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荒涼たる廃墟を ~とあるネトゲの終焉~
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──どうして、こんなことになってしまったんだろう。
思い当たることはたくさんある。ぼくだって、それを批判したりもした。けれどもそれは、ぼくがこの世界……このゲーム……を好きだったからで。
仕事を終えて帰宅して。夕食を食べて風呂に入って。一人自室にこもって、PCを起動する。
PCの向こうには、広大な世界とたくさんの冒険。そして立ち向かうべき強大な敵と、多くの戦友たちがいた。
ゲームの世界では、ぼくは少しは名の知れた冒険者で、戦友たちに頼りにされることも多々あった。
ゲームはそれほどメジャーなものではなかったけれども、それなりに人も多く、活況だった。ゲーム内外の掲示板やSNSで、たくさんの人たちが活発に意見を交わしたり、入手したレアアイテムの自慢をしていたりした。
ぼくもそんな大勢の人たちの中で、戦友たちと一緒に強敵を狩りにいったり、レアアイテムを求めて、一人危険な沼地へと足を踏み入れたりもした。
毎日が楽しかった。
「明日の仕事に差し支えるから早く寝よう」と思いながらもやめるにやめられず、翌日は眠い目をこすりながら出社したこともあった。
仕事でミスをして落ち込んでも、ゲームの中でレアアイテムをゲットできれば明日からの活力にもなった。
大した理由もなく、「サービス開始!」という広告を見つけて、なんとなく始めたゲームだったけれども、家と会社を往復するだけの退屈な毎日に張りが出るようになったのだ。
ゲーム世界のぼくはどんどん強くなっていき、大勢の戦友にも恵まれ、ゲーム内の冒険を謳歌する日が何ヶ月も続いた。
けれども、楽しいだけの日は、決して長くは続かなかった。
ある日、「期間限定で入手できるアイテムを集めて合成し、より強いアイテムを作ろう」というイベントが開催された。
そのイベントで入手できる素材アイテムの能力を考えると、合成後の「より強いアイテム」は破格の強さになることが予想される。各所のSNSはその話題一色になった。
けれども。
数日後に運営から公表されたのは、そのアイテムは「合成で奇想天外な進化をする」という言葉だった。
そしてほどなくしてアイテムを合成した人が現れたのだけれども。
完成したアイテムは「奇想天外」の言葉の通り、予想されていた破格な性能とは裏腹な……ぶっちゃけてしまえばがっかりな性能の……シロモノだったのだ。
SNSは一時的に荒れた。「ふざけんな、期待させといてこれかよ」といった声が上がったりもしたけれども、「しょせんは無課金プレイヤーでも入手可能なイベントアイテム。この程度の性能に落ち着くのは当然の帰結」といった冷静な声も上がり、ほどなくして騒動は沈静化してしまった。
……あとになって考えてみると、たぶんこれが一番最初のきっかけだったのだろう。「ゲームはまだ楽しめるけれども、このゲームの運営はプレイヤーの期待を裏切るかもしれない」という疑心暗鬼を、ぼくらの心の奥底に居着かせてしまったのだ。
二度目のやらかしは、それから半年後だった。
ゲームでは、一定の確率で必殺技を出すことができる。そしてその発動率は「必殺技」という能力に依存している。ぼくらはその日まで、「必殺技の数字=必殺技の発動率」だと思っていた。実際ゲームを遊んでいると、必殺技が40なら40%くらいの確率で必殺技が発動しているように感じていたのだ。
その日、「必殺技」の数字が大きく上がるアイテムが実装された。そのアイテムを装備することで、必殺技の数字を100近くにまで上げることができるようになったのだけれども。
数字ほどに必殺技が発動しない。
そんな声が、SNS上で聞こえるようになった。
ほどなくして該当アイテムを手に入れたプレイヤーたちによる「検証」が始まった。
ぼくも運良くそのアイテムを入手できたので検証に協力したけれども、その結果は……。
アイテムを装備して見た目の必殺技発動率を100まで引き上げたとしても、実際の発動率は50%近辺で上限になってしまうようだ、という結論に至った。
有志がこの検証結果を運営につきつけて問い合わせたのだけれども、運営からの返答は「ゲームは正常に動作しています」という的外れなものだった。
もちろん関連のSNSは荒れた。「そういう仕様です」と答えてしまえばそれで終わりだったはずの問題を、わざわざ的外れな回答をして誤魔化してしまったのだ。運営に対する不信感が芽生えないはずはなく、これをきっかけにゲームを引退してしまう人、「ゲームはまだ楽しめているから続けるけれど、運営に対する認識は改める」という人など、運営に対する不信感をあらわにする人が多くなってきていた。
そしてそれから数日後、ゲームのオンラインマニュアルの「必殺技」の項目が「必殺技が発動する確率です」という表記から「高ければ必殺技が発動する確率が上がります」という表記に変更されているのが発見される。
これでまた、運営に対する不信感を大きくした人が増えてしまったのはいうまでもない。
それでもまだ、ゲームは活況だった。合成アイテムの件も必殺技発動率の件も、SNSを利用しないような、大多数のライトなプレイヤーたちのあずかり知らないところで起きていたからだ。
けれども必殺技発動率の件とほぼ時を同じくして、ライトなプレイヤーたちでもわかる変化が起き始めていた。
ゲームのインフレ。
もちろんこれまでも、ぼくらプレイヤーが強くなっていくのにともなって、より強い敵が登場してはいた。
ただ、敵の強さの上昇幅は比較的緩やかで、SNSでは「ゲームのインフレはそれなりに上手にコントロールされている」ともいわれていた。
けれど、その時に登場した敵は、これまで最強の座に君臨していた敵を遙かに上回る強さを誇っていたのだ。
インフレはすぐに螺旋を描き始めた。新たに登場した敵を倒すため、という名目でより強いアイテムが実装され、そのアイテムに対抗するように輪をかけて強い敵が登場する。
ゲーム初期に登場していたボスモンスターはそのあたりにいる雑魚敵よりも弱くなり、「これを入手しておけば一年は戦える」といわれていたような最強クラスの武器でさえも、末期にはわずか三ヶ月で凡百の武器に並ぶようになった。
インフレしていったのは、ゲーム内のデータの数字だけではなかった。
ゲーム内で開催されるイベント。これも当初は、1日に2~3時間も集中して遊んでいれば、イベントの主要な報酬に加えて、ゲーム内で使える有用なアイテムもいくつか獲得することができていた。
そのうちにイベント報酬を獲得するための難易度もじわじわと上昇を始め、「1日に2~3時間」程度のプレイでは、イベントの主要な報酬を獲得するのがやっとになり、最後には「毎日2~3時間おきにゲームを確認」しないと、イベント報酬を獲得することさえ困難になっていた。
「ゲームは楽しめているから続ける」といっていたプレイヤーたちも、2年が経ち、3年が経つと、加速するインフレやイベントの高難度化によって徐々に脱落していった。
脱落する人がいる一方で、ゲームのインフレのために新規プレイヤーは寄りつかなくなる。結果、ゲームを遊ぶプレイヤーはじりじりと少なくなっていった。
大勢の人であふれていた冒険の世界は徐々に閑散とし始める。人が少なくなったことで「みんなで協力してボスを倒そう!」といった協力要素が成り立ちにくくなっていった。
イベントそのものが高難度化している上に、プレイヤーの減少のために困難になるプレイヤー同士の協力。
ボスを倒すことがより困難になるのは自明の理だった。
そしてボスを倒せなかった=報酬を得られなかったプレイヤーが、ゲームそのものを遊ぶ気力を失って、ゲームから去っていく……。
悪循環だった。
かつては大勢の人であふれていたゲーム世界は閑散とし、登場すれば5分と経たずに討伐されていた大型モンスターが、1時間も2時間も居座るようになる。
SNSの書き込みは激減し、新しいモンスターが登場しても、新しい装備が登場しても、盛り上がるのはほんの一瞬。書き込みの大半は「アイテムの○○が入手できない」という愚痴や、ゲームが過疎化してしまった理由の考察、あるいはゲームとは関係のない雑談で、それも1日に10件程度の書き込みがあれば御の字。酷いときには1日に2~3件の書き込みしかないような日さえあった。
そんな状況が、どのくらい続いただろう。
それまで頻繁に開催されていたゲーム内のイベントが、開催されなくなった。
ゲームの運営からは「諸般の事情によりイベントの開催を延期します」という告知がされたけれども、ゲームの現状を考えれば、それが「イベント開催の延期」ではなく、「サービス終了へ向けたゲームの放置」であるというのは、簡単に推測できた。
そしてこのゲームの放置が始まるのとほぼ時を同じくして、ゲームの運営会社が新しいゲームのサービスを開始した、という話が伝わってきた。
おそらく、その新ゲームに注力するために、ぼくらの遊んでいるこのゲームの運営を放棄し、スタッフを新ゲームに回したのだろう。
それでもまだ、一部のプレイヤーたちはほんの少しの希望を抱いていた。「イベント開催の延期」という言葉を信じたかったのだ。……少なくとも、「イベント開催の延期」という言葉を信じたい、と思っているプレイヤーが一定数いるくらいには、まだこのゲームは愛されていたのだ。
延期されたはずのイベントの開催がないまま3日が経ち、一週間が経ち、一ヶ月が経った。
その頃にはもう、「イベント開催の延期」という言葉を信じたかったプレイヤーたちの間にも、あきらめにも似た空気が漂っていた。
もうこのゲームは終わりだ。
運営はゲームの運営を放棄した。
あとはもう、近々来るであろう、サービス終了告知を待つだけなのだ。
プレイヤーの数はさらに減った。
本来なら最も活気のあるはずの午後9時~午前0時の間でも、ゲームの世界は閑散とするようになった。
ゲームに実装されているレアアイテムを取り尽くし、目的を見失ったプレイヤーが順番に姿を消していく。そもそも最強の装備を整えたところで、その装備を使って倒すべきモンスターも、もはや出現することはない。
それから3か月が経った。
運営が鳴り物入りでサービスを開始した新ゲームは、評判がよくないらしい。
ぼくらのゲームは、放置が続いている。
当初は「新ゲームの評判がよくなかったら、こちらを復活させるつもりなのではないか」なんてこともいわれていたけれども、運営を放棄して何ヶ月も経過したゲームを復活させたところで、人が帰ってくるはずもないだろう。
ぼく自身も、ゲームの中でできることはやり尽くしてしまった。目的のなくなってしまったゲーム世界は、無限に広がるフロンティアではなく、荒涼とした廃墟だった。
それでも。
それでもぼくは、今日もゲームの世界に入っていく。
このゲームが好きだったから。
せめて自分が好きだったものの終焉は、この目で見届けたかったから。
今日もぼくは、荒涼とした廃墟の中を、目的もないままに彷徨っている。
「ゲームの終了告知」を待ちながら。
思い当たることはたくさんある。ぼくだって、それを批判したりもした。けれどもそれは、ぼくがこの世界……このゲーム……を好きだったからで。
仕事を終えて帰宅して。夕食を食べて風呂に入って。一人自室にこもって、PCを起動する。
PCの向こうには、広大な世界とたくさんの冒険。そして立ち向かうべき強大な敵と、多くの戦友たちがいた。
ゲームの世界では、ぼくは少しは名の知れた冒険者で、戦友たちに頼りにされることも多々あった。
ゲームはそれほどメジャーなものではなかったけれども、それなりに人も多く、活況だった。ゲーム内外の掲示板やSNSで、たくさんの人たちが活発に意見を交わしたり、入手したレアアイテムの自慢をしていたりした。
ぼくもそんな大勢の人たちの中で、戦友たちと一緒に強敵を狩りにいったり、レアアイテムを求めて、一人危険な沼地へと足を踏み入れたりもした。
毎日が楽しかった。
「明日の仕事に差し支えるから早く寝よう」と思いながらもやめるにやめられず、翌日は眠い目をこすりながら出社したこともあった。
仕事でミスをして落ち込んでも、ゲームの中でレアアイテムをゲットできれば明日からの活力にもなった。
大した理由もなく、「サービス開始!」という広告を見つけて、なんとなく始めたゲームだったけれども、家と会社を往復するだけの退屈な毎日に張りが出るようになったのだ。
ゲーム世界のぼくはどんどん強くなっていき、大勢の戦友にも恵まれ、ゲーム内の冒険を謳歌する日が何ヶ月も続いた。
けれども、楽しいだけの日は、決して長くは続かなかった。
ある日、「期間限定で入手できるアイテムを集めて合成し、より強いアイテムを作ろう」というイベントが開催された。
そのイベントで入手できる素材アイテムの能力を考えると、合成後の「より強いアイテム」は破格の強さになることが予想される。各所のSNSはその話題一色になった。
けれども。
数日後に運営から公表されたのは、そのアイテムは「合成で奇想天外な進化をする」という言葉だった。
そしてほどなくしてアイテムを合成した人が現れたのだけれども。
完成したアイテムは「奇想天外」の言葉の通り、予想されていた破格な性能とは裏腹な……ぶっちゃけてしまえばがっかりな性能の……シロモノだったのだ。
SNSは一時的に荒れた。「ふざけんな、期待させといてこれかよ」といった声が上がったりもしたけれども、「しょせんは無課金プレイヤーでも入手可能なイベントアイテム。この程度の性能に落ち着くのは当然の帰結」といった冷静な声も上がり、ほどなくして騒動は沈静化してしまった。
……あとになって考えてみると、たぶんこれが一番最初のきっかけだったのだろう。「ゲームはまだ楽しめるけれども、このゲームの運営はプレイヤーの期待を裏切るかもしれない」という疑心暗鬼を、ぼくらの心の奥底に居着かせてしまったのだ。
二度目のやらかしは、それから半年後だった。
ゲームでは、一定の確率で必殺技を出すことができる。そしてその発動率は「必殺技」という能力に依存している。ぼくらはその日まで、「必殺技の数字=必殺技の発動率」だと思っていた。実際ゲームを遊んでいると、必殺技が40なら40%くらいの確率で必殺技が発動しているように感じていたのだ。
その日、「必殺技」の数字が大きく上がるアイテムが実装された。そのアイテムを装備することで、必殺技の数字を100近くにまで上げることができるようになったのだけれども。
数字ほどに必殺技が発動しない。
そんな声が、SNS上で聞こえるようになった。
ほどなくして該当アイテムを手に入れたプレイヤーたちによる「検証」が始まった。
ぼくも運良くそのアイテムを入手できたので検証に協力したけれども、その結果は……。
アイテムを装備して見た目の必殺技発動率を100まで引き上げたとしても、実際の発動率は50%近辺で上限になってしまうようだ、という結論に至った。
有志がこの検証結果を運営につきつけて問い合わせたのだけれども、運営からの返答は「ゲームは正常に動作しています」という的外れなものだった。
もちろん関連のSNSは荒れた。「そういう仕様です」と答えてしまえばそれで終わりだったはずの問題を、わざわざ的外れな回答をして誤魔化してしまったのだ。運営に対する不信感が芽生えないはずはなく、これをきっかけにゲームを引退してしまう人、「ゲームはまだ楽しめているから続けるけれど、運営に対する認識は改める」という人など、運営に対する不信感をあらわにする人が多くなってきていた。
そしてそれから数日後、ゲームのオンラインマニュアルの「必殺技」の項目が「必殺技が発動する確率です」という表記から「高ければ必殺技が発動する確率が上がります」という表記に変更されているのが発見される。
これでまた、運営に対する不信感を大きくした人が増えてしまったのはいうまでもない。
それでもまだ、ゲームは活況だった。合成アイテムの件も必殺技発動率の件も、SNSを利用しないような、大多数のライトなプレイヤーたちのあずかり知らないところで起きていたからだ。
けれども必殺技発動率の件とほぼ時を同じくして、ライトなプレイヤーたちでもわかる変化が起き始めていた。
ゲームのインフレ。
もちろんこれまでも、ぼくらプレイヤーが強くなっていくのにともなって、より強い敵が登場してはいた。
ただ、敵の強さの上昇幅は比較的緩やかで、SNSでは「ゲームのインフレはそれなりに上手にコントロールされている」ともいわれていた。
けれど、その時に登場した敵は、これまで最強の座に君臨していた敵を遙かに上回る強さを誇っていたのだ。
インフレはすぐに螺旋を描き始めた。新たに登場した敵を倒すため、という名目でより強いアイテムが実装され、そのアイテムに対抗するように輪をかけて強い敵が登場する。
ゲーム初期に登場していたボスモンスターはそのあたりにいる雑魚敵よりも弱くなり、「これを入手しておけば一年は戦える」といわれていたような最強クラスの武器でさえも、末期にはわずか三ヶ月で凡百の武器に並ぶようになった。
インフレしていったのは、ゲーム内のデータの数字だけではなかった。
ゲーム内で開催されるイベント。これも当初は、1日に2~3時間も集中して遊んでいれば、イベントの主要な報酬に加えて、ゲーム内で使える有用なアイテムもいくつか獲得することができていた。
そのうちにイベント報酬を獲得するための難易度もじわじわと上昇を始め、「1日に2~3時間」程度のプレイでは、イベントの主要な報酬を獲得するのがやっとになり、最後には「毎日2~3時間おきにゲームを確認」しないと、イベント報酬を獲得することさえ困難になっていた。
「ゲームは楽しめているから続ける」といっていたプレイヤーたちも、2年が経ち、3年が経つと、加速するインフレやイベントの高難度化によって徐々に脱落していった。
脱落する人がいる一方で、ゲームのインフレのために新規プレイヤーは寄りつかなくなる。結果、ゲームを遊ぶプレイヤーはじりじりと少なくなっていった。
大勢の人であふれていた冒険の世界は徐々に閑散とし始める。人が少なくなったことで「みんなで協力してボスを倒そう!」といった協力要素が成り立ちにくくなっていった。
イベントそのものが高難度化している上に、プレイヤーの減少のために困難になるプレイヤー同士の協力。
ボスを倒すことがより困難になるのは自明の理だった。
そしてボスを倒せなかった=報酬を得られなかったプレイヤーが、ゲームそのものを遊ぶ気力を失って、ゲームから去っていく……。
悪循環だった。
かつては大勢の人であふれていたゲーム世界は閑散とし、登場すれば5分と経たずに討伐されていた大型モンスターが、1時間も2時間も居座るようになる。
SNSの書き込みは激減し、新しいモンスターが登場しても、新しい装備が登場しても、盛り上がるのはほんの一瞬。書き込みの大半は「アイテムの○○が入手できない」という愚痴や、ゲームが過疎化してしまった理由の考察、あるいはゲームとは関係のない雑談で、それも1日に10件程度の書き込みがあれば御の字。酷いときには1日に2~3件の書き込みしかないような日さえあった。
そんな状況が、どのくらい続いただろう。
それまで頻繁に開催されていたゲーム内のイベントが、開催されなくなった。
ゲームの運営からは「諸般の事情によりイベントの開催を延期します」という告知がされたけれども、ゲームの現状を考えれば、それが「イベント開催の延期」ではなく、「サービス終了へ向けたゲームの放置」であるというのは、簡単に推測できた。
そしてこのゲームの放置が始まるのとほぼ時を同じくして、ゲームの運営会社が新しいゲームのサービスを開始した、という話が伝わってきた。
おそらく、その新ゲームに注力するために、ぼくらの遊んでいるこのゲームの運営を放棄し、スタッフを新ゲームに回したのだろう。
それでもまだ、一部のプレイヤーたちはほんの少しの希望を抱いていた。「イベント開催の延期」という言葉を信じたかったのだ。……少なくとも、「イベント開催の延期」という言葉を信じたい、と思っているプレイヤーが一定数いるくらいには、まだこのゲームは愛されていたのだ。
延期されたはずのイベントの開催がないまま3日が経ち、一週間が経ち、一ヶ月が経った。
その頃にはもう、「イベント開催の延期」という言葉を信じたかったプレイヤーたちの間にも、あきらめにも似た空気が漂っていた。
もうこのゲームは終わりだ。
運営はゲームの運営を放棄した。
あとはもう、近々来るであろう、サービス終了告知を待つだけなのだ。
プレイヤーの数はさらに減った。
本来なら最も活気のあるはずの午後9時~午前0時の間でも、ゲームの世界は閑散とするようになった。
ゲームに実装されているレアアイテムを取り尽くし、目的を見失ったプレイヤーが順番に姿を消していく。そもそも最強の装備を整えたところで、その装備を使って倒すべきモンスターも、もはや出現することはない。
それから3か月が経った。
運営が鳴り物入りでサービスを開始した新ゲームは、評判がよくないらしい。
ぼくらのゲームは、放置が続いている。
当初は「新ゲームの評判がよくなかったら、こちらを復活させるつもりなのではないか」なんてこともいわれていたけれども、運営を放棄して何ヶ月も経過したゲームを復活させたところで、人が帰ってくるはずもないだろう。
ぼく自身も、ゲームの中でできることはやり尽くしてしまった。目的のなくなってしまったゲーム世界は、無限に広がるフロンティアではなく、荒涼とした廃墟だった。
それでも。
それでもぼくは、今日もゲームの世界に入っていく。
このゲームが好きだったから。
せめて自分が好きだったものの終焉は、この目で見届けたかったから。
今日もぼくは、荒涼とした廃墟の中を、目的もないままに彷徨っている。
「ゲームの終了告知」を待ちながら。
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