鬼姫奇譚

中富虹輔

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エピローグ

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 夏の暑い道を、俺と由姫は、駅へ向かって歩いていた。本当なら、おじさんが車で駅まで送ってくれるはずだったのだけれども、俺はなんとなく、この町の最後の時間を、由姫と二人でいたかったのだ。
 特別な意味があったわけではない(出がけに、柊子はさんざん俺のことを冷やかしてくれたけれども)。ただなんとなく、これから先、由姫がどんな生活を送るつもりなのかとか、そんなことを聞いてみたかっただけなのだ。
「お前も酔狂なやつだな、将臣。何も好きこのんで、こんな暑いところをとぼとぼと歩く必要もあるまい」
 ぽつりと、由姫がいった。
「なんとでもいってくれ」俺は少しふてくされた声で応えた。今さらそんなことをいうんなら、そんな「酔狂」にはつきあわなきゃいいだろうが。
 言葉を返したくなるのをこらえて、
「由姫は、これから、どうする?」俺は問うた。
「私? 私か?」
「うん」
「……とりあえず、『大学』というのにいってみようと思っている」
 へえ。俺は少し驚いて、由姫に目をやった。由姫もまた俺に目を向け、
「鬼の里でも、少し勉強はしていたのだがな。やはり、きちんと勉学を身につけておいた方が、あとあと役に立つだろうからな」
「学力の方は、大丈夫なのか?」
 考えようによっては、それは失礼な質問ではあったかも知れない。けれども。
「心配ない。ちょっと椿に見てもらったのだが、十分『高卒』の学力で通用するそうだ。とりあえず……来年、大検というやつを受けて、それに合格したら、大学へ行ってみるつもりだ」
 由姫の言葉を聞いて、俺はつい、そのときの彼女の年齢を計算してしまった。……普通の人が大学を卒業する年齢に、由姫は大学一年生、ということになるのか。
 ……あれ? ちょっと待て。そうすると……。
「俺が大学に進学するんなら、俺と由姫は、同じ年に大学に入れる、ってことか?」
「そうなのか?」
 由姫の質問に、「ま、お互いに順調にいけば、だけどな」俺はうなずいた。
「そうすると、私とお前が、同じ大学に通う、なんてこともできる、ということだな?」
「そういう可能性もあるな」
 もう一度、俺はうなずいた。すると由姫はにこりと笑い、
「それなら、可能ならばそうしよう」
 思いがけない提案をしてきた。なんとなく、それは悪いことではないような気がして、俺は「そうだな」と、それに同意した。
 由姫は、いつもの、少し意地悪な笑みを俺に向けてきた。
「いっちゃ悪いがな、将臣。椿の見立てでは、私は相当頭がいいらしいぞ。……お前が、私と同じ大学に行くことができるのか?」
 げっ。ほんとかよ? ……椿さんが「頭がいい」っていったんなら、本当に、ものすごく頭がいいのかも知れない。
「できるだけの努力はするさ」
 俺は冷や汗を流しながら応えた。そんな俺をにやにや笑いながら見ていた由姫だったが。
「そうだ」
「ん? なんだ?」
「お前に、貸しを作っておいたの、覚えているか?」
「あ? ああ……」
 俺はうなずいた。そういえば、そんなこともあったっけ。
「なんだ? 今、返せって?」
「そういうことだ。お前は物わかりがよくて嬉しいぞ」
 由姫はにこにことうなずいた。
「そりゃ、別にかまわないけど……。俺、なんにも持ってないぜ」
 俺は、荷物を持っていない左手をひらひらさせた。けれども由姫は小さく笑い、
「安心しろ。別にお前のものをせびるつもりはない」
「じゃ、何がほしいんだ?」
「お前の力を、分けてもらいたい」
「はぁ?」俺は思わず、間の抜けた声を出してしまった。
「そんなことしたら、俺、うちに帰れなくなっちまうじゃねぇか」
 由姫は微苦笑した。「いくらなんでも、この前ほど無茶に吸い取るつもりはないぞ。……なに、ほんのちょっとでいいんだ」
 俺はようやく、由姫がなにをいっているのかに気づいた。……直接そうしろ、といわないのは、やはり彼女も、照れくさいのだろうか。
「口移しでか?」
「そうだ」
 けれども由姫は、そんなそぶりはちらとも見せず、にやりと笑って応えた。
「柊子に、なにか吹き込まれただろ?」
 問うと、「お見事」由姫はまたにやりと笑った。「これで当分会えなくなるのだから、キスの一つもしてもらっておけ、だとさ」
 あんにゃろ。余計なことを……。
「……ほれ、早くしろ。時間もあまりないのだぞ」
 何かを楽しむかのようににやにや笑いながら、由姫は俺を急かした。……わかったよ。まったく。
 俺が観念して足を止めると、由姫もその場で立ち止まり、こちらに向き直った。相変わらずにやにや笑っている由姫の顔を見ながら、俺はゆっくりと、彼女に口づけた。
 そのときに、由姫が俺の身体の中のエネルギーを少し吸い取っていったのは、彼女なりの、照れ隠しだったのだろう。
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