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第五章◆石ノ杜
石ノ杜~Ⅵ
しおりを挟む空を仰げば、目眩く歳月を経た巨木の枝々が畝りを描くかのよう。
風の道筋、水の流れに沿う生え際の土壌は大きく刳れ落ち。
根張を浮かせ、身の丈を遥かに越える穹窿を形成している。
カーツェルはチェシャの後ろを歩き、見守った。
這って登らねばならぬような斜面では、担ぎ上げてやりながら。
一方、安全の確認に余念が無いフェレンスは、常に二人の遙か先を行く。
姿が見えなくなりそうでハラハラするが。
間際には立ち止まり、取り出した懐中機器で位置確認を済ませているようだった。
嵐が来ようものなら濁流に飲まれるであろう堀りを、急ぎ下らねばならぬ。
長い々 ... 自然隧道をひたすら。 先へ ... 先へ ... 。 (※隧道=トンネル)
足早に進む主に対し文句も言わず。
揚々として追うチェシャの背を見ていると、その辛抱強さも筋金入りと思う。
特異血種であるが故。
余程の事態に陥らぬ限りは、この通り ... 当然のように乗り越え歩んできたのだろう。
清々しい心持ちで。カーツェルは再度、降る木漏れ日を胸に浴びた。
ところが、そう上手く事は運ばないらしい。
--- 深淵を臨むは、何者か ... ...
呼び声に応えるが如き筋道を。
毒を湛えし彼ノ杜の標を。
暴くべき時 ... ...
彼ら三人の他、関係する幾人もの瞬き、閃きが同調するかのような節目に。
転じ、深く沈む視感。
意識的暗闇を経て、それは現れた。
白藍に放光する水場の底から。
水中花を透かし蓬々として浮き立つように。
水面に揺れる水影が、一枚、また一枚。
剥がれては舞い上がり、気配を放っている。
夜光石を敷き描かれるは、
孔雀の尾羽を思わす幾何学的左右対称柄。
「やれやれ。地下洗礼堂とは酔狂じゃないか、バノマン ... ... 」
円柱の堂内に響き渡る声は、洗礼盤の中心にある気配から発せられた。
壁面に組まれた回り階段を降りていく、初老の男が目をやると。
その赤い瞳が微光を湛え艶麗を醸す。
指先で水影を払う気配は、やがて。
裾の広い衣を一枚きり纏い、水場の縁へと躍り出た。
「しかも、硝子ノ宮の資材を運んで造らせたんだね。
この世にシャンテの中枢なき今、何の役にも立ちはしないのに」
「神秘学者の研究材料として、保管を兼ねているのでね」
「ああ、そう」
降りて来る男を冷ややかに見つめる翠玉色の瞳と。
白百合の蕾を思わす淡黄色の髪。
身丈に余る衣と、裾に届く毛先を揺らして首を傾げる彼は、
然も投げやりにあしらう。
「さて。それはそうと、僕はいつまで待たされるのかな?」
長居するつもりは互いに無い。
含み笑いから見て取れる意向だ。
「アイゼリアの杜に関した帝国の懸念を知る彼の事。
あちらへ逃れることは分かり切っていた」
回りくどい話も極力、避けたいので要約する。
「つまりは、こうかな。
君達、過激派の追撃先送りを見通した者が ... 結社には存在する」
「そう。察しは付いているが。あの男は高位貴族、及び上院議員のNO.Ⅳ」
「《フォルカーツェ・L・ディート・ランゼルク》 ... 言行不一致の厄介者だね。
僕は、あの忌まわしいシャンテの竜とフェレンスが交わした
契約の解除だけして欲しかったんだけどな。どうしても無視出来ないのかい?」
「石ノ杜が他の土地を侵蝕し始めたのは何故か。その生態を暴く必要がある」
「まぁね。君たちにとって不都合なのはあの杜の毒 ... と言うよりは ... 」
語尾を濁し小声で笑う彼の視線は、様子に反して鋭い。
「 フフ ... それにしても、困ったな。
せっかく送り出した使者も、あちらでは役に立ってくれそうにないんだから」
バノマンは口を閉ざし、嘲笑する彼の声を聞きながら思索した。
それすら知られているとすれば、尚、解せん。
高位貴族、及び上院議員の結社が、
禁断ノ翠玉碑と神血を求めるのは何の為か。
亡国のように、魔導兵を軍に据え置くつもりなどと
幼稚な策謀を抱くのは、軍権に依存する愚か者のみであろう。
シャンテの中枢は蒼ノ要塞に移植されたのだ。
叡智の結晶である《それら》を手に入れたところで、
要塞の主に楯突こうなどとは馬鹿げた話。
勝る力を得る方法さえ、この世には存在しないのだから。
闇雲に策を講じるはずも無いが ... ...
「何れにせよ。
我々は杜が暴かれた後に備えるのみ。
使者を呼び戻すか否かは貴殿にお任せしよう」
「無駄な労力を注ぐつもりはないな。
僕が欲しいのはフェレンスだけだから。君達こそ、好きにすると良いよ」
「であれば暫し、お待ち頂こうか」
流石、宗教的過激派を率いる役者の物言いは一味違う。
彼ノ尊を前に、対等な口を利いても引けを取らない。
対し飄々と虚空を見上げる。
ユリアヌスの言説は吐息を交え、些か放漫。
「待ち遠しいな ... 早く救い出してあげたい。
彼は僕の番であるべき存在なのに、シャンテの影に取り憑かれている。
《賢者ノ石》を造り上げるために成すべきは、僕と一つになる事。
彼だって、本当は分かっているはずなんだ」
それなのに ... あの男が邪魔をする ... ...
彼の目色が豹変したのは、
求めてやまない人物に付き纏う男の《影》を連想した瞬間だった。
「忌まわしい、シャンテの竜め ... ... 」
その場を去る間際に見る妖雲。
尊の放つ無情の風合いが足元に吹き付け。
洗礼盤を振り向けば、黒煙が立ち込めるかのよう。
枢機卿。バノマンは、それを一時ほど眺め立ち返る。
余分に関わるのは面倒。
且つ危険であると、彼は悟っていた。
杜が国境を蝕むなら、軍事衝突は避けられぬ。
だが、資源輸出国と争えば、自国の産業にも打撃となるのだ。
軍事力が勝るか、動力資源の掌握力が勝るか。
泥沼化する前に、距離を置きたいのが両国の本音と推測する。
結社の有力者は少なからず杜の進行停止を望み、裏工作に着手しているはずなので。
異端ノ魔導師を送り込む策は受け入れられなくもないだろう。
とは言え、代償は大きい。
例えば枢機卿、率いる過激派にとって好都合である事を第一とし。
その他にも ... ...
ともあれ。両国が共に、杜の存在する意義について触れようとしない、
... その謎に迫るなら。
何らかの陰謀が暴かれるであろう。
--- 彼女が選ばれたのは、そういう理由からだ。
場面は地下洗礼堂から、地上に建つ聖堂の最奥へと移り行き。
列柱廊にて。
枢機卿を迎えた男は、主の意図を読み解き、添い歩く。
「彼女を向かわせる準備は?」
「とっくに済んでいますよ? 出入国管理庁に穴を開けておきました。
我々に不手際を握られ結社に抹殺されるより、寝返る。
連中にとっては生きるための賭けなのでしょうが ... 容易いものですね」
「彼女に薬を与えた輩は、まだ生きているか?」
「それは ... ... 」
バノマンの問いに対し、アシェルは少しばかり口籠った。
そして立ち止まり、質問で返す。
「お言葉通り、単なる生存の確認ですか?
それとも、利用できる状態にあるかどうかをお尋ねでしょうか?」
対して彼の主人は、振り向くでもなく即答した。
「その両方だ」
アシェルは、厭らしく笑う。
指の側面を唇に這わせて。
フェレンスに仕えていた頃の修道服とも不釣り合いであるが。
艶やかな淡黄の光沢を持った司祭平服を着る、現在の彼とは比較にならず。
不気味。
白い柱の間から差す光を受けて輪郭を滲ませる両者の影は、やがて消え。
反転していく情景は不知火を彷彿させた。
そこはまるで、泥海の淵 ... ...
何処へ誘われるや。
只々、信ずる者を後追うも。
二日目にして気掛かりが増えたとあって。
カーツェルの視線は、前を歩くチェシャの足元に釘付け。
思いのほか旅慣れていた幼子の頑張りもあって、快調なペースを保ってはいたが。
そろそろ言うべきか、否か。
遥か先を行くフェレンスを見やっては、焦点を戻し悩んでいる最中。
ゆくりなくチェシャの足取りがふらついたので、彼は駆け寄った。
そして、何も言わずに手を引き込み負ぶる。
するとだ。
「降ろしなさい」
と、フェレンスの一声。
睨み上げたところ、語気を強め彼は言う。
「聴こえなかったか? ならば繰り返す ... 降ろしなさい。カーツェル」
然れども、そこはあえて無視。
瞼を伏せ、チェシャを背負ったまま歩き出した彼は、行き過ぎざまに吹っ掛けた。
「時々、遠くから様子を見るだけの分からず屋が何か言ってるけど、
気にしなくていいからなー。チェシャ」
そうは言われても ... ...
困る!
聞こうとしないカーツェルと、物言いたげなフェレンスと。
交互に見て、落ち着き無く目の前の黒髪を揉むチェシャは、気が気でない。
冷や汗まで出てきた。
しかし、上手く言葉に出来ないので。
「 ゥゥー ... ムー !! 」
降ろして! 降ろしてー! という気持ちを込めて呻いていたのだ。
大した事ではないのに、険悪な雰囲気である。
「分からず屋とは、言っても聞かない者のことを指す言葉では?」
「他にもな、察しが悪いとか、融通の利かないヤツにも当てはまるんだよ。
今のお前にぴったりだろーが」
正直、勘弁して欲しかった。
「なるほど。であれば、もっと具体的に指摘してくれないか」
「 ... あのな、お前。この前、俺に何て言ったか覚えてる?」
「 ... ... 」
「 ... ... 」
カーツェルは気付いて欲しいらしいが。
チェシャは思う。
いや無理でしょ。
具体的にって言ってるのに。
黙り込んでしまったフェレンスは、一先ず思い巡らせているよう。
だが、彼の切り返しは360度の角度から、こうだ。
「もう一度、言うぞ?」
「もういい!! 気配りを忘れるなって話だよ!」
どうやら パッ と思い出せなかったみたい。
でしょうね!!
けれども悔しい。と、言うか。拍子抜け。
カーツェルもチェシャも ガクン と肩を落とすが、即、持ち直し訴えかけた。
自分で言っといて何だ。とまでは言わないが。
「傍に居られなかったんだから、そりゃ仕方ねーし。お前のコトだもんな。
どーせ、やり抜こうとする子を余分に甘やかすのはどうか ... なんて思ったんだろ」
フェレンスは真剣に耳を傾けている。
「でもな ... 」
カーツェルは一旦、話を区切って何やら ゴソゴソ と音を立てはじめた。
そうして、お負ったままチェシャの片足を取り。
パッ と小さな素足を晒して見せながら言い放つのだ。
「もう、足のマメが潰れそうなんだよ!」
見て納得。
はたと数回、瞬いたフェレンスの手が、幼子の踵に添えられる。
「履物が合っていなかったか」
「ロージーも、コイツが着の身着のまま旅に放り出されるとは思わなかったろうからな」
「ふむ ... 」
「俺たちの服は合うように拵えてある。けど、さ ... 」
一度、屋敷を出てからチェシャの装いは変わらない。
町の子らと紛れ目立たぬよう、適当に揃えられたものだった。
臙脂色のフード付きケープも、よく々見れば。
あちらこちら、毛羽立ちが目につく。
枝葉に擦れた跡だろうか。
それはそうと。
カーツェルが何か言いかけたと思ったが。
すっかり黙ってしまったので。
疑問に思い顔を上げて見ると、バツが悪そうに目を逸らす。
無頓着だが冷静、且つ素直なフェレンスの受け答えを聞いて、
少しばかりムキになってしまった事を反省しだしたよう。
すると、フェレンスの口元から吐息のような笑みが零れ。
彼は尋ねた。
「当初から気に掛けていたのか」
「うん。だってさ ... 」
片や、なお口籠る有様。
そっぽを向く顎の側面に指を突き、
正面を向くよう仕向けたフェレンスは ... 一言、囁く。
「良い子だ ... 」
カーツェルは ドキリ として息衝いた。
時に妙な言葉を使う。
からかっているのか、どうなのか。
然れど本人は、何気無し。
さっさとチェシャを抱き降ろしたうえ、木の根元に座らせて足の具合を診ている。
そこで、何がそんなに気不味いのかと言うと。
こんな事で一々赤面している自分だ ーーー !!
《あぁあぁあぁぁぁぁぁ゛ーーーーーーーーー!!》
思わず背を向け別の木を殴る。
《 ゴスッ !!》
鈍い音がしたので見やるチェシャは、
ああ、またか ... と、思った。
しかし気になるのは、もう一方の反応である。
向き直ると、フェレンスの口元に浮かぶ笑み。
素知らぬふりをしているのだと分かった。
取り出した手巾を折り、処置しながら彼は言う。
「ところで、何故こうなる前に言わなかった?」
当然の疑問だが。
不意に痛いところを突かれたものだから、つい俯いてしまう。
唇を尖らせるチェシャを見たカーツェルは、透かさず間に入った。
「つーか、お前が感じ取った通り。
足手まといになりたくなくて頑張ってたんだろーが。責めるトコかよ」
「そうではない」
対して即、返す。
フェレンスは思慮を重ね、加えた。
「だが念の為、確認しておきたい」
「確認?」
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流血してからでは対処し難い事。
その点については、チェシャ ... お前が一番よく分かっているはずだな」
チェシャは黙って頷く。
「ならば、私が伝えておきたい事は三つ」
フェレンスの声は穏やかだった。
目を見て耳を傾けている幼子と、向き合う彼。
眺め、ゆったり息を吐くカーツェルは、やれやれ ... といった気分。
一つ。指を立て、彼は言う。
「自立心が強く、何事も懸命なのは良い。
だが、意地になってもらっては困る」
二つ。足される指。
勿論、真面目な話だ。
「カーツェルは魔ノ香に敏感な体質だが、私はそうではない。
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カーツェルめ、背を向け密かに笑ってやがる。
気が散って仕方がない。
けれどもチェシャは堪えた。
三つ。フェレンスは続ける。
「保護符が魔ノ香の拡散を防いでも、鼻が利く魔物は見通す。
なので、次からは何かしら知らせてくれると有り難い」
終わりにチェシャの頭を撫でて微笑む彼を見ていると、気持ちが和んだ。
落ち着いた頃に振り向くカーツェルは、あらため実感する。
これが、彼の《誠》の姿。
そう無闇に叱ろうとはしない。
底知れぬ優しさを秘めた男であるのだと。
とは言え、何だ。視線が痛い。
想いに耽っていた彼は次に。
ガンッ! とこちらを睨むチェシャと目が合い、面食らって驚いた。
「え!? 何だよ!?」
「 ンン ... ム !! ツェル 、メ !! ノ 、 ンムム --- !! 」
指差し、名指し。
文句を言われているのは分かるのだ。が、内容までは、どうにもこうにも。
すると、チェシャを抱き上げ歩き出したフェレンスから一言、投げられる。
「真面目な話を聞いている時に笑ってんじゃねーよ。だ、そうだ」
「え!? だって、それは! お前が《その都度》とか、微妙なコト言うから!」
実は、カーツェルの様子も余さず把握していたよう。
彼ノ魔導師 ... 侮れぬ。下僕は思った。
《 ンムム 》を、どう訳すれば、今の解釈に至るのか。
「それに! チェシャは、そんな口の利き方しねーだろ! なぁー? チェシャ~?」
苦し紛れ。
フェレンスの肩越しに顔を出すチェシャに問いかけてみるけれども。
所詮、ダメ押しだった。
《 ヤダ、この子。 お前がソレを言う? みたいな顔してる!!》
トボトボ ... だいぶ遅れてから二人を追う。
カーツェルは、心で泣いていた。
云々。所、変わる。
石ノ杜、圏内。
帝国中部より南下する分水嶺に沿い連なる山岳を、
西へ越えたフェレンス達とは異なり。
国境から南へ向かった後。
急ぎ、石ノ杜へと逃れたクロイツ一行の現在に至っては。
概ね、想定された通りの運びとなっている。
アイゼリアの国境警備隊によって拘束された彼らは、事無く尋問を済ませ。
相手方、指揮官を通じ交渉を持ちかけたところ。
長い年月と雨風により岩崩れし、形成された洞穴の深部にて。
《 ジャリリ、ジャリリ ... 》
響く足音。
目の前を左右に行き来する男を目で追うノシュウェルは、浅く溜息して項垂れた。
足元は、骨とも見紛う砂礫で覆われている。
石ノ杜と呼ばれる由縁だ。
大地を侵蝕し、毒を生成する植物生態の最末期に見られるという白石化。
その深度を探れば、杜の向かう先が見えてくるというもの。
だが、知る手立ては今のところ無い。
連行されている間は目隠しされていたので。
現在地すら把握できていないのだ。
知ったところで、今更だが ... ...
そして思う。
それよりも気になるのは部下達の安否。
一人々、尋問を受けたとは思うが。
水や食事は与えられているだろうかと。
与えられているのであれば安心。と言うか。
出来れば自分も、そちらへ混ざりたい。
なんちゃって。
そう。部下達はどうか分からないが。
彼ら二名には、水しか与えられていなかった。
帝都を脱してから五日経つが。
それでも尚、ギラギラとした眼光を絶やさず。
目の前の男を睨むクロイツの根性には心底、関心させられる。
まぁ、何だ。
自分も軍人である故。
そういうものだという事は理解出来るのだ。
相手から得られる情報は如何程か。
活かすに値し、利用可能な人物であるか否か。
見定めるためには極限に追い込む必要があると。
しかし、交渉に持ち込むつもりであったのだから。
穏便に済むものと見越して、一言。
そろそろ、食事くらい出してもらえないかなぁと。
言ってみたくもなる。
なのにだ。隣に居座るクロイツ。
この人ときたら ... ...
一昨日、切り出してみた時ね。
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ではまず。ご想像、頂きたい。
食事と言いかけたところで、
クロイツの踵が膝の高さまで上がるのが見えたのだ。
どんだけ ... って話だよ。
あ れ は 痛かった。本当。
いつかは部下にでも聞いてもらいたい。
ノシュウェルは長いこと考えていた。
大声を出したら、追い打ちの壁ドンパンチが来ると思い。
口いっぱいに呻きを頬張って堪えたのに。
『交渉に持ち込むまでが肝心なのだ。
軽んじるられるような無様を晒すなど、許さんぞ ... 』
小声で釘を刺す、ドスの利いたクロイツの声が恐ろし過ぎて。
若干、トラウマ。
交渉中であろうと、安易に口を挟む気にはなれなかったのだ。
《 ジャリリ、ジャリリ ... 》
行き来する足音は止まない。
片やクロイツは、終始、男を睨み続けた。
国境警備隊の制服ではなく。
フード付き外套に民族色の強い装い。
民間に紛れて活動しなければならない官職と言えば、
隠密と相場が決まっている。
関係者に身分を知らしめているのは、胸元に光るアイゼリアの徽章だ。
「居所は掴めたか?」
「いいえ。そればかりか、国境を通過した形跡も確認できていないようです」
「帝国からの要請は?」
「変わりありませんね。逃亡犯引き渡しに関してのみであると」
「あちらも魔導師の行方を特定するには至らぬか」
「ええ、まあ。そこに居る二人の言っている事が真実であればですが」
聞き耳を立てていると。
《異変》が生じた気配も無く、膨大な魔力の放出も観測されてはいないらしい。
「しかし、帝国ばかりか我々の探査網まで掻い潜るなんて。オレには信じられませんよ」
紅玉を連れた帝国魔導師が軍規を乱し、
国を脱したという話を聞いて、目の色を変えぬ軍人など居ない。
それを聞いた連中の反応を、一瞬ばかり思い返すが。
不必要に口を開こうとはせず。
ノシュウェルは横を向いて、クロイツの様子を伺っていた。
何せ、この通り。確たる証拠が無いのだから。
嘘か真か。
虚言と見做されてもおかしくはないので。
さて ... どう切り返すものかと。興味津々である。
すると、薄っすら開く唇。
笑っているのか。
目元に隈を拵えても、陰らぬ威勢。
クロイツは断言した。
「悪名、名高き《異端ノ魔導師》には、それが可能なのだ」
振り向く連中は、揃いも揃って顔を顰め佇む。
「信じようが信じまいが、貴様らの勝手だがな。
一方にとっては、たかが不法入国者。
また一方にとっては、不審をはたらいた程度の軍人。
にも関わらず、この様は何だ。考えてもみろ。
わざわざ密偵を差し向けるほどの事か?
重犯と断定するには日が浅すぎる割に、決めつけて掛からねばならぬ理由とは何だ?」
交渉を持ちかけておきながら弁えもせず、高圧的で癪に障るが。
その場に居合わせた者、皆で考えさせられた。
対して連中の仕切り役が言葉を返す。
「双方共に、知られたくない事情から相手の目を逸らそうと画策している ... とでも?」
ニヤリ ... クロイツの笑みは不敵。
どうよ、この顔 ... ...
辺りを見やると、報告をしていた側の男が後退る動作を目にし、
共感を覚えずには居られない。ノシュウェルは思った。
引くよなぁ ... ...
分かるよ、その気持ち。
それはそれとしてだが。
クロイツの話は強ち当てずっぽうでもなさそう。
公判を控えた異端ノ魔導師と、その下僕の動向、全て憶測であるにも関わらず。
隠密と思わしき男が現れるや、見計らったように交渉を始めたのだ。
この人が敵じゃなくて幸い。
心から、そう思う。
続けて見方を示すクロイツは淡々としたもの。
仮に両国が魔導師の足取りを掴んでいたとして、言う理由がないとの事だった。
名のある魔導師の確保は国益、安保推進に結びつく故。
利害を見極める必要こそあれ。
理に適いさえすれば、例え余所で法を犯していようが自国には何の不都合も無く。
唯一、問題があるとすれば。
提示されるであろう条件。
つまりは、見返りである。
「 ククク ... あの男の利用価値は計り知れんのだ。
国家機密に触れる事もある隠密なら。
誰に会わせるべきかくらいは、見当が付いているはずだな?」
「 ... ... 」
「異端ノ魔導師を甘く見ると高く付くぞ?
尤も我々であれば、あの男を黙らせる事など容易い」
「 ... ... 」
「ヴォルト ... 危険です」
後退りしたままの男が、仕切り役を見て言う。
例え真実を述べているとしても、魔導師と結託した工作員である可能性は否めない。
分かっている。
だが、彼は異例の決断を下した。
「エルジオ。二人を連れて来い」
「え!?」
「その他は拘留措置を継続する事」
「いや、でも! と言うか、まさか! 謁見させるつもりですか!?」
「機密事項を極、内々に留めながら
即、我々を差し向けられるのは、あの方しかおらんだろう」
「それは、確かに ... オレもそう思いますけど!
でも、ヤバイと言うか。マズくないですか!?」
見ていると、片方の取り乱しようが半端ない。
まだ若いとは言え、一介の暗躍者が戸惑うほどの人物とは。
「まさか、国王じゃないですよね?」
声を潜めるノシュウェルに、また小声で返す。
「そう。飾り物に隠密の指揮が務まるはずはないのだ」
クロイツの顔色は心做し明るい。
何日も水しか与えられていないというのに。
この人、本当に図太いな ... ...
「流石、俺の見込んだ人だ。ああ、あなたのコトなんですけどね」
「巫山戯るな。自惚れ屋に言われる筋合いは無い。私の格を下げるつもりか」
「いえいえ。滅相もない」
とりあえずは、これで。食事にもありつけるだろうし。
兎も角、感謝の気持ちを伝えておきたいだけ。
「ありがとうございます」
「 ... フン 」
素っ気なく顔を背けるクロイツであるが。
と、言うことはだ。満更でもない気分なんだなと。
そう考えれば、つい:頬(ほほ)が:緩(ゆる)む。
交渉の第二段階は、いつ頃になるやら。
先は長そう。
けど、まぁ、この人となら切り抜けられるに違いない ... ...
ノシュウェルの心持ちは安らかだった。
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※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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