめていた、その時。
「しっかりしてください。無理に動かないで」
まだ若い……というよりは、むしろ幼いといった方が正しいか……女の声が、セルマの後方から聞こえた。
痛みをこらえながら振り返ると、そこには声の印象の通りの少女が立っていた。
歳は、どれほど大きく見ても十四、五歳といったところだろう。身長こそ、小柄なセルマよりも頭半分ほど高いものの、その顔にはまだあどけなさが残っている。くりくりとした大きな目に、栗色の、長く伸ばしたふわふわの巻き毛。その手には魔法使いの証である杖が握られていたが、この少女には、それがひどく不似合いなものに見えた。
少女はにこりと微笑むと、セルマの左腕に杖の先を当てた。少女が大きく息を吐くと、杖から淡い黄色の光が放たれる。
同時に、激痛の走っていた左腕から、瞬く間に痛みが引いていった。
――治療術師。
その存在はセルマも知っていたし、この南の里は、治療術師をはじめとした、特別な能力を持つ魔法使いを育てている場所である、という知識もあった。が、実際にそのような魔法に接するのは初めてだった。
ほどなくして、セルマの腕の痛みは完全に引いた。
「ありがとう」
少女に声をかけ、建物へと歩み寄っていく姉たちに目をやる。セルマは二人を追おうとしたが、少女はその肩をつかんで、彼女を制した。
目を向けると、少女はゆっくりと首を振った。
「もうすぐ、レイバーグ師がいらっしゃいます。白銀の魔法使いを追うのは、それからになさった方がいいと思います」
「師匠が?」
はい、とうなずく少女の顔を見て、セルマはその言葉に従うことにした。そうしている間にも、セシルと棒術使いは、必死の抵抗を続ける里の魔法使いを軽々と退けていく。
やがて二人に抵抗できる者はいなくなった。ひどく静かになった広場を、二人は悠然と建物へと向かう。
――姉さん。
大きく息をついて、少女に目を向ける。少女はセルマの意を察したのか、小さくうなずいた。
「あちらの戦士の方も、治療が必要ですね?」
ええ、お願い、とうなずくと、少女はハーディの元へと駆けていった。もう一度大きく息をついて、少女のあとを、ゆっくりとついていく。
少女がハーディの治療を始めると、わずかに遅れてレイバーグが姿を現した。
「遅えぞ、爺さん」
「すまんな、これでもかなり急いだつもりだったのだがな」
ハーディの憎まれ口に、レイバーグは素直に謝罪の言葉を出した。
「で、こちらのお嬢さんは?」
「治療術師のエリィと申します。レイバーグ様のお供を仰せつかっています」
老魔術師の問いに、少女ははきはきと応えた。ハーディがひゅうと口笛を吹き、レイバーグは小さく笑った。
「こいつはまた、ずいぶんと思い切った人選じゃねえか。お嬢ちゃん、ほんとに大丈夫なのか?」
ハーディの言葉に気を悪くした様子もなく、少女はにこにこしながら戦士に応えた。
「こう見えても、治療術には自信があるんですよ」
確かに、魔法使いの能力に年齢はそれほど関係はない。少女の治療術に助けられたセルマは、彼女のその能力の高さがはっきりとわかっていた。
――少なくとも、私なんかよりはずっと彼女のほうが役に立つだろう。
セルマは自嘲気味に思った。
ほどなくして、ハーディの治療が終わった。戦士は右手を握ったり開いたりしながら、エリィに目を向ける。
「こいつは大したもんだ。嬢ちゃんが百人もいれば、ひっくり返っていた負け戦なんて、そこら中にごろごろしてるぜ」
「あいにく、治療術師はなかなかに貴重な存在なのだよ。それに私たちは、組織だって動くことは禁じられているからね」
ハーディの言葉に応えて、レイバーグは一同を見渡した。
「準備ができたのなら、出発しよう。これで白銀を止めることができなかったら、大変なことになってしまうからね」
それぞれがレイバーグの言葉にうなずき、四人は白銀の魔女が入っていった大きな建物へと向かった。
建物は、それがまるまる一つの部屋になっている、大きな空間だった。ハーディが驚きの声を上げ、話にしか聞いたことのなかった魔法転移装置を初めて目にしたセルマもまた、好奇心を隠すことができない。
部屋は二十メートル四方はあるだろうか。その中央には直径五メートルほどの複雑な魔法陣が描かれ、そのすぐそばには木製の台に乗せられた石板が置かれている。
部屋の壁と床は、入り口を除いたすべての面に、石とも金属ともつかない板材がはめ込まれていた。板材は、今は失われて久しい、高度な魔法によって作られたもののはずである。
そして部屋の四隅と、その対角線を結んだ線上にある、魔法陣に面した四カ所に、これも高度な魔法によって作られたものとすぐにわかる、濃い緑色をした直径五十センチメートルほどの石柱が立てられている。この石柱一個を作るだけでも、現代の魔法使いたちでは、途方もない労力が必要になるだろう。
きょろきょろと周囲を見回すセルマとは対照的に、レイバーグはまっすぐに部屋の中央の魔法陣を目指して歩いていった。師の様子に、自分たちが何を優先すべきなのかを思い出し、セルマは小走りに師の元へと向かう。そんなセルマに気づいてか、エリィとハーディが、少し遅れて続いた。
一足先に魔法陣に到着したレイバーグは、真っ先にその近くに置かれている石板へと目を向け、ひどく渋い表情を浮かべた。
「セシルめ、考えおったわい」
セルマたちの到着を待って、レイバーグは三人へと目を向けた。
「どうやら、私たちの予想は、全員が半分ずつ当たりだったようだぞ、セルマ」
「どういうことですか?」
レイバーグは石板をとんとんと手で叩き、
「魔法転移装置はこの石板で操作するのだがね。行き先はどこになっていると思うね?」
「西の魔法使いの里じゃねえのか? 宝珠の片割れがあるっていう」
問いに答えたのはハーディだった。
セルマも最初は同じことを考えた。しかし、師がそのような問いをしたということは、姉が向かった先は別の場所だということではないのだろうか。
セルマは改めて思考を巡らせた。
「予想は全員が半分ずつ当たり」だったという師の言葉。そして、姉の行き先は、西の魔法使いの里ではなかったという事実。
「北の魔法使いの里ですか?」
「その通りだ。あやつめ、里の警戒が厳しくなるのを見越して、直接里の中へ転移先を設定しおった。はっきりとはわからんが、恐らくは北の里の秘宝が安置されている部屋へ、直接乗り込んだのだろう」
何から何までやってくれるわい。レイバーグは忌々しげに呟いた。
「このまま同じ場所に転移すれば、うまくいけばセシルたちの目の前へ直接出られるかもしれん。急ぐぞ」
レイバーグはセルマたちに魔法陣の中に入るよう指示すると、石板に向けて杖をかざした。ほどなくして、石板が淡い緑色の光を放ち始める。光が徐々に強くなり、それに連動して、魔法陣の近くにあった四本の石柱が、そして部屋の四隅の石柱が、それぞれ光を放ち始める。
光は部屋の壁へと伝播し、やがて部屋は緑色の輝きに包まれた。視界に入るのは緑色ばかりとなり、セルマは一切の視界を失った。
「ゆくぞ。目の前でセシルが待ちかまえているかもしれん。油断するでないぞ」
師の言葉が聞こえた、次の瞬間。
部屋に満ちていた緑色の光が一瞬にして引くと、セルマの目の前の景色は、先ほどまで自分たちがいた部屋とは、まったく違う場所になっていた。
辺りを見回すと、すぐそばにはレイバーグとエリィ。そして後方にはハーディ。皆が立っている位置は、先ほどまでとまったく変わりない。
そこは……。
やはり、部屋のようだった。転移魔法装置の部屋よりも少々狭いものの、軽い運動をするには十分な広さを持っている。
一体、どういう建物の、どういう部屋なのだろう。部屋は壁も床もすべて石造りで、窓らしきものは一つもない。
それでも部屋の中が明るいのは、天井から魔法の光が降ってきているためだった。
セルマたちが立っているのは、部屋の中央だった。彼女の左手には、部屋の出口らしき扉。そして、右手には……。
セルマの右手。部屋の一番奥に、まるで祭壇のように設えられた一角があった。そこには何かを安置する台のようなものがあったが、その台の上には、今は何も乗っていない。
祭壇のすぐそばに、二人の男女が立っていた。
一人は、セルマの背丈ほどもある長さの、黒光りする金属の棒を持った男。
そしてもう一人。
その女の足下には、白銀色に輝く杖が、無造作に転がっていた。
女は杖を持つ代わりに、右手に白い籠手をはめていた。籠手は女の上腕の中程から掌までをすっぽりと覆い、そしてその掌には、淡い青色の光を放つ球体が握られている。
「意外と、早いお着きでしたね」
静かに、白銀の魔女はいった。
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