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第五章◆石ノ杜

石ノ杜~Ⅵ

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空を仰げば、目眩めくるめく歳月を経た巨木の枝々がうねりを描くかのよう。

風の道筋、水の流れに沿う生え際の土壌は大きくえぐれ落ち。
根張ねばりを浮かせ、身のたけを遥かに越える穹窿アーチを形成している。

カーツェルはチェシャの後ろを歩き、見守った。
って登らねばならぬような斜面では、担ぎ上げてやりながら。

一方、安全の確認に余念が無いフェレンスは、常に二人の遙か先を行く。

姿が見えなくなりそうでハラハラするが。
間際には立ち止まり、取り出した懐中機器で位置確認を済ませているようだった。

嵐が来ようものなら濁流だくりゅうに飲まれるであろう堀りを、急ぎ下らねばならぬ。
長い々 ... 自然隧道ずいどうをひたすら。 先へ ... 先へ ... 。   (※隧道=トンネル)

足早に進む主に対し文句も言わず。
揚々として追うチェシャの背を見ていると、その辛抱強さも筋金入りと思う。

特異血種であるがゆえ
余程の事態におちいらぬ限りは、この通り ... 当然のように乗り越え歩んできたのだろう。

清々しい心持ちで。カーツェルは再度、降る木漏れ日を胸に浴びた。

ところが、そう上手く事は運ばないらしい。



 --- 深淵しんえんのぞむは、何者か ... ...

  呼び声に応えるがごとき筋道を。
  毒を湛えしもりしるべを。

  あばくべき時 ... ...



彼ら三人の他、関係する幾人ものまばたき、ひらめきが同調するかのような節目に。
転じ、深く沈む視感。



意識的暗闇をて、それは現れた。

白藍に放光する水場の底から。
水中花を透かし蓬々ほうほうとして浮き立つように。

水面みなもに揺れる水影が、一枚、また一枚。
剥がれては舞い上がり、気配を放っている。

夜光石を敷き描かれるは、
孔雀くじゃく尾羽おはを思わす幾何学的左右対称柄ジオメトリック・シンメントリー

「やれやれ。地下洗礼堂とは酔狂じゃないか、バノマン ... ... 」

円柱の堂内に響き渡る声は、洗礼盤の中心にある気配から発せられた。

壁面に組まれた回り階段を降りていく、初老の男が目をやると。
その赤い瞳が微光をたた艶麗えんれいかもす。

指先で水影を払う気配は、やがて。
すその広い衣を一枚きりまとい、水場のふちへとおどり出た。

「しかも、硝子ガラスノ宮の資材を運んで造らせたんだね。
 この世にシャンテの中枢なき今、何の役にも立ちはしないのに」

「神秘学者の研究材料として、保管を兼ねているのでね」
「ああ、そう」

降りて来る男を冷ややかに見つめる翠玉色エメラルドの瞳と。
白百合のつぼみを思わす淡黄うすき色の髪。

身丈みたけに余る衣と、すそに届く毛先を揺らして首を傾げる彼は、
も投げやりにあしらう。

「さて。それはそうと、僕はいつまで待たされるのかな?」

長居するつもりは互いに無い。
ふくみ笑いから見て取れる意向だ。

「アイゼリアのもりに関した帝国の懸念を知る彼の事。
 あちらへ逃れることは分かり切っていた」

回りくどい話も極力、けたいので要約する。

「つまりは、こうかな。
 君達、過激派バルチザンの追撃先送りを見通した者が ... 結社には存在する」

「そう。察しは付いているが。あの男は高位貴族、及び上院議員マグナートのNO.Ⅳ」

「《フォルカーツェ・L・ディート・ランゼルク》 ... 言行不一致の厄介者だね。
 僕は、あのまわしいシャンテの竜とフェレンスが交わした
 契約の解除だけして欲しかったんだけどな。どうしても無視出来ないのかい?」

「石ノもりが他の土地を侵蝕しんしょくし始めたのは何故なぜか。その生態をあばく必要がある」
「まぁね。君たちにとって不都合なのはあの杜の毒 ... と言うよりは ... 」

語尾を濁し小声で笑う彼の視線は、様子に反して鋭い。

「 フフ ... それにしても、困ったな。
 せっかく送り出した使者も、あちらでは役に立ってくれそうにないんだから」

バノマンは口を閉ざし、嘲笑ちょうしょうする彼の声を聞きながら思索した。
それすら知られているとすれば、なおせん。

高位貴族、及び上院議員マグナートの結社が、
禁断ノ翠玉碑エメラルド・タブレット神血イーコールを求めるのは何のためか。

亡国のように、魔導兵を軍にえ置くつもりなどと
幼稚な策謀を抱くのは、軍権に依存する愚か者のみであろう。

シャンテの中枢は蒼ノ要塞シャングリラに移植されたのだ。
叡智えいちの結晶である《それら》を手に入れたところで、
要塞のあるじに楯突こうなどとは馬鹿げた話。
勝る力を得る方法さえ、この世には存在しないのだから。

闇雲に策を講じるはずも無いが ... ... 

いずれにせよ。
 我々はもりあばかれたのちに備えるのみ。
 使者を呼び戻すか否かは貴殿にお任せしよう」

「無駄な労力を注ぐつもりはないな。
 僕が欲しいのはフェレンスだけだから。君達こそ、好きにすると良いよ」
「であればしばし、お待ち頂こうか」

流石さすが、宗教的過激派を率いる役者の物言いは一味違う。
彼ノ尊かのみことを前に、対等な口をいても引けを取らない。

対し飄々ひょうひょうと虚空を見上げる。
ユリアヌスの言説は吐息を交え、いささか放漫。

「待ち遠しいな ... 早く救い出してあげたい。
 彼は僕のつがいであるべき存在なのに、シャンテの影に取りかれている。
 《賢者ノ石》を造り上げるために成すべきは、僕と一つになる事。
 彼だって、本当は分かっているはずなんだ」

それなのに ... あの男が邪魔をする ... ...

彼の目色が豹変したのは、
求めてやまない人物に付きまとう男の《影》を連想した瞬間だった。

まわしい、シャンテの竜め ... ... 」

その場を去る間際に見る妖雲。
みことの放つ無情の風合いが足元に吹き付け。
洗礼盤を振り向けば、黒煙が立ち込めるかのよう。

枢機卿。バノマンは、それを一時いっときほど眺め立ち返る。

余分に関わるのは面倒。
つ危険であると、彼は悟っていた。



もりが国境をむしばむなら、軍事衝突はけられぬ。
だが、資源輸出国と争えば、自国の産業にも打撃となるのだ。

軍事力が勝るか、動力エネルギー資源の掌握力が勝るか。

泥沼化する前に、距離を置きたいのが両国の本音と推測する。

結社の有力者は少なからずもりの進行停止を望み、裏工作に着手しているはずなので。
異端ノ魔導師を送り込む策は受け入れられなくもないだろう。

とは言え、代償リスクは大きい。
例えば枢機卿、率いる過激派にとって好都合である事を第一とし。

その他にも ... ... 

ともあれ。両国が共に、もりの存在する意義について触れようとしない、
 ... その謎に迫るなら。
何らかの陰謀があばかれるであろう。

 --- 彼女が選ばれたのは、そういう理由からだ。

場面は地下洗礼堂から、地上に建つ聖堂の最奥へと移り行き。
列柱廊コロネードにて。
枢機卿を迎えた男は、あるじ意図いとを読み解き、い歩く。

「彼女を向かわせる準備は?」
「とっくに済んでいますよ? 出入国管理庁に穴を開けておきました。
 我々に不手際を握られ結社に抹殺されるより、寝返る。
 連中にとっては生きるための賭けなのでしょうが ... 容易たやすいものですね」
「彼女に薬を与えたやからは、まだ生きているか?」
「それは ... ... 」

バノマンの問いに対し、アシェルは少しばかり口籠くちごもった。
そして立ち止まり、質問で返す。

「お言葉通り、単なる生存の確認ですか?
 それとも、利用できる状態にあるかどうかをおたずねでしょうか?」

対して彼の主人は、振り向くでもなく即答した。

「その両方だ」

アシェルは、いやらしく笑う。
指の側面を唇にわせて。

フェレンスに仕えていた頃の修道服とも不釣り合いであるが。
あでやかな淡黄たんおうの光沢を持った司祭平服キャソックを着る、現在の彼とは比較にならず。

不気味。

白い柱の間から差す光を受けて輪郭をにじませる両者の影は、やがて消え。
反転していく情景は不知火しらぬい彷彿ほうふつさせた。



そこはまるで、泥海どろうみふち ... ...



何処いずこへ誘われるや。
只々ただただ、信ずる者を後追うも。

二日目にして気掛かりが増えたとあって。

カーツェルの視線は、前を歩くチェシャの足元に釘付け。
思いのほか旅慣れていた幼子おさなごの頑張りもあって、快調なペースを保ってはいたが。
そろそろ言うべきか、いなか。

遥か先を行くフェレンスを見やっては、焦点を戻し悩んでいる最中。
ゆくりなくチェシャの足取りがふらついたので、彼は駆け寄った。

そして、何も言わずに手を引き込みぶる。

するとだ。

「降ろしなさい」

と、フェレンスの一声。

睨み上げたところ、語気を強め彼は言う。

「聴こえなかったか? ならば繰り返す ... 降ろしなさい。カーツェル」

しかれども、そこはあえて無視スルー
まぶたを伏せ、チェシャを背負ったまま歩き出した彼は、行き過ぎざまに吹っ掛けた。

「時々、遠くから様子を見るだけの分からず屋が何か言ってるけど、
 気にしなくていいからなー。チェシャ」

そうは言われても ... ...

困る!

聞こうとしないカーツェルと、物言いたげなフェレンスと。
交互に見て、落ち着き無く目の前の黒髪をむチェシャは、気が気でない。

冷や汗まで出てきた。
しかし、上手く言葉に出来ないので。

「 ゥゥー ... ムー !! 」

降ろして! 降ろしてー! という気持ちを込めてうめいていたのだ。
大した事ではないのに、険悪な雰囲気ムードである。

「分からず屋とは、言っても聞かない者のことを指す言葉では?」
「他にもな、察しが悪いとか、融通の利かないヤツにも当てはまるんだよ。
 今のお前にぴったりだろーが」

正直、勘弁して欲しかった。

「なるほど。であれば、もっと具体的に指摘してくれないか」
「 ... あのな、お前。この前、俺に何て言ったか覚えてる?」

「 ... ... 」
「 ... ... 」

カーツェルは気付いて欲しいらしいが。
チェシャは思う。

いや無理でしょ。
具体的にって言ってるのに。

黙り込んでしまったフェレンスは、一先ひとまず思いめぐらせているよう。
だが、彼の切り返しは360度の角度から、こうだ。

「もう一度、言うぞ?」
「もういい!! 気配りを忘れるなって話だよ!」

どうやら パッ と思い出せなかったみたい。

でしょうね!!

けれども悔しい。と、言うか。拍子抜け。
カーツェルもチェシャも ガクン と肩を落とすが、即、持ち直しうったえかけた。

自分で言っといて何だ。とまでは言わないが。

そばに居られなかったんだから、そりゃ仕方ねーし。お前のコトだもんな。
 どーせ、やり抜こうとする子を余分に甘やかすのはどうか ... なんて思ったんだろ」

フェレンスは真剣に耳を傾けている。

「でもな ... 」

カーツェルは一旦、話を区切って何やら ゴソゴソ と音を立てはじめた。
そうして、おったままチェシャの片足を取り。
パッ と小さな素足を晒して見せながら言い放つのだ。

「もう、足のマメが潰れそうなんだよ!」

見て納得。

はたと数回、まばたいたフェレンスの手が、幼子おさなごかかとに添えられる。

履物はきものが合っていなかったか」
「ロージーも、コイツが着の身着のまま旅に放り出されるとは思わなかったろうからな」
「ふむ ... 」
「俺たちの服は合うようにこしらえてある。けど、さ ... 」

一度、屋敷を出てからチェシャのよそおいは変わらない。
町の子らとまぎれ目立たぬよう、適当に揃えられたものだった。

臙脂えんじ色のフード付きケープも、よく々見れば。
あちらこちら、毛羽立ちが目につく。
枝葉にこすれた跡だろうか。

それはそうと。

カーツェルが何か言いかけたと思ったが。
すっかり黙ってしまったので。
疑問に思い顔を上げて見ると、バツが悪そうに目をらす。

無頓着だが冷静、つ素直なフェレンスの受け答えを聞いて、
少しばかりムキになってしまった事を反省しだしたよう。

すると、フェレンスの口元から吐息のような笑みがこぼれ。
彼はたずねた。

「当初から気に掛けていたのか」
「うん。だってさ ... 」

片や、なお口籠くちごも有様ありさま

そっぽを向くあごの側面に指を突き、
正面を向くよう仕向けたフェレンスは ... 一言、ささやく。

「良い子だ ... 」

カーツェルは ドキリ として息いた。

時にみょうな言葉を使う。
からかっているのか、どうなのか。

れど本人は、何気無し。
さっさとチェシャを抱き降ろしたうえ、木の根元に座らせて足の具合を診ている。

そこで、何がそんなに気不味きまずいのかと言うと。

こんな事で一々赤面している自分だ ーーー !!

《あぁあぁあぁぁぁぁぁ゛ーーーーーーーーー!!》

思わず背を向け別の木を殴るグーパン

《 ゴスッ !!》

鈍い音がしたので見やるチェシャは、
ああ、またか ... と、思った。

しかし気になるのは、もう一方の反応である。

向き直ると、フェレンスの口元に浮かぶ笑み。
素知らぬふりをしているのだと分かった。
取り出した手巾クロスを折り、処置しながら彼は言う。

「ところで、何故なぜこうなる前に言わなかった?」

当然の疑問だが。
不意に痛いところを突かれたものだから、ついうつむいてしまう。

唇をとがらせるチェシャを見たカーツェルは、かさず間に入った。

「つーか、お前が感じ取った通り。
 足手まといになりたくなくて頑張ってたんだろーが。責めるトコかよ」

「そうではない」

対して即、返す。
フェレンスは思慮を重ね、加えた。

「だがねんため、確認しておきたい」
「確認?」

「自身の血が特殊である事。
 流血してからでは対処しにくいい事。
 その点については、チェシャ ... お前が一番よく分かっているはずだな」

チェシャは黙ってうなづく。

「ならば、私が伝えておきたい事は三つ」

フェレンスの声はおだやかだった。

目を見て耳をかたむけている幼子おさなごと、向き合う彼。
眺め、ゆったり息を吐くカーツェルは、やれやれ ... といった気分。

一つ。指を立て、彼は言う。

「自立心が強く、何事も懸命なのは良い。
 だが、意地になってもらっては困る」

二つ。足される指。
勿論もちろん、真面目な話だ。

「カーツェルは魔ノ香マノカに敏感な体質だが、私はそうではない。
 それとなくあずけきりになってしまう事もあるので、彼の不満はもっとも。
 だが、そこは ... その都度、反省していく」

けれども。

え、待って ... ...

二人は同時に思った。

その都度? ... ...
ああ、なおす自信ないのね ... ...

ツッコミを入れたいのは山々だが。
く言うフェレンスは気にもめていないようなので、飲み込む。
そう、集中して聞かねばならぬのだ。

なのに。なのに ... ...

カーツェルめ、背を向け密かに笑ってやがる。
気が散って仕方がない。
けれどもチェシャはえた。

三つ。フェレンスは続ける。

保護符メダル魔ノ香マノカの拡散を防いでも、鼻が利く魔物キメラは見通す。
 なので、次からは何かしら知らせてくれるとがたい」

終わりにチェシャの頭をでて微笑む彼を見ていると、気持ちがなごんだ。
落ち着いた頃に振り向くカーツェルは、あらため実感する。

これが、彼の《まこと》の姿。
そう無闇にしかろうとはしない。
底知れぬ優しさを秘めた男であるのだと。

とは言え、何だ。視線が痛い。

想いにふけっていた彼は次に。 
ガンッ! とこちらを睨むチェシャと目が合い、面食らって驚いた。

「え!? 何だよ!?」
「 ンン ... ム !! ツェル 、メ !! ノ 、 ンムム --- !! 」

指差し、名指し。

文句を言われているのは分かるのだ。が、内容までは、どうにもこうにも。
すると、チェシャを抱き上げ歩き出したフェレンスから一言、投げられる。

「真面目な話を聞いている時に笑ってんじゃねーよ。だ、そうだ」
「え!? だって、それは! お前が《その都度》とか、微妙なコト言うから!」

実は、カーツェルの様子もあまさず把握していたよう。

ノ魔導師 ... あなどれぬ。下僕しもべは思った。
《 ンムム 》を、どうやくすれば、今の解釈にいたるのか。

「それに! チェシャは、そんな口の利き方しねーだろ! なぁー? チェシャ~?」

苦し紛れ。

フェレンスの肩越しに顔を出すチェシャに問いかけてみるけれども。
所詮しょせん、ダメ押しだった。

《 ヤダ、この子。 お前がソレを言う? みたいな顔してる!!》

トボトボ ... だいぶ遅れてから二人を追う。
カーツェルは、心で泣いていた。



云々しかじか。所、変わる。
石ノもり、圏内。



帝国中部より南下する分水嶺ぶんすいれいに沿い連なる山岳を、
西へ越えたフェレンス達とはことなり。

国境から南へ向かったのち
急ぎ、石ノ杜へと逃れたクロイツ一行の現在に至っては。
おおむね、想定された通りの運びとなっている。

アイゼリアの国境警備隊によって拘束された彼らは、事無く尋問を済ませ。
相手方あいてかた、指揮官を通じ交渉を持ちかけたところ。

長い年月と雨風により岩崩れし、形成された洞穴どうけつの深部にて。

《 ジャリリ、ジャリリ ... 》

響く足音。

目の前を左右に行き来する男を目で追うノシュウェルは、浅く溜息して項垂うなだれた。
足元は、骨とも見紛みまが砂礫されきおおわれている。

石ノもりと呼ばれる由縁ゆえんだ。

大地を侵蝕しんしょくし、毒を生成する植物生態の最末期に見られるという白石化。
その深度を探れば、もりの向かう先が見えてくるというもの。

だが、知る手立ては今のところ無い。

連行されている間は目隠しされていたので。
現在地すら把握できていないのだ。

知ったところで、今更だが ... ...

そして思う。

それよりも気になるのは部下達の安否。
一人々ひとりひとり、尋問を受けたとは思うが。
水や食事は与えられているだろうかと。

与えられているのであれば安心。と言うか。
出来れば自分も、そちらへ混ざりたい。

なんちゃって。

そう。部下達はどうか分からないが。
彼ら二名には、水しか与えられていなかった。

帝都を脱してから五日つが。
それでもなお、ギラギラとした眼光を絶やさず。
目の前の男を睨むクロイツの根性には心底、関心させられる。

まぁ、何だ。

自分も軍人であるゆえ
そういうものだという事は理解出来るのだ。

相手からられる情報は如何程いかほどか。
かすに値し、利用可能な人物であるかいなか。
見定めるためには極限に追い込む必要があると。

しかし、交渉に持ち込むつもりであったのだから。
穏便おんびんに済むものと見越して、一言。

そろそろ、食事くらい出してもらえないかなぁと。
言ってみたくもなる。

なのにだ。隣に居座るクロイツ。

この人ときたら ... ...

一昨日、切り出してみた時ね。
聞くなり、人の足を踏みにじったのね。

どんなに痛かったか。

聞いてくれる? 聞いてくれる?

ではまず。ご想像、頂きたい。

食事と言いかけたところで、
クロイツのかかとひざの高さまで上がるのが見えたのだ。

どんだけ ... って話だよ。
あ れ は 痛かった。本当ホント

いつかは部下にでも聞いてもらいたい。
ノシュウェルは長いこと考えていた。

大声を出したら、追い打ちの壁ドンパンチが来ると思い。
口いっぱいにうめきを頬張ほおばってえたのに。

『交渉に持ち込むまでが肝心なのだ。
 軽んじるられるような無様をさらすなど、許さんぞ ... 』

小声で釘を刺す、ドスのいたクロイツの声が恐ろし過ぎて。
若干、トラウマ。
交渉中であろうと、安易あんいに口をはさむ気にはなれなかったのだ。

《 ジャリリ、ジャリリ ... 》

行き来する足音は止まない。

かたやクロイツは、終始、男を睨み続けた。

国境警備隊の制服ではなく。
フード付き外套クロークに民族色の強いよそおい。

民間に紛れて活動しなければならない官職と言えば、
隠密おんみつと相場が決まっている。

関係者に身分を知らしめているのは、胸元に光るアイゼリアの徽章きしょうだ。

「居所は掴めたか?」
「いいえ。そればかりか、国境を通過した形跡も確認できていないようです」

「帝国からの要請は?」
「変わりありませんね。逃亡犯引き渡しに関してのみであると」

「あちらも魔導師の行方ゆくへを特定するには至らぬか」
「ええ、まあ。そこに居る二人の言っている事が真実であればですが」

聞き耳を立てていると。
《異変》が生じた気配も無く、膨大な魔力の放出も観測されてはいないらしい。

「しかし、帝国ばかりか我々の探査網までくぐるなんて。オレには信じられませんよ」

紅玉ルベウスを連れた帝国魔導師が軍規を乱し、
国を脱したという話を聞いて、目の色を変えぬ軍人など居ない。

それを聞いた連中の反応を、一瞬ばかり思い返すが。
不必要に口を開こうとはせず。
ノシュウェルは横を向いて、クロイツの様子をうかがっていた。

何せ、この通り。確たる証拠が無いのだから。
嘘かまことか。
虚言と見做みなさされてもおかしくはないので。

さて ... どう切り返すものかと。興味津々である。

すると、薄っすら開く唇。

笑っているのか。
目元にくまこしらえても、陰らぬ威勢。
クロイツは断言した。

「悪名、名高き《異端ノ魔導師》には、それが可能なのだ」

振り向く連中は、揃いも揃って顔をしかたたずむ。

「信じようが信じまいが、貴様らの勝手だがな。
 一方にとっては、たかが不法入国者。
 また一方にとっては、不審をはたらいた程度の軍人。
 にも関わらず、この様は何だ。考えてもみろ。
 わざわざ密偵を差し向けるほどの事か?
 重犯と断定するには日が浅すぎる割に、決めつけて掛からねばならぬ理由とは何だ?」

交渉を持ちかけておきながらわきまえもせず、高圧的でしゃくさわるが。
その場に居合わせた者、皆で考えさせられた。
対して連中の仕切り役が言葉を返す。

「双方共に、知られたくない事情から相手の目を逸らそうと画策している ... とでも?」
 
ニヤリ ... クロイツの笑みは不敵。

どうよ、この顔 ... ...

辺りを見やると、報告をしていた側の男が後退あとずさる動作を目にし、
共感を覚えずには居られない。ノシュウェルは思った。

引くよなぁ ... ...

分かるよ、その気持ち。
それはそれとしてだが。

クロイツの話はあながち当てずっぽうでもなさそう。
公判を控えた異端ノ魔導師と、その下僕しもべの動向、全て憶測であるにも関わらず。
隠密おんみつと思わしき男があらわれるや、見計らったように交渉を始めたのだ。

この人が敵じゃなくてさいわい。
心から、そう思う。

続けて見方を示すクロイツは淡々としたもの。
仮に両国が魔導師の足取りを掴んでいたとして、言う理由わけがないとの事だった。

名のある魔導師の確保は国益、安保推進に結びつくゆえ
利害を見極める必要こそあれ。
理にかないさえすれば、例え余所よそで法を犯していようが自国には何の不都合も無く。

唯一ゆいいつ、問題があるとすれば。
提示されるであろう条件。

つまりは、見返りである。

「 ククク ... あの男の利用価値は計り知れんのだ。
 国家機密に触れる事もある隠密おんみつなら。
 誰に会わせるべきかくらいは、見当が付いているはずだな?」

「 ... ... 」

「異端ノ魔導師を甘く見ると高く付くぞ? 
 もっとも我々であれば、あの男を黙らせる事など容易たやすい」

「 ... ... 」
「ヴォルト ... 危険です」

後退あとずさりしたままの男が、仕切り役を見て言う。
例え真実を述べているとしても、魔導師と結託けったくした工作員である可能性はいなめない。

分かっている。

だが、彼は異例の決断を下した。

「エルジオ。二人を連れて来い」
「え!?」

「その他は拘留措置こうりゅうそちを継続する事」
「いや、でも! と言うか、まさか! 謁見えっけんさせるつもりですか!?」

「機密事項をごく内々ないないとどめながら
 即、我々を差し向けられるのは、あの方しかおらんだろう」
「それは、確かに ... オレもそう思いますけど!
 でも、ヤバイと言うか。マズくないですか!?」

見ていると、片方の取り乱しようが半端ない。
まだ若いとは言え、一介いっかいの暗躍者が戸惑うほどの人物とは。

「まさか、国王じゃないですよね?」

声をひそめるノシュウェルに、また小声で返す。

「そう。飾り物に隠密おんみつの指揮が務まるはずはないのだ」

クロイツの顔色は心做こころなし明るい。
何日も水しか与えられていないというのに。

この人、本当に図太いな ... ...

流石さすが、俺の見込んだ人だ。ああ、あなたのコトなんですけどね」
巫山戯ふざけるな。自惚うぬぼれ屋に言われる筋合いは無い。私の格を下げるつもりか」

「いえいえ。滅相めっそうもない」

とりあえずは、これで。食事にもありつけるだろうし。
かく、感謝の気持ちを伝えておきたいだけ。

「ありがとうございます」
「 ... フン 」

素っ気なく顔をそむけるクロイツであるが。
と、言うことはだ。満更でもない気分なんだなと。

そう考えれば、つい:頬(ほほ)が:緩(ゆる)む。

交渉の第二段階は、いつ頃になるやら。
先は長そう。

けど、まぁ、この人となら切り抜けられるに違いない ... ...

ノシュウェルの心持ちは安らかだった。
 
 
 
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小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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